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~妻の家出先1~

くたびれた夜。月まで覇気のない色味でもって夜空に登っている。

いつものように、西武新宿線の満員電車に乗り込み、散々揺らされて自宅付近の駅へと降りる。

その名も『小川駅』。

小川なんて近くにないのに、良くも恥ずかしげもなくそんな名前をしょって立てるものだと鼻で笑う。

俺は小川駅の長くて下りにくい階段をおりて、百均に寄る。

上着のポケットからスマホを取り出して、ライン画面を開く。

嫁のライン画面を開くと、お決まりの文句が書いてあった。


『ゆうくんのバカ!!家出してやる!!』


その後、しばらくラインのスタンプの嵐が続く。


『でも、長ネギ買ってきてくれたら許すかも』


相変わらず、ちょろい妻である。

妻は変わった人間だ。学生時代からの付き合いだが、人より興味が強くて、またキチガイ並に記憶力がよくて、しかもアホほど発想力が突飛である。

こう言うと、俺が妻の事を好きなような気がするだろうが、そんなことはない。

妻と俺は別段結婚する相手がいないというだけで、結婚した仲である。

俺は仕方なく、百均で長ネギを買うことにした。


「しゃあせー」


相変わらず、適当な返事をする学生バイトが俺に挨拶してくる。

通路を譲れ。まったく。お客様に通路を譲らないなんて。

とにかく、俺は早めにネギを買って帰りたかった。

しかし、その日に限って百均に長ネギはなかったのである。

まあ、仕方ない。俺はそう諦めて、踵を返すと、店を出た。


「あざーす」


早めに帰って、スーパーにでも行って好きなだけ買い物させれば文句も出まい。

その時の俺はそう思っていた。

足早に小川小学校の道を歩いて、すぐそばのマンションに帰宅する。

途中で子供の友人のママさんたちと出会って、軽めに挨拶しておく。

妻の話によると、俺の顔はママさん達にとっては美形に映るらしい。

毎朝、鏡で見ているが特に美形だと感じた事はない。

そんなこんなで、俺は自宅のドアを開けようと、鍵を取り出す。

妻の趣味の一つである、レジンで作られた、お揃いのストラップがついているやつだ。


「ん?」


しかし、鍵は空いていた。

無用心だなと思うのと同時に、嫁の元気な声が聞こえてこなくて、泥棒か強盗の犯罪の可能性を考えた。

そして、ゆっくりとドアを開いて、慎重に靴を脱ぐと、フローリングの廊下を足音を立てずに進む。

廊下の先のドア、リビングの大型テレビがついている。そこに、時折、人影らしきものがうつる。

その小さな人影はおそらく、うちの一番のちびすけである和穂かずほだ。

和穂はきゃっきゃとなにかと話している。もし、犯人と話しているなら、話し合いが必要だ。

俺はばっと飛びかかるようにリビングのドアを開け放つと、犯人に向かってスマホを向けた。

情けなない話だが、犯人にスマホで飛びかかることしか思いつかなかったのである。


「ばば、おかえりゅ」


意外な事に、変質者も強盗も泥棒もいなかった。

代わりに可愛らしい愛娘の和穂が俺のスーツのズボンをきゅっと掴んで嬉しそうに笑った。

釣られて笑いそうになったが、妻はどこにいった!?


「ゆうくんのばかー!!」


その時になって、俺はとんでもない事態になっている事に気がついたのだ。

妻はリビングの大型テレビの中から、俺を睨めつけていた。

そう、テレビの中からだ。

意味がわからなくなって、一瞬頭の中がからになりそうになる。


「・・・どういうこと」


俺の口から出たのは一言。それだけだった。

これ以外に何を言えば正解だったのか、教えてほしい。



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