#7 初夢
▼初夢?
「よし乃!」
叶は、勢い良くそんな自らが知りもしない名前を呼んでガバッと目を醒ました。隣に座っている直紀が滅多に見せない驚きの表情で、叶を覗き込んでいた。
「何だ?お前……寝ぼけているのか?」
叶は、今までのビジョンが余りにもリアルで、こんな感覚を味わったことが無くて、額に伝う汗を感じながらそれを拭った。
「なんやったんや?今のは……」
叶は、訳が判らなくて、頭の中が混乱した。まるで、誰かの意識の中を覗いたかのような感覚。それも、こんな事は今まで無かったし、ましてや、映像を確認した睡眠という物を味わったことが無かった。
真っ青な表情の叶に、駆け寄ったのは朔夜であった。
「どうしたのですか?叶……顔色が真っ青ですよ?」
はす向かいの、後ろの席に座っているはずの朔夜までこの席まで来て、顔色を窺っていた。
「頭の中に、ビジョンが……これって、もしかして『夢』……なんやろか?」
叶は、混乱する頭を何とか整理しながら言った。何なのや?この感覚は……
「叶……?夢を見たのですか?」
朔夜は、今迄見たことの無いと言っていた叶が、夢を見たかも知れないというその事象を不気味に思っていた。
何かが起こりつつあるとでも言うのか?均衡が崩れ始めている気がする。そして、はっと気がついた叶は、
「此処は、今どの辺りや?さっき大阪を出たとこまでは覚えとるんやが?」
頭の整理を終えることなく叶は問いかけた。その答えは、直紀が出した。
「京都を過ぎたところだ……」
京都を過ぎた。と言う事は、もしかしたら京都で、あのビジョンを見たことになる。やはり、何か繋がりが有るとしか考えられない。
「な〜に?よ・し・乃・って!」
こんな非常事態に、今まで水城と戯れていたはずのかえでまでもがこの席に押し寄せてきた。もう通路は朔夜とかえでの二人で塞がれている状態である。
「女の子の夢でも、見てたの〜?」
続けざま、かえでは横目で睨むように言った。まるで嫉妬でもしているかのように感じられるのは、朔夜の私見である。
でも、問題はそんなところでは無い。
「かえでちゃん。ここは通路なのですよ?席に戻ってもらえませんか?」
自分はさておきそんな事を言った。かえでは後方からやってくる家族連れのお客に気が付き、一瞬「すみません」という表情を見せたが、その顔は引き攣っている様でもある。そして、ブツブツ何か呟きながら、席に戻った。
「城戸君?申し訳ないのですが、僕と席を代わっていただけませんか?」
朔夜の訳ありの表情を読み取り、無表情ながら、
「判った」
と了承し、席を代わった。直紀は頭の中で、叶の状況を察した。確か……夢を見ない者が夢を見る。事に関して予言が有ったとかないとか?そんな事を朔夜が言っていた事を思い出したからでも有った。直紀もまた、不思議な現象に、この二人が絡んでいることを察知し、そして、静かに自分の頭の中のデーターを纏めることにしたのである。
「叶?で、どんな夢を見たのですか?」
その答えに、
「俺、男の子やったんや……」
「それは当たり前!」
朔夜は何を言い出すかと思って、思わず噴き出した。
「何で笑うんや!」
「いえ、いえ、続けて下さい」
ちょっと腑垂れた叶だったが、続けてこう言った。
「女の子に、慶太って呼ばれとった。女の子は、よし乃って言う名前で、眼が見えない子やってん」
「眼が見えない?」
「そうや」
まるで、自分の現実世界をこの二人を通じて垣間見てしまったかのような感じだった。そう、同調?そんな感じであると、叶は言った。
「この旅の、最終目的地は京都。そして、初めて見た夢がそれですか……」
朔夜は、内容より現実味のあるその夢の構造を話し始める。
「もしかしたら、雅樹達はもう最後の五行を仲間にしてしまったのかも知れませんね?」
朔夜はそう言った。しかし、叶の中では仲間になった合図的なものは感じられてない。点と点を結ぶ線を確認できていなかったためである。
「いや、それは無いわ」
と、朔夜に告げた。
「じゃあ、どうしてなのでしょうか?」
不可解すぎる。もっと、叶が五行を見つけるのに長けていたらこのことがハッキリするのにと、実際、口惜しく思う。でも、それは言っても仕方が無い事だ。
「すまんな……はっきり言って、俺は良く判らん。只でさえこんなに混乱しとる。役立たずや……」
叶のこんなに真面目にしょげている表情を見るのは初めてではなかろうか?と朔夜は思ったが、それを励ます言葉が見つからない。結局、他人である。自分では無いのだと知らしめられた気がして、余計に朔夜は苛立ってしまった。
「この後、どうしますか?このまま東北方面へと移動しますか?」
話を摩り替える。そうしないと、前に進めない気がしたからだ。
「そうやな。俺には五行が雅樹と仲間になっとらんと思う。引き返しても仕方が無い気がするわ。それに……正直、京都に行きたくは無いんや……」
これは、叶の正直な気持ちなのであろう。だから、朔夜は、「判りましたよ。叶に一任します」
とその場を後にし、そして直紀と席を代わった。
叶は、頭の中を駆け巡るあのビジョンで目が回りそうだった。あれが『夢』なのか……現実、そして、夢。
人は夢を見る。それを初めて体験して、違和感を覚えた。現実か?夢か?それが判らない範囲。まるで、映画を見ているかのような感覚。でも、余りにもリアルで……自分では無いのにまるで自分であるかのような夢。
朔夜達はこんな物を毎日見ているのか?気が変にならないのか?そう思って、また、ボーっとする。
「塚原?お前……」
直紀は、席に着きそして、気になっていた叶に話しかけようとした。しかし、叶が再び眠りに誘われているので、それ以上言葉を掛けることができなかった。本当は、心配なのだが、でも、直紀にはどうしてやることも出来やしない。ただ、見守って、自分がすべき事だけを見つけるしかないとそう思ったのである。