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#2 イタコ

▼イタコ


 雅樹、泊が、択捉島を出航したのは出逢ってから二日後の事であった。既に、叶達が広島で仲間と遭遇している頃である。歯がゆい気持ちが無かった訳では無かったが、悪天候で船が出なかった。その為足止めを食らったが、三日後の朝は好天候。そして、やっと北海道迄足を地に着ける事が出来たのである。

「どうやら、敵はもう一人を仲間にしたようですね……」

 雅樹は、北海道を南に縦断する汽車の中、隣に腰掛けている泊に零した。

「そうなのか?儂には分からんがのう〜お前には分かるのか?」

 泊は不思議になり雅樹を見下ろす感じで眺めた。

 雅樹は、何やらギュッと掌で胸の辺りを掴んでいる。その事が奇妙に感じられた。

「一体、お前は何を胸にしまいこんどるんだ?」

「ん?これですか?」

 雅樹は、厚着した服の中から取り出したのは笛型のロケット。それは少し年期が入って古びているように感じられた。

「何じゃい、そりゃ?」

「核ですよ。この旅の……」

「核?核兵器なんて言うんじゃ無かろうな?」

「ククク。そうだったら面白いんですけどね?残念ながら違いますよ。方位磁石みたいな物です」

「ああ、コンパスか……」

「これのおかげで、五行の位置が分かるんですよ」

 雅樹は大切そうにそのロケットを優しく包むようになでる。そして再び胸元に締まった。

「で、後一人となった五行の一人はどこにおるんだ?」

 話の中で、もう一人の場所が分かっていると言った雅樹の言葉を思い出しながら泊は尋ねた。

「青森の、恐山です」

「恐山?まさか、その者はイタコだとでもいうのではなかろうな?」

「そのまさかですよ。既に顔は出しておきました。返事待ちです。どうやら、五行として目覚めていない様子なので……」

 そう。盲目の彼女はまだ五行としての自覚が全く無かった。イタコとしては一流だと言うのに……そして、自分の相剋である金の陰陽師の要素を持っている以上無理矢理仲間にするという訳には行かないので、ただ顔出ししたに止めた。そして、次訪れる迄に答えを出してもらうように言い含めておいた。

「そんなので、仲間にできるのか?」

「なってもらわなければなりませんが……それをお願い出来るのは、土の五行である貴方が必要なのですよ、泊さん?」

 なるほど。土である自分は、金とは相生である。

 つまり相性は良い。自分が上手くやれば仲間になるやも知れない。

「それで、儂の所に来た訳か……お前賢いのう〜が、しかし、儂が仲間にならなかったら何も始まらなかっただろうよ?違うか?」

 泊は含み笑いをした。土も金も、木の五行である雅樹には相剋の人物だ。かなり計算をしなければ仲間になる確率は低い。それでも、泊を仲間にした。

 雅樹の中に潜む意志と言う物は、とてつも無く固いのであろう。

「そうですね。でも自信は有ったのですよ?」

 今度は、雅樹が含み笑いをする。その態度に食えないやつだと泊は思った。でもこういう人物だから仲間になる決心もついた。話の内容も現実味が有る。ある意味恐い気もするが……今迄守りに守ってきた言い伝えを裏切る事になったのであるのだから……

 でも、心の中で思いはしなかったか?こんな言い伝えの為に自分の将来をあんなへんぴな所で過ごさなければならなくなった運命を憎いと……外の世界に出たいと思った事が今迄無かったか?いや、思わない日は無かった。こうやって外に出る事が出来た。それを嬉しく思う。そして、これから始まる新しい世界を追い求めたいとそう思っていた。

「この先ですよ」

 長い道程。行き着いた先。恐山に到着した二人は覆い繁る木々の山の中に入って行く事となる。

「勝手に入って行って構わないのか?神聖な土地やぞ?」

 泊は、後ろを気にもしないでズンズンと進んで行く雅樹の後ろをつかず離れず歩く。

「構いませんよ。木はオレの味方ですから……それに神聖な場所は木々達がちゃんと教えてくれます」

 こんな所に人が住んでいるのかとも思える山奥迄足を運ぶ。泊は今自分がどこを歩いているのかなど見当もつかなかった。ただ、導かれるまま雅樹について行く。しかし、この地に流れる霊気は澄んでいる。土から得られる情報。それが今自分が踏んでいる土地を感じて体全体を突き動かした。

「あの小屋ですよ」

 清流の川の向こうに小さな小屋が在った。見た目朽ち果てているかのように小汚く感じられるが、その場所に立ち篭めている霊気は神聖な物に感じられた。

「彼女は目が見えませんが、確かに五行の金の陰陽師です」

 先に伝えておく。とでも言うかのように発せられた言葉には重みがあった。そして、淀み無い小川を渡ると二人は速やかに小屋の戸を叩いたのである。

「再び参りましたが、御決心はつきましたでしょうか?」

 雅樹は少し謙った言い方をした。泊は目の前の豪勢な祭壇をバックに座っている、まだ高校生くらいの女性に目を奪われていた。かなりの美人だった。

 瞳が開いていればまた印象が変わるかも知れないが、異様に色香が有るように感じられた。姿勢もそうだが、かもし出す雰囲気は高校生が持っているものとは考えられない。だからこの者が自ら見聞きして来たイタコと呼ばれる者とは思えなかった。

「ええ、決心でしょうか?あたいがこの地を離れる事が出来ない事は分かっておりましょう?おかしな事を訊かれる者よのう〜この目で外に出るなどもっての他ではありません事?それに、あたいはイタコでありますが、陰陽師ではございませんわ?ホホホ……」

 まだこの場を持ってそのような事を言って来るとは?とでも言いたげである。

「ですが、金谷よし乃さん?あなたは確かに陰陽師なのです。オレの相剋の金の陰陽師!そして、この隣にいるのが土の陰陽師、泊源蔵です。先に話しておきましたが、このように仲間として一緒に来て頂きましたよ?」

 その言葉に、で?と問い返したげな表情でよし乃は小首を傾げた。長い髪を後ろで一纏めにしたのを後方で結い上げている。その重そうな頭で誇らし気に小首を傾げた。ほつれ毛が淡く揺れた。

「貴女の目が見えないのは、こちらでバックアップします。でも本当は心眼で御覧になられているのではありませんか?この世を……オレはそう感じているのですがね?」

 その言葉に、また面白い事を言うと言いたげに、

「フフフ……心眼なんてどこかのくだらない小説でも読んでこられたのですか?あり得ません事よ?」

 楽し気にコロコロと笑っているが、泊には面白半分にそうしているに違い無いと思った。雅樹もそう思っていることだろう。

「貴女が、すでに修行を済ませ、師匠に認められ『神憑け』も済んでいる事を承知です。そして、今ではこの地に必要な数少ないイタコとして存在しなければならない者である事も重々承知はしておりますよ。でも、もっと大切な事も有るのです。それは、この前にここに来た時お話させて頂いた事に有るのですが。それでも納得出来ない……判らないと言うので有りましたならば、無理矢理にでも貴女を仲間にする事になりますよ?切り札はこちらに有りますから!」

 雅樹は泊を見た。泊は雅樹の言う通り、術を行おうとした。すると、

「ふ〜。仕方有りませんね?無理矢理って言うのはあたいの意志に反しますわ。ならば賭けをしません事?」

 よし乃は、いきなり神聖なこの場所で正座した脚で胡座をかき、その纏った白装束の袖を二の腕が見えるくらい迄引き上げると、胡座をかいたその脚の上に思いきり良く肘をつく。

「!」

 雅樹と泊はその行動に驚きの表情を見せるしか出来なかった。よし乃の細く白い腕には綺麗な虎の入れ墨が彫られていたからである。それを目にし、圧倒されてしまった。

「この入れ墨。この虎を先に見つけた方が勝ちと言う事にしましょうか?勝ち……つまり貴方達が言う仲間になると言う事ですけども?」

 よし乃は蔑んだかのように笑った。

「その虎は?」

「さてね。あたいが金の陰陽師であるとおっしゃった貴方なら分かるのではありません事?」

 意味ありげな笑いを口元に含ませて、よし乃はニヤリと微笑んだ。

「金……虎……」

 雅樹は考え込んだ。すると隣から、

「白虎か!中国では五元素を確か金と言っているはずだからな!」

 泊は自らの記憶に有る物を思い出した。だけど、

「白虎などどこにいると言うんだ!そんな想像上の生物など!」

 雅樹は下らないと放棄しようと言葉に出す。

「下らないですって?まあ〜失礼な事を言ってくれます事?」

 突然よし乃は高笑いを始めた。そして、雅樹達の方に向き直り、

「このおかげであたいは、陰陽師としては生きて行けませんのよ?目が見えない盲目のイタコとしては生きる事は出来ましても!」

 危機迫るような怒りのオーラがよし乃の周りに満ちた。それを、男二人は見て取りグッと息を飲む。

 蛇に睨まれた蛙でもあるかのようだった。

「では、貴女は本当にいると……言うんですね?白虎が!」

 雅樹は、気迫に負けまいとして言葉を放つ。でないと、この場から立ち去らない限り息が出来ないと思ったからであった。

「居ます。この日本の何処かに!白虎はあたいの半身……でもありますからね?」

 今度は穏やかに、にっこりと笑った。雅樹はホッと息をつく事が出来た。そして何て計算高い女だろうと思った。泊よりも手が負えないでは無いかと、頭の中で独り眩く。こんな所で立ち止まってもいられないと言うのに……年下のこんな高校生くらいの女子に気後れしないといけないとは……歯がみしたい気分だった。

「では捜し出した方につく。と言う事で良いんですね?約束出来ますか?」

 雅樹は、この状況下それしか無いとそう思った。

「おい!本当に捜しに行くと言うのか?この女の言う事を信じると?」

 泊は、それは考えものだと言わんばかりで、雅樹を制しようとしたが、

「ただし、条件があります。よし乃さん?貴女もオレ達に着いて来てもらう必要が有ります。その要求を受けてもらえなければ、今直ぐこの泊に術を行わせ、貴女を無理矢理に引き連れて行きます!」

 雅樹は言い切った。泊は、火に油を注ぐような事を良く言い切ったなと感心していたが、

「考えたわね〜ふう〜良いわ。その要件受け入れるわ。誰かに操られるなんてイタコの仕事以外、真っ平ごめんだからねえ〜?」

 言い終わると同時に、よし乃は再び身なりを整え正座をした。今迄の口論が嘘のように、しっとりと腰を下ろしている。

 泊は、この女の度胸と威圧感が……今迄のやり取りが嘘のように思えたが、この女の本音を聞いた気がした。誰しもが何かに捕われているのだという事を……

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