#1 出立
『誰の道呼ぶや 八日の仏の道呼ぶや ここらずの極楽のほいじの枝にて何がなるや 南無阿弥陀仏の六字なるや 森か林から来るべきか 幾日幾日 来る道お茶の道 どこに姿がいるものか どこに姿がいるものかや 数珠の響きで 向かえる弓の響きではやむけるゃ ところがところがにゃ 白い装束で 白い姿で降りて遊べや その身やくやうちにも つりおばついにつく 八日の仏の見ぬが為に悲し仏様や ここはどこだよ葛西の座敷の間でゃ降りて物語り 総領か けさであとようかかんなーイヤ』
―口寄せ祭文―
『民族資料選集座女の習俗2より』
▼出立
雨の広島は、一日をおき晴れ渡っていた。風は薄っすらと身体を冷やす程度で、冬にしてみれば心地良い秋の残像の色を落としている。全く一昨日の事が嘘では無いかと思わんばかりだ。
そんな日、ホテルのロビーで直紀は、今迄待ちに待った者達の姿を直視していた。片腕に抱えた荷物をひっ掴んだ状態で……
昨日、待ち合わせをしたはずのこのホテルのロビーに現れなかった者達……そう、実はあの後、疲れ切った朔夜達はあのまま直紀が来る事を忘れ去り、寝込んでしまったのである。それは熟睡と言うより爆睡と言った方が良いかも知れない。
すっかり、楽しみにしていた夕御飯迄をも食べ損なうほどに。
そのロビーで直紀は一時間待った。待つのは慣れている。仕事柄、忍耐強い精神を兼ね備えているからであった。しかし、流石に五時間待たされるとなると、直紀も心中穏やかでいられるはずも無い。予め登録している朔夜の携帯電話に掛けたが応答無し。
仕方なく先に聞いていたルームナンバーに、フロントから連絡を入れてもらう事にしたのである。
しかし、その電話に出たのは全く聴き覚えの無い声の主……潤であった。直紀の知らない者とあっては文句のつけようもない。
「起した方が良いじゃろうか?」
受話器の奥の少年の声に、
「出来ればお願いしたいのですが……」
人がこんなに待っているのに、寝ているだと?腸が煮えくり返りそうな気持ちを押さえて直紀は、少年に心の内を悟らせないようになるべく穏便に伝えた。
電話の奥で少年が朔夜と叶を起そうとする声が聞こえている。しかし、
「申し訳ないんじゃけど……お二方ともグッスリおやすみの様じゃけ……」
潤は、ピクっともしない二人に諦めの声で直紀に話して聞かせた。
直紀はこめかみの一本の血管がブチッと切れた。様に思えた。が、少年には全く関係が無い。悪いのは、朔夜と叶である。が、しかしここに来てやっと重要な事を思い出したのである。
「解りました。わざわざ申し訳有りません。手の掛かる友人、二人で……では、起きられましたら、御連絡下さい。今日はこのホテルに城戸が泊まりますと……明日、朝八時にロビーでお待ちしてますと」
潤は、城戸と名乗ったその者の言葉をそのまま聞き取り、静かに電話を切った。
直紀は、朔夜の体質を思い出したのである。
「都住は一度眠ったら、何をしても起きないんだった……」
見ず知らずの少年と一緒だとしたら、五行の一人と出逢ったと推理出来る。つまり、また一人仲間にする事が出来たのであるのだと。と言う事は、何かしらの理由で、占夢を行った。疲れ果てているのであろう。
高校時代。不可思議な出来事に直面する度、朔夜の占夢を目の当たりにしたものであった。それには必ず叶も伴う。それは、中学の時からそうだったと話に聞いていた。その場面が今でも直紀の脳裏を掠める。
不思議な光景だった。自分には全く無い物を二人は持ち合わせている。だから、決めた。自らこう行った類いの事で裁けない事件を解決する側。警察官という現場の中にその事象を見い出す手助けができればと。そして、今、まだその領域に達してはいないが、一つの点を見い出し、広域の警部としてこの旅に参加している訳だ。
「しかし……都住は良いとしてだ。塚原は何をやっているのだ!」
直紀の怒りの鋒先は直ぐさま叶に向けられたのである。
直紀の目に映った先のフロントで、一人の阿呆顔を張り付かせた青年が支配人ともめていた。
「だからやな!夕飯食っとらん言うとろが?その分負けてくれ言うとるんや!ダメなんかい!」
直紀は頭を抱えたくなっていた。こんな所迄来て食い意地とケチが重なっているとは……そんな思いを抱えて背後から声を掛けようとした時、
「叶?もう良いでしょう。非が有るのはこちら側なのですから……起きていなかった……夕飯の事を忘れて迄寝ていたのは僕達なのですよ?」
流石に、この剣幕で周りの者達に迷惑が掛かっている事を何とかしようと朔夜がなだめようとしているみたいである。
「やけどなあ〜!ここでの食事楽しみにしとったんやで俺は!」
一歩も引こうとしない叶に、
「朔夜ちゃん……こんなバカほっておいて、早く精算しようよ〜注目浴びてるあたし達ってかなり迷惑だよ?」
「そうそう!叶お兄ちゃんがただ単に間抜けだっただけじゃない?私はちゃんと食べたもん。何の問題も無いも〜ん」
二人の女性はそんな事を言って退ける。この場で夕食を食べ損なったのは朔夜と叶の二名であった。二人と同室だった潤は、夕飯時に起しに来てくれたかえで達と共に、このまま起こさないで良いのであろうかと後ろ髪を引かれながらも夕飯を摂りに行ったのである。だから、ここで朔夜が気にならないと言うのであるならば、叶一人がこだわっていると言っても良い。
「うっ!」
かえでと水城からの冷たい攻撃にあい、一瞬怯んでしまう。手厳しい二人であるからこれ以上ここで踏み止まって値切っても意味をなさないであろう。とそう思われる。
「さあ、叶。もう良いでしょう?」
朔夜は、そりゃ良いだろう。でもな……食いもんの恨みと言う物は恐ろしいんやで!心の中で何度も何度も繰り返していた。しかし、それを遮る言葉がついにここで起こったのである。
「いつ迄俺を待たせる気だ?塚原!」
「直紀?」
素っ頓狂な表情にイラついた直紀は、
「直紀?……では無い!この阿呆!食い意地を張るのもいい加減にしないか!人が昨日から一体どれだけ待っていると思っているのだ!」
目が血走っているかのような……夜叉が降臨しているかのような形相で直紀が叶に捻りよっていた。
すると、半身を返すと冷静な仮面を被り、
「支配人。コノ阿呆……基い。この者の支払いだが、これで受け取っておいてもらえないだろうか?領収証も上様で発行してもらいたい」
「ちょい待ち!潤の分も払わなあかんのやで?」
叶は、慌てて言う。
「ふん!では二人分の勘定でお願いしたい」
背広の内ポケットから財布を取り出すと、二人分の宿泊代のお札をカウンターに置く直紀。その様子に支配人は、この争いに決着がつく良い機会だとその勘定をホテルの従業員に促す。すると、おつりと領収証が返って来た。それを受け取った直紀は、直ぐこのカウンターから離れるように叶の頭を鷲掴みにして引きずり歩き出す。
「そこのロビーで話そうじゃないかー」
こうして順番を待っていた朔夜が支払いを済ませる中、やっとその場を離れる事が出来たのである。
人数分の席を確保出来るロビーには、支払いを終えた者達と直紀が一堂に会する。初めて顔を合わせる潤は、少し無愛想な直紀に恐いイメージを抱いていた。が、
「君が……潤君と言ったかな?新しく仲間になったのかい?昨日はどうもすまなかったね。これからは宜しくお願いするよ」
見た目が少年だからか?少し不器用な微笑みではあったが友好的な態度と言葉で接してもらえた事に安堵を覚えた。
「こんな者じゃけど、こちらこそ宜しく御願い致します」
自分の境遇は朔夜や叶も話をする様子は無い。だから逆にホッと出来た。今の自分自身をありのまま見てもらえるのであるのだから。そんな中話はこれからの事になった。
「で、これから先はどうするのだ?」
直紀が持ちかけた。
「う〜ん。これからは勘に頼るしかないんよなあ〜残りは東北と北海道のどちらか?やからなあ〜」
陸奥の国と言うとかなりの広域範囲。確かにピンポイントを突く事は出来ない。しかし、これがこの先肝心な役割を担っている者の言葉とは思えないので、直紀は苛ついてしまった。
「当ても無く彷徨うつもりか?ばか者!」
「んな事ゆうたかて、確実にここやって言えるとこ判らんもん仕方なかろが〜!それとも直紀は何か良い案が有るとでも言うんかい!」
喧々囂々と続く会話に、この二人だけだと話が進まないと察した朔夜は、
「かえでちゃん?時刻表は持参してますか?」
「え?うん……持ってるけど?何の時刻表?」
言い争っている二人を背景に、かえでは朔夜に話を持ちかけられた通り頷く。
「新幹線ですよ」
「あ、それならこれよ〜」
自らの荷物の中からコンパクトな冊子を取り出すと、未だに続いている罵声を五月蝿いなと言わんばかりに『バンッ』とテーブルに叩き置く。流石にその音に気付いたのか、直紀と叶の言い争いは止まった。
「何や?その時刻表……それでどうするつもりなんや?」
全く気が付かない様で有る叶に、
「なるほど。その手が有るな……」
と、直紀は気が付いている様であった。
「そうだよね〜朔夜おじちゃんは賢いや!」
水城も気が付いている様である。
「何や何や?訳解らんわ……」
小首を傾げて考え込んでいる叶に、
「叶にも解るように、説明しましょうか?つまり、北に向って陸地を辿って行くと言うことですよ。残りは東北と、北海道。実際そのどちらかの者は、雅樹君が仲間にしている訳でしょう?なら、北に向って行くのが正解です。それも、陸地を縦断して行けば、そう、叶が勘を頼りにすると言うのであれば、近くを通れば何かしら解るでしょう?すれ違えば、良い訳ですから?」
朔夜は叶の頭でも分かるようにそう言った。
「飛行機だったらすれ違う時ってのがイマイチ解らないよね?いくら叶お兄ちゃんが鈍感でもこれなら上手く行く気がするよ〜」
含み笑いを浮かべながら、言葉を発する水城の様子を伺い、
「ククク……塚原お前立つ瀬ないな!こんな子に迄はっきり言われてれば!」
そこで思いっきり爆笑が起こった。叶は何やねんみんなして!と言う顔で苦笑いする他無かった。
「それでは、まず、広島駅から東京迄戻りましょうか?そこから上野に出て、東北方向に進むと……」
まず開いた路線図を見ながら朔夜は口を開いた。
山陽、阪神、東海道、と言う順に紙面の路線を指で撫でて行く。
「そうね。それがベストだとあたしも思うわ」
「ふむ。でも、新幹線で良いのか?」
「各駅停車の鈍行で進んどったら、二人目の仲間をマサキに奪われてまうで!」
こちらが先攻しているとは言え、ゆっくりしている訳には行かない。
「東北方面になったら〜鈍行でも良いんじゃ無いかなあ?その方が叶お兄ちゃんの勘も働きやすいだろうし?」
少し意味ありげに、流し目をして『チロン』と叶を見る水城に叶は舌を出してしかめっ面をした。確かに、何となくは解る五行が示す方向。でも、ここだと言い当てた事などは無かった。無意味に近いのだと自分でも分かってはいるものの、どうにも出来はしなかった。確実に分かっているのは一つの点が消えたと言う事だけである。
「よっしゃ!なら行動を起すかあ〜一同俺についてこいや!」
いきなり張り切り出す叶。しかし、言葉とは裏腹に自信は無かった。とにかく当事者である自分がしっかりしなければ周りが困るだろう。船頭が誰なのか解らなくなる。ここ迄ずっとこの仲間達に救われて来た。自分が誰かを助けたと思われる事は無い。
だから、見せ掛けだけでも威厳が有るように振る舞わなければならないと思ったのである。
そんな叶の掌を、このホテルを出る際、潤がギュッと握りしめて来た。
「大変じゃけど、わ……僕に手伝える事が有れば言ってくだされよ?」
潤は、少年らしい微笑みで笑い掛けて来た。無理しているようにも思われたが、潤の少年としての努力。それが気配りだと分かったから、叶は潤の頭をクシャクシャと掻き混ぜた。只でさえ、癖が有る長い髪の毛がより一層絡まった。
「叶!潤君の髪をそんな風に掻き混ぜないの!せっかく綺麗に纏めたのに〜」
かえでがその行動を非難する。しかし、叶は心が踊っていた。まだ自分の何を分かっているのか解らない潤が心を寄せてくれた。それが素直に嬉しかったのである。
もう、三年と言う年月がたってます。元々同人誌として出してたのですが・・・もう時間経ち過ぎているので、出すことは出来ません。なので、ネット上での公開。ああ、この伍ノ巻を書き始めてから・・・時間経ちすぎ。途中で止まってたのですが、その続きを書き始めようかなと云った感じです。途中から更新が遅れるかもですが、最期までお付き合い頂けると嬉しいです。