The battle of darker ①
レイアはオクタと飛び出すように駆けて行ってしまい、姿は見えない。
リアは高い位置に結界で足場を作り、さてどう攻めようかと考えていた時である。
別に消す必要もないかと残しておいた足場に突然、足音が聞こえたから振り返る。
そこには、上から下までずぶ濡れのダルクが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「よっ!!」
「よっ、じゃねぇ。なんか用でも?」
そんな彼女に向けたリアの問いに対して、考えれば当たり前の理由をダルクは口にした。
「氷を足場に海上を走るのは無理だわ。波で安定しないし、雨と風で滑る滑る……くしゅん」
「えぇ……」
寒いのか小さくクシャミをした彼女に、リアはジト目を向けながら何とも言えない本心の声を口から零した。
さっきまでやる気満々な雰囲気と緊張感が霧散していく感じがしてきて、温度差に目眩がしそうだ。そう思いリアは気を入れ直し、前を向きつつ口を開いた。
「俺の《結界魔法》を足場にしようと思って来た……ってところっすか?」
「そうなるかな」
「頼りにされても困るんだけど。いくらなんでも、他人の足場なんて作るの難しいですよ」
「分かってるよ」
「なら……」
「だから肩車して?」
「は?」
「高い位置から戦況を見ながら、私がリアっちのサポートをするのさ!!」
「何言ってんのお前」
意味不明かつ、全く利点が思いつかない言葉に呆れを通り越し、素で返してしまったリア。肩車なんかをしつつ、集中力が必要な魔法を駆使しながら、あの触手の大群に突撃するなど無謀だ。高速移動も回避も制限され、《縮地》での離脱どころか、下手をすれば《結界魔法》の構築をミスする事だってあるかもしれない。唯一使えるのは鉄パイプをぶん回す事と、《身体強化》での補助魔法を……。
そこまで考えて、リアは(うん?)と引っかかった。主に、ダルクが考えていそうな事を思いついてしまった。
「足場って、俺の事かよッ!!」
「察し良いな!! 流石私の助手!!」
そう言って軽やかな動作でダルクはリアの肩を掴み、ふわりと舞うように、そして素早く肩に乗っかった。リアは振り払う間すら無い洗練された動きに振り払えず……そして。
「太腿で首を絞めるなッ!!」
「おー良い眺めだー」
「眺めだーっじゃねぇよ、降りろコラッ」
ダルクの足をペシペシと叩きながら抗議するリアを無視して、彼女は頭に両手を置くと顔を上から覗き込んできた。
「足にして良い? OK or YES?」
「選択肢がねぇ!! そして《解呪》で妨害するのやめろ!!」
魔法でぶっ飛ばそうとしたが、構築前に素早く《解呪》で妨害され、ダルクの全体重を支える羽目になるリア。しかも首が締まっていて苦しい中の、一方通行な2択。
リアは怒りで泣きそうになりながら、叫ぶように口を開いた。
「分かったよやりゃ良いんだよ」
「よしきた!! 援護は任せろ!!」
「……はぁ」
と、その時。携帯端末から着信音が鳴った。どうやら、レイアのようだ。リアは《身体強化》をかけ直しながら、携帯端末を手に取り耳に当てた。すると、間髪入れずにレイアから一言、疑問が飛んで来る。
『僕らが頑張ってるのに、君らは何をしているんだい?』
言い訳をしようと口を開きかけたリアの手から、ダルクは掠め取るように携帯端末を取り上げる。
「よーレイア!! 今から突撃するぜ!!」
『えっ、肩車しながら? ちょっとリア、なんか無茶振りされていない? 断った方がr』
レイアもリアも無視して携帯端末の通話を終えると、ダルクは触手の大群に右手の人差し指を向けながら言った。
「突撃だリアっち!!」
リアは大きく息を吸ってから、溜息を吐いた。
「……はー、分かった突撃はする。レイアが頑張ってる中、傍観している訳にはいかないからな。ただ先輩これ終わったら『覚悟』してくださいね?」
「急に脅してくるの悪い癖だと思うぞリアっち。それに大丈夫だって、私だって何も考えずにリアっちの肩に乗っかる訳じゃねぇよ」
「じゃあ新しい発見でもあったら教えて下さい。あと、ちゃんと掴まってて下さいね」
「振り落とす気満々だろうから、しっかり掴まってるぜ」
そう言ってから、リアは結界を足場に、空を駆け、触手の大群に向かう。
…………
通話の切れた携帯端末をポケットに突っ込むと、レイアはこちらに向かって来る触手をやりで薙ぎ払う。千切れ飛ぶ黒い触手は、空気中に消えて無くなるも……次へ次へと無数に来る。気はあまり抜けない状況だ。そんな中で、少し疲れたように息を吐く。
「キリがないね」
『そうだな……』
オクタは自身の腕から触腕を生み出して攻撃していたが、レイアと同じように終わる未来が見えない。
「この槍を最後に投擲して、僕の《契約》で起爆するんだよね?」
『ある程度、あの本体が小さくなっていけば、それで良いと考えていたのだが……』
「全く変化してるように見えない。っていうか、これ多分……減った分、海水で復活してない?」
『……ありえるかもしれん』
「無限ループは勘弁願いたいね……でも、魔法は吸収されてぶっ放せないし。これは、どうしたものか」
『困ったな……』
キレの良い動きで触手を回転切りし、着地と同時に溜息を吐く。レイアの心の中に、小さな焦燥感が生まれ始めていた。最前線にいたからこそ気がついた事だが……戦いに参戦したリアとダルクも早々に気がつく事だろう。
……削り続ければ、確かに終わるかもしれない。しかし、そんな時間はかけられない。あの『澱み』は、今も神社や街を守る結界を侵食しつつある。
時間がかかってしまえば、一般人や街に被害が出てしまう。
そんな時であった。レイアの携帯端末に着信が入る。
……………
時間は少し遡り。
シストラムに乗り、高度から戦況を見ていたライラは、レイア同様に『澱み』の触手を減らしたところで、あまり効果が無い事に気がついた。
「マズいなこりゃ。物理攻撃しか効かねぇのに全然効いてなさそうだ」
『マスター、ドローンからの情報を解析した結果ですが、本体の体積に変化は見られません』
「全然じゃなく、全く効いてねぇって事か。作戦も無しに取り敢えず皆んなに出撃と言った手前だ。これじゃジリ貧どころか消耗するだけだな。今すぐに、どうにか本体にダメージを与える方法を考えねぇと」
『焦っていますか?』
「ちょっとな」
ライラはシストラムの武装を確認しながら、頬を伝う汗を拭う。今回は物理攻撃のみの想定であり、徹甲弾とノコギリ式のブレードのみ。この中ならば徹甲弾が1番効きそうではあるが……しかし、リアやレイアに被弾しない位置から既に、徹甲弾の撃ち込みは試していた。結果はお察しの通り、爆発前に触手が捕らえて飲み込み、全て不発に終わった。
「徹甲弾を撃った所で、着弾と同時に捕まえられ不発。準備していた電磁砲も豆鉄砲にしかならねぇな」
『かと言って、ブレードを振り回して突撃する訳にもいきませんものね』
「物量で押し切る前に、呑まれたらシストラムのスラスターが壊れるからなぁ。どうしたもんか」
腕を組み目を瞑り考え込むライラ。そんな彼女の元に、一本の着信音が響いた。どうやら自宅のPCからの通信らしく、ビデオカメラのモニター画面を展開する。すると、銀色の筒に赤い弾頭を付けたティオが自信満々な様子で不敵な笑みを浮かべていた。
後方支援で待機なんて言ったが、やっぱりジッとはしていられなかったかと思いながらライラが先制して口を開いた。
「なんか用か?」
ライラの言葉に、ティオはクックッと喉を鳴らすと。
『お困りのようだ、と思ってな。だいたいドローンのカメラで状況は把握しておる!! さしずめ、攻めあぐねているのだろう? そこでだ、我が突破口になり得る作戦を考えてきたぞ!! 感謝するがいい!!』
「おー? そこまで自信満々なら、さぞ大した作戦なんだろうな?」
『……私の推測だが、あの『澱み』とやらは、全方向に『目』があると考えている』
「目……?」
『でなければ、レイアやオクタ、それにお主の徹甲弾に完璧に反応するのは不可能だろう? リアとダルクは何をしたいのか良く分からんが、そっちにも一応、対応はしているしな』
「言われてみれば、その通りか。というかあの2人は本当に何やってんだ?」
『それがなぁ、リアがダルクを肩車しながら突撃して触手を鉄パイプでシバいたり、肩に乗ったダルクが銃撃したりしている。正直に言うと、レイアの半分も削っておらん……何がどうしてそうなっているのかは流石に我も分からん』
「本当に何やってんだ。いや、ダルクが無茶振りでもしたんだろう。後で聞きゃいいか。時間が惜しいし、その作戦とやらを聞こうか?」
『うむ!!』
ティオは素早くスケッチブックに描いた手書きのマップをモニターに持ってくる。中央に簡易な地図に海の大凡の範囲、そして大きな丸が描かれており『澱み』と書かれている。
その円の中には『澱み』の予想される体積と水量、それから周囲には現在展開できるであろう触手の最大範囲の予想が描かれていた。
「……よく観察してんな」
『後方支援の役割を与えたのはライラだろう?』
自慢げに言い、ドヤ顔のティオが画面に映る。普段ならイラッとするその表情も今はとても頼もしく見える。
「そうだな、それでどうするんだ?」
『まず本体に直接攻撃しなければ大してダメージは入らないと考えている。現に触手では削れているように見えぬだろう?』
「それは分かってるが、かなりの距離だぞ。しかもレイア達の様子を見る限り、距離が縮まる程に触手の猛攻も激しくなってくる。シストラムならば良いところまで行けそうだが……」
『そう、そこなのだ!!』
「うん?」
『座標のポイントを送るから、そこを起点に出来るだけ本体へ近づける距離まで、触手を削ってくれ。あとでリアやレイア達にも同様の通話を入れる』
「まて、削ってどうするんだ?」
と、問いかけたところでライラは何となくだが、ティオの作戦とやらの内容に察しがついた。というよりも、画面に映る銀色の大きな筒状の存在が、想像通りだと裏付けている。
「まさか電磁砲で撃つのか、それを?」
『これで吹っ飛ばせば全て解決だ!! やはり、爆発こそパワー!!』
「確かに直接本体をぶっ飛ばすのが手っ取り早いし、良い作戦だと思うぞ」
『だろう!?』
カメラに身を乗り出し、作戦を肯定された嬉しさからか、満面の笑みでドヤ顔をするティオ。しかしである、ライラはそんなティオに無慈悲にもひとつだけ、欠点を伝える。
「ちょっといいかティオ?」
『なんだ?』
「その爆弾、さっき水爆レベルの威力って言ってたよな?」
『そうだ!! しかも放射能などの有害物質も無い上に、我の灰色の脳細胞がトップギアで導き出した特殊な爆薬を調合したからな!!』
「……テンションマックスのお前に言うのは引けるが、正直に欠点をひとつ言うぞ?」
『……欠点だと?』
「……お前それ爆発させたら、街が爆風と津波で吹っ飛ぶんじゃねぇの?」
『あっ……』
「仮に津波は無いにしても、爆風で多少は被害が出るぞ。主に、私の家の屋根は吹っ飛ぶだろうな」
『……』
「……」
沈黙が降りる。体感時間にして、異様に長く感じる沈黙は、天才の脳を冷静にさせるには充分だった。




