The call of darker 19
場所は変わってライラの方へ。
リアとダルクが何処かへ行ったのを見た後、取り敢えずレイアとティオには先に帰っててくれと告げる。
一先ずやる事は、適当な理由をでっち上げて観光客を避難させる事。魔導機動隊に通報するべきかもしれないが、不確かな情報だと動くか怪しいのと時間の無駄になりそうだから無し。
「魔物とついでにサメが出たとでも言えばいいか」
そう考えて、ライフセイバーのお兄さん方に説明すれば、案外すんなりと信じてくれた。安全第一、できるライフセイバーだなと上から目線で思いつつ。
これなら、砂浜からも立ち去るように誘導してくれるだろうと安心しながら立ち去った。
………………
やるべき事はやったと思い、ライラも自宅に帰ってきた。帰って来たのだが……リビングの光景を見て素で「えぇ……」と困惑の声を漏らす。
「ねぇって、ネイト。 おーい? オクタ君そっちにいないの!? 応答して!! ってゆうか契約の紋章なんか光り始めた!? 一体なんなんだよ!!」
「むぅ、煉獄の炎を吹かすには少々リンが足りないか?」
携帯端末に向かって必死に呼びかけるレイア。彼女の片手にある《契約》の紋章は、これまでにないくらい光り輝いていた。一方でティオはペットボトルくらいの筒に粉や謎の塊を入れながら考え込んでいる。
「なんだ、この……ツッコミに疲れそうな空間は。おいティガ、代わりに何がどうなってんのか聞きに行ってくれ」
『私の思考回路端末やCPUは現在スタンドアローンの為、現状の分析に時間がかかります。しかしマルチタスクに切り替えたとしても、問いに対する応答の……』
「オーケー、お前にも『面倒くさい』って感情が芽生えた事がよーっく分かった」
『……』
「でも私だって面倒くさい、だから暫くほっとくか」
『最良の案だと進言します』
………………
「でだ、まず何やってんだティオ」
「爆弾を作っている、悪いか?」
「悪いわ。なに、しれっと危ねぇもん作ってんだ」
「いやな、後輩が襲われたんだし、もう遺跡の価値がどうとか言っている場合ではないだろう? 彼処に潜んでいる奴を倒さねばなるまいて」
「ハハッ、さらっとダルクを省いてやるな。気持ちは分かるが」
爆弾を作っていた理由は分かった。確かに、ライラとてあの浜辺で襲われている場面を見て、危機感を抱いた。討伐した方が良いと考えるのは普通だ。
だが、一つだけ確認しなくちゃいけない。
「で? その爆弾の威力は?」
「計算だと水素爆弾くらいはあるぞ、たぶん」
「はぁ!? なんでそんな威力の爆弾作ってんだ!? つか、安全装置ちゃんと付いてるよな?」
「勿論だとも、安全の考慮は当たり前の事だろう。しかし、外部からの静電気による影響が少々心配だな……」
「心配だな……じゃねぇ、普通に怖ぇよ。暴発したらどうすんだ。今すぐその危険物を液体窒素にぶち込んでこい!!」
半ギレのライラに押され、ティオは研究室の一角にある保存庫へと爆弾を運んで行った。
もう、この時点で疲れを感じるが、仕方ない。
「それで、レイアはそんなに慌ててどうした?」
「電話していた姉弟子が全然返答してくれなくて……」
「端末の通信を切り忘れて、どっか行ったんじゃねぇの?」
「ありえるから困るんだよね……」
レイアは疲れた顔で携帯端末の通信を切ると、ポケットにしまう。さて、問題はここからである。
彼女は光は放つ右手の甲をあげながら、疲れた顔で口を開く。
「それと煌々と契約の印が光り輝き始めたんですけど。心なしか、少し紋章の形が変わっているようにも見え……いや、間違いなくなんか加筆されてます」
「私は《契約》の魔法には詳しくねぇからなぁ」
「僕も紋章が変わるなんて初めての経験ですよ。だから召喚で呼びかけるのも怖くて……さっきは助けてはくれたから敵対したって訳ではなさそうなんですが」
「オクタ君、だっけ? 害意が無さそうなら開き直って召喚してみたら?」
……それは、何気無い、本当になんとなくで出した提案だった。
いや、レイアの現状を変えるにはそれしか選択肢が無かったともいえるが……誰の意思も介入していなかった事だけは断言できる。
「そうですね。それじゃあ……呼んでみます。オクタ君《契約》の名の下に我が元へ」
どうせなにも起こらないだろうと、気を抜いていた2人の元に、空気が捩れるような奇妙な音がなり、次に水の滴る音が聞こえた。
音のした方……丁度真上を見上げると、フワフワと浮いた状態で、灰色のフードとコートを纏った触手の塊がいた。そして、強張った顔で固まる2人。
『……』
「え……」
「……」
しん……と重圧すら感じる静寂の中、突如として、念話のように、頭の中へ直接響くように中性的な声が聞こえた。
『緊急事態か?』
「……」
「……」
機械質ではない、確実に感情のあるオクタ君が発したらしき声を聞いた2人は、脂汗を垂らし仰け反るように尻餅をついた。
混乱極まれり。そんな中でひとつだけ、明らかな『異常』に対しレイアは叫んだ。
「ウワァア!! 喋ったァ!?」
………………
「《情報の保管庫》? この手帳が?」
「多分だがこの手帳ひとつにかなりの情報が詰まっているんだろうな」
ダルクはリアにそう返しながら、赤い手帳をパラパラと捲る。その時、パサリと2つ、折り畳まれた紙が手帳から滑り落ちた。
それを拾い上げ、広げてみる。1つ目には、こんな事が書かれていた。
『もし私の中から与えられた『人間性』が消えていた場合の保険として残す。これを見た貴方に頼みたい。五芒星を持つ、巨大な蛸を探し捕獲して欲しい。
そして召喚魔法が使える者と《契約》を結んでは貰えないだろうか。
私は、彼女の頼みを実行しなくてはならない。その為に『人の魔力』が必要だ。
元々は『無』から生まれた古き化物、死して乾物となった後は信仰と浄化装置でしかなかった私には、貰った『人間性』を数日しか保てない』
人間性。
人が人である為の全て。知恵や感情、心と精神の根源。人の中に潜む光と闇、立ち向かう意思や覚悟、欲望や野望など誰にでも潜む獣のような醜き精神。
それら全てをまとめた総称を『人間性』と一部の魔法使いは呼んでいる、らしい。詳しくはリアとて分からないが、そんな話の載った本を読んだ記憶が蘇った。
魔物が生まれる要因である『濁った魔力』、その曖昧な表現に異議を唱えた哲学者がいた。言い回しがくどい為に簡潔に纏めるが、要約すると『人間性を持つ我々は皆、無意識に悪意を振り撒いている。些細なものでも寄せ集まれば、人に『害意』を持つ『獣』となる。それが『魔物』なのではないか?』と。人の中にいる獣が実態化して襲ってくる、実に哲学者が言いそうな絵空事だが、魔力関連の事を考えると強ち間違いでも無いような気がするのも事実。
故に、この連合国には無いが隣の連合国では特別な研究施設があるとかないとか……。
この事を後の日記にて、重要な事柄だと知るのだが、今ではない。
……さて、この話は一旦置いておき。
(五芒星を頭に持つ蛸ってオクタ君じゃね?)とリアは漠然に思いながら、もう1つの紙を広げテーブルに置いた。こっちは2人で見るべきだと思ったからだ。
『 これは《情報の保管庫》の『鍵』です。
専用の万年筆でパスワードを記入してください。
《 》
※ヒント:信頼出来る、資格ある者の名 』
「……パスワード? もうさっきから訳分かんねぇなコレ」
「でも2つ分かることは、御神体がレイアの契約している蛸かもしれない事と……どうやら、ここの書庫を粗探ししなくても手帳に欲しい情報が網羅されてそうって事だな。ただ、ヒントが仕事してねぇ。誰だよ信頼出来る奴って」
「……試しに、先輩の名前書いてみたら?」
「間違えたらペナルティとか発生しない?」
「大丈夫ですよ、俺が守りますから」
「格好良く言っているつもりなんだろうが、要するに被験体になれって言ってるのと大差ねぇぞ。別にいいけどさぁ……」
ダルクは徐に万年筆を手に取ると、自分の名前を書き込んだ。しかし、紙は不正解という意味だろうか。ダルクの書いた名前は記入欄から紙の中へ沈むように消え、空欄に戻る。手帳が起動する事は無い。
もしかしたら、日記に交友関係のあるクラウ・リスティリア……いや、この場合リスティリアのみの方が良いかと思い、リアも期待半分で書き込むも、同じ反応だった。
その後も、デイルやグレイダーツなど、有名どころを書き込んでみるも無効。いよいよもって分からなくなった。
「なぁリアっち……ここで手をこまねいても時間の無駄だし、一旦必要な物借りてライラの家に戻らねーか?」
トライアンドエラーを繰り返すリアは「そうですね……戻りましょうか」と呟き、万年筆と紙をダルクに手渡す。
それから、リアは棚から幾つかのノートを拝借する。それは勿論のこと、ハーディスの母親の日記である。他人の日記を堂々と借りていく様子のリアに、さしものダルクも苦笑いを浮かべた。おそらく情報の収集……よりも、過去の出来事に興味を持っての行動だろう。
「ちゃっかりしてんな」
小さく呟いた言葉は、目をキラキラとさせながら他人の日記を棚から抜き取るリアに聞こえる事はなかった。
それから帰り道に、リアは一応もう一枚の紙をダルクに手渡した。興味深げに読み込んだ彼女はただ一言「ふーん」と興味無さげに呟くと、紙を折り畳んでポケットに差し込んだ。
………………
帰り道、リアは歩道を歩きながら適当にノートを1冊取り出して、適当なページを開く。が、日付が無くなっており、いつの年代か分からなかったが……。
『人の精神的な深度、そして触れてはならない領域とは何処なのだろうか。
魔物とはまったく、分からない存在だ』
『この地域は本当に魔物が少ない。それは、遺跡に魔物の元となる魔力が集束している事が分かった。
それが、あんなにもドス黒く、しかし虹のように日を浴びれば玉虫色の光を放つ。人の悪意とは千差万別だとでも言いたいのだろうか。
まぁ、しかしだ。だからこそ、深く見る事なく気絶できたのは幸運だったと思う。あんなもの、長く見るべきではない』
『私がこの地域で遺跡を見つけ1年経った。そんなある日、何時もの駅で電車を待っていた私の元へ突然、ヴァルディアが現れ同行したいと言ってきた。
何処で知ったのだろうか。まぁ、それは今はいいとして……正直、あの異様な地域に友人を連れて行くべきか迷った。だが、少々頭がおかしくとも、彼女の魔法使いとしての実力はある。だから共に行く事にした』
『空を見れば雪の降る寒い夜。海は静かに波を打ち、流れる風は肺を冷やす。そんな、眠りにくい夜だった。隣で寝ていたヴァルディアが突然、汗だくで飛び起きた。聞いてみると、化け物の夢を見たらしい。その日は彼女に大丈夫と言い、どうにか寝かしつけた』
『どうしようかなと迷ったが、私は素直に遺跡がある事と、とてつもない魔物のような存在が潜んでいる事を彼女に話した』
『「人の恐怖する姿に愉悦を感じる私は……あの遺跡に魔力を与えているのかしら?」古い民族文化の調査を終えた午後、夕食の席にてヴァルディアに問われた。私は「そう思うなら、性格を直せ」と言ったのをよく覚えている』
『ヴァルディアから「船で遺跡の元へ行ってみないか?」と提案された。当然却下だ。そんな危ない事ができるか。そう正論を言ったつもりだったが、彼女は……複雑そうな顔だったと思う』
『私が地域調査と、蛸の乾物の詳細を調べている合間にいつも、ヴァルディアは海を見ていたようだ。地域周りを歩いていた時、定食屋のおばちゃんに聞かされた』
『惹きつけられているのか? あの化物に?』
『休みは終わりだ、帰ろうぜと朝早くに彼女に言った。思ったよりも素直に支度した彼女の事を訝しんだが、考えるだけ無駄かと思った』
『グレイダーツの奴に「最近あいつ大人しくね? お前仲いいだろ、なんかあったのか? 不気味で仕方ねぇよ」
そんな事を突然言われたが……まさか、関係ないだろう』
『……何処か上の空で、言葉を掛けても反応が遅れる事が多くなった気がする。
単刀直入に聞いた「あの神社に行ってから、何か気になる事でもあるのか?」と。
すると「そうね、素直に言うと……貴方は夢で見るあの魔物を、汚くて恐ろしいと言うけれど……何故か私は最初に綺麗だと思ったのよ。自分が前から、他人とは少しズレた性格をしていることは知っていたけれど……やっぱり精神的に異常なのかしら?」
何か言おうとしたが、何時も何時も、お前は変な奴だと言っている私に、違うと言う資格は無かった』
『あの悪夢は、精神を蝕むのかもしれない。私は精神的に暴慢だからか、変に気が散ったり気分が落ちたりはしないが……今更だが私が特別精神的に強かっただけで、他の人は違うのではと思い始めた。気がつけたのはヴァルディアのおかげだ。しかし同時に、彼女を連れて行ったのは致命的な失敗だったかもしれないと後悔した』
『休日、今週は課題を片付ける為にあの神社へ向かう事はない。だが、私以外は別だ。一応ヴァルディアに電話を入れて「気になって仕方ないのかもしれないが、行かない方が良い」と忠告しておいた。彼女の弱々しい「分かっているわ」と言った声がやけに印象に残り、課題に集中できず単位を落とした。クソが』
そこまで読んでから、リアは穏やかに海面の揺れる海に目を向けた。
此処に来る前に、先輩が気絶した事をレイアからのメールで知っていたが……。
「……そういえばレイアから悪夢を見たって聞いたな。彼女は夢の中で叩きのめしてやったらしいけど」
日記を読む限り、精神論にしかならないが……要するに意思の弱い者は立ち向かえないとでも言うのだろうか?
それと同時に、ヴァルディアという英雄達が語った彼女の姿と、日記の中にいる彼女の姿が徐々に悪い方向へと近づいている様に感じた。




