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The call of darker ⑱

 ダルクは写真を裏返しそっとテーブルに置くと神妙な顔で口を開く。


「取り敢えず神殿にいる存在の、何だっけ?」

「『澱み』です」

「そう澱み。そしてオクタ君が『澱み』を倒す為の最終兵器的なナニかだって事がわかった。ただ、情報が限りなく少なく、またレイアにどう説明すべきか全く見当がつかない、と」

「レイア、オクタ君の事めっちゃ気に入ってますしね……」

「言い方変えれば『貴方の大事なペット爆弾にしていい?』だからな。流石の私もそこまで畜生な台詞は言えんぜ」

「言えるだろうアンタなら」

「言えんぜ」


 リアの言葉を無視して、ダルクは壁に寄りかかりながら腕を組んだ。


「やっぱ情報集めが大事だな。オクタ君の存在があやふやなのと……『澱み』が単に攻撃して倒せるならいいが、魔法は通じねぇだろうし。かと言って物理攻撃で何処までぶっ飛ばせるか……」

「ってか俺らが倒す前提で話してますけど、一応魔導機動隊に通報とかは?」

「信じてもらえると? デマだと思われて動いてくれねぇだろうよ」

「そうっすよね……」


 魔導機動隊は国家機関ではあり、人々を守る自衛部隊であって、決して軍隊ではない。だからこそ、魔物などの討伐や各国からの使命、また特別な依頼ならば率先してやるが、それ以外は警察組織に任せる事が多い。


 今の世の警察組織は、捜査、側索、怪しい場所の調査や情報収集、解析や分析などの補助的な役割を担っている。


 だから今回のオカルトじみた案件は、どう説明しようが警察組織しか動いてくれないだろう。

 そんな会話をしていると、隣で黙って聞いていたハーディスが日記を机に置いた。


「先生としては、これ以上危険な事に深入りして欲しくはないんだがなぁ。警察組織に調査してもらった後で、どうにか魔導機動隊に動いてもらい討伐してもらうのが最善だろう」

「それはそうですけど、調査だけで何ヶ月かかりますかね……?」

「私らが襲われた以上、時間的猶予は無いと思う」


 優しい気遣いに、リアは困った表情で頰を掻き、ダルクは柄にもなく真面目な顔つきをする。そんな中で先に口を開いたのはダルクだった。


「先生の気持ちを無下にする気はないし、確かに本職の人に討伐を任せるのが1番かもしれない。身を案じてくれるのは素直に嬉しいぜ。でも、流石にここまでお膳立てされておいて引き下がるなんざ魔法使いの名折れだ。それにまだ先生の母親が死んだって決まった訳でもない。あとは私らが襲われた以上どのみち引き下がれねぇ、タイムリミット的な意味でも」

「俺も概ね先輩と同じ意見っす。それと、単純に『気になる』って気持ちもありますけどね」

「……お前達、好奇心は猫を殺すって諺を知っているか? そうやって首を突っ込んで、死んだらどうするんだ」


 真摯に、真剣に。

 見据える目には、優しさと険しさが宿っているように思った。

 ……謎めいた存在である『澱み』に命を賭けてでも挑む『覚悟』はあるのか? と言葉でなくとも伝わった。

 だからこそ、リアはハッキリと言う。


「いつだって魔法使いを惹きつけるのは『未知』ですよ先生。それに戦う『覚悟』なら魔法を習った日から既に持っています」

「そうだな。とは言っても、流石に死にそうなヤベー状況になったら撤退しますし、大丈夫っすよ」

「……『覚悟』か。そんな純粋な感情を、私も思春期の頃に持っていたから反論出来ないな」


 呆れ半分、そして生徒をみる先生としてではなく、一介の魔法使いとしても良く知り、そして最も面倒な『未知に対する興味』と『魔法使いとしての矜持』に同意してしまった。


「……分かった、私からは何も言わない。好きにするといいさ。この書庫も好きに調べて行ってくれ。ただ危なくなったらこの神社に逃げて来い。あと出来るだけ大人を頼れ」

「後ろが安全地帯ってのは助かるな」

「色々と、ありがとうございます先生」

「ん、じゃあ私はそろそろ祭りの準備に戻らせてもらおう。出来れば祭りの方も是非に楽しんで行ってほしいのだがね」

「状況次第っすかね、今日中に片がついたら行きますよ」


 そんなこんなで、其々が自分のやるべき事へ目を向ける。

 観光客の誰しもが、この場所が危険に晒されているなど知らないだろう。リアの中にあるのは、だからこそ、早急に倒さなければといった正義感があった。

 一方のダルクは……賢い脳をフルに活用して現状、状況、資料を整理して、一先ず携帯端末を取り出すと、軽く纏めても何千文字にもなるたった1時間程度の出来事を打ち込むと、ライラに向けてメールを飛ばした。


………………………


 退室した先生を見送り、再び日記を読む事にしたリア。そんな彼女の隣で、資料らしき紙束に手を伸ばしながらダルクが呟いた。


「適当に捜査しつつ、夏の海とライラの豪邸を満喫するつもりだったのに、なんか呪われてんじゃねぇかなってレベルで厄介ごとが舞い込んで来たよなぁ」

「……俺は先輩が面白そうだからって、失踪事件の再捜査を言い出した時点で予想してましたよ」

「私は黒闇天じゃねぇぞ」

「あんたが厄災の神様ならもっと状況悪化してるでしょ」

「こやつ……ぬかしおるわ」


 その後、ダルクが「表出ろや」と言う前にリアが「表には出ませんよ」と言ったせいでダルクは久しく感じていなかった敗北感を味わうのだった。


「それよりもずっと気になっていたんだけど」


 手に持った資料を乱雑に棚へ差し込むと、2、3歩リアへと歩み寄り、彼女の近くにあるテーブルに手をついた。


「リアっち、この赤い手帳ってもう見たの?」


 ダルクに問われ、日記の続きを読んでいたリアはノートを閉じる。


「……なんか仕掛けとかありそうで触れてないです」

「ふーん」


 リアの懸念など意に介さず、ダルクは赤い手帳を手に取った。なんの躊躇いも迷いも無く。止める間も無い流れるような動きであった。


 そして表紙を捲り、1ページ目を見つめたダルクは「ほぅ?」と首を傾げる。彼女の反応に興味をそそられたリアも、隣から手帳を覘いた。


 そこにあるのは、無数の細かな魔法陣と幾何学模様の密集した模様が描かれていた。何かの魔法か記号か、リアには全く心当たりが無かったが。


 しかし、ダルクはとても見慣れたものだった。


「……《情報の保管庫(アーカイブ)》?」


…………………


 時刻は少し遡り。

 都会にある普通の民家……に見える家の地下室にて。

 姉弟子のネイトは、オクタ君を収容していた強化硝子の隔離シェルターを前にして、口を半開きにし固まっていた。


 シェルターの内部が水で満たされ、岩盤や海藻が地面から生え、更に彩り豊かな魚達が泳いでいる。


 照明の効果も相まって、見栄えのいい光景は高級設備で整えられたアクアリウムのようで。


 強化硝子のお陰で割れずに、シェルターの強度のお陰で施設自体が壊れて水浸しになっていないのが幸いだ。だとしても……小銭稼ぎの仕事から帰ってきたネイトにとって異常なシェルターの変わりように、ただただ困惑するしかなかった。


 そんな折、ネイトの携帯端末が軽やかな着信音を鳴らした。こんな時に電話をかけてくるであろう人物など1人しか思いつかなかったネイトは、応答ボタンを押すと単刀直入に問いを投げる。


「ボス、貴方何をやらかしたの?」

『そっちも何かあったの!?』

「何か、か。それで今回は何をやらかしたの?」

『誤解だ!! 僕は何もしていないよ!!』

「何もしていないって事は『何かは起こった』って事よね? でもちょうど良かったわ。オクタ君を収容していたシェルターがアクアリウムになったのよ。ボス、何をやらかしたらこうなるのかしら?」

『は?』

「魚を見るに、海かしらね? 何が起きたらこうなるの?」

『いや、僕も訳が分からない』


 電話の向こうで、レイアの深い溜息が聞こえ、次いで疑問を帯びた声色で。


『う、ん? ちょっと待って、話を始める前に……オクタ君はそっちに居ないのかい?』

「さぁ? あの繭の中に居るんじゃないの?」

『そんな筈は、さっき僕の《契約》を通して出てきたんだ。なんかこう、成長した感じのオクタ君が!! 最後は雨合羽を着た人型っぽい触手の集合体みたいになって……』

「ちょ、ちょっと。いきなり早口で言われても理解が追いつかないわ」


 あの浜辺に居たのなら、レイアの説明で全て分かるかもしれないが、今帰ってきたばかりで更にシェルターのアクアリウム化という謎現象に混乱しているネイトの頭は、現状把握に必要な情報量でオーバーしていた。


 そんな中で、レイアは必死な声で、1つだけ……繰り返し問いかける。


『ごめん、僕も混乱してるんだ。けど、だからこそ1つだけ聞かせてくれ。オクタ君は、居ないのかい?』

「……繭に変化はないわ。水のせいでちょっと見難いけど……」


 と、その時だった。ネイトの肩を、トントンと誰かが叩く。ネイトは(あぁ、ドア開きっぱなしだったわね。ルークが帰ってきたのかしら?)なんて思いながら、特に警戒する事も無く振り返り……。


「えっ?」


 携帯端末が手から滑り落ちる。目の前にる存在……深く灰色のフードを被り、同色の長いコートを着た人型の存在。フードの下には暗闇が渦巻いて顔は見えず、コートの袖と胴の部分からは無数の青白い触手が伸びている。


 そんな、彼女からすれば謎めいた存在のフード下にある漆黒の闇を見た瞬間、脳を大きく揺さぶられる感覚と、酩酊状態に似た強烈な目眩と動悸が起き……意識が沈んでいく。


 だが、ネイトは寸での所で、意識が途切れる前に一言呟いた。


「貴方は彼女の、味方?」


 嘘か本当かなんて分かる筈が無い。しかし確かなのは、目の前の存在が小さく頷いたと言う事。それを見た最後に、ネイトの意識は完全に落ちた。


………………


 ゆっくりとネイトを近くに寝かせると、オクタ君……と、呼ばれてきた者は器用に触手を蠢かせ、滑るように階段を上っていく。


 研究室を出ると、ゴミの積み込まれたリビングに出ると、ゴミを踏みしめながら中央へと向かった。そして、カーペットにそっと一本の触手が触れる。


 すると、触手の先端から青白い光が零れ落ちた。その光は床と接着すると同時に……カーペット下に隠された魔法陣を起動させる。


 下に隠された魔法……それは長年、契約者との意思疎通の為に使われた《魔の糸》であった。

 複雑なその魔法陣をなぞりながら触手を動かせば、淡く空中に線を描き、立体的に浮かび上がった。


 立体的に浮かべれば、幾重にも重なり星座のような幾何学模様と、研究され尽くされた基礎的、六芒星を用いた陣が、より神秘的な雰囲気を放っているように感じる。


 魔法陣を立体的に起動させた本人は、コートの袖から触手を一振りする。すると、魔法陣が形を崩し青白い燐光を放ちながら、触手に吸い込まれるように消えていく。


 ……完全に光が消えたのを確認すると、軽くコートを振り払うようにはためかせる。


 そして夏の湿った空気を切り裂くような乾いた音を響かせると、リビングに再び静寂が舞い降りた。

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