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The call of darker ⑰

 リアはページを捲る。紙の擦れる音が、静寂の書庫に木霊する。

 ノートは半分ほど捲り終えた。ここまでのページに記された日記の殆どが、赤点の補修に対する愚痴や、級友への罵倒ばかり。


「……楽しそう」


 だが、毎度の事ながら楽しかったと言わんばかりに事細かく描写されるおかげで、情景が容易に思い浮かぶ。この人は嫌だ嫌だと言いながらも楽しむ事が出来る人だ。


 少し、彼女のポジティブさを羨ましく思いながら次のページを捲った。


『8/15

 よくよく考えたら日記なのに、態々言葉遣いに気を使う必要ねぇなって思った。別に誰が読むわけでもない自分の記録でしかないのだから。


 せやし言葉使い変えて、心機一転楽しく書きましょかね。


 先々週あたりに仕入れた面白い噂を調査してみる事にした。

 なんでも、とある海沿いの田舎町に住む人々が『夏の夜』に決まって黒い化け物に追われる『悪夢』を見るらしい。

 悪夢といえば月に関係する魔術が多いが、まぁそれを抜きにしても実にワクワクする。だが、私は肝心な事を忘れていた。

 私の財布には、宿代が無かったんや。ま、バイトもしてねぇ若者やさかい仕方ない』


『8/16

 浜辺に魔法で氷と砂の宮殿を作り、魔法で魚を乱獲して魔法でひとりバーベキューに興じていたところ、神社の神主らしき人がやってきて普通に注意された。

 せやけど、私は昨日120円ほど使ってしまい、現在は帰りの運賃しかない。

 なんで、開き直って今時のクソガキよろしく逆ギレしたところ、なんと神社に無償で泊めてくれるとの事。

 お、エロ同人な展開かな? と考えたが……その、ご立派な神社だった。そして神主さんは、めちゃくちゃ親切だった。少しでも邪な考えをしてしまった私は、心が汚れた人間なのではと考えてしまう程に』

 

『8/17

 私の事情を説明したところ、喜んで協力してくれるとのこと。何でも、その件でこの神社にお参りに来るご近所さんが多くて困っているらしい。

 そんな訳で……三食飯付き、風呂まで提供してもらえる事となったんやけど……さてはこの神主の中身、菩薩様なのではと訝しんだ。

 ……流石に悪いので、神社の廊下の床拭きや、掃き掃除くらいは手伝う事にした』


『8/17

 調べてみれば、海静魄楽という神社は、そこそこ有名らしい。祀られている仏像も薬師如来様と偉い仏様が、御神殿に座して居られた。

 まぁ、私が神に祈るのは腹を下した時だけなので「その時はよろしくお願いしまーす」と思いながら手を合わせておいた。

 そんで、今日は適当にご近所さんに『悪夢』について聞き込みをした。

 が、まぁ得られた情報は事前に調べた事と……天候が悪い時に悪夢を見る事が少ないってことくらいや。

 ふむ……古い魔術や呪いの類いだろうか? 昔も今も、月の光には特別な魔力があると考えられているから、可能性はあるやろ。

 明日、神社の神主に資料を納めた書庫でもないか聞いてみようかね』


『8/18

 管理がッ!! 雑すぎる!!

 歴史を記した書物や、秘匿された希少な書類を何だと思ってるんや!!

 湿気無く、乾燥した日の当たらない部屋に仕舞え。虫が湧かないように掃除は定期的にせんかい!!

 と、憤りながら書庫を掃除する許可を貰いに行ったら、好きにしていいって。えぇ……』


『8/19

 掃除をしている時に、ふと手に取った巻物があった。

 かなり古い書物のようやし、本来なら丁寧に開かなければならないところなんやけど……この時の私は、何か運命のようなモノを感じてなぁ。

 無断で封の紐を解き、両手で広げた。そこに記されたのは、鳥獣戯画のような炭で描かれた、ここの歴史らしき『絵』があった。


 そして巻物の中心に大きく描かれた絵に、私とても興味が惹かれた。

 人よりも明らかに大きな頭と触手を持った蛸のような存在が描かれていたのだ。それも、神聖なモノを守るように注連縄らしき輪っかで囲われて、更に多くの人々が集っている。気味が悪い』


『8/20

 やっばい、寝る前に気がついたんやけど……課題のレポート家に忘れた』


『8/21

 ぁぁぁぁあ!! 巻物のなんかよく分からん儀式みたいな絵とか、謎の象形文字の解読とか、もしかしたら海の底に何かあるかもとか、調べたい事が多いのにィィイ!!


 課題、提出しないと留年する。


 ……帰らなあかん』


『8/22

 神社の神主さんに書庫の清掃と保存の重要性を1時間ほど語りまくり、ついでに1番初めに手に取った巻物を「近いうちにまたくるさかい持ち帰ってええか?」交渉したところ「また来てくれるなら構わないよ。その時にはまた、客室を貸そう」とイケメンスマイルで言われた。

 ……なんやコイツ、イケメンで菩薩精神とか極まってんな。

 そんな訳でこうして、電車の中でこの日記を書いている私やけどさぁ。さーすーがーに、見ず知らずの一般人に対して好待遇すぎやせんか?

 けど、あのイケメンスマイルには裏の顔は無さそうやしなぁ……。普段から胡散臭い級友を相手にしてるからこそ分かるわ。

 ……ま、利用できるものは利用させてもらうとしましょうか。泊まらせてもらっている間に、変な薬とか飲まされて「らめぇ!!」みたいな展開にはならなかったし。

 厚かましいのが私だ。今更改める気はないで』


『8/30

 夏休み終わるなぁ。

 結局巻物の一つでは、謎が増えるばかりで、あの地域の悪夢については、何も分からんかったわ。

 せやけど、ひとつだけまた、あの神社に行く理由はできた。あの絵に描かれてた『蛸』、神社の何処かに祀られてるんとちゃうかなって思うんや。地図と巻物の雑な絵を比べると、神社との距離は遠くない。これは調べ甲斐がありそうやで。冬休みが楽しみやのぅ』


『9/3

 グレイダーツに何気無しに「夏休みお前なにしてたん?」って聞いたら「野望の為にエジプトの魔物警戒区域にあるピラミッドに侵入してお宝探ししてた。あ、ゾンビの写真あるけど見る?」と軽くSAN値が削れるもん朝から見せつけられて、トイレで吐いた。魔物とかいうグロい奴らを見慣れていても、やはり人型の魔物はキチィ……』


『9/12

 特筆する事無くて今日まで日記の存在を忘れていた。とは言いつつも……書く事ねぇな。あの田舎町については休日に向かうには移動費が高くつく。かと言って唯一《門》の魔法が使えるグレイダーツやデイルに頼むのは癪だ。

 いや、クラウの奴も使えたっけ?

 でもアイツに頼むと芋蔓式に関係ない奴付いてくるし無しやな』


『9/13

 デイルに「夏休みなにしてた?」って聞いたら「クソ野郎と殴り合ってた、氷山で」と言ってきた。

 意味が分からんがな。

 ただ、吹っ飛んだ氷山の中から謎の遺跡らしき建造物が出てきたらしく、近々見に行く予定なのだとか。

 国に報告しない辺り、コイツも大概やなぁ思ったわ。


 ……あと、通路に展示してあったマンモスの剥製、お前が持ってきたんかい』


『9/16

 ウェーイソイヤッ

 陽気な奴はそんな雰囲気を纏う文化祭の時期がやってきた。

 同じ美術部に属しているヴァルディアの奴さんが展示用の絵を共同制作しようと言ってきたので、適当に下書きだけして絵を描くのは丸投げした。色塗り頑張ってなーってな』


『9/20

 私は向かい合う男女の肖像画を鉛筆で描いたと思うんだけど、どうして血みどろの殺し合いをしている絵になるのか。SAN値削れるし、こんなん見たら、見学のガキ共が泣くだろうなぁ。って指摘したら「それが見たいから描いたの」って返された。本気で友人辞めようかなって思った1日だった』


………


 リアは次のページを捲ろうとした時、一枚の紙が挟まっている事に気がついた。それは、古い写真だった。


「ヒェ!?」


 恐らく油絵であろう絵画を写した1枚。それは立体的で奥行きを感じる程に繊細に描かれた、防御無視の殺し合いをしている絵であった。血飛沫舞い散る中、いい笑顔で剣を突き刺しあっている男と女……多分だが、日記の絵とはこの写真の事だろう。


 背筋に冷たい悪寒が走り、リアは精神的な何かが削れた気がした。


…………


『9/〜10/1

 文化祭なんざ参加する訳ねーだろうが!!私はなぁ、なんかクラスメイトが勝手に主催して勝手になんか作っておいて、片付けだけは手伝えやみたいな空気が心の底から嫌いなんや。ぺっ』


『10/8

 中間テスト目前。日が経つのが早い。

 ついこの間までクソ暑くて憎々しかった太陽が、少しだけ恋しくなるこの頃。

 ……テストが終わったら、紅葉でも見に、あの神社へ行ってみようかな』


『10/20

 赤点赤点赤点赤点赤てんあかてんあか』


…………………


「ちょっと一服するか」


 赤点を取ったらしい、怨嗟の籠っていそうな日記のページを最後に、リアは近くにあった埃の積もっている椅子に腰かけた。


 日記から、52年前の学校の様子……特に今や有名なグレイダーツやデイル、そして自身の祖母であるクラウ・リスティリアや、まだ戦争を起こしていないヴァルディアの様子など、正直言うともっと読み進めたいところだが……ここに来た本当の目的を見失ってはいけない。


 そんな事を考えていた時、携帯端末から電話の着信音が鳴った。発信者は、何処かに走って行ったダルクからだった。


「私はダルク様、貴方の後ろにいるの……』


「……なんかあったんですか?」


 背後を振り返るも、通ってきた掛け軸があるだけ。


『掛け軸の向こうに居るのは分かってるぜ。開けてくれ』

「……うん?」


 そっと鍵を手に取り、来た時と同じように翳す。文字が蠢き、黒い通り道が出来上がると、のっそりとした動きでダルクとハーディスが入って来た。


「な? 背後にいたろ?」

「……しょーもな」

「……」

「邪魔するぞリア」

「あ、先生。あのその、勝手に入って漁ってごめんなさい。他人の家なのに」

「素直に謝れるのは良い事だぞリア。許そう」

「ありがとうございます……」


 ハーディスに軽く頭を撫でられ、少し赤面するリア。

 一方リアに真顔で「しょーもな」と言われたダルクはそっと目を閉じて「フッ」と笑い、数秒の後ゆっくり目を開く。


「話のすり合わせに来た、そっちなんか収穫あったか?」

「ちょっとスベったからって、無かったことにした……」

「るせぇ!!」


……………


 ダルクから大凡の話を聞いたリアは、単純な疑問を口にする。


「そもそも、オクタ君って何?」

「割とマジでそこなんだよ、だからリアっちに期待したんだけど」

「……期待してもらったところ悪いっすけど、まだ調べてる途中です。何処かに資料があればいいけど……。あと、先生これを」


 リアはさっきまで見ていたノートを、ハーディスに手渡した。


「……これは、日記か?」

「はい、52年前のです」

「……私の母の日記か」


 感慨深げにそう言って、パラパラと適当にページを捲るハーディス。その時パラリと……あの写真が落ちて、気がついたダルクが拾い上げた。そして……顔を強張らせる。


「……リアっち」

「なんです?」


 キリッとした青い顔で、震えながらダルクは呟くように言った。


「今日の夜、一緒に寝てくれない?」


 気持ちの分かったリアは……ダルクの肩に手を置いて頷く。出会って初めて気持ちが通じ合った瞬間だった。


「良いですよ」

「ありがとう、にしても、下手な心霊写真より怖いんだけどこの絵画。誰が描いたか分かる?」

「世界最大の犯罪者」

「わぁお、ヤベェもん見ちまったぜ」

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