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The call of darker ⑭

 おかしい、と思いはするも、はて答えを得るにはどこから行動を起こせばいいのだろう。

 全く道筋が立たない、しかしこういう時にこそ目標に辿り着くための点を見つけるのが『探偵』の仕事だ。しかも、隣には道を開いてくれる力……優秀な魔法使いもいる。別に時間が無い訳ではなく、明確な『敵』も黒い触手という曖昧な相手だ。


 だから落ち着けと、ダルクは逸る気持ちを深呼吸と共に鎮め、思考を走らせた。得た情報を『点』とし、次に必要な情報は何かを考える。


 今最も確認せねばならぬ場所は……。


 考え、思いつき、彼女は飄々とした笑みでリアに一言告げた。


「先生が戻って来る前に……神様が祀られている宮とやらを調べて来るわ」

「いや、流石にそれは」


 静止する間も無く、風のように彼女は音一つ立てずその場から消えた。実際は《透明》になれる魔法や足音を消す魔法など、高等な魔法の数々を使用した行動だが、そんな事ができるなど知らないリアからすれば、急に消えたようにしか見えなかった。


「……自由すぎる」


 広い和室に1人残されたリアは天を仰ぎ見、呟いた言葉は虚しく空に消えた。


………………


 その後、お茶と菓子を持ち戻って来た先生と少々雑談を交えるリア。ダルクの事は適当に誤魔化しておいたが、もしかしたらバレていたかもしれない。

 リアは素直な性格故に、嘘を吐くのが絶望的に下手くそなのだ。しかし、追求してこない先生を見るに……騙されてくれたのかもしれないと思った。


 それから数分後、先生は「やりたくないが、はぁ……そろそろ私は仕事に戻らねばならない。リア、気兼ね無くゆっくりと寛いでいってくれ。帰りの挨拶などはいらないからな」と言い、ずり落ちそうな巫女服を着直しながら部屋を後にしていった。


 残されたリアは、遠くから響く喧騒をBGMに出された茶を飲み干して溜息を吐く。イグサの匂いのする畳部屋は、とても気持ちが落ち着く良い場所だと思った。


 なので……。


「帰るか」


 自分がやれる事は無いだろうと当たりをつける。

 そして立ち上がり、ダルクの持ってきた書類を手に取り纏めた。それから最後に『鍵』へ手伸ばした……その時だった。


 鼻に木が焦げたような芳ばしさのある良い匂いが漂い始める。


 その匂いの原因は『淡く光を放つ鍵』のすぐ側、黒檀のテーブルにあった。

 焼印のようにチリチリと焦げ目をつけ、ゆっくりと『文字』が浮き上がっていく。なんらかの魔法かと警戒しながらも、リアは文字を目で追って口にする。


「『……資格ある者へ』?」


 突然浮かび上がった文字と『資格』の言葉の意味が分からず、警戒するしかなく身構えるリア。そんな彼女を置き去りに、スッと文字は消え、また違う文が浮き上がらせた。


「『貴方は信頼でき得る魔法使いの血を持っている』

 ……血?」


 文字に疑問を浮かべている間に焦げ目は消えて、また次の文が浮かび上がる。


「『そして、ここに来たという事は、彼の者もまた活動を始めた事になる。貴公はきっと、黒い触手からこの鍵を見出した筈だ。そうして詮索したから此処に辿り着いたのだろう?』」


 その通りだ。疑問だった、オクタ君が態々出てきて黒い触手を攻撃したのは……自分達を助ける為だったのか? と。しかしリアは、レイアからオクタ君が謎の繭に引き篭もった事を聞いていた。だから、何故あの砂浜で、そしてあんなに都合の良いタイミングで出てきて助けてくれたのかが少し違和感として引っかかっていたのだ。


 しかし、これが、この場の全てが『偶然』でなく『必然』だとすれば。自分達は、オクタ君に少なからず導かれた事になる。


 ……だから、誰からの物かは不明だが、とても重要な文だと理解した。


 もしかすれば、勘違いで自分に見せている可能性もあるだろう。だが、少なくとも自分は無関係ではない。


 そう思うからこそ深く脳裏に刻むように一言一句読み上げた。リアが読み上げると、連動してまた文字も姿を変える。


「『残された時間は少ない。だから貴公を私の書斎に案内したい。そこに私の遺産がある。貴公の求める知識もあると思う。

 だが、その前に……私の秘匿した全てを見るに足る者かを確認させてほしい。


 問おう神様を信じますか?』」


 リアは予想外の質問に、暫し意味を読み間違えたかと読み直す。しかし、質問の意図はその通りなのだろう。


 神様の存在を信じているか、と。


「……質問の意図が分からん。神様……か」


 座り直し、肘をついて片手で顔を支えながら思考を走らせる。

 少々この謎の文字が胡散臭くも感じ始めたリアだったが、時間に追われている訳でも無い為に……ぼんやりと、問いについての答えを考えてみる事にした。


 神様、と言われれば神社に祀られる上位の存在。又は人々が信仰をする対象を指す。

 ……リアとしては、特別何処かの神様を宗教しているわけでは無いが、いるかいないかを問われれば。


 どうだろう?


 第一、質問が曖昧だ。この問いは実態があるか、神様へ願い事が届くと信じているか、自分が崇める対象が存在するかで……答えなど無数に変わる。


 なのに、ただ単に神様の存在を信じているかと聞かれても……困る。答えなど、その時によるとしか言えない。哲学者なら、自身の芯から断言できる『答え』が言えるのだろうが……あいにく、リアに哲学者の精神は無い。


「そう考えてみれば、面白い問いかけだな」


 昔にあったとある国ではトイレにすら神様がいるとされ、数多の神々を纏めて八百万などと表現していた。そして誇張するかのように、無数の神々を祀る神社や神殿、宗教が存在している。


 だが、実態として大凡の人々が本当に神へ祈る、もしくは存在を信じる時など限られた時しかないだろう。


 祈る時など人によって千差万別、その時次第。宗教についてまで持ち出すと長くなるので割愛して。有名どころの神様くらいなら存在を信じるかもしれない。


 あくまでこの連合国では……の話だ。アルテイラでも宗教は自由である。だから、神様の存在は……無いとは断言できない。居るとも断言できない。どっちつかずだ。

 だが……50年前の大戦時『神様の力』をふるい戦った英雄がいた記録がある。会った事も無く、文献でしか知らないので詳しくはないが、会えれば答えが分かるかもしへない。


 ゆえに千差万別。神様と出会った事はないので沈黙が自分の答えだ。深く考える必要はないな。リアはそう思い、簡潔に回答を口にする。


「存在するかは人次第。祈るかどうかもその時次第。けれど俺の主観から言えば……神は存在するが、人を助けるかは神次第、故に神は傍観者である」


 祈ったところで叶えてくれるなどと考えない。願掛けしても助けてくれるとも思う事はない。しかし、存在しないとは言えない。


 故に、自分にとって神様は傍観者でしかない。精神的支柱になってくれれば幸い、くらいの認識。

 そして、無宗教者の自分ができる回答で(仏壇が自宅にあるので正確には仏教徒なのだろうが)これ程に模範的なものは無いだろう。


「にしても、神社に来て神様がいるかどうかを問われるとは……この仕掛けを施した人は余程、愉快な人なんだろうなぁ」


 木目を指でなぞる。リアの答えを聞き、文字は消えた。消えて十数秒、再び浮かぶ事は無い。


「……ハズレかな? 遺産とやらは気になったけど、まぁ俺に見る資格はねぇだろ」


 よく分からない魔法の仕掛けだったが……もしかしたら、今の問いと鍵に関連性があるのだろうかと、残った茶を啜りながら考える。それから、記された『遺産』とやらはきっと、ハーディス先生の家系にいる誰かの物だろう。どの道、自分が見るのは違う気がした。


 しかし……信頼に足る『血』とはどういう意味だったのだろうか。それだけがどうにも、不可思議で気になる。


 さっきの文は、ダルクやハーディスが居る時に現れなかった。だが、俺に資格とやらの心当たりは無い。


 いや、待てよ……。血と言うなら、もしかして祖母の『クラウ・リスティリア』の事だろうか?

 

 考えてみれば、年代的にハーディスの母親と祖母は同期で、友人だった可能性もある。

 ……そうなると『血』に関しての信頼とやらの筋は……通る気がしなくもない。


 ……まぁ、それが分かったところで所詮はただの空想に過ぎないし、現状がどうにかなる訳でもないが。


「……今度こそ帰るか」


 焦げ目の文字は、何事も無かったかのように綺麗さっぱり消え去り、再び浮き上がる事は無い。

 だから……変な質問は気になるところではあるが、此処に残っていてもやることも無し。寧ろ、ダルクの進捗でも聴きに行く方が余程、時間的には有意義だろう。


「そういや先輩、鍵持ってくの忘れてる。しゃーない、持って行くか」


 勝手に調べるのは駄目だろうと倫理観が訴えかけるが、さっきの《神を信じますか?》という質問のせいか、リアはあの宮の中がとても気になっていた。それに、あの文字からの情報を鵜呑みにするならば……この神社には確実に『黒い触手』への手掛かりがあると考える。


 調べる価値は存分にある。


 そう思い、テーブルの上の鍵に手を伸ばしたリアだったが……触れる直前で、些細な変化に気がついた。


 文字が浮き出る前は南側を向いていた鍵の先端が、触れてもいないのに西側を指しているのだ。まるでこの先を見ろとでも言いたげに。


 リアは無言で、西側の方へ目を向けた。先端の示す方向にあるのは……床の間だ。立派な松の木が描かれた掛け軸が目を惹く。


「……」


 人の家だということを忘れる程に、リアの好奇心は刺激されていた。

 彼女は書類を机に置き、ついでに鍵を拾い上げ床の間へと近づく。すると、距離と比例するように鍵の輝きが増していった。


「さっきの答えは、不正解じゃなかったのか?」


 呟きながら、何かあるならばここだろうかと、床の間に飾られている掛け軸に目を凝らして観察する。墨で描かれた掛け軸は、それ一枚で何万もするであろう高価な物だと素人目に見ても分かった。


 そんな掛け軸の松の絵が、リアの……いや『鍵』の接近を探知して蠢くように四方へ這いずる。そして、掛け軸の真ん中から、墨が滲むように文字が現れた。


『実に良い答えだ。そして『神』はいるよ、間違いなく。

 ……鍵を掛け軸に翳せ。

 成さねばならぬ事があるならば、この先にある物はきっと、貴公の役に立つだろう』


 言われた通りにリアは鍵を翳した、すると掛け軸が一瞬で真っ黒に染まり……。


「うぉおい!! またか!? またこういうパターンか!! ぐぅううぉお……」


 掛け軸の向こう側へと、強烈な吸引力で引き摺り込まれるのだった。


 ……リアを吸いこんだ後、掛け軸は再び松の絵を描く。元に戻っていく。しかし戻り行く松の絵の中に紛れて、一文の文字が流れていった。


『貴公の"覚悟"に期待する』


……………


 浮遊感から解き放たれ、地に足をつける。そして目を開き周囲をぐるりと見回す。小さな電球が薄暗く照らし、埃っぽい部屋だ。


「《門》に類する空間移動の魔法? もしくは隠し部屋か? いや、そこは重要じゃあない」


 部屋の壁には、埋め尽くすように本棚が重なり合って置かれており、全てにノートやファイル、それから歴史や民族学に関する書籍が乱雑に詰まっている。

 部屋の床や本棚の無い壁にも、書き遺しや写真などが幾つも貼られており、部屋の主人は少々適当な性格なのだと思った。


 ここを『書斎』と呼ぶには……あまりにも整理されていない印象だ。そして、その部屋の中でも一際目立つ場所がある。


 中央奥にだけポツンと置かれた机にある、『赤い手帳』と金細工の施された『万年筆』。この場所だけ、全く物が置かれていなかった。また、2つのオブジェクトから濃密な魔力が漂っており、更に埃一つ積もっていないように見える。何らかの魔法がかけられているのだろう。


 リアは少し考え、背後を振り返る。そこには松の絵の掛け軸があり……どうやら鍵を持つ自分以外は入れない仕組みのようだと考えた。


 ならば、やる事は決まっている。ここまでお膳立てされたなら、やらないという選択肢は無い。

 それに、これはどうやら『招かれた』のだと、心の中で理解できた。だからどの道誰かに止められようと……調べなくてはならない。そんな……感じる必要の無い、どこか異質な使命感に駆られながら、周囲を見回し一息つくと……。


「……探索しよう」


 リアは手近な棚にある、一冊のノートに手を伸ばした。

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