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The call of darker ⑬

 神社の境内は既に、人が多く集っていた。


 出店の準備をする人や、赤と白の巫女服を来た女性が数人、早足で行ったり来たりを繰り返している光景から、祭りの時の喧騒を思い浮かべる。熱気があって、誰もがワイワイと楽しそうに騒ぐ光景を思い浮かべて、リアは「はぁ……」と吐息を吐いた。その吐息はプラスの感情で満たされている。


 まるで初めて見るとでも言わんばかりに興味を示し、祭りに対して少し興奮するリアの様子に、ダルクは首を傾げながら話しかけた。


「別に珍しい光景でもねぇだろ?」

「実は俺、祭り事に参加するの初めてなんですよ。こうみえて、今日のお祭り凄く楽しみにしてたんです!!」

「今時祭りに参加した事無いってマジか。でも、なら良かったじゃねぇか。ライラの家には浴衣もあると思うし着飾ってみんなで行こうぜ」

「浴衣……」


 浴衣と聞いて言葉を詰まらせるリア。

 だが、ふと頭でその姿を想像してみる。


 ……女性物の浴衣を着た自分など、あり得ないと昔の自分なら否定しただろう。


 しかし今は純粋に着飾る楽しさや嬉しさ、それから祭りの高揚感とが相互作用し、恥ずかしいといった気持ちを薄れているようで。

 単純に、それはいいなぁと思ってしまった。女性物でも、初めての祭りへの参加なのだ。寧ろ着飾らない方が後悔しそうだと思った。ただ、純粋に。

 そうだ、ほんのちょっぴり、恥ずかしいのを我慢すれば良いだけだ。いや、その恥ずかしさすら……良い思い出になるかもしれない。否、寧ろプラスの経験になるだろう。


 黙り地面を見つめるリアを心配して声をかけようとダルクが近づく。と、同時にリアは両手をぎゅっと胸元で握りしめて「楽しみですね!!」と言って微笑を浮かべた。


「……」

「……なんで黙るんです?」


 ぽかんと目を開いて固まるダルクに声をかける。すると、彼女はしどろもどろになりながら、まるで弁明するように言葉を紡いだ。


「……なんでもねぇよ。じゃあさっさと調べて、ライラん家に戻るか」


 そう言って、早足で歩き始めるダルク。リアは急に早足になった彼女を追いながらも、表情は見えないがしかし、チラリと見えた朱に染まった頰が不思議と、印象に残った。


…………


 石畳の境内を少し進むと、本殿の真横に細く整備された林道があった。道の前には『関係者以外立ち入り禁止』の看板が立っている。


「進入禁止ね」

「……分かってたけど、何の躊躇いも無く行くんだ」

「禁止って書いてなかったら、ちょっとは躊躇ったかもな」


 悪戯をする前の子供のように笑うと、彼女は看板の横を通り過ぎた。

 そうして雑談をしつつ、数秒早足で進めば森の匂いとでも言おうか。マイナスイオンを感じられる、清らかな空気が漂っている気がした。あくまでも気がしただけだが……しかし、神社ならば清い場所があってもおかしくないだろう。


 だから、この先に進んで良いのか? と、リアは罪悪感を感じる……だが、それ程長い林道ではなかったようで、躊躇する前に拓けた場所に出た。


 そこには本殿より大きさは劣るが、それでも豪勢と言えるような宮があった。建物自体の柱や壁には細かな装飾が施されており、少なくとも倉庫などではないと断言できた。


 更に、恐らくこの建物の唯一の入り口であろう扉の前には無数のお札が貼られており、物々しい雰囲気を放っていた。少なくとも……ここは重要な場所で確定だろうと思い辺りを見回して、ふと違和感に気がつく。


 大事な場所……にしては、長らく清掃されていないようで、散った葉っぱが数多く散乱していた。草も石畳の隙間から生えており、人の手入れが成されていない事を証明している。


「なんか異様ですね此処」

「だな……空気が悪い訳じゃねぇが」


 お互いに同じ意見だったようだ。


「あの中、調べてみようぜ」


 ダルクが親指で宮の唯一ある、札だらけの扉を指した。

 よくよく、見てみれば薄っすらと、札の下に大きな模様が刻まれている事が分かる。その模様は、鍵の家紋とそっくりで非常に気になった。

 しかし流石に、勝手に調べるのは駄目だろうと思ったリアは、彼女を止めようとした。その時だ。


 背後から気怠げな女性らしき声が、2人の行動を制止させる。


「お前ら、そこで何してる」

「!!」


 問い詰めるように投げかけられた言葉に対し、リアは即座に謝罪しようと振り返り……声の主を見て「あっ」と呟いた。無駄にぶかぶかでダサい黒色のTシャツの上から、脱ぎかけレベルまでズレた巫女服を着た女性だ。そして目元に隈を作り、ボサボサの長い赤髪が特徴的な彼女は紛れも無く……。


「先生!!」

「あ? お前、リアか? そんでそっちは……ダルクだな?」

「こんにちはっす、ハーディス先生」


 「キラッ」が語尾に付きそうな口調で明るく挨拶をするダルクに、ハーディスは嫌そうに顔を歪ませた。


「うわっ……」

「あれ私、なんか素で引かれた?」


 理不尽な反応に苛立つダルクをリアはどーどーと抑える。そんな2人に、ハーディスは胡乱な目で見ながら続きを促す。


「それで、お前らは此処で何してたんだ? 立ち入り禁止だぞ」


 咎めるように言う彼女に、ダルクはスッと胸ポケットから名刺を取り出し、見せつけるようにヒラヒラと振ると。


「過去、先生ウチの探偵事務所に依頼しましたよね?」

「はぁ? 探偵なんて……」


 名刺を目で追い、事務所の名前を見た彼女は。


「思い出した。母が帰ってこないと父が煩いから依頼したな。確か半年前だったか?」

「そうですよ〜。それでまぁ、再調査の代理で、私が来ました!!」

「……お前が? いや、今は置いておこう。その件だが調査は打ち切った筈では?」

「そうだったんですが、もしかしたら進展したかもしれなくてですねぇ……」


 流石の彼女も、偶然が重なったから再調査しに来たなどと無神経な事は言えず口籠った。リアも何か口を挟む言葉が見当たらずに静観に徹する。


 居心地の悪い静寂が流れる。蝉の音がどこか遠くに感じるほどに。しかし、その静寂はハーディスのため息で崩れ去った。


「いいだろう。詳しく聞かせてもらおうじゃないか、仕事をしない生徒会長さん?」

「……嫌な所突いてくるなぁ」

「とは言うが、お前の探偵代理ってアルバイトだろう? 多忙な生徒会長がアルバイトなんてできるのかね? それに、グレイダーツ校ではアルバイトは基本的に申告しなくちゃいけない筈なんだが」


 悪い方で有名な彼女は、台詞から案に「申告してないだろう?」と言いたい事を読み取って、思わず苦笑いを浮かべた。


「その……」

「私から何か言う事は無いが、エスト副会長がブチ切れてたぞ。あと、処理が面倒だからアルバイトの件は黙っておいてやる」

「有り難や……」

「先輩、新学期が始まったら『覚悟』しなくちゃいけませんね。自業自得だけど」

「大丈夫。いつも通りのらりくらりと躱してやるさ……」


 あの温厚で優しいと有名なエスト副会長がブチ切れたと言われ、彼女の苦労と自分に対するヘイトを想像し、ダルクは身震いした。見つかったらヤバイと。

 一方で、一応は先生である彼女はエストに多少同情はしており、不良生徒に意趣返しが出来たと、胸がすいたような気分になった。それから、巫女服のポケットから取り出したココアシガレットを口に挟みながら、薄く笑みを浮かべるのだった。


………………


 場所は変わり、ハーディスの提案により本殿から少し離れた位置にある社殿に案内された2人。

 住居にしているらしいその建物は、縁側が広く床の高い和式の建築であり、どこか奥ゆかしさを感じる作りだ。


 それから、客室らしい座布団の置かれた広い畳部屋へ通される。部屋の中央には黒檀の大きなテーブルが置かれて、2人とハーディスは向かい合う形でテーブル前に座った。


「それで? 行方不明の母について何か分かったのか?」


 単刀直入で要件を問うハーディスに、ダルクは予め持ってきていた資料と……オクタ君に渡された鍵をテーブルに置いた。鍵を見たハーディスは、少し驚いた表情で呟くように言う。


「この鍵の模様は……」

「先生の家の家紋と同じですよね? あ、鍵は砂浜で拾いました」

「何故、そんな場所に……」


 魔物に渡されたと言っても信じてもらえないだろうと思い、嘘を織り交ぜて簡潔に説明する。それから……ダルクは当初より、気になっていた事を聞いてみる事にした。


「まぁ鍵の家紋を見て先生の家に、いや神社に訪れたのが一つ。もう二つ目は、先生……依頼の際に何か嘘を吐いてません?」


 ニタァと嫌味ったらしい笑みで、ダルクは言った。

 嘘……とはなんだろうかと首傾げているリアだったが、ダルクには少なくとも彼女が何か隠し事をしていると確信があったのだ。


 ずっと、引っかかっていた。確信があった訳ではないのだが、それでも何かがずっと引っかかっていた。


 答えがある訳でもない、謎かけのような疑問に対し、ずっと考えていたのだ。そしてここに来て、自ずと辿り着いた。


 依頼者がついている嘘に。


 まず『底の虫』において、失踪事件は基本、半年で1度の時効となるのだが、この際に依頼者へと確認を取る。ここで依頼続行を申請するかを依頼者に問うのだが……継続する者は半々。理由は見つからないと諦めたり、お金が足りないなど。


 だが、神社の持ち主が金銭に困るだろうか。


 ならば、なぜ半年で切り上げ依頼を取り下げた?


 見つからないと、依頼者が思ったから。それは希望を無くして諦めたのではなく……。


「先生のお母さんって、1ヶ月ではなく……最低でも1年くらい前に失踪していたのでは? と、私は推測しているのですが」


 ダルクの問いと同時に、彼女は口元のココアシガレットを折った。ポキっと小気味よい音が聞こえる。


「そうだ。正確には3年以上、家に戻ってない」

「それはまぁ、随分と長い事で」

「すまんな、父がどうしても早く調査して欲しいって煩くてな。悪意はないんだ」

「悪意はなくても、失踪案件は失踪の長さによって契約金が変わってくるんだよなぁ。まー、時効だからぁ? 追求したり、しませんけどぉ?」


 人の弱みを握ったと悪どい笑みを浮かべながら、大仰に話すダルク。そんな彼女に関係はあまり無いリアと、依頼主だが先程まで多少なりと申し訳なさを感じていたハーディスは反射的にイラッとした。だが、口にはせず無視する。ハーディスに関しては言い返せば台詞を手玉にして返されると思ったからだ。

 それから、ドヤ顔を浮かべ悦に浸るダルクに変わって、今度はリアが口を開いた。


「3年って、結構な年月だと思うんですが。何故失踪直後に依頼をなさらなかったので?」

「それなんだがなぁ……我が家においては、それ程おかしな話ではないんだリア」

「と、いうと……」

「簡潔に話すとだな。職業柄、私の母はよく放浪する人だったって事。そちらの『底の虫』、だったか? に依頼したのは、心配性な父のせいだ」

「放浪?」

「母は人魔大戦時に失われた文化などを研究する学者……所謂、民俗学者でな。良く放浪して帰ってきては面白おかしく絵本のような物語を聞かされたものさ」


 彼女の説明を聞いて、16歳のリアからすれば、寂しい話のように思えた。だが流石に大人となったハーディスの顔に寂しさは感じられない。

 それから、彼女を一つ唸ると、腕を組んで続けた。


「でも今回の放浪が長いのは確かだし、私も心配していない訳じゃないぞ? して本題に戻るがダルク、お前が持ってきたその鍵は、2人が居た建物……正確には昔からある『御神体』を納めた宮の鍵だ。魔法を使った特別な封印術で、おそらくこの世に数本もないだろう貴重な鍵。確かに母が持って行った筈なんだが」

「それを何故か俺達が持ってきた……と?」

「不思議な巡り合わせだ。それに、奇妙な……というよりは不気味な縁を感じる」


 彼女の『不気味な縁』という言葉を聞いて、リアとダルクの脳裏に黒い触手とオクタ君の姿が浮かんだ。

 ……最後に考えたくない最悪の展開として、あの手の骨の持ち主はと思考が行き、胸が締め付けられるような苦しさを感じるリアだった。

 それから、骨に関してはダルクも口を閉ざし言わない事に決めたようで、リア同様に黙り込む。そんな2人を見て、話に一区切りついたと勘違いしたハーディスは立ち上がると。


「……さて、話はひと段落したし、茶でも淹れてきてやろう。少し待ってろ」


 そう言い、部屋を出て行くのだった。


…………


「変だな……」


 ハーディスが退室してすぐに、ダルクが訝しみ呟いた。


「変って、何がです?」


 リアには彼女の言う変な事が全く見当が付かず、素直に問う。彼女はテーブルに置いた鍵を回収しつつ応じた。


「だってよ、あの宮がもし、神社の御神体とやらを納めた場所なら清掃しないのはおかしいだろ?」

「確かに」

「それによ、態々ハーディス先生の母親は鍵を『持って行った』。ここも何か変だと思わないか? 魔法による特別な錠なら尚更」

「世界に数本無いって言ってたし、予備があるとは思えない……。それに持って行かれたら、神主のお父さんは困るでしょうね」

「そう思うのが普通だよな? けど、先生の反応やこうして祭りが続いている事実を見るに、困ってはいない」

「……成る程。それはおかしい」

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