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お買い物④

 何事かと、悲鳴のした方向にルナと共に走る。

 面倒の種。そいつはそこにいた。恐らく、アレが悲鳴の原因なのだろう。

 最初見た時は、モール内によくいる着ぐるみか何かかと思ったが、それはあまりにも気色悪く、そして気味が悪い存在だった。


 目の前にいる存在を一文で言うなら、『全長4メートル程もある巨大な蛸』であった。まるでデフォルメされたかのような丸みを帯びたフォルムに蛸特有のヌメッとしていそうな表面。それから、皮はまるで水死体のようにブヨブヨとしていて、色は全体的に青白い。目玉は瞳孔が横で長方形、色は金色だ。

 他にも、巨大蛸の首には赤い大きな首輪が付けられていて、垂れ下がった頭には魔法陣らしき丸い円と六芒星が幾つも刻まれていたりと、普通の蛸ではないらしい事は素人目でも分かる。


 そいつが、暴れ回っていた。触手の一撃は強烈なのか地面を抉り、時々魔法陣が浮かんだと思えば壁を貫く水のブレスを吐く。


 リアは咄嗟に誰にも攻撃が届かないように《結界壁》を張る。どうやら客も上手く逃げた様子だ。あとは治安維持組織の魔導機動隊に任せるべき……なのは分かっているのだが好奇心が疼く。


 少しだけ集中したリアは《結界壁》を無数に展開した。蛸の触手をすり抜けるように結界が形成されていき、暴れる蛸を抑えつける。


「これでよし……」


「お姉様、お怪我は」


「大丈夫……ん?」


 なにか、ラジオのチャンネルをいじるような「ザザッ……」という音がする。耳を澄ますと、何やら男女が言い争う声が聞こえた。


『オクタくんの制御を乗っ取ったの誰だよ!!』


『やべーな、《魔の糸》の反応が消えてやがる』


『というよりも《門》を開いてオクタくんをモール内に送ったの誰なの?』


『知らないよ!! あーヤバいヤバい。魔物だとバレたら僕らテロリストだ……今すぐ回収に行ってくるよ!!』


『おいまて、俺ん家に《門》で送るのは無しだからな!?』


『なんで!?』


『床がビショビショになるんだよ!!』


 焦る男女のやりとりに、リアは内心でとても驚いた。この蛸魔物なのか? と。魔物……それは、人に害を成し、時には深刻な被害を都市部にばら撒く迷惑な害獣の総称だ。しかし、その存在は未だ謎が多く、解明されていない部分が多いが、この話はまたいずれ。


 基本的に、魔物などを捕獲、あるいは誘導して都市部に入れる事は、法律で禁止されている。暴れ出したら、それなりの魔法使いや魔道機動隊でない限り、対処できないからだ。

 つまり、魔物を都市部に連れ込んだこいつらはテロリストという事になるのだが。

 その時だ。蛸がみじろぎをした。軟体生物だ、そりゃ動けるかと追加の《結界壁》を展開しようとした。


 だが、その蛸は異様な行動を取る。魔法陣を展開させて、そこから動かない。ルナと顔を見合わせ困惑する。そんな折、ルナが「これあれですかね?」と呟く。


「お姉様、これゲームで言うチャージみたいに感じませんか?」


 瞬間、途轍もない水のレーザーが放たれる。レーザーは結界を削りきり客の方まで吹っ飛んだ。リアは自分の結界が破られた衝撃……は勿論あるのだが、射線にいた少女をみて次の行動に移る。


 リアは唇を噛みながら少女の前に 座標を指定する。0.01秒以下という瞬きよりも早い速度で結界壁は構築された。次に《身体強化》をかけて猛スピードで走る。滑り込むように少女を抱き上げると射線から流れる。水のレーザーはリアが再び展開した結界をも貫きながら遥か遠くまで吹っ飛んでいった。


「大丈夫か?」


 優しく声をかけると、女の子は涙に濡れた瞳でこちらを見つめた。


「っと」


 少女はお腹に顔を埋めて腰に手を回し全く離れようとしない。怖かったのだろうか? 先程顔を見た時、瞳に涙が滲んでいたのを思い出し。


「よしよし、もう大丈夫だからな」


 頭を撫でながら後ろに目を向けるとルナが氷を纏い冷凍を始めている。だが、熱でも放っているのか作り出される氷を次々と溶かしている。リアも結界の構築速度を残して殴りつける《結界殴打》などを試してみるが蛸に当たると同時に《解呪》がかけられているのか溶けて魔力に帰る。効果はなかった。


 しかし《魔の糸》かと思考を回す。昔聞いたことがある。意思疎通が難しい動物の感情や意識を汲み取る魔法だと。確か最高難易度に類する魔法だ。だから近づいた時に蛸から声が聞こえてきたのかと納得する。


 ……そうなると、やっぱりあの声の主が使役している?


 考えようとして頭を振った。今は蛸を抑えるべきだ。渾身の一撃を放とうと指定した座標に魔力を充分に巡らせて溜める。そして、力一杯に叩き潰そ……うとした。しかしその時、誰かがポンと肩を叩いてきたせいで発動のタイミングを逃してしまう。


 首を動かし背後を見ると、1人の少女らしき人間が立っているのが見えた。


 まず目に飛び込んできたのは、この辺では珍しい艶やかに煌めく白髪。それが片目を覆い隠す程の長さまで伸びている。髪の下から覗く首筋は色白で綺麗だ。

 だが、肝心の顔は白い狐のお面がつけられていて見る事はできない。

 服装は小柄な体を包み込むようにビシッと黒いスーツで纏められているが、体の線の細さから女の子だと分かった。


「すまない、足止め助かったよ。あとは僕に任せてくれ!!」


 彼女は中性的な声でそう言うと、リアの前に歩み出る。よく見れば、両手に白い手袋をしており、その手の甲から赤黒い魔法陣が浮かび上がっていた。

 彼女はその手を蛸の魔物に向けると、大きく口を開く。


「オクタ君。君を支配している者が何かは分からないが、今解放してあげるよ。《契約コントラクトゥス》。契約の上書きと共に、我が名の元へ!!」


 魔法陣が一際強い光を放った。すると、蛸のいる地面にも同様の魔法陣が浮かび上がった。リアはひとまず結界を維持しながらその光景を見守る。

 やがて、数秒も経たないうちに変化は起きた。蛸の目から、魔法陣と同じ色の文字がズラリと現れたのだ。その文字は、まるで妨害でもされているかのようにモザイクがかかって見えない。

 目の前の彼女はその文字列を見ると、胸の高さに腕を持ち上げ、空中に指で何かを書き始めた。そして、彼女の指が空中で止まると同時に、魔法陣は徐々にその輝きを失っていく。


「契約完了」


 彼女がそう呟いた。

 蛸の魔物を見ると、魔法陣と同じ様に光の粒子となって消えていく。よく見れば、周りに放たれた水なども消えていっている様だ。おかげで濡れた服が乾いていく。

 そして、10秒も経たずして蛸の魔物も魔法陣も綺麗さっぱり消え去った。


 隣の彼女は「はぁ」とため息を吐いている。


 リアは一応警戒しつつも、声をかけることにした。


「誰か分からんがお疲れ」


「いやー、本当に疲れたよ、ははっ。でも、テロリストにならなくて良かったと思うよ。お姉さんのおかげだね、ありがと」


「どういたしまして?」


 素直にお礼を言われると実に照れくさい。だが、できれば早急に状況の詳しい説明が欲しいところだ。

 率直に「それで、できれば説明が欲しいんだけど」と言うと、彼女はあからさまに視線を下に向けた。


「いや……すまない、今はできないんだ。でも、近いうちにまた会えるし、その時に話すよ!! じゃ、面倒事になる前に僕は逃げる、さよなら!!」


 一方的に告げると、彼女は逃げ出す様に地面を蹴った。


「ちょ、ま、早っ」


 引き止めようと手を伸ばすも、《身体強化》でも使っているのか、とても素早い動きで人混みの中を進んでいくのが見える。これでは、今から追っても追いつけないだろう。


 暫く彼女の消えた方向を見ていると此方に駆けてくる足音が聞こえた。ルナはリアの身体を触りながら問いかける。


「大丈夫でしたか? お姉様」


「ルナこそ、大丈夫か?」


「私の魔法故に仕方ないとはいえ、少し冷えますね……」


「よしよし、お兄ちゃんが温めてやろう」


「わーい」


 抱きつくルナの頭を撫でながら、結局何だったのだろうかと思いを巡らせた。あと、まだ抱きついている少女はまるでルナを敵視するように睨む。負けじとルナも睨み始めたのだが、良い歳なのだから張り合うのはやめてほしい兄心なのであった。

………


 あの後、通報を受けやってきた魔導機動隊の方にめちゃくちゃ事情聴取された。

 一応、本当の事を言うべきか悩み、魔物云々は誤魔化して伝えたのだが、これで良かったのか今は分からない。


 それはさておき、庇った女の子は無事ご両親と合流できたようだ。女の子の頭を撫でながら「良かったね」と言うと、また腰に抱きついてきてにっこりと笑った。

 別れの際も「お姉ちゃんありがとう!!」と無邪気な笑顔でお礼を言ってくれたので、庇って良かったと心底思う。やはりお礼を言われるのは嬉しい。英雄願望ゆえに。

 さて、それにしても。謎は多く残ったが、何はともあれ、これで買い物は無事終わった。

…………

 結局、あの水のレーザーは何だったのだろうか? 伊達に一浪なんてしていない。少なくとも1tトラックが全速力で突っ込んでも微動すらしない強度と硬度がある。考えられるのは《解呪》の施されたレーザーだった可能性だが……それができるとなると、かなりの高知生の魔物になる。

 あり得るのだろうか。

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