The call of darker ⑫
レイアを見送った後、リアはダルクに声をかけた。
「ところで、レイアも一緒に行くんですか?」
「なんで?」
「いや、明らかに関係性がありそうだから、一緒に行った方がいいかなって。事情の説明もした方がいいし……といっても、俺達もまだ何も分かっちゃいないけど」
「んー……」
失踪事件から得た情報と、海の異変。そしてオクタ君との契約紋と、これから向かう神社の家紋が同じという、最高に不自然な偶然。
その中心にいるのは、あのオクタ君という魔物の存在が大きい気がするのだ。
そんなリアの呟きに対し、腕を組み悩むダルク。そして数秒の間を置いて、即決した。
「いいや、レイアには黙っていよう」
「……なぜ?」
リア個人としては、関わりがあるのだから話すべき事ではないのかと考えていた。それにレイアなら信頼できるし、これは個人的な『失踪事件』の調査の延長線上であり、突然にオクタ君とレイアが交わってきたのだ。
守秘義務もないし、何よりレイアはもう無関係ではいられない筈だと。
それに彼女が特に、オクタ君の素性を気にしている事も知っている。だから、この異常事態に少しでも答えがあるのなら手伝ってあげたいという気持ちもあった。
最後に、自分達は最初から首を突っ込んだ今回の件だが、レイアは違う。何かあった時の為にも、お互い近くにいた方が良いと思った。
が……ダルクは即決で『言わない、関わらせない』と断言したのだ。その意味をリアは図りかねていた。
眉根を寄せるリアを見たダルクは、軽く指を振ると口を開く。
「いいか、リアっち。私らはどんな理由があるのか分からんまま、あの『魔物』から鍵を渡されたんだ。そこんとこ、よく理解してるよな?」
「オクタ君は穏やかだと思いますよ?」
「性格なんて、んな事はどうだっていい。穏やかだろうが凶暴だろうが関係ねぇんだ。……個人的に穏やかな魔物なんてかなり興味が唆られる案件だが。んんっ、コホン。話を戻すぞ、肝心なのは《契約》の対象がレイアだってところだ」
「レイアだとまずい事が?」
「自分に当てはめて考えてみな」
言われてから、胸に手を当て言われた通りに思い浮かべる。というより、彼女が態々『魔法使い』とワードを出してくれたおかげで……言わんとしたい事を察した。
「成る程、深入りすると?」
「その通り。今回の件が正式な依頼ならいいんだが、所詮は軽い気持ちの調査だからな。……違う『だった』か。もう軽い気持ちなんて言ってられん状況だしな」
「ほんとそうですね……あのお言葉ですが、疫病神とか憑いてません?」
「おいおい、私のせいってか? でも結果的には私のせいか。まぁ、それならこの後神社を調査した後、ついでにお祓いでもしてもらうとして……。今回は、引き際が大事だ。そしてレイアも共に、となると引ける時に引けなくなる。断言できる、あの魔物はそれだけレイアにとっては大事な筈だし、彼女の性格を鑑みてもな」
「……そうですね、少なくともあの黒い触手とは無関係では居られないですし。レイアには申し訳ないですけど、失踪事件とあの黒い触手のみを調べるのがベストですかね」
そこでリアはふと、今まで流していた単純な疑問を口にする。
「というか、結局あの黒い触手は『魔物』なんですかね? まぁ、被害が俺達に出た以上は、とりあえず魔導機動隊に通報した方がよくないっすか? ってイデッ」
提案した瞬間に、ダルクの平手打ちが胸に飛来する。パンッと小気味良い音と共に、胸が揺れた。
リアは突然のダルクの行為に驚いている暇なく。ダルクは彼女の両肩を掴むと迫真の形相で口を開いた。
「やめろぉ!! そんな事したらグレイダーツが来るかもしれねぇだろうが!!」
頭のてっぺんにハテナが浮かんだ。リアは彼女に対し多少の苛立ちを滲ませて返す。
「……で?」
「へ?」
全く弁明になっていない。寧ろグレイダーツが来るのならば、心強いくらいだ。何が駄目なのかサッパリ見当がつかなかった。だから、リアはジト目で彼女を睨む。
「地味に痛かったんですけど、それに見合う理由が勿論、あるんですよね?」
「ちょ。おい待て勢いで叩いてしまっただけなんだその籠手を一旦仕舞おう?」
単に無駄に叩きやすい位置にあったからノリで叩いただけ……とは言えず言い訳を考えるも、当たり前だがそんなもの思いつく訳がない。
ダルクは威圧感を放つ籠手から距離を取りながら、軽率な行動を多少後悔しつつ、好感度が下がる事を覚悟して、冷や汗を流しながら正直に話した。
「実は生徒会の仕事を全部エストに丸投げしてまして……」
それを聞いて、リアは全てを察した。それと同時に夏休みなのに休めない、模範的な優等生らしいエストの姿を想像して同情してしまった。
要するに、この目の前の生徒会長は夏休みの行事予定やらを決める会議を『面倒だから』と完全に無視している訳だ。それはつまり……少なくとも学校を大事にしているグレイダーツの怒りをさぞ買っている事だろう。
「訳は察した。だが敢えて言おう。自業自得じゃねーか。仕事しろよ、生徒会長」
「……だってさぁ。休みの内、何回も無駄に会議すんだぜ? 年末だか年始だかに何かイベントごとでもやるらしいが、そんな催しに興味持てってのが無理な話だ。私だぞ? あと、私が居れば会議にならんだろうし、何よりも生徒会に仲良い奴なんて居ないから居心地悪い、過去色々とやらかしたから空気も悪くなる」
「自業自得だろーが」
「うるせぇ!! とにかく、仕事放棄してるんだ。グレイダーツ校長と顔を合わせたくない!! だからリア、絶対デイルにも連絡するなよ? あの2人って基本的にセットで付いてくるからな」
「時と場合によるとしか。にしても……」
呆れ肩を竦めてから、リアはかねてより疑問に思っていた事を口にする。
「なんであんた生徒会長になれたんだよ……」
他の生徒や先生達からも問題児の筆頭とされ、時には恐れられ嫌われる性格の彼女。ここ半年弱の付き合いから、親しくなれば彼女の人となりも面白く感じる時はあるが……赤の他人からすればただの迷惑で嫌な人だ。そんな彼女に、生徒会選挙であのエスト以上の票が入るだろうか?
可能性が限りなくゼロに近い。幾ら巧みに魔法が使えたとしてもだ。
そんなリアの素朴な疑問に、ダルクはバツが悪そうな顔で答える。
「若気の至りだったんだ、当時の私は神様気取りで、万能感に満たされてたんだよ」
「要するに中二病だったんですね……って事は、票を操作したか改竄でもしたんですか?」
「両方だ」
「よくやれましたね……」
……………………
会話がひと段落したところで、ダルクは骨をライラに預ける為にテント下へ向かう。下手に言い訳をするのもなんだからと、直入で頼む事にした。
「ライラ」
ライラはダルクの呼びかけに対し、ビーチベッドから気怠げに上体を起こし口を開く。
「……なんだか大変な事になってるみたいだな」
「今回は私関係ないからね?」
「誰もお前が何かやらかしたなんて言ってないだろう。さて、お前が態々、名前で呼び掛けてくるって事は頼み事があるのか?」
「……っく」
ライラの眼鏡がキラリと光った気がした。全てお見通しとばかりの言い方に、ダルクの腰が低くなっていき、媚び諂うような口調になっていく。
「実はさっき砂浜で謎の骨を拾ったのですが、調べてもらえないでしょうか……」
手の中の骨を見せると、ライラの目が細まった。それから未だに電話をしているレイアをチラリと見てから深く溜息を吐く。
ダルクは彼女の表情に、憂いが帯びている気がした。そして次に口を開く時、予想外にも。
「また面倒ごとを。……でも、いいだろう。ティオにも手伝ってもらって調べてやるよ」
普通に了承されてしまい、ダルクは困惑した。
「は? ツケにされると思ってたんだけど」
「なら貸しでいい」
「じゃあ前回のコミマのツケも無しに……」
「ツケにするぞ?」
「お願いしまぁす!! あと優しいライラちょっとキモい」
「テメェ。って逃げるな!!」
骨をハンカチで包み逃げるように走り去る彼女を見届けてから、ライラは青い海に目を向けると、溜息を吐きつつ呟いた。
「全くあいつは。にしても黒い触手か。遺跡と、何か関係あるのかもしれないな」
海は遠くの地平線まで見渡せて、緩やかな波は平和な現状を表しているよう。しかし、ライラはそんな平和が、まるで嵐の前触れように感じた。
「……ティガ」
『なんでしょうか?』
「シストラムのブレードを、新しく設計した物に付け替えておいてくれ」
『イエス、直ぐに取り掛かります。ついでに試運転のデータは必要ですか?』
「頼んだ」
………………………
ライラ邸で来た時の服に着替え直し、リアとダルクは神社に向かう事にした。
歩みを進めるごとに、昼下がりという夜にはまだ早い時間にも関わらず、祭りに参加する者達だろうか、人の数が増えていく。
更に歩みを進めれば、綺麗に道が整備された竹林へと入った。参道のようだ。竹の葉が夏の日差しを遮っているおかげで、ひんやりと気持ちの良い空気で満ちている。その奥には大きな赤い鳥居が見えている。
そこをくぐれば、神社の境内へと繋がっていた。鳥居の隣にある石造りの門柱には『海静魄楽神社』と刻まれている。
意外と広い境内の至る所には、様々な出店らしき簡易な店が並び、祭りの前なのに既に活気で溢れていた。
そして、奥には荘厳で大きな本殿と拝殿が鎮座している。
ぶっちゃけ言えば、祭り前特有の特別な感じはする。しかし神社自体には荘厳さなどは感じられつつも、特別何かがある訳ではない。また、魔法などの痕跡も感じない普通の神社だった。




