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The call of darker ⑪

 レイアはどうしたものかと手の甲を見ながら思った。オクタ君とは主に《魔の糸》でしか意思疎通が図れなかった為に、言葉を理解してくれるか怪しかったからだ。また……繭に引き篭もった理由が分からず、尚且つ全身は見えず正確な数は不明だが、明らかに増えている。


 こんな状態で、果たして完全に味方と言えるのだろうか。《契約》は尚も継続されてはいるが……何をするにしても不安だ。


 しかし手をこまねいて見ているわけにもいかない。何かしらのアプローチをかけるべきだ……と分かってはいる。

 だが一方で……不安要素がアプローチを止めている、そんな思考の沼にはまっていた。

 レイアはごちゃ混ぜになった考えが渦巻き、頭を抱えそうになる。


 だが、次に見た光景によって考える事を辞めた。


 何を思ったのか、ダルクが素早くリアの元まで駆け寄ると、垂れ下がった彼女の胸を両手で持ち上げ始めたからだ。


「おぉ……良い重み……」


 感嘆の声を出してフヨフヨと上下させる彼女。

 勿論、変態的な行動にリアは嫌悪感を滲ませた表情で、彼女に問う。


「……何してんの?」


 ドスの効いたその問いに、ダルクは真剣な表情で返す。


「やらねば……という使命感に駆られた。後悔はしていない」

「……そう、それじゃ今から後悔してもらおうかな?」

「イデデデデッ!?」


 リアは籠手でダルクの顔面にアイアンクローをかまし、くらう彼女は痛みから悲鳴をあげる。そんな光景を見ていたら、1人シリアスに浸るのがバカらしくなってきて、レイアは気を抜き、オクタ君の触手に触れると。


「オクタ君、リアを降ろしてくれるかい?」


 通じるか分からないが『言葉』で伝えた。すると……触手が数本絡まり人の手のような形になると、グッと握り拳を作りそれから親指を立てた。


「……へ?」


 突然のジェスチャーに驚いている間にリアは降ろされる。そして彼女が「助けてくれて、ありがとな!!」と明るく礼を言い片手を上げれば、意味を理解したオクタ君も触手の一つを持ち上げるとその手に当てて、軽くハイタッチした。


「オクタ君って意外と感情豊かなんだな……」


 自分からやっといて驚くリアの傍ら、色んな意味で驚いたレイアは震える手で再び、オクタ君の触手にソッと触れると、囁くように問う。


「君は……元から、こんなにも人間味があったのかい?」


 否……あるからこそ意思疎通を図りこうして付き合ってきた訳で、聞くまでもない事だった。しかし、レイアは言葉の裏に別の意味を乗せていた。

 こんなにも『人らしい』行動が、思考が出来たのかと。それに付随して底の尽きない疑問や、仮に人間性が元からあったとして今まで隠してきた理由はなんなのか。あと、あの繭を何故作り、それから引き篭もった理由も問いたい。纏まらない思考がさらに加速する。最早スパイラルに陥りそうな程に。しかしどうにか、必死に束ねて言った台詞がコレだった。


 そのせいで言葉の綴りが少々おかしくなってしまったが……しかしオクタ君には多少なりと通じた様子で。


 どこに目があるのか不明だが、的確に触手を動かすと、握手するようにレイアの手を握り上下に振った。友好の証とでも言いたいのだろうか。柔らかな力加減で握られた手を見て、レイアは「ふぅ」と溜息を吐く。


 考えすぎて痛む頭を抑えて、軽く左右に振った。ムズムズとする邪魔な思考で埋め尽くされた脳内が少しばかりクリーンになったきがする。


 ……そして結論ではないが、結局考えたところで、答えは出ないだろうと断言する。答えのない疑問を考え続けるのは、無駄な事だ。

 それに《契約》も継続しており、意思疎通を図れ、尚且つ敵対行動が無いのだから……(今は信じてみよう)と思った。過去に助けて貰ったという事実があるのも、信じる事に抵抗を無くさせていく。あとは、単純に信じてみたいと思ったのだ。


 レイアは憑き物が落ちかのように穏やかな笑みでそっと握手を終える。2人の間には穏やかな空気が流れ、緊張感など何処にも無かった。


 これでようやく、一息つける。何が何だか分からない、危機も去ったのか不明だが取り敢えず一息つけるのだと……この場にいる誰もが同じ安堵感を感じていた。


 のだが、こと此処にいる3人には、非日常に対する厄運のようなモノがあるのだろうか。


 オクタ君が突然に、ズルリと触手を這わせる。そして扉の奥からスルリと本体が現れる。オクタ君の全身を見たリアがポツリと呟いた。


「なぁレイア。オクタ君ってこんなにデカかったっけ?」

「いいや、倍くらいデカくなってる……」


 リアの問いに首を振るレイア。つい先日……謎の繭に引き篭もる以前は、絶対にこれ程大きくは無かった。

 太さがバラバラで、付け根が見えない程に増殖した触手。その上に位置する蛸に似た頭部もまた成長している様子で、全体を合わせて身長は約2.5mにも及び、全体的にも一回り大きくなっていた。

 そんなオクタ君の頭部にある特徴的な魔法陣にも変化があり、かつて『五芒星』だった魔法陣が『六芒星』へと変化している。


 魔物が成長する時点でも驚愕もので、レイアは開いた口が塞がらずに全体を眺めていた。


 が、変化は即座に訪れる。グニャリと水滴を垂らした湖面のように全身を脈うたせると、触手や体、頭部を引き絞るように中央へ向けて蠢き始めた。時折、触手が無理に折れ曲がっているのか「グジュ」「ゴキュ」と生理的に嫌な不協和音を響かせていく。


「な、何をしてるんだい!?」


 レイアからすれば魔物だとしても、何度も助けてくれた友人だ。そんな存在が嫌な音を立てて自身の体を……たとえ触手だとしても、折り畳むように動かし始めたら心配になるというものだ。


 そんなレイアに、オクタ君は残った触手を顔前に突き出すと、左右にふった。


「……心配するなって?」


 レイアの呟きに、オクタ君はぐっと触手を握る事で応答する。


 そして数秒経った時だった。六芒星の魔法陣が突如、淡く輝くと天よりどこからともなく一枚の灰色の布が舞い降りてくる。


 布がオクタ君の頭にフワリと乗っかり、全身を包み込むと「ギュン」と捻るような音と共に布とオクタ君が中心部で渦を巻き、次の瞬間。


 渦が搔き消え、一体の人型が姿を現した。深く灰色のフードを被り、同色の長いコートを着ている。フードの下には暗闇が渦巻いて顔は見えなかった。


 袖とコートの下からは、青白い触手が幾つも蠢いている。人型ではあるが、明らかに人ではない存在へと変化したオクタ君は、右袖から垂れる触手を手の形に変化させると、砂浜へ突っ込んだ。そして何かを拾い上げると……何故か近くにいたダルクに手渡す。


「おっとっと。なんだなんだ。いきなり人型になったと思えば突然……あれ? おいコレ、私が拾おうとしてたのを、分かっていたのか?」


 ダルクは半眼で睨む。


「それとも、わざと私にコレを渡したのか……まぁ、何でもいいや。分かった、預かろうじゃないか」


 ダルクの返事にオクタ君は深くお辞儀を返した。それから、驚きで瞬きすらも忘れ固まっているレイアに向き直り、優しく肩をポンポンと激励するように叩き、それから左手で元気よくサムズアップのジェスチャーをする。


「は……? どういうこと!?」


 混乱を極めた彼女から顔を離し、最後にリアをチラリと見てから、足元の触手を器用に動かし、スルリとした動作で来た《門》を潜り勝手に帰って行った。


 怒涛の展開から一転、再び静寂が訪れる。だからか、リアの呟いた「成長期って奴か? 魔物も成長するんだな。にしても人型のオクタ君、地味に格好いい」という、何処か場違いな感想がやけに大きく聞こえ、レイアは反射的にツッコミを入れた。


「成長って、んな訳ねぇよ!! というか呑気だな君は!?」


…………………


「あぁあ!! もう!! なんだよ今日はほんとッ!! はぁ……取り敢えず僕は、電話しなきゃいけないところがあるから、ちょいと席を外させてもらうよ」

「いってら」


 叫んで冷静になったレイアは携帯端末の置いてあるビーチパラソルの元へと駆けて行った。きっと、オクタ君に関するあれこれの報告なんかをするのだろう。ただ少し情緒が不安定になっていそうだと、リアは心配しつつも見送った。あとでフォローしておこう。


 後ろ姿を見送ってから、リアはオクタ君に何か渡されたダルクに近づくと口を開いた。


「で、先輩。何を渡されたん?」

「……これだよ」

「……これって、骨?」


 恐らく片手分の細長い骨が重なり合って、その上から麻の紐で乱雑に纏められている。その中央には、赤錆びた棒状の物体も見受けられる。独特な形の物体は、錆びていても形から何の為の物か見当をつけるのは簡単だ。


「中央にあるのって鍵ですよね? 何の鍵だろう……」

「詳しい事は調べてみんと分からんが……まぁそこんとこなぁ。しかもこれ、たぶん人の手の骨だ」

「マジで?」

「ほぼ間違いないと思うぜ。それに……あのオクタ君とやらが態々、レイアでなく私にコレを渡した理由も分からん。ただ、さっきの黒い触手と無関係じゃないだろうな」


 ダルクは調べる為に、骨の間に隙間を作り、鍵を引っこ抜くと、手の中で転がした。


「にしても、かなり古い形状だな。カードキーの類が主流になりつつある現代でも、ここまで古いのは珍しい。さしずめ倉庫かアンティークな家具に使われるものだろうよ。芸術的価値は皆無だろうが」


 棒に二つ、鍵山のついた鍵はシンプル過ぎる。こんな鍵なら、錠の方もシンプルだと推測できるし、それならこのご時世だ。最早、鍵の意味が無い。


 そんなダルクの考えにリアは頷きつつ。


「……あれ?」


 ほんの少しの違和感に気がついた。先に何となくだが、鍵の意味が無いと思った結果、魔法的な仕掛けが無いか考えた。そしてふと指先から魔力を放ってみれば、鍵が一瞬、淡く光ったように見えたのだ。


「仕掛けが施されてる? 先輩、ちょっと借りていいですか?」

「んあ? いいぞ、ほら」


 リアはダルクから手渡された鍵を握り、細かく繊細に魔力を流してみる。すると、綿に水滴を落としたように、じんわりと魔力が鍵に染み渡っていった。すると、頭の円形部分が亀裂を作るように光を迸りながら、魔法陣に似た不思議な紋様を浮かび上がらせる。


 それを見たリアは、何処かで見た気がすると既視感を感じ……一方でダルクは紋様に心当たりを付けた。


「こりゃ、たぶん家紋だな」

「家紋?」

「廃れては来ているが、一部の地域でも未だにある風習のようなもんだ。長くから続く名家とかにある印みたいなもので代々、譲渡されていく、言わば名家の証だな」

「そういや俺の家の墓に花の模様がありますが」

「そう、それそれ」

「……で、先輩。仮にこの模様が家紋だとして、何処の家のものでしょう?」

「知らんがな、と言いたいところだが心当たりがある」


 手をフリフリと振りながら気怠げにダルクは答える。しかし、その顔には確信めいたものが見て取れて……。


「心当たり?」

「リアも感じたろ? 既視感、つい最近見たような気がするって感覚を。この模様、確かに見たぜ、ついさっきな」


 ニヤリと笑みを浮かべて呟いたダルクの言葉に、リアは逡巡し脳裏の記憶を探る……までもなく思い当たった。


「……レイアの手の甲に浮かんでいた《契約》の紋様と同じ?」

「そうだ。そして、あの蛸が無意味に渡した訳でもない事が分かった訳だ」


 ダルクは犬歯を見せながら面白おかしそうに笑みを浮かべ、そして確信に迫る言葉を口にする。


「不思議な縁、又は運命というべきか。事前の資料を記憶しといて良かったよ。この紋様は間違いない。海静魄楽神社の家紋だ」


 驚きにリアは目を見開く。

 そして偶然の相次ぐ繋がりに、言い知れぬ気味の悪さを感じながらも、同じくらい比例して……心が高鳴った。


「……いつ出発します?」

「パパッと着替えて今すぐ行こう」

「鍵は持っていくとして……骨はどうします?」

「さして重要じゃねぇから、事情説明してライラに預けてくるわ」

「重要じゃないって、ちょっと感覚ズレてません?」

「慣れたんだよ……残念な事にな」


 リアは心の中で(慣れって怖いなぁ。それにたぶん後でライラ先輩に迷惑料の請求されそう)と思いながらも、どうせ請求されれば払う羽目になるのはダルクなので、口にはしないのだった。

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