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The call of darker ⑨

 リアとレイアの決闘は徐々に苛烈さを増していく。魔法……というより物理攻撃のぶつかり合いに見えるが、まぁ飛び散る魔力の光のお陰で魔法使いの決闘には見えるだろう光景は、華やかさは無いものの見応えはあった。


 だからこそ、程々に周囲の注目を集めているのだが、真剣な2人がそんな些細な事を気にかけている訳も無く。いや、それ以上に珍しい魔法を使う美少女と……時折揺れるリアの胸を見に来ているだけかもしれない。事実、こちらに顔を向けている者は、男の方が多い。

 

 そんな2人を日除け傘の下で見守っていたダルクは、しょうもない煩悩を浮かべつつ、小さな声で呟いた。


「あの2人、組手から掛け離れて普通に暴れてんだけど、ほっといていいの? 結構、周囲からも注目集めてっし、止めた方が良くね?」

「私としてはもっとデータが欲しいから、このまま暴れてくれた方が助かるのだが」

「充分取れたろ。2人のためにもそろそろ止めようぜ。盗撮とかされたら可哀想だろ?」


 単なる心配からの進言だった。しかし、その言葉が彼女の口から出た事に対し、ライラとティオは驚愕の面持ちで口を開いた。


「おいおい、ダルクが正論言ってるぞ」

「しかも他人の心配まで……明日は台風だな」

「雪が降るかもしれん」


 散々な言いように、笑顔だったダルクが頰を、ほんの少しヒクつかせる。


「私らも決闘すっか?」


 ライラは「負けるから嫌だ」と即答で断り、付け加えるようにティオが口を挟んだ。


「というより、我もライラも決闘なんてやるタイプには見えぬだろう、ダルクよ。攻撃系の魔法なんぞ《火球》くらいしか使えんぞ」

「だからよ、そう言うんならさ!! ちょっとは私にも優しくしてくれてもいいだろうに。私だって最近努力してんだぞ? 印象良くしようって最近は愉悦衝動抑えてるし」

「……よくそんな台詞が言えたもんだ。胸に手を当ててもほざけるか?」


 涙目と上目遣いで言うダルクに対し、辛辣に返したライラ。散々やりたい放題やってきた彼女と腐れ縁の如く友人なのは確かだが、今更心象を変えろと言われても無理な話だ。そんな事は百も承知、期待などしていなかったダルクは、自身の胸を両手で揉みながらニヤリと嫌らしく笑った。


「はっは、揉みごたえのある私の双丘があるな!!」


 (だからお主、そういうとこだぞ)とティオは思ったが、よくよく考えたら自分もたまにネタとして口にする為、咎めるのは憚られる。一方で、ライラは普通にキレた。


「おい、決闘しろよ」


 彼女の決闘の申し込みに対し、ダルクは満面の笑みを浮かべ、指を左右に振りながら言った。


「お、こ、と、わ、り」

「……っ」


 仕返しとばかりに煽りに煽って満足したダルク。ライラはそんな彼女に呆れと苛立ちを感じながらも、言い返すだけ不毛だと自分に言い聞かせ、深く深く長い溜息を吐いた。

 それから、携帯端末を取り出して、2人の決闘補助装置に無線を入れた。

 「良いデータが取れた、ありがとう。それとこれ以上注目されるのが嫌なら、そろそろ決着をつけてたほうがいいぞ」と。


…………………


 通信が入ってすぐにリアは西洋甲冑から距離を取り、構えを解いた。それから、リアは少し不満そうに唇を尖らせながら呟く。


「せっかく体が慣れて来たところなのに。でも、これ以上目立つのは確かに嫌だな」


 周囲に目配せをすれば、いくつもの視線が向けられているのが分かった。一度意識してしまえば、気恥ずかしさが湧き上がってくる。それに、やけに胸や太腿といった部位に視線が集まっている気がするのだ。


 なるほど、女性は邪な視線には気がつくと聞いた事があるが、本当なのかもしれないと思いつつ、不快に感じるリア。ルナやセリアとのコミュニケーションで、自身に向けられる邪な目線には慣れたと思っていたが、全くの他人となれば、粘つくような気持ち悪さを感じてしまう。

 それ以前に、単純に気持ちが悪い。胸や尻などの性的な部分ばかり見るな、と。


 そんな人の視線に慣れていない彼女を察して、レイアも西洋甲冑を下がらせる。


「……僕は目立った方が《召喚魔法》を広められるから良いけど。まぁ、リアが嫌なら仕方ないな。でも……ちょっと不完全燃焼感が否めないね」

「すまん」

「謝らなくていいさ、今後とも決闘なんて幾らでもやる機会はあるんだ。この燃え切らない心境を、その時までとっておけばいいだけさ」

「……ありがと」


 彼女の察しの良さに有り難みを感じながら、リアは足元の結界を解いた。

 兎に角、今はさっさと日除け傘の下に戻りたかったから。


 それにライラも充分データは取れたと言っていたので、役目は果たしただろう。


 たぶん、この数分の決闘で、この決闘補助装置に欠陥が多い事も察してくれていると思う。ぶっちゃけ、当たり前の話ではあるが近接戦オンリーで戦っていたリアの方が削れたHPが多かった。更に、痛めた訳でもないのに拳で殴る度、僅かだがHPが削れるというガバガバ判定。おそらくは、当たり判定的な判断でHPが削れたのだろうが、それは余りにもアンフェアではないだろうか?


 事、一つの『種目』か或いは『ゲーム』として決闘を行うからば、この辺りは熟考すべき項目だと2人は思った。


 だからこそ、たかが組手ではあるがレイアも少々思うところがあり、中途で止めることに抵抗は無かった。


 本気でやってはいないとはいえ、決闘である以上は正々堂々とフェアに戦いたいと思うからだ。


 そして以外やあっさり、軽く握手をする事で決闘を終えるのだった。


………………………


 ようやく日陰に入りライラに決闘補助装置を返す。受け取った彼女は早々にPCに張り付いて作業を開始してしまい、ティオもそれに付き合って議論を始めてしまった為に、残った3人は各々、スポーツドリンクや炭酸のジュースで喉を潤しながら雑談に入った。


 例えば、この夏リアは1冊の本から始まったアレコレで《境界線の剣》が使えなくなった事や、それがきっかけで戦闘術を習い始めた事。

 ダルクはあいも変わらず探偵業を暇つぶしに行なっていたらしいが……面白おかしくも奇妙な話を多くしてくれ、意外と楽しめた。


 そしてレイアは……例の《契約》している蛸の魔物、オクタ君について調べていたらしいが、この地に来てから異様な事が立て続けに起きた話と、それから2人の先輩が作ったロボットやここら付近の沖合に『遺跡』のような建造物が沈んでいるかもしれない事など、気になる話をしてくれた。


 ……蛸の魔物と遺跡に、何か強い因縁か縁があるのかもしれない。そう締め括って彼女は話を終える。


 最後だったせいか、やけに好奇心を刺激される話に興味が湧いたダルクは一つ、提案をした。


「私ドローン持ってっけど、今から飛ばして探ってみる? 勿論、他意は無いからな? 私が単に気になるってだけで……」


 何やら考え込みながら話しているようで、所々台詞を噛みながらダルクは言う。

 そしてリアは断る理由はなかったから提案に乗り……レイアは色々と考え渋りながらも気になるようで最終的には提案に乗った。


 ダルクは2人の了承を得ると胸元にある鍵のペンダントを捻り《鍵箱》を発動させると、一つのタブレット端末と最新式のプロペラ式ドローンを一つ取り出した。ドローンの真下と先頭にはカメラが取り付けられており、このカメラ映像を見ながら、タブレット端末で操作するようだ。


 それから電源を入れれば軽やかに駆動音を響かせながらドローンは浮かび上がり、沖合に向かって飛んで行く。


 タブレット端末には、ドローンから送られてくる穏やかに波を立てる水面が映し出され、透けた海水の下は数多の魚や珊瑚礁が幻想的な景色を作り出している。


 そんな水面に映る景色だったが、沖合に向けて急な下り坂のように深く深くなり……暗い闇に染まっていく。

 何処までも深く続いているかのような海面の暗闇は、本能的な……原始的恐怖を呼び、背筋をぞくりとさせる。


 ここで、ダルクは画面の向こうから強烈な視線を感じた気がした。


 何者かに見られている? いや、いや……こんな沖合で、しかもドローンに態々視線を送れるような知的生命体などいる訳がない。そんな……まるで視線は勘違いだと自分に言い聞かせるように思った時であった。それに、画面越しに視線を感じる事自体おかしな話だ。


 そんな折、どうしてか。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、なんて言葉が頭を過る。


(……哲学者ニーチェの言葉だっけか。なんでそんな言葉を、今?

 深淵なんて見てないだろう私。全く、あるのは……ただの暗い水面だ)


 それに見ろ、目の前には太陽光で煌く海面が写し出していている、と頭の中で呟き……たかった。

 だが言い切る前に、突如ドローンの操作が効かなくなる。


「……えっ」


 方向感覚を失ったとか、操作ミスとかでは無い。狂ったように四方八方にカメラが揺れる様は……。


 まるで何者かに掴まれ、引き摺り込まれているようだとダルクは思った。


 何者かの視線が強くなった気がする。そのせいか画面から目が離せ無い。

 冷や汗が吹き出し始め、横にいるリアが「大丈夫ですか?」と心配そうに声を掛けて来ても、反応できないほどに。画面から顔を背けてはいけない気がして。


 しかし、硬直は長くは続かなかった。


 ドローンが空から一転して墜落し、再び海面を映し出したのだ。


 そして……カメラは、無数の『黒い触手』のようなモノが、海面に蠢いている光景を映し出した。

 玉虫色の光沢を放つ触手はまるでコールタールのように粘着質な液体を纏っていて、画面越しに見ているだけなのに猛烈な不安感が湧き上がる。


 そう……例えるなら、首元に刃物の冷たさを感じているかのよう。そして、吐き気を感じる程の悪意を直に味わった気分になった。


「……見なかった事にしよう」

「先輩?」


 ダルクの判断は、この時ばかりは正しかったのだろう。自分達には、時に手に負えない存在があると彼女は知っている。それは夏の件でも思い知った事だ。

 だからこそ、引くべきだ。関わるべきではないと、経験から引き際を覚えた彼女の即座の判断だった。


 だけれど、やはり遅かった。


 『黒い触手』がドローンに反応して、カメラの存在に気がついた時点で……向こうもまた、こちらに気がついているのだと、真っ先に考えるべきだったのだ。


 黒い触手達の間を割って這い出るように、人のモノらしき……血走った大小様々な大きさの目玉と、嘲笑うかのように口角を吊り上げ白い歯を見せる口が、ポコポコと泡のように浮いてくる。それらは全て……『人間』のものだと思われる形状をしていた。


 そして、目玉達は等しく、ダルクを射抜くようにドローンのカメラへ視線を向けた。まるで……画面越しにこちらを見ているぞと言わんばかりに。一寸のズレも無く、一斉に。


「……っ!! 《身体強化》ァ!!」


 心臓が強く脈打ち、危機感が警鐘を鳴らす。


(ヤバイなにか、とてつもなくヤバイ!!)


 適当な言葉が思いつかず、ただただヤバイと感じる。そんな重いプレッシャーを受けながらも、ダルクは《鍵箱》から素早くダガーナイフを取り出すと、力の限りタブレット端末の画面に突き刺した。ナイフの鋒はタブレットを貫通し、液晶には蜘蛛の巣みたいに綺麗な亀裂が入り、数度画面は乱れると暗転する。


 突然の奇行にリアとレイアが唖然とする中で、ダルクは画面を深く貫通するダガーナイフを見ながら、肩で息を……。


 する間も無く、『黒い触手』は彼女を逃さなかった。


 鉄錆に似た嫌な臭いがしたと思えば……割れた液晶から滲むように一滴の黒く粘ついた液体が漏れ、零れ落ちた。


 そして、それを皮切りに無数の触手が噴き出すように画面を越えて現れる。


 触手達はダガーナイフを掴むダルクの手を伝うように絡みつき、凄まじい力で引き摺り込み始めた。

 粘つく液体を纏う触手は異様に生暖かく、生理的嫌悪感を抱かせるには充分な程に気持ちが悪い。


「はぁッ!? ちょ、うぉおおお!?」


 予期せぬ事態に、さしものダルクも猛烈に狼狽えた。

 結果的に、必死に体へ力を入れたおかげで地から足が離れる事はなかったが、この触手達が自分を引きずり込もうとしている事は嫌でも理解させられる。


 そして、ここで漸く、リアとレイアも異常を察知した。


「こいつ!! クソ、気持ち悪いし引き摺り込まれるゥ!! へ、ヘルプミィーッ!!」

「言われなくてもッ!!」


 リアは迷いなく《境界線の狩籠手》を右手に纏うと、ダルクの手をタブレット端末から引き離す為に、器用に掴み引っ張る。そして、ダルクの絶叫が響いた。


「い、痛い痛い痛い!! 腕が千切れる!!」

「我慢して!! 引き離さないと握り潰せないんだよ!!」

「このまま壊してくれよ!!」

「この魔法、加減できないから恐らく……先輩の手首から先が無くなりますけど、よろしくて?」

「よろしくない!! 絶対握り潰すなよ?」

「フリ?」

「違うに決まってんだろ!!」


 ギチギチと音を立てて、引き込む力と引き離す力が拮抗する。いや、微かにリアの力が勝り、ほんの数センチだけ隙間は出来たが……《境界線の狩籠手》の『破壊力』を使うにはまだ距離が足りない。今ここでタブレット端末を破壊しようものなら、余波でダルクの手首から先は消し飛ぶだろう。


「先輩、何か魔法ぶっ放して剥離出来ないの?」

「できりゃ、既にやってるぜ……どうやらコイツ、私から魔力まで吸い取ってやがる。魔法を構築する前に吸い取られて発動できねぇ。Holy shit(クソ)!! 気色悪ぃ、離れやがれッ!!」


 ダルクは悪態を吐き、焦りから足で触手の飛び出るタブレットの画面を蹴りつけるも、全くびくともしない。


 いつまでも続きそうだ……いや、体力的に考えると時間の問題でもある。このままだと、どうなってしまうのか。

 リアも《結界魔法》で遮断できないか試してみるも、構築前に魔力を吸われ意味をなさない。


 不安が加速し、ダルクはどうにか引き剥がそうと踠き、足を引く。リアもタブレット端末を破壊できないか考えていた……時だった。

 一陣の風が吹き抜けるように、シャンと軽快な音を鳴らしながら……ダルクの手首とタブレット端末の間に出来た僅かな触手の隙間を抜けて、銀色の線が煌めいた。

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