The call of darker ⑦
場面は変わり、レイアとティオは少し離れた岩場にいた。やはり、遊ぶ事に時間を費やしたい気持ちはあるが……海に沈んでいるらしき遺跡が気になって仕方がないのだ。
特にレイアに関しては、《契約》から伝わった違和感、それとオクタ君の五芒星からなる契約紋が、突然現れた事も気になる要因となっていた。
そんな時だ、ソワソワと気にしていた時に、一陣の生暖かい風が吹き抜けた。
そして薄っすらと手の甲にオクタ君との契約紋が浮かんでいた。レイアはその事に気がつかず……しかし、同時に不思議な事が起こった。
左右両耳から、風の音から囁きのように掠れたか細い声が吹き抜ける。
一つは『なぜ行った』と苛立ちの宿る台詞が。もう一つは『カエセ』と薄暗く粘つくような怨嗟の念を感じる重い圧力のある……人の声では無い呟きが。なぜ、人の声ではないと感じたのか。それは……カエセという一言が無数の人が同時に呟いたかのようなダミのある声だったからだ。
それから……怖気が背中を駆け上る。夏なのに一瞬だけ、冷凍庫にでもぶち込まれたような寒気すら感じ。
「!?」
時間にしては一瞬とも言える出来事だったが、レイアが寒気を覚えるのには充分な事だ。彼女は全身を震わせると、夏の暑さとは関係のない大粒の汗を流しながら後退る。隣を見れば、何の反応もないティオの姿があった。
今のは、自分だけに聞こえたのだろうか。
確認と提案も兼ねて、レイアはティオの肩を叩き静かに呟いた。
「先輩。一旦リア達の所に戻りませんか?」
「別に構わないが。顔色悪いぞ、どうかしたか?」
「えっと、何も無いですよ」
「……?」
聞こえなかったのだと分かった。
しかし情報を共有して安心感を得ようと思い、彼女に先の声について伝えようとした。何か良くないモノの声が聞こえたと。
だが、口を開く前に理性がそれを阻止した。
本当に風の音がそう聞こえただけかもしれないと、怖がり過ぎて過敏になっていただけかもしれない、と。
それに結局のところ、ホラー関連のものが苦手であり、情報共有などすれば忘れられなくなりそうだと自分に言い聞かせ、先の声は勘違いだ、風の音がそう聞こえただけなのだと思い込む事にした。
けれども足りない……やはり圧倒的な『安心感』が欲しい。
だから戻ろうと提案したのだ。
リアと、親友のいる場所ならば、心が落ち着けられるから。
そんな挙動不審なレイアを見ていたティオは、何処からか『エナジードリンク』とラベルの貼られた小瓶を取り出すと、そっとレイアに手渡す。
どうやら夏バテだと思われたらしい。
………………
「……リア、ダルク。お前ら何をやっておるのだ?」
日除けパラソルの下に向かえば、バーベキューの準備を終えて食材を焼き始めているはずの2人が、何やら真剣な表情で作業をしていた。
リアは肉の塊を切ることもせずに、睨みつけるかのような目で焼き加減を見ながら、ハケで赤黒い液体を塗っている。鼻から息を吸い込めば、肉の香ばしい香りと果実のような甘い香りが突き抜ける。
一方のダルクは、折角の炭火焼きなのにもかかわらず、何故かフライパンを置いてその上でじっくりと肉の塊を焼いていた。聞こえてくるジュージューと油の焼ける音が食欲をそそる。
……確かに肉は焼いているのだが、しかしこれはバーベキューと言えるのだろうか。そんな思いから、何故そんなに集中して肉を焼いているのかといった疑問からの問い。それを2人は、息ピッタリで返した。
「美味い肉は、しっかり調理してあげないと……」
「こんな綺麗なサシの入った肉なんざめったに食えねぇしな。あと私はローストビーフを作ってる、集中してっから、もう話しかけんなよ」
これには流石のレイアも苦笑いした。リアという少女がどこかズレた性格をしている事は承知していたが、まさかダルクまでも似たような性質、性格だとは思いもしなかった。
もしかしたら、意外とこの2人は相性が良いのかもしれない。
そんな事を考えた時、レイアは胸の奥で燻るような苛立ちを覚えた。何かモヤっとした感覚は……まるで嫉妬しているように感じて困惑した。
自分の方が先に出会って仲良くなった筈なのに……と。何か面白くなかった。
自分がこんなにも可愛らしい嫉妬ができた事に少しばかり驚きつつも、今こそしっかりコミュニケーションをとるべきだと気合いを入れるのだった。
それからの事は、あまり多く語る事はない。
ナンパしに来た男をダルクが「うるせえ!! 往ねぇ!!」と叫び鳩尾に一撃入れノックアウトさせる場面があったり、また別のナンパ男の顔面をリアが無言で鷲掴みにし砂浜に叩きつけノックアウトしたりと、野蛮な展開もありはしたが、だいたい10分もかからずに2人の料理は完成したようで。
リアが作っていた、ワインと醤油ベースのタレを塗り炭火でじっくりウェルダンされた肉は果実の風味と塩っ気が程よく染み込んでいて、ツマミなどに最適な料理だと感じた。
一方でダルクの作っていたローストビーフだが、良い感じに赤身の残ったミディアムな焼き加減と塩胡椒の簡単な味付けだが、逆にそのスパイシーさがアクセントとなり肉の旨味を引き立たせる見事な一品に仕上がっていた。
どちらも美味しいと断言できる。同時に同じ肉でも調理の仕方でここまで変わるのかと驚いた。
しかしながら、小さめのバッグを持って戻ってきたライラは、満足気な2人に頭を痛めるように押さえながら
「肉なら大量にあるんだから、普通にバーベキューしろ……」
と、流石に呆れてモノも言えない様子であった。
…………………
そうして、あとは普通に肉や野菜を焼いて腹拵えを済ませる。
その後、ライラは自宅から持ってきた鞄をテーブルに置くと、中から幾つか変わった形の機械類を取り出し並べていく。
1つはカナル型のイヤホンに似た小さな機械もう1つはレンズの入っていない細いモノクルのような機械。モノクルのような機械はフレームの形から耳にかけて使う物のようだ。
あとは、何かの計測器らしき物といつものノートパソコンだった。
そんな機材を並べ始めた彼女に、事情を知らないリアとダルクが口を開いた。
「なんです、コレ?」
「まーた実験でもすんの?」
リアが小さな機械を指で軽くつつきながら問うと、彼女は自信満々に説明を始めてくれた。
「これは依頼で作った『決闘補助装置』だ。魔法使いの決闘をより簡単に行えるように、またゲームのような雰囲気を味わえるよう色々な機能が搭載してある。そのイヤホンが音声補助と電源で、こっちのモノクルが拡張現実を取り入れた|ヘッドアップディスプレイ《HUD》。主にバイタルや魔力探知、地形情報から身体の状態に体温など、色々と表示してくれる優れものだ。試作機の段階で別の用途も思いついた結果、ロフテッド軌道の計算や風向き、照準機能と要らないものもついているが……今は関係ないから説明は省かせてもらう。さて……取り敢えずレイアには既に了承してもらっていたのだがリアへの説明を忘れていた。その、だな。出来れば稼働実験に付き合ってもらえないだろうか?」
片手で詫びながら頼むライラの隣で、リアは「ほー」と想像を膨らませた。
機械技術については疎いリアだったが、彼女の簡潔な説明とゲーム好きなお陰か、大体の用途を把握する。
要は、空中にいくつものモニターや測定値が浮かび、使用者に状況を伝えてくれる機械なのだろう。もっと簡単に言えば、よくあるロボットアニメのコックピットモニターや、近未来ファンタジーにありがちな指で操作するだけで、資格内にモニターが展開される機械……という事だと思う。
魔法だけではなく、科学の入り混じったこういう技術には、浪漫や格好良さを感じてしまうのはやはり、男の性であった。
そうなれば、もう深く興味を持つのは時間の問題で。返す言葉など一つしかなかった。
「是非に!!」
「よしっ、ありがとう」
(まっ、予定調和だな)などとライラに思われている事を知る由も無く、チョロっと誘いに乗せられるリアであった。
………………
ライラの指示にて、右耳にカナル型の機械とモノクルを装着。付けてみればかなり部位にフィットしており、激しく動いても落ちたりはしなさそうだ。
それから、更なる指示にて、この2つの機械の接触面に向けて魔力を流す。すると、カナル型の機械から駆動音と共に機械の音声が流れ始めた。
『……魔力を確認。グラル・リアクターを起動します』
謎の単語に困惑して、リアはライラにリアクターとやらについて説明を仰ぎ、そして驚いたり目を輝かせたりした。この小さな機械達の中に、魔力で動く電源装置がある。最先端なんて言葉では表せない、ライラ先輩達による異常なまでの技術力の結晶だと、リアは感動と共に更なる尊敬の念を深めるのだった。
因みに、グラル・リアクターは既に特許を取得済みであるらしく、また複製は出来ないように解体しようとすれば自動崩壊するようにして、色々と技術の流出に対し対策はしてあるそうだ。
あと余談だが、現在のリアクターはあくまで『ティガの存在が欠かせない』為……一般流通させる『決闘補助装置』には別の小型リアクターを開発中なのだとか。
そして、そうこうしているうちに起動作業は終了したらしく。音声案内らしい声がイヤホンから聞こえてくる。
『システムロード完了。
サーバー接続完了。
魔力の質による数値化を完了、管理者の設定により「リア・リスティリア」を新規登録しました』
魔力の質……というよりは性質のようなものだろうか。あまり気にした事はなかったが近年、魔力にも指紋やDNAのように全ての人が少しづつ異なるといった研究成果が話題になっていたような気がする。
曖昧なのはニュースなんて滅多に見ないからだ、仕方ない。
というよりも。今はそんな事はどうでもいい。
問題は、その個人を識別できる魔力のデータを用いて、何か勝手に登録されてしまった事だ。この事についてリアは即座に「なんか登録されたんですけど?」とライラに問うと、彼女は快く説明してくれる。
「一応犯罪防止、攻撃の過失などのデータを取る為に個人情報の登録機能を搭載したんだ。言ったろ? 決闘補助装置って。
一般販売する予定の品だからな。そりゃその辺、過敏になるさ」
「簡単に言えばアカウント登録みたいなものですか」
「そうなる、ついでにそいつは魔力を登録した相手のバイタルやらを常に計測し続けるから一度起動したら完全に個人用の装置となる……あ、大丈夫だからリア。後で金の請求とかしないから外そうとするな」
個人用になると聞き、後で買い取らなくてはいけないのかと貧乏性が発症。思わず外そうとした所で、ライラに必死に止められる。その間にも、決闘補助装置の『起動完了』に近づいていった。
………………
『ユーザーインターフェースのセッティングが完了しました。AR式、補助HUDの投影を開始します』
空中に青白い光を伴って浮かぶ半透明の『Loading……』の文字が霧散するように消えていく。
そして驚く事に、片目だけの表示かと思いきや立体映像は両目の前に表示されていた。
そんなサイバーパンクな光景に興奮している内に、次々とプログラムが立ち上がり画面が増えていった。奥行きも感じられる立体の映像達……自分の視線に合わせて、自動で位置も調整されているのが分かる。
右上にはここら一体の地形を表す衛星のマップと時刻表示。右下には円形のグラフを用い特に意味があるのか分からないがメーターらしき表示がいくつか輪を作って回転している。その中央にはハートマークがあり、中に心拍数と血圧、体温が簡易表示されていた。
そして中央には視界の邪魔にならない程度に照準のようなメモリ式の円形。
最後に左端だが、こちらはメニュー覧らしくアイコンが縦に並んでいる。
まるで……ゲームの世界に潜り込んだかのような気分にさせられる。
そうなれば少年の心を残すリアと、なんだかんだこういったサイバーパンクなものが大好物なレイアは、ほぼ同時に興奮しながら感想を口にした。
「「すげぇ……!!」」
完成度の高さや技術力云々の前に、例えようのない格好良さを感じ、陳腐な言葉だが、目一杯の感動を込めて呟くのだった。




