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The call of darker ⑥

「と、こ、ろ、でっ」


 準備も大方終えた頃合いを見計らい、ダルクはリアの肩をバシバシと叩きながら言った。


「せっかくの海なのに、リアっちの水着が見れなくて残念だなぁー」


 意外なことに嫌味ったらしさが無く、リアは彼女が本音で言っている事を察した。しかし何故に自分の水着姿が見たいのか、同性なのに……と疑問符を浮かべながら返した。


「俺の水着なんて、需要ありませんて。それに、あんまり人前で肌を晒したくもないし」


 リアの言葉を聞いたダルクの目がジトりとしたものに変わる。


「本気で言ってんのか? 顔も良くて胸もデカイ清楚系美少女とか、需要の塊だろうが!!」


 台詞の意図は分からないが、胸が大きいことに利があるような言い方が癪に障り、リアはムッとした。


「……好きでこんな脂肪の塊をぶら下げてるわけじゃないっすよ。肩も凝るし、邪魔ですし、特にうつ伏せになれないのが辛い」


 うつ伏せになると痛くて無理なのは……胸が大きくなってからの一番の弊害かもしれない。それと同時にやっぱ胸は小さい方がいいなと、しみじみ思った出来事だ。男の時は巨乳が好きだったのに、不思議なものである。


 そうして、むくれて言い放つリアの言葉に、ダルクも「あー」と声を漏らし、少しばかり同意した。彼女も大概大きくなっているため、リアの言ったアレコレは以外と悩みの種になっていたからだ。


「まぁ私も最近、大きくなってきたから分からんでもないな」


 ダルクは自身の胸に手を当て呟いた。それから、リアの胸元に視線を向けつつ口を開く。


「なぁ……そんなに胸が邪魔ならさ、その台詞、ライラの前で言ってみ?」


 なんてことを口走るんだと、リアは戦慄し彼女の悪魔っぷりに驚く。


「……胸を捥がれろと? いや、それ以前にライラ先輩の前でそんな事口にしたら確実に殺されるわ!! ってか、そういう先輩こそさ。さっきの台詞レイアの前で復唱してきたら?」

「おいおいおい、リアっちは私が剣で串刺しにされた姿が見たいのか? いやまて、レイアの場合……私の胸を綺麗に切り取ったあとPadにしそうな狂気を感じる……」


 ダルクの悪意無き感想に、リアは思わず想像してしまい、その後ひどく後悔の念に際なわれる。


「……ごめんレイア。君には大変失礼な事だが、一瞬だけ同意してしまった」


 2人は言い合いの中で、其々口にした言葉を妄想してみる。実にスプラッタで、黒い感情が溢れ空を覆い地に亀裂が走り、海が割れる様が思い浮かぶ。


 世紀末だ、小さな世紀末が余裕で想像できた。同時に、こうなる可能性はゼロではないだろうと思い身震いした。


「……」

「……」


 お互い顔を合わせ、一つ頷く。


「この話は無駄なんでやめようか」

「そうだな、それに少しでも聞かれたらやばい」


 一旦会話を切り、仕切り直すことにした。


「さっきの話に戻るけど……リアっちはスタイル良いんだから普通に水着姿、似合ってると思うぜ。きっとそこらでポーズの一つでも取れば、夏デビューで盛った男どもがナンパしに来るゾ」

「ナンパされても嬉しくねぇよ」


 自分に対して、性的な目で見てくる浜辺の男達を想像してしまい、リアはぶわりと肌を粟立たせながら震えた。女になって早半年。身体や精神の変化には多少見切りがついたとはいえ、やはり周囲の態度には未だ慣れずにいたのだ。まぁ、別に男の友達なんていないので、ただ単に視線が気になるだけなのだが。


 精神的に女性化しても、根に残った男の価値観が消えたわけではない。だからこそ、もしナンパなんてしてくる奴がいるのなら、普通に嫌悪感を抱くだろう。


 そんなリアの反応を見たダルクは、楽しそうに会話を続ける。


「嬉しくないって言うが、そう悪い事ばかりじゃねぇぞ?」


 突然、なにを言いだすんだと訝しげな目で「はぁ?」と生返事をした。リアの当然の反応に、ダルクは自身の体験談を語り始める。


「いやさ、彼奴らも夏の思い出を作ろうと必死な訳よ。態々、海にまで足を運んで来るんだからな」

「まぁ、そうでしょうね」

「だから、誘いに乗るとまず調子に乗るか格好つけようとすんのさ」

「……ほぅ」


 元男だからか、女の子の前で格好つけたいと思う気持ちは分からなくもないなと思いつつ、同時になんとなくだがリアはオチが読めた。けれど、別段口を挟む内容でもないので彼女の話に耳を傾け続ける。


「格好つけたがると言う事は=で理性のセーブが少し外れてるともとれるよな。そんでもって、ナンパする奴なんざ大概が陽キャだ。つまり、ちょーっと煽てりゃ、なんでも買ってくれるぜ!! ま、流石に限度はあるが、ここらの屋台くらいなら余裕余裕。後は適当に会話して逃げればいいしな」


 男の事を何だと思っているのだこの女はと軽く軽蔑した。少年、青年達の青春を貶して楽しいのかと憤りを感じ……しかしその怒りの熱は瞬時に冷めた。


 よくよく考えれば、少年達のような青春を謳歌するどころか、今年ようやく友達と呼べる存在が出来た自分には、例えデイルに女にされていなくても、未来永劫、女の子をナンパする機会など来ないなと思ったからだ。


 つまり、内心ザマァと思ってしまった。自分も大概、汚い部分が多いなぁと感じつつ、一応先輩の説明に相槌を打った。


「……まるで実体験みたいな言いようですね」

「実体験だからな、ほら、私って可愛いじゃん?」


 即答するダルクに、ジト目を向ける。

 わりかし大きな胸を張り、自慢する事でもないのにドヤ顔で彼女は言ったのだ。だが、確かにダルクの容姿は美少女だ。サラサラのピンクブロンドの髪や、黄金比で整った顔立ち。程よく引き締まった筋肉に、滑らかで白い肌。

 道を歩けばふとみてしまう、それは断言出来た。ただし、これは彼女のある部分を知らない場合の話である。


「確かに先輩は可愛いっすね。中身以外は」

「ありがとうな」


 あれ、皮肉が通じないと目をパチクリとさせるリアに、ダルクは自虐気味な笑顔で言った。


「言われ慣れてる」

「……ご愁傷様で。いや、やっぱあんたの自業自得だな」

「それも言われ慣れてる」


 見たこともない、慈愛に満ちた瞳で悟ったような顔をするダルクに、さしものリアもほんのちょっぴり同情してしまった。


「なんかごめん先輩」

「同情するなら信頼をくれ」

「無理」

「即答かよッ」


 こうしてリアとダルクは2人だけの空間で、ほんの少し仲良くなった気がした。


 まぁ、しかしながら。2人をそれなりにチラチラと見ている人が女性含めて居たのだが、リアとダルクの醸し出す奇妙で重いオーラが、彼ら彼女らを遠ざけていた。

 そして、もちろん2人が気がつく事はない。


…………………


 一方その頃。料理に集中し始めた2人を他所に、こちらもこちらで一つ、困ったことがあった。


「何が楽しいんだこれは」


 さっきまで笑顔で水を掛け合いキャッキャしていたライラだったが、ふっと素に戻りそんな事を口走る。そして、彼女の言葉によってレイアとティオの手も止まった。


「……いや、それ言っちゃお終いですよ。同意はしますけど」

「そうだなぁ、ぶっちゃけあの2人が昼食の準備を終えるまで暇を潰せれば何でも良いしな。というか、海水は我あまり好ましくない」

「先に言え」


 ベタつく髪を手櫛で解しながらティオが愚痴る。そんなこんなで……彼女達の海水浴はものの数分で終わった。


「思い出になるかとやってはみたものの、ここまでツマランとはな」


 そこまで言うかと普通の感性を一応持ち合わせているレイアは思った。しかし、他の海水浴客やビーチの砂浜で遊ぶ人々を見ても、その行動の何が楽しいのかを理屈で考えてしまい、結果的にライラと同意見になっていた。


「じゃあ、どうします先輩。リア達の所に戻りますか?」

「正直言えば、昼飯の準備を丸投げしておいて暇だから戻ってきたはなんか恥ずかしい」

「分からなくもないですけど、というかあの2人は何をやっているんだ?」


 ライラは眼鏡に搭載した望遠機能でバーベキューの準備をしている2人を見る。そこには、フライパンやアルミホイルを取り出し肉を包んだり、赤ワインを使って肉を焼いていたりと、大凡普通に肉を焼いていない事が分かった。


 それから、ライラの視線に気がついたらしきダルクが、サムズアップしてきて……先のテンションの低さからは想像も出来ない良い笑顔だった為に、余計意味が分からない。


 だが、まぁリアがいるのなら高級な肉をクソ不味い食べ物に変えたりはしないだろうと思いつつ。


 ライラは一つ、提案をした。


「ティオには言ったがレイアにはまだだったな」

「何がです?」

「実はシストラムを作る前に、『決闘補助装置』というのを作ったんだが」


 そこで、黙っていたティオも「あぁ、そういえばあったな」と呟いた。


「結局、シストラムの方に熱中していたせいで忘れていたが。確か実験として小型化させた『グラル・リアクター』を搭載したんだったか?」

「あぁ、リチウムじゃ持たなくてな」


 何やら自分は混じれそうにない話を始めたなぁと、黄昏始めたレイア。しかし、2人は決してレイアを差し置くつもりなどなかったからこそ。


「よしっ、じゃあレイア。『決闘補助装置』の稼働実験に付き合ってくれないか?」

「良い魔法使いが使ってくれれば、それだけ良質なデータが手に入るからな!!」

「えっ? えぇ?」


 急に先輩2人に左右の肩を掴まれ、逃げられない状況から告げられた提案に。


「……やります、暇だし」


 特に断る理由はない。それに先輩達の技術力の高さと安全性は知っているからこそ、レイアはその『決闘補助装置』とやらの稼働実験に付き合う事にしたのだった。


…………………………


 そうして、ライラは取り敢えず自宅へと向かう。装置を取りに行く為だ。その道中にて、肩に座り日差しを避けていたティガに話しかける。


「ティガ、海に放った簡易センサー類に、遺跡の影はあったか?」


 遊ぶにしても無駄な時間は省きたい性分のライラは、事前にドローンや潜水カメラの類いを飛ばし近海を調査していたのだ。


 そして機材から得た情報をサーバーにアップし、ティガに時たま確認させていた。

 変なものや、異質なものがあれば、その部分のデータをピックアップするようにと。


 期待はしていない。だがティガが暫くサーバーとの交信を終えた後、ゆっくりと口を開いた時、少し不思議な現象が起きていた。


『マスター、遺跡の類であろう建造物どころか、見間違えだとしても巨大な岩石らしき物も見つかりませんでした』

「なに? 影になりそうな岩すらか?」

『ここら一帯の海は沖に出れば出るほど、急斜面のように深くなっていました。仮に大きな岩があったとしても海面に影として浮かぶ程、太陽の光は届かないかと』

「マジか、どうなってんだ?」


 証拠はあるのに、簡易の調査とはいえ何も無い事が分かり、多少ライラは混乱した。しかし、混乱はしながらも思考を整理し、質問を投げかけた。


「他に何か無いか? 生態系とかは」


 遺跡があるとするならば、そこに住む魚などが独自の生態系を築いている場合もあると思った。そして、その予想は遠からず、と言ったところだった。


『……この時期の魚、アジなどの魚群とカジキマグロに属すると判断される大きな魚影などは確認されています。また、沖合い近くで最低限調査できた海底には、岸に多く群生している筈の珊瑚礁が見当たりません』

「つまり、何か大きな建物が上にあった形跡……みたいなのはあったってことか。魔術か、魔力的な痕跡は?」


 隠蔽されているのならば、もしかしたら魔術的な何かが施されているのかもしれないと推測して聞いてみる。

 しかし、ライラの問いにティガが一瞬、息を飲むような、はたまた言い淀むように溜息の音を出した。


『魔力的な痕跡は……微かに。それと、勘違いかもしれないのですが……割れ目が五芒星に見える岩が幾つかありました』

「五芒星? だけ、か?」

『イエス』

「それは……また奇妙だな」


 そして、ちょうど会話が終わった時点で自宅に到着する。ライラは一先ず頭の中で情報を整理しておき、目的の物を幾つかバッグに詰める。


「明後日くらいに、リア達にも協力してもらって調べてみるか」

『そうですね、リア様やレイア様のご助力があれば、確かに心強いです』

「それにしても……よいっしょ」


 重いバッグを背負い、ライラは苦い顔でぽつりと呟いた。


「無数の五芒星って言えば、太古の昔にあったとされる『封印』のような魔術未満の術に酷似してんな」

『あ、私知ってます。《並べ五芒の釘縛り》と呼ばれる自縛の呪いですね。しかし現在、効果が無いと実証された筈では?』

「それがな、昔は……『生贄』さえも用いた魔術が多かったとされていてな。今の魔術とはまた違う邪法で、魔法という存在はもっとオカルトチックなものだったらしいぜ」

『……では、マスターはあの海に『怪物』でも封印されていると考えているのですか?』

「……さぁ、な。流石の私も、本気出して調べてみねーと分からんよ。でも、仮に居たとしても封印されてんなら今は大丈夫だろ。藪を突かなきゃ蛇が出ないように、下手に手を出さなきゃ怪物も出てこねーよ、きっと」


 それに怪物が封印されていたら、それはそれで興味深いとも思う。


 例え封印に数え切れない犠牲があったとしても、興味というのは何処までも深く深淵の底を覗きたくなるように、惹かれてしまうものなのだ。


 それにレイアを揶揄う良い話が出来たと思い、ライラは朝の宣言通りに思考するのをやめて、遊ぶ事に意識を切り替えるのだった。

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