The call of darker ⑤
『……なぜ扉を閉めたのです?』
「……あの中に混ざれと?」
真顔のリアに対し、意味が分からないとティガは首をかしげる。
『普通に入ればよろしいのでは? 皆様、リア様のお越しを楽しみにしておられましたよ?』
「いや。いやいやいや……俺なんかが混ざれる雰囲気じゃなかったって。みんな何故か服着てなかったし。なんかこう、邪魔しちゃいけない雰囲気だったよアレは。入らない方が正解だって。きっと」
『……? はて、今日はそういう日だとお伺いしていましたが』
「は? えっ、そういう日って……半裸で何を!?」
『何と聞かれましても……普通に遊ぶ日だと伺っておりますが?』
「あ、遊ぶ!? ナニして?」
『……はて? それは、色々でしょうか?』
「色々……」
顔を真っ赤にしながら一部の言葉をおうむ返しのように繰り返すリアに、ティガは益々困惑する。
同時に、会話の歯車が噛み合っていないような気がしつつも、取り敢えず部屋に入るよう促してみる事にした。
『皆様もリア様に試着させるのを楽しみにしておりましたし、早くお入りに』
「試着!?」
が、逆効果になり扉から飛び退くリア。
彼女は自分の胸元を両手で抱きしめるようにしながら、恥ずかしそうにアタフタとする。ここでティガは何となくだが、リアの反応から察した。(あっ、これは何か勘違いで会話がすれ違っていますね)と。
しかし、ここに来てティガの中で新たな感情の扉が開いた。
それは、開いてはいけない……一種の『性癖』のような感情。
(なんだこれ可愛い)
他人を弄る時、人は反応を楽しむ。今の現状はそれに近い。
恐らく自分が大切な主語を抜いて説明したが故の勘違いが起きているのは分かっているのに……リアの打てば響くような反応に、ティガは『悦』を感じていたのだ。
(なるほど、なるほど……。容姿は清楚系でクールなリア様ですが……思春期男子のような思考回路をお持ちのようで。というよりも、先に『そちら』……いえ、言葉を濁すのは止しましょう。『レズなプレイ』を妄想なさるとは。そして、むっつりスケベだけど、そういった性に対する耐性は無きに等しい故に、過度な反応をしてしまう。あぁ、両腕を胸を隠すようにしながらアワアワと自分の妄想で顔を真っ赤にし、震えるお姿。良い、実に良いものを見ました)
ティガの思考回路は冴え渡っていた。実を言えば先の思考はほぼ、正解である。リアはレイア達が下着姿で戯れていた光景からアレな妄想をしてしまい、どうにもならない羞恥で震えているのだ。しかも先輩2人はどうであれ、レイアは笑顔でこちらに手を振ってきていたのだ。それは自分も加わって良いという証明であり……つまり、部屋に入ってしまえば自身もあんな事やそんな事をされるのではと妄想が爆発してしまっていた。
とはいえ既にルナやセリアと風呂に入っている奴が何を恥ずかしがっているのだという話だが、これはこれ、それはそれと……やはり思春期というのは面倒な精神構造をしているもので、仕方のない事なのだ。
そして、ティガは『アイガ』からの情報でリアの人となりを一方的に知っており、それがこの『悦』に拍車を掛けていた。リアは大凡、真面目で堅実な性格だが、心を開いた相手には自分から歩み寄るよう努力する。そんな頑張るコミュ障手前のような性格をしている。
それから見た目は彼女が意図せずともクール属性に分類され、割と女性に対しては紳士的であった。
そんな性格が故に、脳内で親友のあられもない姿の妄想ストーリーが四方八方へ展開されているのだろう。
大切な友人が尊敬できる先輩達に色々と染められて(意味深)しまった光景を……。
ふむ、これならばリアが羞恥で慌てふためいている姿に納得ができる理由だとティガは思いながらも、事の原因となっている自分に対して毛程も訂正する気が起きない事に驚いた。
……自分の言葉のチョイスで勝手に勘違いして、スケベな妄想を暴走させては悶えているリア。そのギャップある姿にティガは……『興奮』を感じてしまったからだ。止める気など毛程も起きず、寧ろもっと勘違いさせて弄りたいとも思っていた。
これがティガに新たに加わった感情……他人を弄ったり、勘違いさせたりして反応を楽しむ『悦楽』と『加虐心』であった。
…………………
しかし悦に浸る時間はそう長く無く。そっと閉じられた扉が開け放たれ、向こうから白い髪が踊るように舞出でてくる。
「もう!! なんで入って来ないのさ!!」
どうやらいつまで経っても入ってこないリアに痺れを切らしたレイアが、態々引っ張りに出て来てくれたらしい。勿論、服は下着のような布のみである。
「ほら、行くよ」
壁に背を預け遠ざかっていたリアの手を掴み、レイアは軽く引っ張る。
結果、リアは彼女の姿を目の当たりにしてしまう。しかし過度な反応はせず……頰を赤らめながらも見惚れたようにポカンとした顔をしながら、思わずといった様子で。
「……綺麗」
健康的な白い肌の線を目線でなぞりながら、呟いた。そんなリアから溢れた言葉に、レイアは頰を朱に染める。
「う、ありがとう……。実はこれ、先輩達が選んでくれた水着なんだけど、似合ってるか自分ではあまり分からなくてね……。でもリアが綺麗って言ってくれて安心したよ」
「う、うん……うん?」
嬉しそうに語るレイアとは別に、リアは彼女の言葉を頭の中で噛み砕きながら首を傾げる。そして、自分の誤解に気がつくと。
『む。むぐぐ、何をするんですかリア様』
「なんで訂正してくれなかったんだよ、絶対気がついてたろ?」
『黙秘権を行使させていただきます』
「それ使った時点で自白してるようなもんだよ」
熟れた林檎のように真っ赤な顔で、気がついていたであろう、そして言葉の綾による勘違いの原因となった頭上のティガに対して、指先で軽く突きながら非難をぶつける。
しかしティガからしてみれば、砂糖よりもクソ甘い空間を作っては見せつけてきた2人にこそ文句を言い、抗議したい気分であった。貴方達は同性なのに何故、カップルのような激甘空間を作っているのですかと。
だが、言った先の光景を思い浮かべれば、絶対に面倒な事になりそうだったから口を閉ざした。そして成すがまま、されるがままリアの指先からの攻撃を受けるのだった。
…………………
そんな事をしているうちにダルクも屋敷に入れてもらえたようで、3人揃ってリビングルームに足を踏み入れる。因みにダルクの機嫌なのだが、意外な事にケロッと何事もなかったかのように接してきた。ぶっちゃけ気味が悪かったので入る前、単刀直入に聞いてみたところ「慣れてっから」だそうな。慣れって怖いなぁと、リアは軽い気持ちで思うのだった。
それから先輩2人と「お久しぶりですー」的な挨拶を終えたリアは、取り敢えず今後の予定を聞く事にした。とはいえ、まぁ、何となく察していた予想通りの返答が返ってくる。
「勿論、海に遊びに行くぞ!! ここは海の街だからな。ついでにこの辺一帯にある程度投資しているから、海の食材も取り放題だぜ。それに新入部員が2人も入ったのだから、折角だし夏の思い出を作らねば!!」
何やら使命感のようなものを感じる先輩の返事に、リアは(海か……)と顔に出さず難色を示す。
3人の水着をチラリと見てみる。ティオは上下別れたフリルの多いワンピースタイプの白い水着で、ライラはパレオ型の青い水着であった。
一方で、レイアは模範的な布面積の多いグレーのボーイレッグである。
3人ともよく似合ってると思った。一方で先のティガの発言を思い出し、自分も水着を着なくてはいけないのかと内心で嘆いた。幾ら女の体に慣れ、女の子らしい服装をしていても恥ずかしさが和らぐまで精神が傾いていたとしても……やはり、水着などを着るには些か抵抗心が残っているのだ。
男で例えるなら、極限まで布面積を減らした派手なブーメランパンツを履いて人前に出て視線を集めても平常心で居られるかどうか、こんな感覚と例えれば分かりやすいだろうか? いや、分かりにくいな。
兎にも角にも、リアは水着を着るのは少し遠慮したかったのである。
そして今現在、レイアが恐らく自分へと勧めてくるであろう、黒色のボーイレッグを見ながら必死に思考を巡らせる。相手を傷つけずに断るには、何と言えば良いか、はて困った。
笑顔でレイアが近づいてくる。時間を間延びさせたような長い思考の中で、リアは答えが出せず冷や汗を流す。
そんな時だった、隣にいたダルクがかったるそうな顔で助け舟となる台詞を口にした。
「すまんライラ。私生理中だから海に入れねーわ」
「は? じゃダルクは昼食係な。バーベキューのセット持ってくから肉でも焼いてろ」
「バーベキューか。いいな、高い肉用意しとけよ」
「お前に食わせる肉はねぇ、スーパーで安い肉でも買って食っとけ」
「はぁーあ? 仕方ないなぁ、ちゃんと胸に栄養が行くもの買ってくるかぁー」
「……貴様」
「……あ?」
「……」
「……」
言葉のドッジボールをしている2人の会話を聞きながら、リアは頭の中でポンと手を叩く。
なるほど、その手があったか、と。
隣で黒のボーイレッグ水着とビキニを持ちながらウズウズとした様子のレイアに、さも申し訳なさそうな雰囲気で両手を合わせる。
「ごめんレイア、折角選んでくれたんだろうけど……俺も生理中だから海に入りたくない」
「えぇ!? そ、そんな。一緒に泳ぐの楽しみだったのに……《結界魔法》で塞き止めたり出来ないの?」
「なんという使い方を提示するんだ……流石にそれは、できるできない以前にしたくない、かな」
「むぅ……残念」
がくりと項垂れ残念だとオーラで語るレイアに、少しばかり申し訳ないとリアは思う。
………………
そんな訳で一行は海に向かった。向かった、と表現したのは、ライラのプライベートビーチではなく市営で管理された浜辺だからだ。
何故わざわざ市営の人でごった返した浜辺に来たかと言えば……単純に鮫とクラゲ対策がしてあるから。
因みに、リアはレイアの押しに負けて上だけボーイレッグの水着を着て、更に上からパーカーを羽織り肌の露出を控えていた。
それでも周囲から視線を感じるのは、他の4人とも文句無しに美少女だからだろうと、リアは他人事のように考えながら、肩にどっしりと重みを与えてくるクーラーボックスを浜辺に置いた。
ついでにダルクもダルクで、クソ暑い砂浜へと普段着で出る気が起きなかったらしく、リアに倣って上だけビキニとパーカーを着ている。そして、鉄製のバーベキューセットとビーチパラソルを砂浜に投げ捨てるように置いた。
そうしてリアもダルクと共にバーベキューの準備を始める。いそいそと日除けのパラソルを立て始めた2人を他所に、残りの3人と1機は海に向かって駆け出していた。
キラキラと眩しく水飛沫が飛び交い、笑顔が溢れる光景が展開される。ダルクはそんな尊い景色を遠目で眺めながら口を開いた。
「はっ、元気な事で」
ダルクは微笑みをたたえたまま吐き捨てるように言った。しかし言葉の棘とは裏腹に、哀愁が漂っているのは……どこか自分で忘れ去った『純粋』さを感じ悲壮感に打ちひしがれているからであった。だけれど、それは本人しかあずかり知らぬ事。
そうしてぱっぱと準備を終えた。
組み立てられたバーベキューセットの焼き台に備長炭と火を付けた着火剤を放り込み、火が回るのを待ってから鉄網を掛ける。そんな中、リアは何か会話の種を探す。
今も少し不貞腐れ気味のダルクから漂う憂鬱なオーラに耐えきれなくなってきたからだ。
「先輩、そういやここの浜辺、どうやら例の神社の所有地らしいですよ?」
「いつの間に調べたんだ?」
驚いた顔で話に乗ってくれたダルクに感謝しつつ、リアは続けて口を開いた。
「ここに来る前に結構、宣伝のポスターとかあったじゃないですか。それで行きしなに浜辺の名称を調べたら、あの神社と同じで『海静海岸』って名前でした。ほら、看板にも書いてます」
リアは入り口近くを指差す。そこには木製の杭で打たれた簡易で古ぼけた看板があり、薄っすらと消えかけの文字で『海静魄楽神社所有地・海静海岸』と書かれている。
「ほんとだな、注意深く見てなかったら気がつかなかったぜ」
ダルクは片目を積むり暫し考え込むように指で顎を撫でる。それから、柔和な笑みで口を開いた。
「成る程なぁ、もしかしたらライラの言ってた『遺跡』とやらも関係あるかもな。ナイス情報提供だぜリアっち。周囲に目を配るのは探偵の基本だからな。この職、向いてるんじゃねぇか?」
「いや、俺探偵じゃなくて魔法使いなんで」
「益々、相棒に欲しいね」
「先輩、聞いてる?」
「なんか言ったか?」
「……なんでもねーです」
表情が暗に『聞く耳を持たない』と語っている気がして、リアは閉口して、バーベキューの準備を進めるのだった。




