The call of darker ④
別段、事件に関しては深く調査されていなかったらしく資料が少ない。その為ネットにて軽く情報を探る。ハーディス先生に関しての情報はライラの家近くにある大きな神社『海静魄楽神社』といった名前で、海の神を祀っており、また先祖の慰霊に適した神社としても有名なのだとか。まあ『鎮魂の社』といった異名も有名らしい……そんな、観光パンフレット程度の情報が載った記事を見つけた。
そして毎年一度だけ、大きな祭事があり、その期に人々が集いやがて『祭り』に変化。数年かけて続いたお陰か、以降大きな祭り会場として有名な場所になったようだ。どうにも神社側は非公認で土地を貸し出しているようにも聞こえるが……神社のホームページに、普通に載っていた情報なのでたぶん、公認なのだろう。いや、公認でなければ出店などの利益を求める店は出せないから、公認なのは当たり前か。
次に、個人的に気になった名前の由来なのだがら結局分からなかった。まぁ推察するならば、神社に祀っているらしき海の神様が由来しているのだろう。海を静かに、魄を楽に。まんま、その通りのネーミング。
最後になるが、現在の神主はハーディス先生ではなく、その父親がやっているようだ。これも予想通り……というより、神主なら教師などという忙しい職に就くのは厳しいので(まぁ、そりゃそうだよな)程度の感想しかない。
そんなこんなで、2人で黙々と情報収集をしている最中。
奇妙なタイミングで、現在進行している調査と重なり合うような出来事が起きった。
これから向かう家の宿主であるライラから、ダルクの携帯端末にメールで『プライベートビーチに遺跡があるかもしれん。今日と明日は目一杯遊ぶつもりだが、明後日くらいに調査するから、なんか情報あったらくれ』と簡潔な内容文……それと、本文にある遺跡であろう影の写った海面の写真が送付されてきたのだ。
ダルクは何気無しに気になって、写真の画像ファイルを開き、拡大してみる。
波打つ海面が写った写真に浮かぶ影は……確かに、言われてから見れば人口の建造物っぽいなと彼女は思った。
その時だ、何か心にぬるりと入り込まれたかのような気持ち悪さを覚える。まるで、誰かに胸の内を覗かれている感覚。
……以前経験したような胸を掻きたくなるような不安感と不快感を感じた。
ダルクは気味の悪さから静かにメール画面を閉じる。すると不思議な事に、さっきまで感じていた諸々の感覚も綺麗に消え去った。
なんだか……心霊写真でも見てしまった気分だ。そう考えれば、怖気と寒気が全身を舐めるように登り抜けた。
最近こんな事がよく起こるが、幽霊でも取り憑いたのだろうか? いや、考えるだけ無意味かと、軽く身震いして自分の思考を振り払った。でも、どうせなら近いうちにお祓いでも受けようかな……と真剣に検討しつつ。
しかし、このメール、どうしたものか。
神社に関連した遺跡かもしれないし、協力者であるリアにも伝えるべきもの……だとは思ったのだが、何故かリアに見せる気にはならなかった。見せない方が良いと、直感的に思ったのだ。
こんな気味の悪い写真を態々見せるのは、別に楽しい嫌がらせにはならないから。だから、いざとなったら話すと決め、彼女はライラのメールに返信を打ち込みながら考察する。
(プライベートビーチ……ハッ、流石金持ちだな。にしても遺跡か……。普通は近海の遺跡なんざ、例えプライベートビーチだろうが、誰かしらに見つかるもんだと思うがなぁ)
漁師も程々にいる海辺に近い街なのに、海底に沈んだ遺跡を誰も知らないなど普通、ある事だろうか?
と、当然の疑問を浮かべるも、考えるだけ奇妙な気味の悪さが増していくだけ。これもまた(無駄だな)と考え、思考を一旦打ち切り時計を見上げた。
針は10時を少し過ぎた場所を指している。
「良い頃合いだな。リアっち、そろそろ出ようぜ」
「あっと、もうこんな時間か。そうっすね、行きますか」
リアは素早く身支度を終え、キャリーバッグの中に資料をまとめたファイルを滑り込ませた。
「うっし、じゃー、行きましょ」
「リアっち。その重そうなキャリーバッグ、私の《鍵箱》に仕舞って運んでやろうか?」
「……うーん、いやいいです。先輩の善意が気持ち悪いのと、先輩に荷物を預けると不安なので遠慮します」
「……は? 普通に傷つくんだけどその言葉。ぐすん」
「はいはい、嘘泣き嘘泣き」
「確かに嘘だけどさぁ。もうちょっとこう……なんかさぁ。後輩が冷たくて辛い」
「日頃の行いのせいでしょうに」
「これでも最近、ちょっとは改めるようにはしてるんだぜ?」
「もう手遅れじゃね?」
「私もそう思う」
そんな心籠らぬ雑談をしながら、2人は『底の虫』を出て行った。
………………
時刻は10時を半ば過ぎた頃。目的地の駅に到着した2人は背筋を伸ばしながら、涼やかな風に煽られつつ、歩みを進めた。
海沿いの街と聞けば、どこか寂れた雰囲気を想像してしまうかもしれないが、ここは例外らしい。観光客らしき人々や、数々の出店などで街中は賑わっていた。8月も終わりに近い事を考慮すると、おそらく祭りに参加する為に来た人達なのだろう。
それから街の建物は田舎街らしく密集はしているが、風情ある木製で和風な建築から、コンクリートやカラフルな家々が混ざり合いあったものまで多数あった。
どこか、近代化の息吹と歴史を感じるものの、それが不快に思わない良い街だとリアは思った。
そんな街の海岸沿いを歩く事、十数分。ようやく目的地に辿り着いた2人は、大きな門の前で立ち止まる。
「お金持ちって聞いてたけど……」
ライラの自宅前で、リアは唖然としながら大きな邸宅を見上げる。門のせいで半分は見えないが、円柱形で灰色をした独特な建造物は街中の雰囲気とはかけ離れ、まるで研究施設のようにも見える。というより、家と最初に説明されていなければ何かの施設だと真っ先に思っただろう。
更に家の周りには防壁が完備、その上には監視カメラの姿も見え、近寄り難い雰囲気を放っていた。
そんな門の前で立ち止まっていると突然、インターホンも押していないのに、ひとりでに開き始める。入れという意味だと判断して、無言で敷地に足を踏み入れていく。
広い庭にはなぜか、鉄の塊のような物が山になっていたり、車や戦闘機のスクラップだったりで埋め尽くされていた。何か、作っていたのだろうか。景観のへったくれも無い庭を見ながら思いつつも、玄関前まで早足で歩く。
すると玄関の扉がほんの少し開き、小さな影が勢い良くこちらに向かってきた。手の平より小さい影はリアの顔の前で急停止し、滞空しながら話しかけてくる。
『お待ちしておりました、リア様。私はAutomatonのティガと申します。マスター……ライラ様から案内するよう仰せつかっておりますので、よろしくお願いします』
小さな人形……いや、妖精のようだとリアは思いながら、困惑気味な態度で、お辞儀をする彼女に声をかける。
「よ、よろしく。あと……こんにちは」
『はい、こんにちはです。一応お伝えしておきますが、ライラ様及び、リア様のご自宅に配備されたAutomaton『アイガ』から、貴方様の情報はインプット済みですので、自己紹介は結構ですよ』
「え、なにそれ聞いてない。……変な記録とか取ってないよね?」
『変な記録、とは? エロ同人誌の参考にされた事や、ギルグリアという人物の過剰なスキンシップにブチギレて、ッむぐぅ……』
「人にはおおっぴらに話してほしく無い話題があるって事を、今ここで記録してくれ」
リアは目にも留まらぬスピードで指を突き出し、ティガの開きかけた口に触れて、その先の言葉を止めた。
『……成る程、デリカシーや空気を読め、という事ですね。記録しておきます』
「おう……あっ」
ティガが予想よりも高度なAIだと分かり、これなら誰かに言いふらしたりはしないだろうと安堵するも……しかし微妙に遅かった。横にいるダルクが何やら(面白い情報掴んだ)とでも言いたげな微笑みを浮かべている。一言も発していないせいで、一時的に存在を忘れていた……。
リアは(こいつ、絶対にいつか揺すりか脅迫のカードにしてくるんだろうな)と内心でため息を吐く。ダルクの笑みがその答えになっている。
そんな内心の思惑に揺れる2人を眺めながら、ティガはふわりと飛び上がるとリアの頭の上に乗っかった。
『では、挨拶はこれくらいにして。お部屋へ案内いたしますね、リア様』
「頼んだ」
頭に乗っかられた事に対する疑問を口にする前に言われてしまった為に、こう返すしかなかった。だが別に嫌では無いし、寧ろ可愛いので無問題だと微笑んで、ティガの案内によりリアは屋内へ足を踏み入れるのだった。
そして、物凄い速度で自動的に扉が閉まり。
「へ、は? おい、うぉい!?」
一切触れられるどころか挨拶すらされなかったダルクは現状を俯瞰的に鑑みて嫌がらせだなコレと察した。
察すると同時に……仏のごとく穏やかな笑顔で思いっきり玄関扉をぶん殴った。
……………
「あの、先輩入れなかったみたいなんだけど?」
振り返り完全に閉まるドアを見ながらリアはティガに問うと、平坦な声が頭の上から降りてくる。
『大丈夫です、マスターが1分後に開くよう設定したそうですから』
「なんでそんな事を」
『嫌がらせだそうです』
「納得したわ」
『意外とすんなり納得なさるのですね……。ふむむ……やはり、ダルク様は他方から多数の恨みを買っている模様……ふふっ、非常に面白い方のようです。期待が高まりますね』
「期待?」
『イエス、人の情というものはいつ何時も目新しいものですから』
「俺との会話も?」
『そうですね、『俺』が一人称の女の子と話すのは初めてなので、とても新鮮です。それにリア様の口調からして、あまり人とのコミュニケーションに慣れていませんね? マスターから聞きましたが、そういった人を「陰キャ」と呼ぶそうです』
「……喧嘩売ってないのは分かるけど、デリカシーって言葉を、ちゃんと、自分の辞書に書いておいてくれ。あと陰キャじゃ……ねーし、ちゃんと友達いるもん……」
少々きょどりながらの返答したリア。彼女の不機嫌な声色に、ティガの思考回路が加速し、原因を突き止める。
『どうやら非常に失礼な言葉だったようです。ごめんなさい、心の底から謝罪します』
リアは首に手を当てながらも、ここに来ておそらく一番優し気であろう微笑みを浮かべた。
「別に怒ってないからいいよ」
直ぐに非を認め謝れるという事は、このティガというAutomatonは素直で良い子だと理解した。それに、怒っていないのは本当だ。だって、彼女の言葉は失礼な言い方かもしれないが……ついこの間までは、事実だったのだから。
笑顔で即座に許してくれたリアの対応に、ティガはまた、新たな感性と感情を感じながら礼を言った。
『……ありがとうございます。出来れば貴方とは仲良くしたいと思っておりましたので』
「ははっ、そう言ってくれるのは嬉しいな。こちらこそよろしく頼むぜ」
そして一旦会話が途切れる。だが、ティガの思考回路は常に稼働しており、こんな事を思っていた。
(……やはり、マスター達からお聞きした通り、お優しい方ですね。初めてお会いしたのに、私の中の好感度はうなぎ登りですよリア様)
そうして、やがては突き当たりに辿り着いた。そこには厚い木製のドアがあり、立ち止まれば『ここがリビングです』とティガは告げる。途端に、リアは背筋を伸ばし思考を巡らせた。
(ふ、ふぅ。なんか緊張するな……。なんて言って入ろうか。こんにちは? お久しぶりです? ヒョォー、よくよく考えたら『友人の家に遊びに行く』という行為自体初めてじゃねぇか俺ェ……。
くぅ、でも悩んでても仕方ねぇな。無難に行こうぜ、大丈夫だ。『礼儀と敬意』を意識すれば人は他人に極力、不快感を与える行動はしない)
そんな特に意味があるのか微妙な持論で気合いを入れると、リアは蚊の鳴くような声(本人はそこそこの声量だと思っている)で「失礼します」と扉前で断りを入れてから、ドアを開いた。
瞬間、外の光をふんだんに取り込んだリビングルームが視界に広がる。艶やかなフローリングの床やモダンな白黒の壁紙もさることながら、皮や木製の高級品で作られたソファやテーブルの数々は、かなり高価な調度品であると即座に理解した。
しかし、しかしである。
そんな高級品の数々すらも霞んでしまうような光景がそこにはあった。
陽の光に照らされ際立つのは、3人の白くきめ細やかな乙女の柔肌。
皆何故か胸と恥部にしか布が無く、服を着ていないことなど火を見るよりも明らか。そして下着のまま、何やら戯れている彼女らの手には、更に別の下着っぽい布切れが握られている。
ジャンルは異なれど3人とも美が付く少女達だ。だからこそ、この光景に一瞬見惚れそうになるリア。だが、無意識に唾を飲み込んだ事で現実に引き戻される。
(何が、どうなってんの……)
けれども心の中は混乱を極め、思考回路は停止した。しかし思考は止まっていても視界には、弥が上にも彼女らの際立つ肌や柔らかそうな肉つきの胸や尻などの部位が視界に入り、羞恥から更に顔が熱くなる。
レイアの白く程よく引き締まった腰まわりや、ライラの綺麗な曲線を描くスラッとした体。それから、ティオの幼さを感じさせる、ぷにっとして柔らかそうな肌。
まるで絵画のように、いや絵画よりも美しく尊い光景は……暫く脳裏から消える事は無いと確信した。
そんなリアの存在に、一拍置いて向こうも気がついたらしく。
レイアは「あっ」と呟きつつ、綺麗な白髪を揺らしながら、手を振って笑顔を見せた。
「リア!! やっと来た、遅かったじゃなr
だが、思考が停止していたリアはレイアの言葉を遮るように、困惑したまま、ゆっくりと、リビングの扉を静かに閉めるのだった。「バタン」と扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた気がした。




