The call of darker ②
手の甲に浮かんだ紋章は、スーッと一瞬のうちに消えてしまう。レイアは寝起きに現れた契約の紋章が偶然とは思えずに、眉根を寄せながら、さっきのやけに鮮明な悪夢と共に関連性を考えてみるも。
「分からない。正直、本当に土地が呪われてるとしか考えられないね」
実際に此処の土地が安いのは本当である。だが、戦争云々の件は勿論、ライラの嘘である。安い理由は単に、海に面しており潮風の対策と自然災害への対応が大変だからだ。
もちろん、そんな理由を知らないレイアは色々と妄想を織り交ぜ考察してしまい、結果無駄に恐怖心を増大させ、隣で爆睡していたティオをまた抱き枕にして、布団を頭から被るのだった。
その後、朝食の際にライラやティオ、ティガに昨晩の夢を話しに出してみたところ……意外な事に彼女達は茶化さず真面目に聞いてくれた。先日シストラムの搭乗中に発見された、海に沈む遺跡のような建物との関連が真っ先に思い浮かんだからだ。ついでに、ライラはレイアの「玉虫色をした粘液体」の説明を聞いた時、妙なデジャヴを感じてもいた。見た記憶は全く無いのに、その玉虫色に輝く黒いスライムが本当にいるかもしれないと、何故か思ったのだ。
そういったわけで、夢との関連は明確ではないが……曰く有りの遺跡ならば魔物が住処にしている可能性はなくもない。また、鮮明な夢に関しても、魔法による現象ならば有り得る事だ。それこそ、太古の魔法や魔術には未だ未解明のものも多くあり、夢に関係する魔法というのも数多くある。また、眠りの最中は精神的に隙のある状態だ。そこにつけ込まれた可能性も大いにあるだろう。
余談だが……太古の魔法の名残りや残滓は、未だ世界のどこかに散らばっているらしく、ふと身の回りに、その力が振るわれる事は良くあるのだ。
自然による災害であったり、はたまた魔物などの急激な変化や成長、増殖であったり。
また、現代では『心霊』や『霊魂』に関する魔術や呪いも数多く文献がある。
ゆえにレイアの見た夢とは関係なしに調べる価値は……いや、それ以前に彼女達が興味と信用を持つには充分な話で。
だが、幽霊という存在を信じているレイアは話しておいてなんだが、出来れば「ねーよ」と一言でも、否定の言葉が欲しかった。
しかし……同時に手の甲の紋章も含めて、無関係ではいられないと第六感が警鐘を鳴らしているのも察していた。
今、蛸の魔物であるオクタ君はどうなっているのだろう。何かあれば兄弟子のルークや姉弟子のネイトから連絡をするように頼んでいるから、大丈夫だとは思うが……。
なんとなく、あの夢に出てきた魔物の形とオクタ君が重なって見え、連絡を取る気が湧かなかった。心の何処かで、確認することを恐れたのかもしれない。何に怖れているのかも分からないのに。
……………………
食卓の上でタブレット端末を操作していたティガが、3人の会話を片耳に聞き流しながらも、ひとつ見つけた情報を口にした。
『マスター、余計な情報かもしれませんが……昨晩から遺跡関連で私なりに調べた結果、どうも此処ら一帯は元々、とある神を祀っていたらしく、神事や祭事が盛んな地域だったようですよ?』
「神事?」
『はい、祀られていた神がなんなのかは分かりませんが……もしかしたら、海に沈んでいる遺跡は『祭壇』のようなものかもしれせんね』
ティガの何気無い地域情報で、ライラは頭の中で該当する建物を思い浮かべる。
「そういや、ここから近くに海の神様を祀る神社があったな」
「神社ですか?」
「そこそこ有名な神社らしくてな。明日に丁度、大きな夏祭りが催される予定なんだ」
ライラがそこまで言った時に、隣でトーストを齧っていたティオも会話に参加した。
「ちなみに、祭りの名はなんというのだ?」
「『祓い大祭』……だったと思うぜ?」
「祓う、か。ふふっ、成る程面白そうな祭りではないか。恐らく、邪気を払い福を呼び込む……みたいな意味合いがあるのだろうなぁ」
「お、正解だぜティオ。まんまその通りだ。『福を呼び込む大祭り!!』って触れ込みで、パンフレットがこないだポストに入ってた」
格好つけて喉をクックッと鳴らすティオに、レイアが「それだけなら、普通のお祭りですね」と呑気に返す。すると、ティオは呆れたような無駄に腹の立つ表情で続ける。
「私も専門ではないから詳しくは言えないが、しかしこれだけは言わせてもらおう。こういった邪を祓う祭りにおいて……祓われた邪気は一体何処へ行くのだろうなぁ?
ふふふふっ……暗黒の力が溜まりし場所が必ずあるやもしれんぞ? 例えば、海に沈んだ遺跡とかな!!」
「ちょっと先輩!! 今朝、変な悪夢見たのに、そんな事言わないでくださいよ!!」
妙に信憑性のある理屈を並べられ、レイアはぶるっと肩を震わせながら語気を強めに言った。
レイアの機嫌がすこぶる悪くなる前に、ライラは「パンっ」と手を叩いて3人の視線をこちらに向けされると。
「まっ、今シストラムはシステム調整中で動かせねぇし、かといってボートとかは持ってねぇから調べようがねぇ。だからまぁ、今日リアとダルクも来る。一旦遺跡の事は忘れて、夏休みらしい事をしようぜ?」
遺跡が気にならない訳ではないが……ぶっちゃけるとライラは『シストラム』と『グラル・リアクター』が完成した時点で、少し熱意や浪漫といった向上心となるエネルギーが枯れてしまい……今は普通に夏を楽しみたい気分だった。
それはティオも同じだったらしく、同意するようにグッとサムズアップで返す。一方でレイアは「人ごとだと思って……」と分かりやすく頰を膨らませるも、別に反対するつもりはないようだった。
まぁ、ティオとしてはオカルティックな話と遺跡を関連付けたくはない、もっと言えば歴史的価値のある物に興味があるのであって……オカルト、この場合は魔法的何か、悪ければ『呪い』のある場所をすぐさま調べようという気にはならなかったのもある。
……………………
時は少し遡り。
早朝、空が白け始めた時間。ダルクは出先用に、上には灰色ノースリーブスと下には灰色迷彩柄のセンタープレスパンツという、今時の女子としてはどうかと言いたくなるようなラフな格好で街中を歩いていた。目的地は勿論、探偵事務所『底の虫』。向かう理由は給料の受け取りを忘れていたからである。
「ジル公の野郎……言わなきゃ払わねーつもりだったろうな」
態々、こんな早朝に押し掛けるのは単なる嫌がらせだ。ジルに言えば「そういうとこやぞ」と言われるだろうが、直せる性格でないのは周知の事実。否、彼女が自覚している時点でタチが悪い性格だ。でも辞められない止められない。
それから程なくして、ひっそりと地味な看板の立つ探偵事務所に辿り着いた。勿論アポ無し。だからインターホンすら押す事もなく、勝手に複製した合鍵で中に入った。
瞬間、ヒュンと風音を鳴らして、一つ長方形の影が飛来してくる。ダルクは来るであろう事を予測して、既にキャッチ出来るように両手を構えていた。
縦長で筒状の物体は、冷たい炭酸飲料の缶だった。ヒンヤリとした冷たさとが、熱の籠った手を冷やす。
ダルクは片手に缶を持つと、投げ飛ばしたであろう人物に話しかける。
「当たったらあぶねーだろうが、ジル公」
「ノックも無しに誰か入ってきたら怖いだろうが、ダルク」
ジルは突然の来訪者に気怠げな声色と、少し青白く体調の悪そうな顔色で出迎えた。目の下に濃いクマが出来ている点を見るに、どうも寝不足が続いているのかもしれない。いや……こんな時間に起きているのだか睡眠不足による体調不良なのだろう。
まぁ、ダルクにとってはどうでも良い事で、起きていてラッキー程度のことしか考えてはいない。他人を思いやり心配するという気持ちなぞ、何の得にもならないからだ。しかし
「疲れてるみてーだけど、大丈夫か?」
飲み物のお礼くらいはしてやろうと、体調を伺った。返ってきた返事は予想通り。
「眠い」
「寝る前に給料寄越せ」
「態々、こんな朝早くに足を運んできた理由がそれか?」
「学生には死活問題なんだよ!!」
「電話一本くれれば振り込んでやったんだがなぁ……成る程、単なる嫌がらせかテメェ。ちょっと待ってろ」
ジルは眠気のせいか覇気が無く、気怠げに事務所中央奥のデスクに向かう。デスクの上には書類らしき紙束と、複数の分厚いファイルが乱雑に置かれている。そんな中を漁ったせいか、幾つかの紙やファイルが音を立てて机から滑り落ちた。その一つを拾い上げたダルクは、文面を見て目を細める。
「半年以上前の失踪事件? 今更、こんな案件調べてんのか?」
「……そのファイルに乗っている地域で魔物の被害が出たらしくてな。過去のレポートを集めてたんだ」
「へぇ……」
とある海沿いの田舎町から訪れた、1人の少女と父親からの依頼。簡潔に言えば、失踪した母を探して欲しいというものだ。しかし、当時は別の案件を複数抱えた上で尚且つ、人探しの依頼という特性から、深く念入りな捜索はせずに、最後は魔導機動隊に丸投げした筈のもの。
ダルクが目を通しながら、不謹慎ながらも当時の懐かしさに浸っていると、ある点に気がついた。
「うん? あれ此処……ライラの家の近くじゃねーか」
今から向かう予定の場所と一致している事に。そんなダルクの横からヒョイっとジルはファイルを取り上げながら口を開いた。
「お前はどうせ知ってるから言うが、デイルさんやグレイダーツさんからの依頼なんだ。邪魔すんなよ?」
忠告を入れてくるジルに、ダルクは笑顔で返した。
「なぁ、どうせ暇になるだろうし、この失踪事件、私なりに再捜査してもいいか?」
「は? まぁいいけどさ。給料は出ねぇぞ?」
「別に構わねーさ。なんか……面白いくらい偶然が重なったと思ってな」
嫌がらせのために事務所を訪れ、偶々ジルがファイルを落とした。そして、そのファイルから過去の案件のレポートを見つけ、案件の場所が今から向かう場所とほぼ同じ。
偶然だとしても、必然のような繋がりを感じずにはいられなかった。
そんな……面白がって面倒を起こしそうなダルクに、しかしジルは敢えて止める事はしなかった。行方不明の母親探し……たとえ半年も前だとしても、解決できるのならそれに越した事はないからだ。
「じゃあ、ほら。給料と一応、名刺も持ってけ」
差し出された封筒と名刺を受け取り、ダルクはポケットに突っ込むと。
「せんきゅー。じゃあ少し休んでから出掛けるわ」
「いや、さっさと出てけよ……ったく」
言っても無駄かと、ジルはソファに寝っ転がり、毛布を被る。
「俺は寝るからちゃんと戸締りしてから出てけよ」
「あいよ、おやすみ」
ダルクは対面のソファに座り缶のプルタブを開き、コクコクと喉に流し込みながらファイルの資料とレポートを確認していく。
ライラの家から近い、開発が進行中の土地らしく、コンクリートと自然が絶妙に織り成した景観の良い土地らしい。更に、昔からの風習より続いている『祭り』もやっているらしく、毎年観光客も来るほどの大盛況なのだとか。
ダルクも行った事はないが、祭りの噂を聞いた事くらいはあった。それくらい有名なのだろう。
……さて、ここからが重要な部分だ。態々祭りについて無意味に調べたりはしない。
この半年前に失踪した母親というのがどうも、この祭りの会場となる神社の神主だったらしい。
……どうにも一筋縄ではいかない案件のようだが、まぁ正式な依頼期間は過ぎているし報酬も出ないのだから、ちょいと捜査するくらいに留めておこうと思った。あと……どうせなら、暇つぶしの捜索に後輩のリアも巻き込んでやろうかと思いながら。
「ふふっ」
先の楽しみに頰を緩めるのだった。




