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ジーニアス・サマー④

 意気込んだはいいが、設計図が出来上がっている為に、建造は早くに進んだ。

 なんせ工房から研究室に、最新機器や複数のマニピュレーターやワーム類……それと魔法があるのだ。唯一難しいのは合金の作成と加工に気を配る事くらい。

 そんな訳で1週間が過ぎた。実に充実した濃い時間を過ごした2人は、疲労困憊になりつつも成し遂げた。


 拘束具に固定された、鋼鉄の機体を見上げてライラは「ふぅ」と息を吐く。


「できたな、完璧」

「設計図通りだ」


 『シストラム』は静かに6つのカメラアイで2人を見下ろしてくる。まだグラル・リアクターの起動をしていないにも関わらず、いつ動き出してもおかしくないような威圧感と躍動感があった。


 ライラとティオはカメラアイを見つめ返しながら、完成の喜びを表すように拳を付き合わせる。それから、力強くハイタッチをするのだった。


……………………


「思い立ったが吉日、それ以外は全て凶日。ってな訳で……行くか?」

「答えは分かってるだろう? 明日にしたならば、我は今日眠れる自信ないぞ?」

「遠足前の小学生かよ。ま、私も同じだけど、な!!」


 ライラがそっと機体に触れれば、青白いホログラムのウィンドウが手元に浮かぶ。それを操作すると、光の文字列が流れていった。


《『シストラム』……メインシステム起動。

 登録……認証チェック『OK』

 ハッチを開きます》


 胸部から「ガシュ」と解錠音が鳴り「グググ」と音を立て上に向かいハッチが開いた。ハッチの向こう側にはコックピットがあり、1人用の大きな座席と周りに2つの操作盤、それから操縦レバーが置かれている。


 ライラは飛ぶように機体の突起を蹴りながらコックピットまで登ると、操作周りをうっとりと舐め回すように見回す。これを今から自身で操作するのだ。ワクワクしない方がおかしいというもの。

 そんなライラとは別に、特別身体能力は高くないティオは必死にコックピットまでよじ登ると、疲れた顔で苦言を漏らした。


「梯子つけようぞ……」

「えー、だせぇよ」

「ならせめて、格納庫にコックピットまで続く通路を作ろう」

「えー、だせぇよ」

「ダサくないぞ!! いいから!! 作って!!」

「わ、分かった、分かったから!!」


 相当疲れたらしく少々半ギレのティオに手を貸し、コックピットに引きずり込む。2人も乗り込むと、流石に手狭になった。元より、機体自体が小柄な為にコックピットも1人用になるのは仕方のない事。なので、操作を担当するライラが椅子に。椅子の右側の隙間……計測器などの多い箇所に挟まるようにティオが収まると、コックピットのハッチを閉じる。


 外と遮断され、暗闇が内部を満たす。鉄の箱にいるようなもので、風の音すらしない程の静寂である。そんな中、ティオは操作盤の右端にある透明な円柱状のケースに入った。そして、円柱のケースの下が縁に沿って緑色に光るのと同時に、ライラが一言発する。


「起動開始」


 すると、周囲の壁が一斉に外の景色を映し出した。同時に機体頭部のカメラアイも紫光を1度放つ。

 モニターに映る景色の高さから、機体の頭部による映像だという事が分かる。


 次いで、メインシステムが立ち上がる。前方のモニターには出力計が多数表示され、中央には円形のエイム兼、高度を示すx軸とy軸の表示が。


 それから右のモニターには右側の景色の他にも、機体の損傷率やリアクターの稼働状況を示すモニタリング画面が表示され……左のモニターには、ガスなどのスラスターに必要な推進力の残量とスロットの状態を示す計測器が表示されている。


 これにて、大凡のユーザーインターフェースの起動は完了。因みにだが、ティガにはリアクターと機体の慣性制御のアシスト担当の役目を担ってもらう事にした。

 ……流石にそこまでプログラミングする余裕はなかったので仕方がない。あと、実は前の画面表示もサイバーパンクっぽさを出したいが為に無駄な表示が多かったり、意味の無い表示があったりもする。


 だが、無事に起動した事に変わりはなく。ライラとティオは揃って安心感から胸を撫で下ろした。


「システム、オールグリーン。リアクター稼働良好。大丈夫そうだな。じゃあ……いくか」

「レッツゴー!!」

「っし!!」


 ライラはタッチパネルのunlockを押した。すると、機体を固定していた拘束具が外れる。すかさずに操作レバーを押し込み、それからスラスターを吹かした。


 機体は各バーニアとスラスターのスロットルを全開にして、強烈なウェーブを吹かしながら15tの重量を空中に浮かせる。そのエネルギーの余波で格納庫内の物が幾つか吹っ飛んでしまったが……そんな些細な事を気に留めている余裕はなかった。



 それは、瞬き程の一瞬。刹那とも呼べる瞬間の出来事。



 「ドガァン!!」と破砕音が轟き、強烈な衝撃がコックピットに伝わった。ライラとティオは思わず目を瞑り、衝撃に耐える。

 そして衝撃が収まってから目を開けば……コックピットのモニター全てに晴天の青空が広がっていた。


「「え?」」


 疑問を呟いたのもまた一瞬。次に襲い来るのは強いGが2人をコックピットに縫い付けるように、のしかかってきた。それと同時に『Caution』と『Warning』の赤い危険を知らせる、もしくは機体の破損や故障を知らせる表示がモニターの端に表れ、「ビービー」と警告音をコックピット内に鳴らした。


「う、ぅうぉおおお!?」

「ぐぬぬぬっ!? ら、ライラ!!」

「まてまてまてまて!! 私も大混乱してんだよォォオ!!」

「とりあえず落ち着くのだ!! 素数を数えれば落ち着け……あれ、素数とはなんだったか?」

「お前も落ち着けぇ!!」


 ライラはユーザーインターフェースに表示されたメーターを見て冷や汗を流した。まず速度計がぶっ壊れているようで常に0を表示していた。このスピードなのにそんな事はありえない。そして機体の高度なのだが、40000フィートより高い。雲すらを突き抜けてしまっていた。

 たった数秒で……これ程吹っ飛ぶなんて……。空中分解しなくてよかったと戦慄したいが、震えている暇はない。下手をすれば大気圏を越えてしまう。そうなれば……今度こそ死だ。幸運は2度も続かない。


『マスター!! 急ぎスロットルを閉じて下さい!! リアクター出力も30%落とし速度の低下を試みます』

「お、おう!!」


 ティガの助言で急ぎレバーを引き、メインスラスターのスロットルを閉じて停止を試みる。そうしたら、機体の軽い暴走具合とは打って変わり速度は止まったのだが……。


 機体のスラスターを止めたせいで、急降下を始めた。錐揉み回転付きで。


 もう操縦席に座る事すら困難になってくるなか、2人分の絶叫が響いた。


「ぐぁぁあ!!」

「うぉお、いてっ!? 頭、頭打ったぞ!?」

「あぁぁぁあ死ぬぅ!?」

「ライラぁあ!! 操縦桿から手を離すんじゃぁないぞ!! マジで死ぬ!!」


 ライラは必死に座席へしがみ付き、どうにか操縦桿を握り込むと操作を試みる。


「ティガ!! スラスターウィングとメインスラスターで調整するから……脚部と腕部のバーニアで慣性制御のサポート頼めるか!?」

『……』

「……どうしたティガ?」


 ライラの頼みに答えず黙りこくっていたティガは、突然ぺたりと座り込むと両手で顔を覆った。


『……ました』

「……なんて?」

『メインスラスターがぶっ壊れました』

「「……」」


 血の気が引き、2人の顔色が青くなる。

 メインスラスターの停止=メインエンジンの停止でもある。つまり、簡単に言えば大ピンチというわけで。


「なんで?」

『初期出力が強過ぎたらしく、急激な圧と熱に……停止後高度空域の気温にて冷却され、ヒビが走り空中分解、かと』

「冷静な解析ありがとう!!」


 涙目でライラは礼を言いながら必死に考える。吹っ飛んだ原因は恐らく自身の調整不足とグラル・リアクターの稼働エネルギーを侮っていたからだろう。


 知りたくは無かった。だが現実は非情であった。


「ちくしょう!! やるっきゃねぇぞ!! 腰の中型スラスターと各種バーニアは動くか!?」

『イエス、しかしグラル・リアクターの再稼働が不安定です。現在の出力は60%』

「上等だァ!! バックパックのスラスターウィングと腕のブレードで揚力を作る!! 海に不時着だ!!」

「まてまてライラ、何をするか説明してくれないか!?」

「だから、滑空して浮力を保ちつつスラスターで減速しなら、海を滑走路代わりにする!! つまり海にドボンだ!!」

「それは墜落では?」


 ティオの台詞を無視して、ライラは操作レバーを動かし、バーニアの調整で体勢を無理矢理大の字に移行。その後小まめに吹かしながら回転を止め、次にスラスターウィングの角度を調整する。そんな折、ティオは恐る恐る問いかけた。


「というか、緊急脱出装置とかないのか? もしくはパラシュートとか……」


 一縷の望みをかけたその問いにライラはバッサリと応えた。


「無い!!」

「なんかこう、使える魔法は? 《念力魔法》とかはないのか?」

「お前使える?」

「使えないぞ……なぁ、なんでパラシュートくらい積まなかったのだ?」

「なんでだろうなぁ」


 ぶっちゃけ忘れていたなんて言える訳がない。そして、ティオもまた同じく安全対策を忘れていて、文句を言ってもブーメランになるので口を閉ざした。

 それからティオは項垂れながら深くため息を吐きつつ、狭いコックピット内でどうにかライラの胸の前に移動した。


「……どうした?」

「私も死にたく無いから手伝ってやる。バーニアの調整は任せろ」

「……そりゃ、心強いこった」


 なぜだろう、ライラはティオが手伝うと言って操作盤に触れた瞬間、焦りが搔き消えた気がした。妙な安心感……いや、信頼のおかげだろう、心が落ち着きを取り戻していく。


 が、しかし現実は更に非情であった。


 「バキッ、ガゴンッ!!」と外から異音がコックピットまで響いた。何か外れたようなその音に、ライラとティオは冷や汗を流す。ついでに『Warning』の文字がより強調されて表示される。


「……ティガ、機体の状態は?」


 ライラの問いに、ティガは重く口を開いた。


『……スラスターウィングのジョイントが酷使に耐え切れず破損。これによりウィング全体が崩壊し、浮力と機動力が大幅ダウンしました。ここままの速度で落下しますと、地上まで残り約1分と30秒です』

「神はいないのか?」

「ファッキン幸運の女神」


………………………


 残り1分と30秒でどうにかしなくてはいけない。だが、壊れたスラスターウィングはもうどうにもならない。


『不時着の難易度が上昇しました。10%で無事に着陸……出来ると願っていますよ』


「他人事!! ティガお前、バックアップがサーバーにあるからって!!」


 絶望的な現状を軽い声色で突きつけてきたティガに、ライラは苦い顔で返した。


 こうなってしまえば、残る手段は一つしかない。


「着地の瞬間に残りのスラスターとバーニアをフルでぶっ放して、減速するしかねーなこれ」

「とりあえずこれを飲め」

「むぐっ!?」


 ティオがライラの口に試験管を突っ込み、半ば無理矢理に中の液体を流し込んだ。すると、ライラの耳が変化していき、猫のような三角形のモフモフな耳になった。

 それと同時に、ライラは視覚……特に動体視力と反射神経が冴え渡るのを感じた。


「なに飲ました?」

「感覚機能強化薬、ver.猫耳。ミスってタイミング逃すんじゃないぞ!!」

「……安心して乗ってろ」

「……あぁ、安心してやる。だがな……」


 ライラは機体を操作して、足元から落下するように調整した。それから各種スロットルを全開にし、運命の時に備えて操縦桿を握りしめる。


『残り10秒です』


 海と砂浜がモニターに映る。幸いな事に自宅からそれ程離れていなかったようで、敷地内の為に人はいなかった。


「叫ぶぞ我は」

「私も」


 地面に到達する5秒前。2人は冷静でいながらも極度の緊張と恐怖に晒されており……仕方なかった。叫ばずにはいられなかったのだ。


「「ゔぅうぁぁぁぁぁあ!!」」

『リアクター出力最大!!』

「行くぞォオオオオ!!」

「Fuooooo!!」


 操縦桿を握り込み、出力全開で推進力を上げた。

 機体のスラスターとバーニア……関節からも推進エネルギーが溢れて出し、しかも壊れたはずのメインスラスターからも過剰供給され行き場を無くしたエネルギーが噴出。


 結果、爆発の如くエネルギーが弾け、機体は半損しつつも速度を落とし……同時に海面に数メートルもの水柱を噴き上げたのだった。


………………


「死ぬかと思った!!」

「助かったぞォオ!!」

「やったなライラァ!!」

『ふぅ、少々疲れましたマスター』


 泳ぎ砂浜に到達した2人は、死にそうになりながらも生還した喜びから抱きしめあった。2人のテンションとは正反対のティガはライラの頭の上で呑気に体を伸ばしていた。


 その後急いで船を出して機体を回収したライラだったが、その日の夕刻『海の水柱と謎の飛行体の正体は!?』との出だしでニュースが流れたのを見て、苦笑いを浮かべる。

 情報操作した方がいいかと思ったが、(まぁ、どうせすぐ飽きるだろう世間は)と思い傍観する事に決めた。


 あと、命の危機に面したせいか妙にムラムラするなぁとライラは思いつつも、その情熱を失敗の反省と研究・改良に費やすのだった。そんな中、機体データを収集し解析していた時である。


 モニターの録画映像に、ある奇妙な光景を見つけた。


 海面に一瞬だけ、まるで『遺跡』のような影が映り込んでいたのだ。


「……なんだ? 人口の建造物っぽいが、魔法で隠されていたのか?」


 耐えきれず外に出て、海面に向けドローンカメラを飛ばしてみるも、そんな影はやはり見えない。まるで心霊写真のような映像に、ライラは少しゾクリとした。主に、好奇心で。

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