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ジーニアス・サマー②

 翌日。

 目覚まし時計の鐘がけたたましく鳴り響き、眠りから覚めたライラは眠気を冷ます為に爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。昨日の思いつきで、一応ちゃんと寝てちゃんと起きようと思ったからだ。


 そして、寝ぼけた頭を冷ます為にコーヒーを淹れ一息ついた。因みに、ティガも目覚まし時計の音でスリープから覚めたが、まだ自分の肩の上で眠そうに欠伸をしている。


 そんな彼女の頭を指で撫でつつ、苦いコーヒーを喉に流していた時だった。


 突然、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


「誰だこんな早朝に」


 今日は誰とも出会う予定は無いし訪問の予定も無い。何より……こんな早朝に訪れるのは些か無礼だ。そんな訳で居留守を決めるか悩んでいた時だった、寝そべっていたティガがのそりと身体を起こす。


『マスター、モニターに映しますか?』

「……頼む」


 態々、誰が来たのかを確認するのもかったるいと思っていたので丁度いい。眼前の適当なモニターに、玄関前に設置してある監視カメラの映像を映してもらう。すると、藤色の髪の少女が、腕を組んで仁王立ちしているのが見えた。少女の姿を見たライラは「あー」と声を間延びさせると


「……ティガ、玄関の施錠解除してくれ」

『よろしいので?』

「友達だからな」


 早朝から訪れてきた無礼者は、親友のティオであった。


………………………


「久しぶりだな!!」

「おひさ。朝から元気いいなお前は」

「あったりまえだ、漸く学会から解放されて帰ってきたのだ。我は今人生1、2を争う程に清々しい気分だぞ!!」


 ティオの手荷物……キャリーバッグや書類らしき紙の詰まったボストンバッグがあるところを見れば、泊まり込みで地方に行っていた事が察せられた。否、以前に学会への愚痴がメールで送られていた為にそう思ったのもある。

 が、しかしならば何故我が家に立ち寄ったのか分からない。そう思いライラは直入で尋ねた。


「清々しいのはいいが、何でうちの家に来たんだ?

 先に帰らなくていいのかよ。親御さん心配してるだろ?」

「うっ……それはそうなのだが……」


 もじもじと言い辛そうにしながらも、ティオはポツポツと言葉を紡ぐ。


「我の家……夏になると親戚全員が集合するのだ」

「確か分家を含めて30人近く、だっけ?」

「そうだ。それで、なぜか毎年毎年あの大人達は我を愛玩動物の如く撫でましてくる。鬱陶しい!! あと精神的にもしんどいのだ!!」


 可愛らしく頬を膨らませて怒りを表すティオに、ライラは少しばかり呆れながら正論を突きつけた。


「子供扱いされてんだろ。だから前々から言ってんじゃねぇか。まずはその厨二病だか高二病だかを直せって」

「中二病じゃないわい!! 我こそ煉獄の……ごめん、最近ちょっと恥ずかしくなってきた」

「だろうな」


 ライラはティオの本音を聞いて、思わずケラケラと笑った。

 歳をとれば中二病は黒歴史に変わる。ライラはティオが漸く黒歴史量産を打ちやめたのだと思うと、友人として心底安心した。まぁ、だからといって独尊な態度は変わらないのだろうが、それは彼女の個性だろうから否定はしない。


 それからライラは次に……子供扱いされる理由で最も重要な箇所を指摘した。


「あと背丈伸ばせば」


 背丈である。ティオは同年代から見ても背が低く、ちんちくりんだ。そんな彼女が中二病を振り撒けば、より幼い印象を相手に与えてしまう。

 そんなライラの言葉にティオはガバッと顔を上げて詰め寄ると、怒気を顕にした。


「喧嘩売っているのかライラ!! 頑張ってるのに伸びないのをお主は知ってるだろ!? その喧嘩、我は買うぞおい!! この貧乳!!」


 ライラの頰が、ピクッと痙攣する。


「ティオ……その台詞は私に対して禁句だって知ってるよなぁ?」

「知ってるから煽りに使うのだろ。あ、あと最近、我の胸が大きくなったんだが……よいだろう? 羨ましかろう?」


 胸を張れば、心なしか小さな果実がふるんと揺れる。それを見たライラは、ガリッと音が鳴る程に奥歯を噛み締めた。


「よーっし久し振りにキレた、リビングに来いよ」

「……いいだろう、受けて立つ」


 2人の無駄なやり取りを見ていたティガは、最近ネットで知ったとある言葉を思い出し口にした。


『喧嘩するほど仲が良い?』


 そう思ったものの、数分後には仲直りしている彼女達を見て、頭に大量のハテナを浮かべながら『人の感情の変化』や『人を弄る』意味、理由を考えるのだった。


 結局、頭がこんがらがり、思考を放棄したのだが……。CPUは優秀なれど、人として独立した『個』へ変化する為には、まだまだ時間を要するようだ。


…………………


 なにぶん、2人とも頭が良いせいか、喧嘩はとても不毛な争いに思えて、互いに謝罪する事で終止符が打たれた。

 というよりも幼馴染で関係の長い2人からすれば、こういった喧嘩は戯れのようなもので……たまにやる分には気分が悪くなるというよりも、心地良いやり取りに感じるものだった。


 そんな訳で改めて、ライラはティオに今後の予定を問う。


「んでどうする? 泊まってくのか?」

「邪魔でなければそうしたいが」

「邪魔じゃねーよ、寧ろ……」


 ライラの頭には、今日やる予定だった実験と研究の予定がサッと流れた。そして、邪魔どころか良い人手になるではと打算をつける。


「泊まってく代わりに、私の研究に付き合ってくれね?」

「……研究? なにかの開発か?」


 ティオの視線はライラの肩で寝そべっているティガへと向けられる。会話中、終始気になっていたらしい。ライラはティガをツンツンとつつくと説明した。


「こいつは前々から私が作っていた人工知能だよ。どうだ、可愛いだろ?」

「おぉ、完成したのか!! ふむむ、確かに愛らしい……が、そのメイド服はライラの趣味か?」

「良い趣味だろ?」

「……その言い方から察するに、人工知能の好みなのだな」

「ティガと言ってくれ。こいつの名前だ」

「おっと、それはすまぬ。宜しく頼むぞティガ」

『イエス。宜しくお願いしますティオ様』


 妙に察しの良いティオはライラの言葉を真に受けずに、自身の見解で納得。それからティガとの自己紹介を済ませた後、ニンマリと笑みを浮かべて言うのだ。


「頼みの件だが……いいだろう。我の力と英知を存分に使うがいい!!」


 尊大な態度で言った。

 楽しそうなら乗らない手はない。それに、ライラの研究においては資金を気にしなくていい為、やりたい事をやりたい放題できる。ただでは手を貸さないところは、やはり研究者気質なティオであった。

 そんな彼女の利己的思考を察しながらも、ライラはイエスの返答に喜んだ。


「助かるわ。あと中二病は恥ずかしいんじゃないのか?」

「……急に直せと言われても無理だ」

「……まぁ個性だし変えなくていいだろうよ」


 そんな会話をしながら、ティオとライラは研究室に向かって行った。


………………


 研究室に入るや否や、ティオの目つきが瞬く間に変化した。何処かキラキラと輝いていると感じ取れる程に、活気があふれていたのだ。


「うぉお!! 最新機器が勢揃いではないか!!」


 あっちに行っては戻って来たりを繰り返すティオを見ていると、彼女は最終的に中央の黒い台へと向かって行く。

 ティオは台を触ったり撫でたりしながら首を傾げ、持ち主に問うた。


「ライラ、これは何の機械なのだ?」

「気になるか?」


 もったいぶると、徐々にティオの頰が膨らんでいくのが見えた。焦らされるのがお嫌いらしい。ライラはそんなら彼女の反応に、満足そうに一つ嘆息すると、腕を軽く振った。


 室内にあるモーションセンサーのカメラがライラの動きに反応し投影装置を起せてら室内に光の線を迸し巡らせる。


「うぉ、何だ何だ!?」


 やがて光は収束し一つの立体映像へと姿を変えた。円錐状の機械の設計図、その立体映像を見たティオは驚きながらも、真っ先に考える事は『これは何?』という疑問だった。


「むぅ、むむむ……」


 が、普通の人が機械の基盤を見たところで仕組みが理解できないように、ティオもパッと見で答えに辿り着く事はない。


 立体映像を前後左右から眺めては首を傾げる彼女に、ライラは近づきながら口を開いた。


「これは私が思いつきで書いた動力炉の設計図。名前は『グラル・リアクター』」

「リアクター……? 何故そんなものを?」

「言ったろ、思いつきだって」


 ライラが手を翳すと、立体映像の周辺に小さな小窓式の枠が出現し、説明から空論までありとあらゆるメモが浮かび上がった。


 そんな彼女の隣で、ティオは(思いつきでここまで機材を……? 一体、幾ら使ったのだ?)と戦慄しながらも


「……制作理由は我も似たような所があるから深くは聞かんが。正式名称と仕組みを聞いても?」


 そう返した。彼女の返しにライラは口元に笑みを浮かべる。


「妙に察しがいいな」


 実の所、正式名称はちゃんと考えてはいた。名は体を表すというように、この動力炉にも空論が実現に辿り着いて欲しいという願いを込めて……


「正式名称は、魔素・衝突分離=相転移炉だ」


 相転移炉と聞いて、ティオは首を傾げる。


「相転移炉とは、空想の産物ではなかったか? SF映画などで聞いた事があるような、ないような……」

「あぁ、着眼点はSF映画だ。まぁ、これの場合相転移と呼ぶかは微妙だけど……」


 元々、ライラだけではなく、古来より誰もが疑問に思っている謎があった。

 それは『魔力』とは何かだ。


 量子力学やエネルギー保存の法則といった自然の鉄則を根底から無視した『魔力』というエネルギーは、科学者達を心の底から悩ませていた。何か法則を持たせれば変化するエネルギー……だけならば簡単なのだが、しかし何故か『人の感覚』でも操作できる為、余計にややこしくさせているのもある。

 この謎は現在も進行形であり、おそらくそうとう未来にならなければ解決はしないだろう。


 だが、『魔力』というエネルギーは、千差万別に変化する事は周知の事実である。


 そこでライラは思った。『魔力を物理学に当てはめれば、少量の魔力で大量のエネルギーが得られるのではないか?』と。


 思いつきというのは、だいたいこういった思案から。


 因みに相転移の簡単な説明をするならば、物質の状態が変化する際に発生するエネルギーの事と考えてもらえればいい。『水』が『蒸気』に変化するのが簡単な例だろう。この状態が変わる際に発生するエネルギーを取り出そうと考えたのが『相転移炉』だと言われている。


 ティオはライラの持論を聞くと、目を瞑って唸った。


「あぁ、だから『魔素』?」

「説明する手間が省けるから嬉しいが、察しが良すぎるのも考えものだな……。そうだよ、とある有名な物理学者が『魔力も粒子なのではないか?』というタイトルで論文を出していてな。実は私のお気に入りなんだ」


 読んで字の如く『魔力』の『素』で魔素。


 『魔力』はありとあらゆる法則から浮いているが、しかし逆に言えばありとあらゆる法則で縛れる『万能粒子』に変われるのではないか。そして魔力にも『素』となる『核』があるのではないか?

 そんな訳で様々な推論と実験を纏められた論文が、論文で溢れ返った現代の学会にひっそりと埋もれていた。ライラは昔、読み漁っていた時にそれを見つけて、どうしてか深く心を惹かれたのだ。


 まぁ詰まる所、魔力が一つの粒子と仮定して、ウランによる核分裂の仕組みから起因し、似た仕組みからエネルギーを取り出そうと考えたのが『グラル・リアクター』の最初期の考案である。リアクターの原動力が『魔力』である為、廃棄物も放射能も出ないクリーンなエネルギーになるし……なにより『夢があり、格好いい』。

 まぁ、それ以前に、例え魔力を代替えにしたとしてもウランとは別物なので廃棄物も放射能も発生はしないのだが、まぁ一応。


 話を聞き終えたティオは、珍しく真面目な顔つきで続きを促した。ティオ本人もよく分からなくなっていたからだ。


「理論というか、まあ空論は理解できたが……ならば何故、相転移炉なのだ?」

「この場合、通常の魔力が気体としたら、この機械で練られ引っ付いた魔力が『個体』。そこに加速させた魔素をぶつけて構成を破壊……つまり気体に戻し……この分裂と癒着の際に発生するエネルギーを取り出せれば成功。まぁ、たしかに違うかもしれんが、ある意味で『魔力の相転移』とも考えられないか?」

「……よくそんな適当な理論を思いついたものだ」

「……あとは単に相転移炉って語感が気に入ったのもある」

「……絶対それが一番の理由だろ?」


 呆れた口調と反比例して、ティオの顔つきは乗り気で期待に胸を膨らませているようだった。だから、ライラは片目を瞑ってニヤリと笑いかける。


「でも、格好いいだろ? 無いとも言い切れないし」

「……そうだな」


 出来ないと言えない以上、『出来るかもしれない』。誰も観測した事のない『空論』だからこそ、やる価値はある。だから、彼女達は実験と開発を開始するのだ。


 そこに含まれるのは、多大な好奇心と行動力、それから……空論を実現させるという夢のみである。


………………


 3日後、思ったよりも『魔力を練る』という魔法使いならば息をするように簡単な事を、機械で再現しなければならないその難しさに、2人は書いていたレポート類をぶん投げて項垂れるのだった。

※調べたり、考えたりしている内に自分でもよく分からなくなっていったので、難しく考えずにそれっぽい空想科学やSFに出てくる動力炉ってことにしておいてもらえれば……

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