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ジーニアス・サマー①

 夏休みのある日、ライラは自宅の研究室にて歓喜に打ち震えていた。

 テーブルには工具やネジなどの部品、基盤やチップが乱雑に散らばっているが、ある一角だけは異様な程物が無く、綺麗に整頓されている。


 そんな綺麗にされた場所には一つだけ物が……いや者があった。


 手の平サイズで人型の体躯のソレは、整えられたミディアムヘアの金髪を揺らしながら立ち上がった。所々に機械の装飾が施された黒く小さなワンピースが揺れる。


 一見人形のような人型だが、次の行動で彼女が普通の人形でない事を示す。


『……起動完了しました。おはようございますマスター』


 眠そうに半眼を開き、目元をこすりながら小さな口を開く。欠伸をするのも忘れていない。まるで一挙一動が、人の寝起き時と同じような動きをしていた。


 そう、彼女こそライラの研究対象である、機械に『感情』を芽生えさせる実験の実質、完成形となる3体目の自動人形なのだ。そしてライラは彼女の事を『Third AI automaton girl』と、リアがautomatonに名付けた『アイガ』という名前を参考に捩って……『ティガ』と名付けた。


「おはようさん『ティガ』」

『“ティガ”? マイネームでしょうか?』

「そうだ、私が考えたのだが……嫌か?」

『いえ、気に入りました。命名ありがとうございます、マイマスター』


 ペコリとお辞儀をした。

 受け答えからの、思考のプロセスに要する時間や反応速度は元のAIが優秀だからだ。それから話し方や口調に違和感は無く、言葉のキーやトーンはデータモデルにした自分に似ていた。

 まだ学習中のAIではあるが……柔軟な物の捉え方や頭脳、思考回路は間違いなく『人足りうる』。起動して数分だが、蓄積された『人とのコミュニケーション』のデータが良い結果を出している。


 試しにそっと拳を突き出すと、意味を介したティガは小さな拳で突き返してくれた。感情や状況判断も良好。

 そして最後に、自分で作っておいてなんだけど予想より可愛くて……ダルクは人前で見せた事がないレベルで顔を蕩けさせ、はにかんだ。


………………


 こんな感じで始まったライラの夏休みも、もう半分を過ぎ去った頃。ティガとのコミュニケーションと変化を研究しつつも、もう一つやらねばならない事があった。

 宿題を片付けながら、ライラは一つの設計図に時折シャープペンシルを走らせる。テーブルの隅から隅までを埋め尽くす一枚の紙。中央には円形のデザインをした一本の管に無数のコイルを巻き付けたかのような図形があり、見るからに機械の部品であるが、不恰好なソレは完成形とは言い難かった。


「……一先ずこんなもんか」


 ライラは「ふぅー」と肩を揉みながら、満足そうに息を吐き出した。


 今現在彼女が研究、実験している事は2つ。1つは、以前にティオと製作したカードゲームの絵柄を立体投影する機械を改造した……一種の『決闘補助装置』のようなものの製作だ。主にやるべき事はヘッドアップディスプレイによるユーザーインターフェースシステムや、操作パターンの入力などで、大凡の構成は完成している。立体映像の表示の表示に関しては、ゲーム用に作ったプログラムを横流ししたお陰で時間はかからなかった。


 その為、後は試作機のホログラム投影機を作るのみ。


 こちらに関しては幾つか案があり、自宅のマニピュレーターを使って複数製作中だ。ティガにも製作の手伝いをしてもらっていて、全ての試作品は完成間近なのだ……が。


 ……さて、何故こんなモノを作っているのか。一文で言えば、生徒としてではなく、一企業の次期社長としてグレイダーツに依頼されたからだ。どうやらコレを使って来年辺りに何かイベントごとをやるらしい。

 ……大凡の予想では、廃れつつある魔法使いの決闘文化を維持する為に、近代化させようと試行錯誤しているのだろうな、とライラは考えている。そうなると……決闘大会でも開くのだろうか?


 どうせやるなら、最初にイベントの計画書が欲しかったなと思いつつ……。


「……しっかし、色々と筒抜けみたいだなぁ」


 うーんと唸る。

 というのも、依頼の際に校長から投影装置を示唆するような言葉があったのだ。しかし部室自体は、グレイダーツ校長にもバレないように魔法から物理に至るまでありとあらゆる方法で隠蔽しまくっていた。何故なら部室申請をしておらず勝手に部屋を使っているからだ。

 だが、カードゲームの投影装置を知られていた以上は全部筒抜けらしい。あの装置を部室から持ち出した事は無かったので間違いない。流石は、学校の長だと思う。


「……きまり悪いな。いっそのこと学校の地下に部室作るか?」


 隠蔽工作から部室の出現に関するシステム、魔法の構築を請け負ったライラからすれば、バレた事が少々悔しくもあった。だから、今度は容易にバレない部室をと考えたのだ。

 倫理的に考えたら他人の土地に地下室を作るなんてNGだが、こと遊戯部の部員達に関しちゃ倫理観なんぞ踏み潰す勢いでかなぐり捨てている為に気にしない。ティオなんかは人のDNAに干渉するような、一歩間違えばマッドな研究をしているくらいである。部長のダルクは生徒会長なのに学校随一の問題児。自分のやる事など可愛いものだ。


 そんなこんなで、設計図の思考から脱線し始め色々と妄想を始めたライラの元に一つ、小さな影が飛んで来ていた。


 それは、小さな手で必死にお茶のコップを掴み運んでいたティガであった。服装は本人の要望で、黒と白のメイド服である。頭には可愛らしいホワイトブリムも着けている。たった数日で『趣味』が芽生えた事に喜び、態々オーダーメイドで注文したのはいい思い出だ。

 そして背中には青白い炎のような光を放つバックパックが取り付けられており、それで飛行を可能にしている。ライラの無駄に高等な技術が光っていた。が、このバックパックも研究のテーマになっている。『飛ぶ』為に必要な慣性のデータ収集と……『動力炉』の試作品だ。プロトタイプと呼ぶには烏滸がましいレベルで稚拙なモノだが、これは事前に何も用意せずに始めた手探りな研究なので仕方ない。


『マスター、お茶です。考え過ぎは逆に思考の妨げになります。少々休まれて下さい』

「……ありがとうティガ」


 思考を切り上げ、ティガからコップを受け取るライラ。ティガはコップから手を離すと、定位置であるライラの肩に飛びぐでーと身体を伸ばしながら乗っかった。


 子猫のような行動にほんわかとしながら、ライラはティガの頭を撫でる。ティガは撫でられる度に『ふぁ〜』と気持ちよさそうに声を漏らす。


 コーヒーの香りで満ちた、優雅な午後の一時は、こうして過ぎていった。


…………………


 テレビを点ければ、どのチャンネルも午後のニュース番組で溢れ返っている。その一つを怠惰に見ていたライラであったが、次のニュースで飲んでいたコーヒーを「ブフォッ」と吹き出した。


『次のニュースです。コミマの会場に、魔物が現れました。現場のリポーターさん、どうぞ』


 物騒な前書きと共に、画面には目の死んだダルクらしきマスクを付けた少女が映っている。彼女はテレビの向こうで、目の焦点を合わせずにもごもごと口を開いた。


『あー、そうっすね倒しましたよ。私じゃねぇけど。あ? なら倒した黒髪の女の子は誰だって? 知りたきゃ自分で調べろマスゴミが。

 あ、あとテレビの前の民衆共〜、探偵事務所『底の虫』は、絶賛依頼募集をして……おいまて、まだ喋ってr』


「何やってんだこいつは…….あぁ、ありがとティガ」

『火傷はしておりませんか?』

「おう、大丈夫」


 ティガが運んできてくれたタオルで濡れたテーブルを拭きながら、ライラは頰が引き攣った。

 親友はまた厄介毎に首を突っ込んでいるのかと頭が痛くなる。偶に尻拭いのような事を過去させられた身だ。彼女の厄介ごとはいつ自分に降り注ぐか分からないからタチが悪い。

 しかし、今回はダルクだけではない様子。というよりも、黒髪の少女と言われれば脳裏に浮かぶ人物は1人しかいない。


「リアもか? おいおい、大丈夫かよ」


 ダルクとは違い、単に友人として心配になる。魔法使いとしては出でた才能を持つ彼女だから怪我の心配はしていない。

 だが……怪我と同じくらい心配になる事ができた。それは、晒されてはいないかという心配だ。

 今はネット社会である。ほんのちょっとした出来事で、顔が広がる可能性は充分にある。勿論、良い意味でも悪い意味でも。特に、親友のティオがそやっかみごとに巻き込まれる事が多い為にネットの怖さをライラは重々承知していた。

 だから、ティガにも協力を頼んで一通り掲示板やSNS上から彼女達2人の情報を探り、身バレが不安な情報を削除しておく。


「可愛い後輩の為なら喜んでやるが、ダルクの為にやるのは些か不満だ。押し付けがましいが、ツケにしておこう。ティガ、ダルクに請求書送っておいてくれ」

『……はて? マスター、今は金銭に困っていない筈では?』

「金銭というよりも……嫌がらせだ」

『……嫌がらせ、ですか。中々に複雑なご関係のようですね』


 何か深読みしているティガを放っておいて。どこかで抗議するような声が聞こえた気がするが、所詮は気のせいだとほくそ笑む。抗議のメールがこれでもかと来ているが、気のせいなのだ。

 そんなこんなで、暇だと思っていた1日は結果として潰れたのだった。


……………………


 そして2日ほど過ぎ去って。ライラの夏休みは大きな山場を迎える事となる。

 彼女の暇つぶしから、ぶっ飛んだ発想で書き上げた『設計図』の一つが遂に書き上がり、現在は製作段階へと移行したのだ。それプロジェクトとしても始動した事を意味し、ライラもこの『思い付きで始めた設計図』を、『グラル・リアクター』と名付けた。


 そう、これは完成すれば莫大なエネルギーが得られる『動力炉』の設計図である。まぁ、試作というよりも空想科学の域を出てはいないし、実際に出来てしまえばエネルギー革命もいいところではあるが。


 しかし、絶対に出来ないとは言い切れない所が、魔法と科学の面白いところで。ライラは実現を視野に実験を開始した。


 ……他所の会社から買い上げた無数の資材を研究室に運び入れながら一息つく。魔力の触媒から機材に書物、それからクロムやケイ素などの鉱物まで、金に物を言わせて無数に買い漁った。お陰で、広かった研究室は一気に物で溢れ返る事となる。


「つっかれた。やっぱ……リュガルさんにも来て貰えば良かったか?」


 ダンボールに入った素材を運び終えて、彼女は深く疲れを吐き出すように、溜息を吐いた。


 リュガルはライラの屋敷に住み込み手間働いてくれている執事の1人である。幼い頃から世話になっている為に信頼もあり、またボディーガードも兼ねているおかげか老執事とは思えないほど膂力があり、魔法使いとしても非常に優秀だ。


 そして、彼は一人暮らしをするライラを気遣い付いて来ようとしてくれたが……それでは一人暮らしにならないと断ってしまった。今になって、人手として付いてきてほしいなどと思ってしまうのは、ただの我儘かもしれないが……年末に実家へ帰省した時に頼んでみようと、ライラは汗を拭きながら思うのだった。


 あと、ダンボールを運んでいる時に感じたが、普段の不摂生な生活のせいか途端に体力が落ちたようだ。


「ゔぁぁー」


 唸りながら、ダンボールの一つに乗り掛かり、胸元をパタパタと開き体に溜まった熱気を外へ逃がす。エアコンの涼しい風が、然程動いていないのに汗をかきまくった体を冷やしていく。


 ……これからは朝昼晩としっかり食事を摂って、程々に運動もして、夜更かしせずに健康的な生活をした方がいいと生活の改善を視野に入れ……おそらく長続きしないだろうなと思うのだった。


 それから、そうこうしているうちに荷物の運び込みが終わった。


……………


 実は荷物を運ぶ際の時間を利用しようと、ティガにある頼み事をしていたライラは、確認の為に比較的荷物の少ない研究室の中央に向かった。そこにあるのは、大きな正方形の台座だ。二畳程の大きさで黒く艶の放つ台座は、繋がる無数のコード類を見ればただの台ではないと誰もが察するだろう。


「ティガー、設計図の読み込み終わったか?」


 台座の向こうに声をかけてみれば、小さな人影が飛び上がる。


「完了しました、起動しますかマスター?」

「頼む」

「了解です、立体投影を開始します」


 次の瞬間、光の線が無数に飛び散るように走り、そして中央の黒い台座に収束していく。やがてそれぞれの線は規則性を見せ始め、そして一つの立体映像へと姿を変えた。


 円錐形の形をした、機械のようなモノ。底面の中央には一直線に空洞があり、その周囲を金属の管が渦巻いているように見える。

 それから円錐の上部……この機械の場合、底になる部分には、大小様々な大きさのコードが無数に伸びていた。


「サイバーパンクに憧れて作ってみたが……思ってたのよりもカッコいいな!!」


 手を振ると、立体映像は手の動きに合わせ回転した。

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