お買い物②
電車に揺られながら、窓の外を眺める。
景色は瞬く間に移り変わり、田舎の土や緑の風景から段々、家屋や建物が密集した街並みに移行していく。
ルナは自分の隣に座り、体を預けるように寄りかかりながら静かにしていた……と思ったら寝てた。ぽかぽかと暖かい気温のせいで眠くなってしまったのだろう。
というわけで、話し相手のいないリアはは絶賛暇であった。
「……」
……車窓から見える街並みや自然を眺めながら、物思いにふける。この景色は、どこの国に属するのだろうかと。
自分が住む田舎町含め、ここら一帯の土地は『アルテイラ連合国』の所属となっている。
そして、この国は連合国の名の通り、簡単に言えば五人の国王や総理大臣、大統領などを頂点に形成された統治者が複数いる国家だ。
約半世紀以上前、魔物や魔獣が溢れ人の領域を侵略しようとした歴史的大戦《人魔戦争》の際、国家という枠組みが取り払われ、国境という境界線も無くなって、人類は共闘するしかなかった。
それから数年。
英雄達も加わり、魔物の殆どが駆逐された事で人魔大戦は終戦。
人を襲う魔物がいなくなった訳ではないが、程々に平和な世になった訳だ。
そうなれば、無秩序な国家を形成し直さなければならなくなる。人というのは、そういった仕組みの中でしか生き難いもので。
しかし、この時には既に国という区切りをつけるには無理があり、ある意味で大陸全てが一つの国のような状態だった。
そこで、各国々の国王や大統領は会談を開き、それぞれの事業や生産物を主に大陸を五つに分けた。理由は、今の手を取り合った協力体制を維持すべく、それぞれが得意な分野で研究を続け助け合う関係を築く為だ。
これにより、もし一つの国が別の国を攻撃すれば、他の国から技術を守る為に袋叩きにされるという国同士の抑止力のような効果が生まれ、今現在まで国と国との戦争は起きていない。
そんな中形成された複合国の一つが、リアの住む『アルテイラ連合国』である。
この国では、未だ生まれ続ける魔物の研究、それから対抗する為の技術を研究したり、後世の育成に力を入れ過去に数多くの魔法使い達を世に送り出してきた。
また、魔法技術と科学技術が革新的に進んで行き、魔物に対する魔導兵器なども開発されている。
それから、機械産業に始まり、魔法による治療と現在医学が合わさった医療など、様々な分野で急速な発展を遂げた。
そして今は「生まれつき魔力を持たない、または少ない人間が最低限の魔力を宿すにはどうすればいいのか?」という問題の解決策を目指して研究が行われているとニュースでやっていた。もしこの謎が解き明かされれば、人類全てが魔法使いになれるかもしれない。
急な語り出しで申し訳ないが、どうせなら最後まで物思いにふけさせてほしい。
アルテイラ連合国の首都はいくつかあり、今から向かう都市部は英雄の1人であるグレイダーツ氏が学校を建設した事により『グレイダーツ大学都市』と呼称されている。
この都市の中心部にあるグレイダーツ魔法・魔術学校の学び舎は、まるでこの場所の象徴のように美しくそして巨大な白亜の城だ。殆どがコンクリートや鉄骨ビルなどの建物が多いこの時代には珍しく、中世ヨーロッパ時代のような煉瓦造りの城である。
だが、建物の古臭さとは裏腹に使われている技術は最新式で、尚且つ校長であるグレイダーツ氏自らがかけた魔法により、耐久力や丈夫さは最高クラス。更に城全体には《最大耐久》という魔法がかけられていて、この都市のどの建物よりも地震や災害に強く、魔物の攻撃にもある程度耐えられるようできている。
そんな城は、まぁ緊急時の避難所のような役割も担っているようだ。
と言うような内容を以前、師匠から貰った歴史本で読んだのだが、それにしても半世紀でここまで発展した街を作れる人間って本当に凄いとリアは思うのだった。
……
電車の窓から見える景色は次々と移り変わる。ビルなどの多い街並みの中、白亜の城がちらりと見えた。そろそろ都市部に着くようだ。
「ルナ、起きろ」
幸せそうに口を半開きにして涎を垂らしているルナ。その間抜けた寝顔に思わず口元が緩む。起こすついでに口元をポケットティッシュで拭き取りながら、肩を揺すった。
「んっ……おねぇさまぁ…?」
舌足らずに俺の事を呼ぶルナに、微笑みながらリアは口を開いた。
「おーい、起きないとイタズラするぞー」
どうせ聞いてないだろうと冗談交じりに言った瞬間、寝ぼけていた筈のルナの目がカッと開かれた。
「イタズラ!? ばっちこいです!!」
ガバッと起き、力強くルナは言う。リアはピクンと肩を震わせ若干顔を引き攣らせる。
「私はどんなイタズラ……いや、どんなプレイでも、お姉様からなら全てご褒美です。さぁ、どうぞどうぞ!!」
「変な言い方すんな、俺が変態みたいじゃねぇか。って、ええい!! 抱きつくな、離れろ!!」
変な事を口走りながら満面の笑みで腰に抱きつくルナを必死に引き剥がしながらリアは長く息を吐く。
この車両内に他のお客さんいなくて良かった。いたら恥ずかしさで死ねそうだ。それから今後は発言には気をつけようと、教訓を心に刻む。
そうしてルナと暫く格闘していると、ようやく『次は〜グレイダーツ大学都市〜』という車内アナウンスが鳴り響いた。
………
「おぉ!!」
電車を降りて直ぐの街並みに、田舎に住むリアは心の底から感動した。
都会とはまさにこの光景であると。
故郷の周辺は、軽く見渡せば至る所に緑の木々があるのに対し、ここでは樹木なんて間隔に立っている街路樹くらいだ。だから整備された樹木の道や、見渡す限り広がるコンクリートや看板などのカラフルな街並みが新鮮に感じた。
それから直ぐ目の前にコンビニがある。この時点で都会に来たのだと実感できた。
さらに、目につく範囲で魔法道具店や書店からアニメグッズ店、ゲームショップなどが建ち並んでいて、店先では売り子らしい女の子や男が集客を行なっている。そのせいもあってか、老若男女問わず数多くの人々が集っていた。
すごい、近場にこんなにも沢山の店があるなんて。
最近では実家の場所が、通販サイト『miturin』の配達範囲外になった事もあり、来週からこの街に住める事を、入学を許可してくれたグレイダーツ氏に心底感謝した。これで発売日にゲームが買える。
人の活気にテンションが上がり、周囲をぐるりと見渡していると、ゲームショップ前に掲げてある新作ゲーム入荷!と書かれた暖簾が視界に入る。リアは暖簾に導かれるように、ゲームショップの方へ足を向け歩きだした。
が、その瞬間、体が金縛りにあったかのように硬直した。
「どこに行くつもりですか?」
リアの前へと歩みでたルナの体は、薄っすらと青白い光を放っている。
《念力魔法》で引き止められたようだ。
関節技をきめられたように、節々が動かせないリアは、額に汗を滲ませながら呟いた。
「動けん……」
「ふふっ、公衆の面前で身動きの取れないお姉様もいいですね」
ねっとりと恍惚の表情でこっちを見つめるルナ。身の危険を感じたリアは、乾く喉を必死に震わせた。
「……わ、分かった。大人しく服屋に行く。だから離して!!」
「分かればよろしい」
ルナに主導権を握られるとは我ながら不覚。それに、よくよく考えれば《解呪》を使えばよかった。
けど、まぁゲームショップには帰りに行けばいいし、今行く事に拘る必要はないか、それに買い物に付き合ってくれているのはルナの方だ。その上で我儘を言うほど図太い神経はしていない。
(本当は今すぐにでも行きたいけどな!!)
ゲーム好きは、もはや性のようなものだ。仕方ない。そんなリアの手をルナは掴み、引っ張るように誘導しながら
「こっちです!!」
意気揚々と進み始める。
「こらこら、引っ張るな。コケたら危ないだろ?」
案に急かすな、躓いたら危ないだろ? と、諭すように言うと。
「ならこうしましょう!」
そう言ってルナはリアの右腕に抱きついてきた。右腕からルナの柔らかさと体温を感じる。
「本当にデートみたいですね、いえこれはもうデートです」
猫のように胸に頭を擦り付けながらの発言に苦笑を浮かべながも付き合う。そうしてルナと共に街中を歩くのだった。
………
案内されて辿り着いたのは、都市部の中でも特に大きいショッピングモールだ。
休日で土曜日のせいもあってかモール内は人で溢れかえっていて、駅前と引けを取らないほど活気がある。
こういう店にはあまり来たことがないリアは、子供のように少しだけ、ドキドキ、ワクワクとしていた。
「ささ、こっちですよ」
ルナに手を引かれ共にモール内を歩く。
店内は吹き抜けになっており、二階から三階まで店があるようだ。
先を行くルナについていきながら、エスカレーターで二階に上がる。そのまま暫く歩くと、とある店の前でルナは立ち止まった。
ルナが立ち止まった店に目向ける。そこは、カラフルな女性用下着で溢れかえっていた。どうやら、女性用下着の専門店のようだ。
マネキンの胸や股にヒラヒラとした可愛らしい下着がつけられ、軒先に飾られているのが見える。
店内には若い女性が多いようで、皆それぞれ選んだ下着を手に持っていた。
その光景を見て、少し足が竦む。
本来であれば、一生入る事のない店だ。緊張しない方がおかしいと思う。
というより、緊張以前に入るのがとても恥ずかしい。店前に立っているだけで顔が熱くなる。
「恥ずかしがって頰を赤らめているお姉様。グッド、可愛いです」
ルナがニヤリと笑いながらサムズアップしてくる。
リアは体の熱をため息と共に吐き出すと、覚悟を決めた。
「よし、行こう」
「はーい」
一歩踏み出し、店の中に入る。一度入ってしまえば、幾分か緊張は消えた。それから暫く歩き回り、様々なデザインの下着を見て回る。
「下着、下着ねぇ……」
できるだけ、無難で恥ずかしくないものを…。それだけを考えながら良さそうな下着を探していると、とあるコーナーが目にとまった。それは、運動をする女性用の下着コーナーだ。
「……スポーツブラにスポーツパンツ、か」
リアは飾りっ気の無い黒のスポーツブラとスポーツパンツをそれぞれ一着ずつ手に取る。
これは……中々良いのではないだろうか。シンプルなデザインの下着だし、なんというか女性用の下着だけど男物っぽいカッコ良さがある気がする。それに、今着けている黒いブラとパンツみたいにヒラヒラしてないし、これなら心が男でもギリギリ恥ずかしくない。
ちなみに、昨日母が用意した下着が上も下もサイズぴったりだったので、サイズに関しては計測しなくてもだいたいわかっている。が、一応母に測ってもらったので、それを目安に見て回った。
そしていくつか気に入った物をピックアップしていき、リアは最後に値段を見て、即結した。
「これに決めた」
手に持った黒やグレーの下着を眺め、満足げに頷く。だか、満足げなリアとは裏腹に隣にいたルナは不満げな声をあげた。
「そんな!! もっと可愛いのにしましょうよ!!」
急な声にびくりとしつつリアはルナの顔を見る。彼女は信じられないとでも言いたげな表情で口元を歪めながら。
「普通の下着、ダメです。お姉様にはもっとこう、セクシーで……あ、これ!! これなんか良くないですか!?」
ルナはスポーツブラの隣にあるコーナーから薄桃色のブラジャーを一枚手に取ると、俺の目の前で広げた。
「ほら!!」
リアはルナの広げたブラを見て、心の底から叫ぶ。
「ほら、じゃねーよ。スケスケじゃねぇか」
薄桃色のブラは、シースルーだった。布が透けて後ろの景色が見える。
確かに、胸を固定するという目的だけなら充分使えるだろうが、こんな恥ずかしいもの着たくない。というか、明らかにそういうプレイ用だ。
しかし、断固拒否なリアの反応に、それでもルナは引き下がらない。
「でもでも!! ……くっ、こうなれば最終手段です」
そう言いながら、ルナは体に魔力を循環させる。体が薄っすらと青白い光を放つのと同時に魔法を発動させた。
「《念力魔法》っ!! ふふっ、どうですかお姉様!これなら動けませんよね?あ、ならその間に私が会計してきますね!!」
「《解呪》」
速攻で魔法を解除し、手に持ったスポーツブラ、パンツと同じ物を追加で数着手に取りレジに向かう。
「わ、私の魔法が……お、お姉様ぁあー!!」
ルナのせいでレジの若い女店員さんに生暖かい目を向けられ、居心地が悪くなりリアはたじろいだ。
にしても、我が妹はシースルーの下着を買わしてどうするつもりだったのか……想像するのはやめておこう。そう思い思考を打ち切る。
(さて、じゃあ次は私服と寝間着だな)
店員さんに代金を払い、袋詰めされた下着を受け取ってから、愚図るルナを引っ張り下着売り場を後にした。
………
とある一軒家。
何の変哲もない街中の家は、朝なのにも関わらず全ての窓がカーテンで閉じられている。そのせいで陽の光が遮られ薄暗い。空気は濁っていて、薬品の匂いが充満していた。
部屋の周囲にはぐるりと囲むように木製の長テーブルがコの字状に置かれ、その上にはフラスコやビーカーを始め顕微鏡などの器具から書類の山、それから何に使うのか分からない金属の部品や道具が数多く散乱している。
そして、床にはまるで機械の基盤のように複雑な模様の、赤い魔法陣が描かれていた。
そんな怪しげな雰囲気の部屋に、深く黒いフード付きローブを被った人間が2人いる。
1人は体格がしっかりしており、細身ながら筋肉質な体型の男、もう1人は女性なのか細い体型に胸の膨らみがあった。
「寝不足なのに働かせるのって、ほんとブラックよね」
フードで表情が見えない為、どんな顔をしているのか分からないが、きっと目の下に濃いクマがあるのだろう。女はあくびをしながら愚痴る。
それを聞いた男は疲れたように呟いた。
「本当にな。第一、今時子供か!! って行動原理で動いてるしなぁ、うちのボス」
「可愛いから手伝ってるけど、呼び出す時間は統一してほしいわね。私にも仕事があるのだから」
「全くだ」
「あら? 貴方、無職でしょ?」
「働いてるよ!! ちゃんと、働いてるよ!?」
2人はとある人物の愚痴を零し合う。やがて段々とエスカレートしていき、結構な時間愚痴り合いは続いた。
「というより、師匠はこんな実験私1人にやらせんなっての。
第一、魔物相手なのに、か弱い私だけに研究させるのっておかしくない? 危険手当出ないかしら?」
「あん? でもお前は気が抜ける分まだいいじゃねぇか。俺なんて魔導機動隊に見つかりゃ即刻逮捕だぞ? なんせ、魔物を街に連れ込んだんだからな。ったく、ボスってばなんで変なのと《契約》しちまうのかねぇ。まぁ、俺も少しばかり興味が無い訳じゃあないが」
「ボスはまだまだお子様だから、好奇心がそうさせるのでしょう」
「おっと、暗に俺も子供だと言ってるな?」
魔導機動隊とは昔どこかの国に存在した自衛隊を模倣して作られた組織だ。
組織の構成員は少なくとも魔法系の学校を卒業して尚且つ戦闘技術のある者が選ばれ、主に魔物や魔獣の駆逐から、魔法使いによる犯罪の鎮圧などを行っている。
「で、今回はボスの夢の為に態々、契約したアイツを使うって話だったが……。
直接出向けばいいのに、態々メンドクセェよな」
「仕方ないでしょ? 《魔の糸》はあなたしか使えないんだし、それ使わないとボスの手伝いなんてできないでしょ」
「はぁ、お前が床の魔法陣でコントロールしてくれるから俺は《魔の糸》の維持だけでいいけどさぁ、2時間も床に座りっぱなしって……」
「そんな事言ったら、私は魔法陣が焼き切れないか常に見ていないといけないのよ? そっちの方がしんどいと思うわ」
「ご愁傷様だな」
「まったくだわ……というか、ボスがこっちに来れば万事解決なのに」
「それじゃあ結局魔力捻り出す俺にしか負担かかってないだろ!!」
「そんな事無いわよ? あなたの《魔の糸》をアレとボスに繋げるのは私の役目だし、結構しんどいと思うのだけど?」
「……どのみち面倒くせぇ。この話はどこまでも平行線だな」
会話が一旦切れた事で、女は自身の腕時計を確認した。
「あと1時間後に開始ね」
「じゃあ、その前にコンビニでなんか買ってくるわ」
「コンビニ行くならついでにコーヒー買ってきて。あとポテト」
「あいよ」
そう言って男は部屋を後にした。
男がいなくなった部屋で、女は長いため息を吐いた。
「はぁー。なーんか失敗する気がする。でも、思考テストの実験は成功してるし、事がうまく運ぶのを祈るばかりだわ。
にしても、ボスは本当……可愛いわね、無邪気で。私も、夢を見れたあの頃に戻れたらいいのに。はぁ……さて、それじゃ、夢の第一歩が成功する事を祈っておくわね」