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夏に潜む者 終

 1、2時間後。デイルのやってきた『底の虫』の事務所にて。

 ソファに座っていたリアは、後からやってきたデイルに開口一番でこう言った。


「師匠、後は任せて先に帰ってもいいですか?」


 朝から修行をした後で直接ここに来た為に、体力は程々に限界だった。が、最後の最後で丸投げというのも気が悪い……。リアの歯切れの悪い提案に察し、デイルは快く頷くいた。


「うむ、ゆっくり休むといいリア。よく頑張った。……《門》は、なんじゃ……もう開くのか。自宅前に繋げておこう」

「……ありがと師匠。では、失礼しますジルさん。先輩もまた後日に」


「じゃーな!!」

「助かりましたリアさん。また店にいらして下さい。サービスします」


 リアは疲労を滲ませながら礼を言って、軽く頭を下げてからデイルの作った《門》で自宅へと帰って行った。ダルクは(一々礼をしていくところは律儀だなぁ)と思いながら、軽く手を振り見送る。


 そして事務所に残るのは、デイルとジルにダルク。三者は其々ソファに座ると情報交換と会談を始める。


 ダルクは本物のデイルが来た事に驚きつつも、気後れする事無くジルと共に事の顛末を話した。というより、ダルクの方も精神状態は既にギリギリなのである。最早、相手が連合国の国王だとしても敬語を使うのも面倒だと思ってしまう程に。まぁ、彼女の場合は疲れていなくとも、敬うべき人間以外はタメ語ではあるが。


 彼、彼女の話を聞いてらデイルは顎鬚を撫でながら、逡巡しつつ口を開いた。


「さて……はっきり言おう。わしはその魔物を知っておる」

「知っているというと、やはり50年前に?」

「そうなるのぅ。戦時中に、わしの仲間が作った事があってのぅ。3体だけ倒した」

「仲間?」

「言葉の通り、戦友じゃよ」


 デイルの目は、どこか慈しむように遠くを見ている。言葉のニュアンス的にも、血生臭い話をするには余りにも穏やかだった。


「……人とは、掛け替えのない存在を失う機会など早々は訪れない。じゃから、自身がその場面に陥った際に、自分の感情をコントロールできぬ事も多々ある。それはわしも例外ではない。

 そして、愛しき者を失った者がどのように壊れていくかも見てきた。

 ……壊れた友人を元に戻す大変さ、大切さも知っておる」


 湖面のように波のない口調は、まるでデイルの独り言のようで穏やかなのに……妙な迫と説得感があった。だから、ジルはデイルの話がひと段落したのを見計らい、1番気になった事を問うた。


「因みに、友人さんの名前を聞いても?」


 隣から「空気読め」と言わんばかりにダルクが足を踏みつけてくるが、ジルは気になって仕方なかった。だってそうだろう、未知は知るからこそ価値がある。分からずじまいで悶々とするならば、きっちり聞いた上で満足したい。という建前以前に、悪いとは思いつつも純粋に気になってしまうのだ。それに、彼との付き合いは長い方だ。ジルはデイルが、そんな事で怒るような矮小な精神の人間ではない事を知っている。聞かれたくなければ、彼ははっきりと「聞くな」と口にする。


 そんなジルに対して、デイルは微笑を浮かべながら返事を返した。


「回復魔法で有名な魔法使いがいるじゃろ?」


 思い当たる節しかなかったダルクは、即座に応えた。


「もしかして、クロム先生?」


 彼女の答えに、デイルは抑揚に頷いた。


「そう彼女じゃよ。今はグレイダーツ校で教師をしておるから、特に有名じゃろうな。与太話はこれくらいにして。わしとクロムは一度、先の話に出て来たような魔物……いや、彼女は人工的に造られた魔物を総じて『魂喰(こんく)らい』と呼称しておった」

「魂喰らい……魂を食べるんですか?」

「似たような意味じゃが少し違う。魂喰らいは、人の生命力や活力を吸い出す魔物じゃよ」

「……恐ろしい魔物ですね」


 ジルのまともな反応に、デイルはほっほっと老人らしく笑うと説明を続けた。


「『魂喰らい』は、他者への友愛から始まって……親愛や愛情、といった『人として大切な心』を求める。だからこそ……人が憎く見えるのじゃ。


 簡単に言って仕舞えば……その魔物の核となる『情』が、歪んでおる。


 今回は妹に会いたいと願って、とある青年が禁忌に手を伸ばし起きた事件。

 ……普通の人間であれば《錬金術》で死者を蘇られせようなどとは思わん。普通はたちまちに「そのようなことは人形を作る事と五分五分だ」と考え諦めるからじゃ。


 けれども、彼は一時的とは言えそれを成し遂げた。その愛は大きく……無数の屍の上にある。それを知りながらも、彼は止まらなかったのじゃろう。


 故に、歪んだ存在。死者の上であろうとも成し遂げなくてはと思い、地獄に落ちる事も厭わず進み続けた者の末路。


 まぁ、理由はそれだけでは無い。

 死者は生に縋り、生命に美しさを感じる。まるで深夜の街灯に集まる虫のように、人の生命力を求めるらしい。

 そして乾き潤す為にどんな事にも手を出していき、最後には人の心を忘れてしまう……とクロムは言っておった。

 じゃから、魂喰らいに吸い出された遺体は生命力を失い、干からびるのじゃ」


 そんな化け物を探していた自分達と、その化け物に実際に遭遇したという事実から、ジルとダルクは薄ら寒さを背中に感じる。どういった存在かを知った今、わりかし本気でビビっていた。

 そして結局『喀血事件』の犯人は、人が作り上げた魔物の暴走だったのかと思い至る。

 兄が禁忌に手を伸ばし、作り上げた魔物が人を殺し、兄を殺した。自分の渇きを癒す為に。


 しかし……ストンと納得が出来ない。正直不確定要素が多過ぎる。


 ……普通は魔法も知らぬ青年がここまで大成する為には何年もかかる筈。何より錬金術の材料を提供したのは、結局誰かも分からない。

 そうジルが疑問に感じると、デイルは気を見計らったかのようなタイミングで口を開いた。


「……して今回の件で重要なのは魔物の存在ではない。先の説明から察せると思うが……最も気になるのは裏に誰が潜んでいたか、じゃな。

 魔法使いでない人間が一朝一夕で使える程、錬金術は簡単で浅い技術ではないからのぅ」


 ジルはデイルの言う『裏に潜む者」は、当初から怪しく感じていた……『ロージ・イナニス』なのではないかとジルは思った。


「デイルさんの予想される、裏に潜む者って……今回の依頼者ですかね?」

「わしは其奴以外に思いつかんがな。それにジルは確信しておるじゃろ?

 用心深いお主の事だ。わしが問うまでもなく、依頼者とその近辺を調べた筈だ」

「そうです……が、事前調査の段階では怪しい箇所や経歴はありませんでしたよ?」


 確かに見た目は怪しい……というより不気味な女だった。美しい筈の女だが、氷のような眼差しと深海の闇のような黒髪……血の気ない肌は、まるで死人のようで……。


 だが、一方で、探偵として述べるならば彼女は息子の失踪で焦燥していただけとも言えるし、住所から名前に至るまで怪しい部分は無かった。


「もし依頼主が探し人のヴァルディアならば……そして彼女を見て、もし心に何かが引っかかっておるのなら。きっとそれは『本能』じゃよ」


 デイルはジルが、依頼主に対して抱いた感情を見透かしていたらしい。そう的確に言葉をかけられ「本能っすか?」と困惑した。


「彼奴は人の生と死に美しさを抱く狂人じゃ。じゃからこそ、誰でも警戒心なく接すれば付け込まれてしまう。ジル、お主は常に警戒心を持てる人間じゃよ。違和感を抱く1番の理由はそこだとわしは思う」


 言い切ると、デイルは腰を浮かして、ローブの皺を伸ばしながら別れを告げる。


「……ではそろそろ、わしもお暇させてもらおうかのぅ。後処理は魔導機動隊にわしから進言しておくから安心しておくといい。それから……恐らく、何処を探しても、もう依頼主の痕跡は残っておらぬじゃろう。ロージという女性が、まるで世界から消えたようにの」

「……え? それはどういう……あぁ、帰んの早い」


 ジルはデイルの言葉の意味がわからず止めようとするも、後ろを振り返る事なく彼は《門》を通り消えた。




 そうして、2人のやりとりを見ていたダルクはポツリと一言零した。


「……私、超空気」


……………………


 デイルの言葉を聞き、ジルはロージ・イナニスの痕跡を再度、辿ってみた。するとだ、驚く事に何の痕跡も残っていなかった。


 そう、何も。住民登録も戸籍も、免許証や保険類に至るまで。まるで、元から存在していなかったかのように綺麗に無くなっていたのだ。


 狐につままれた気分になる、さっきまでの一連の出来事が白昼夢にすら思えてしまうくらいに。けれど、じっとりと汗の伝う頰が現実だと告げている。


 やはり、あの依頼主がかの魔王だったのだろうか。しかし、それにしてはこう、オーラのような威圧感や存在感は無かったなとジルは思う。

 それに……仮にあの女が歴史の裏に隠れた魔王とするならば……一体何がしたかったのだろう?


 妹を失った兄を弄んだ?

 誰かに漬け込んで、錬金術の実験をした?


「わからん」


 当然の疑問、人は何をするにしても理由を用いる生き物だ。だからこそ、人の血も涙も無いと仮定しても……魔王は、何の為にこんな事件を起こしたのか。


「成る程なぁ、確かに狂人の考えなんて理解できない訳だ」


 結局、考えたところでサッパリだ。それに朝から精神をすり減らすような光景ばかり見てきた為に、椅子へ深く腰掛けるとドッと疲れが溢れてきて、ジルは暫し目を閉じて休息した。


……………


 ……暗闇が犇めく部屋の中。


 光源であるランプの光が周囲を照らすも、光量が足りずに薄暗い。

 更に、漂う空気には線香似た芳しい香りが漂っていた。


 そんな薄暗い部屋の中で、一際目立つ人物がいる。フローリングまで届く長い髪に、幽鬼の如く生命力を感じない白い肌の女。服装は和服に似ているが、血のような液体で赤黒く汚れており、元の美しさをカケラも残していない。


 彼女の細い枯れ枝のような指が伸び、テーブルに置かれたノートを捲る。すると、またふわりと線香の香りが辺りを包み込む。


「……こうして、兄も妹も死に、新たな輪廻へと廻りましたとさ。お終いお終い」


 部屋の薄汚さと相反するような、真新しい装丁のノートが捲られた。すると、何処からともなく黒い炎がノートの中心から吹き上げる。

 それから、何かの物語を語り終えたらしき女は満足感に溢れた、長い長い吐息をした。


「あぁ、良いわね……良いわ。『貴方達』が、自分の欲を満たす為に、人に試練を与える理由が理解できた。私も……あの娘達に、もっとちょっかいをかけたくなってしまったわ」


 黒い炎は一瞬でノートを包み、灰にしながら消えた。


「……潮時なのかもしれないわね。こうして暗闇の底にいるのも……そろそろ飽きたわ。やっぱり触れ合いたい。あの綺麗な魂を私の側に置いておきたい、あぁ……」


 うっとりと艶のある声が、彼女の口から音色のように流れてくる。その声には、美しく聴く者皆を虜にしてしまいそうな、蠱惑的な色艶があった。


「本当に綺麗な魂達、多いわねぇ……。それに綺麗な身体と顔も私好み。お陰で、ちょっかいのかけ過ぎで、デイルにもグレイダーツにもバレちゃったもの……こんなミスをするなんて、私も老いたかしら」


 女は深く長いため息を吐きながら、態とらしく愁うよな雰囲気を纏うと舌で唇を舐める。


「本当はもっと熟してから収穫しようと思っていたけれど、そろそろ我慢の限界。2人とも……いや3人になったかな?す本当に惹かれてしまう。服を剥いで、ベッドの上に飾っておきたいくらい。あぁ、駄目、考えたら数年ぶりに興奮してきちゃった。私が性的に興奮するのは……いつ振りかしらね」


 熱を帯びたような浮かれた声で言いながら、女は小躍りするように席を立つ。

 そして徐に、机に置かれたカードの束を手に取っり……バサリと空に放り投げる。


 空気中でカードの束は解けて……パラパラとゆっくり落ちていく。そして全て落ちきったカードの内、驚く事に2枚のカードを除いて裏側になっていた。


 表の2枚のカードに描かれた絵柄を見た女は、口元の笑みを強くする。


 1枚は、黒いフードを被り大きな鎌を持った骸骨の絵。もう1枚は、天まで伸びる塔の絵だった。


「……気分が良いから結果も良くなると思ってたのに……昨日と同じね。やっぱり『死神』と『塔』。タロットじゃ生死を占う事に意味は無いというけれど……流石に何十回も続くとなると不幸ね。私は近いうちに死ぬのかしら。まったく、私が死神に愛されるなんて、なんという皮肉でしょう?


 でもまぁ、綺麗な物を求めるならば、これくらいのリスクは寧ろスパイス」


 不気味に笑う。何度も繰り返されたカードの暗示は、常に死を示し続けていた。しかし彼女は悲観する事はない。彼女からすれば自身の死すらも楽しみの一つでしかないのだ。


 そうして、貼り付けた笑みをそのままに保ちながら女がパチンと指を鳴らした。すると床に散らばったカード……『タロットカード』が片手に戻っていった。

 束になったカードを乱雑に机に置くと、女は立ち上がり深く溜息を吐く。


「死ぬ時ね……楽しみがまた増えた。それに、貴方も気になると思わない? クラウ、答えてよ」


 心の底から愉快そうな呟きは、暗い部屋の中に溶けていった。その声に応える者など、勿論誰もいない。


 ……真に歪んだ愛を持つ者は、故に狂気へと身をやつしながらも溺れる事はない。…….そんな存在は果たして『人間』なのだろうか?

 そんな当たり前の疑問を、当然ながら女は……ヴァルディアは持ち合わせてはいなかった。何故なら、必要ないから。


 いつだって、今までも……これからも。ヴァルディアは『巡る魂の美しさ』だけを見てきた。だから彼女の求める気持ちは常に人が生きる『覚悟を示す時』と『立ち向かう意志の輝き』……そして『死へと誘われる時』だけ。その瞬間が最も魂が美しいからだ。


 そして彼女には、次の輪廻に巡る魂は常に美しくあらねばならないという思想がある。穢れた人間は輪廻の中では浄化しきれず、果てにどうなったかを知っているからだ。


 だからこそ、彼女はこの世に、人の命の循環に、『魔物』というシステムを見出した。

 偏にそれは、人という種に対する、……爛れて歪んだ『愛』から成せる『偉業』と『冒涜』である。


………………….


 ヴァルディアがタロットを投げた最中、誰もが気がつかない微かな魔力に反応する者がいた。


 住宅街に存在する、一軒家の地下にある研究室。病院のような清潔感ある白で統一された、シェルターのような頑丈な作りの部屋。その中央に鎮座している、糸のような物で編まれた繭に隠れる一体の魔物。


 大きく物質も不明で異常な程の硬度の繭が、小刻みに揺れた。

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