表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/227

夏に潜む者『喰らう者』⑪

「やっべ」と誰かが言った。いいや、もしかしたら全員が同時に言ったのかもしれない。

 兎に角、一つ言える事はぶっ飛ばし過ぎた。


「やっべ、外行った!!」

「追ってくれリアっち!!」

「だからそのアダ名辞めろ!! なんか今日は厄日だな!!」

「大丈夫、私も厄日だよ!!」

「アンタの厄日は相当だろうなァ!!」


 リアは足に魔力を纏い《縮地》で異形が落ちた穴に向かって、吹き飛ぶように突き進む。

 飛び出した瞬間、砕かれたコンクリートの中央から立ち上がる異形の姿が見えた。腹に穴は開いたが未だ健在。こんな市街地に……あの異形が放たれれば、間違いなく大惨事になる。


 リアは落下のスピードに加え、右の《籠手》に魔力を込めて噴出し、回転を加えながら拳を振り下ろす。


 コンクリートが砕け、爆風と共に砂埃が舞い上がり視界を隠した。

 《籠手》の特殊性により、落下によって身体にフィードバックする筈の衝撃や破壊力を全て『破壊』し無効化する。それから、素早く両手の《籠手》の関節全てに魔力を噴出させて、身体を捻るような動きで立ち上がらせた。


 瞬間襲い来るのは、巨大な拳の一撃だった。当たったらひとたまりもない一撃。

 だが、カウンターは予測していた。眼前で通り過ぎる丸太のような拳を回避し、仕返しに一撃、殴り返したのだが……。


「うぉっ!?」


 砂埃を切り裂き殴りつけた結果、待っていたのは『掴まれた』ような感触だった。否、ようなではなく掴まれている。ギルグリアとそれなりに格闘訓練をしてきたからこそ分かる感覚だった。だからこそ、対処法が咄嗟に思い浮かんだ。


 リアは片足を上げ、足の裏を垂直に立てながら魔力を纏うと、蹴り上げるように爆発させた。

 《縮地》の応用技であり、ギルグリア直伝の小技である、名付けて『お前が足場だ』。


 それにより、リアは大きく距離を取り無理な姿勢から籠手で地面を掴むようにしながら身体に来る衝撃を殺す。


 指をコンクリートに食い込ませ「ガガッ」とブレーキ音を響かせながらリアは急ブレーキをかけた。


 対する異形は、突如襲い来る魔力の爆発に対抗出来ず吹き飛ぶ。


 ほっと一息ついたリア。だが次の瞬間、顔を青ざめさせる。血の気がスッと引いた。


「何やってんだお前ら!!」


 異形がすっ飛んだ方向から、警備員らしき青の制服を着た老け顔の男性が来たからだ。

 「逃げろ」と言おうとした。しかし、リアは妙な緊張感で喉が痙攣し、言葉が出ない事に気がつく。


 それは、本能が発する極度の緊張だった。足が釘付けになったかのように動かなくなり、成り行きを見続ける事しか出来ない。


 今になって何故、こんな状態に。そう思って前方を見ると、異形の口が大きく開いているのが見えた。

 数十m離れていても分かる。あの口の異常さとヤバさに。

 深淵を切り取ったかのような闇は、根元の恐怖を呼び覚ますかのようだ。


 また、辺りの気温が下がり始めた。ピキピキと音のする空気の中で、リアは目の前のたった数秒の異形の動きを見る。


 警備員の男は腰が抜けたのかへたり込み、異形はそんな彼の頭を片手で掴む。それから、ゆっくりと持ち上げて……顔だけは端正な人形のように綺麗な異形が、成人男性の唇に暗い口を近づける。


 そして、大きく齧り付いた。男性の体が大きく跳ねるように揺れる。


 それから「グギュン」「グジュ」と咀嚼のような、はたまた刃物で肉を切り裂くかのような生理的嫌悪を感じる音が響く。まるでここだけ時が止まったかのように、その音だけが鮮明に鳴り響くのだ。


 やがて、男性の体が動かなくなった。全身から血が吸い取られたかのように骨が浮き上がり『まるで木乃伊のように乾き、肌が土色に変化している。そして異形は、男性から口を離した。最早『中には何も残っていない』男性は、異形の口が離れると同時に、残存していたほんの少しの血を口から吹き出し、地面に倒れ伏せる。


 「グシャリ」と人体が捨てられる音。


 流石のリアであっても、人が異形に『喰われる』光景を見たとなれば、血の気とともに精神が削れた。吐き気と共に、酷い頭痛に見舞われる。


 立ち眩みから、魔法への集中が切れ、左手の《境界線の狩籠手》が崩壊して魔力になって消えた。


(や……ッ)


 酷い話、男性はもう助からないだろうと悟る。そんな事を考えた事に対し、リアは歯を強く噛みしめた。


 助けられたかもしれないのに、助けられなかった。


 どうしようもないと言われればそうかもしれないが、それでも血を絞る覚悟で魔力を練り出せば、結界の1枚くらいは張れたかもしれないのに。


 酷い後悔……いや違う、自身へ対する怒りを覚えた瞬間、足の重さが消えたのを感じ取る。

 何故、今になって。そんな事を思うより先に、リアの身体は動いていた。


 リアは思いっきり地を蹴り駆ける。元々身体能力は良い方だ。すぐに異形に追いつき右手の《境界線の狩籠手》で殴り抜こうとしたのだが……魔力を込めれなければ、ただの防具でしかない。

 《境界線の狩籠手》を片手で異形は受け止めると、血の滴る唇を黒い舌で舐め取りながらゆっくり口を開く。


「アナタ、綺麗ナ魂……

 美味シソウ……」


 綺麗な声なのに、まるでこの世のどの音でも無いような、異様さ。ここだけ太陽が陰り、真冬のような寒さが包み込む。


(まずい……)


 片手を掴まれ逃げる事も出来ず、魔力は無く魔法を使う事も出来ない。

 そんな絶体絶命とも言える状況の中「頭下げろォ!!」と性根は腐っているが頼り甲斐のあるダルクの声が、背後から聞こえる。


 そして、背中に重みが掛かる。人一人にしてはやけに重く、左肩に置かれた手から痛いくらいだ。目を逸らすべきではないが、この状況下で更に動けなくなるのはマズイ。そう考えて、リアはチラッと背後に目を向けて戻し……もう一度振り返った。


「はぁ!?」


 どうやら植木などの物陰を移動して、ここまで移動したらしい彼女は葉っぱに塗れつつ、黒く太い筒を異形の口に向かって斜め下から突っ込む瞬間を見た。


 その鉄製らしき黒く大きな筒の先端には、物騒な菱形で円形の物体が取り付かれていて、口にそんな物を突っ込まれた異形はモガモガと苦しそうに喘ぐ。


「先輩ちょっと待って、それロケットランチャーなんじy」

「Fireッ!!」


 リアの言葉をガン無視し、ダルクは円形の筒……恐らく世界でも随一で有名なロケットランチャー(RPG7)……のグリップを強く握りしめ、躊躇なく引金を指で押し込んだ。


 発射薬が点火し射出され、次いで推進薬も点火。

 火薬の燃える独特の音に、空気を切るような噴射音などを鳴らし、火花を散らしながら異形は弾頭の推進力によって大空に舞い上がった。


 夏の日差しを浴び、もがく大きな人型は多くの人の目に映ったことだろう。


 そんな異形を葬る為に、無慈悲な弾頭は……晴天の下で爆発した。

 大音量の爆音は空を揺らし大地に轟く。心地よい重音が胸に届いてくる。凄まじい威力だ。もしかしたら、魔法的なギミックが施されていたのかもしれない。


 が、凄まじい威力故に、必然的に異形の部位が消し飛ぶ訳で。

 その光景は、あまりにもグロかった。


「うわぁ……」

「汚ねえ花火だ」


 排気口から煙の出ている筒を投げ捨てながら得意げに胸を張るダルクに、リアは軽く引きつつも、異形の末路に目を向けて……そして見てしまった。


「あっ」


 あの大爆発でも尚、人の形を保った異形が、数10メートル先の空から落下していくのが見えた。

 ダルクもそれが見えたのか、頭に「あちゃー」と呟きながら手を当てると。


「見なかった事にしよう」

「そんな事言ってる場合ですか!! アレが街に放たれたら大変な事に」

「ちょいちょい!! 私だってヤベェと思ってるよ?

 けどさ、ロケラン口に突っ込んでも死なない化け物なんざ、私ら学生が相手にするモンじゃないっしょ、先ずは通報だ!!」


 正論を言ってるように聞こえてしまうが、要は大人に丸投げしようとしているだけだ。しかしそれが悪い訳ではない。寧ろ、このまま魔導機動隊へ通報し処理してもらう方がいい。

 リアとて魔力無しのまま追うという判断は、愚問と理解している為出来ずに、口籠る。


 それでもだ。それでも……何故だろう。不思議な事に一度関わったあの異形の正体が知りたいと思った。普通は思わないのに……。


 あと……一度戦った相手を、他の誰かに丸投げする。それは筋が通らないのではなかろうか? 大人だろうと子供だろうと、魔法使いを名乗る以上は通すべき筋は通さなくては。

 それにだ、直ぐに追わなければ被害が広がる事は確実。事実、今1人の被害者ができてしまった。


 そんな焦りから、リアはポツリと呟いていた。


「師匠は、まだ来ないのか?」


 隣で呟きを聞いたダルクは、ふむ、と何やら考え込む仕草をした後、次に大きく手を叩きリアの視線を自分に向けさせると


「リアっち。一旦、ジル公と合流しよう」


 ダルクが遠くに目を向け、つられてリアも目を向ける。するとそこには……。

 階段を使って降りれば良いものを、外壁に取り付けられた配管にへばり付いて一階へと向かうジルの姿があった。足は産まれたての子鹿の如く震えている。そんな彼の残念な姿に、ダルクは腹を抱え満面の笑みを浮かべるのだった。

 修行開始から早1週間が過ぎた。


 ここまでの進展を、少々語らせてほしい……。


 まず1つ、この破壊に特化した魔法の籠手を、俺は《境界線の狩籠手(バルバティア)》と名付ける事にした。

 名前の由来は、考えに考えたが思い浮かばず、師匠の言を倣って開き直り中2心を全開にし、色々と調べて、最後にネットの検索結果には出ないこの名前に決めたのだ。つまり、半ば適当である。

 適当ではあるが、悩んだ時間は3時間。これでも割りかし早く決まった方だろう。あと、半ば適当とは言ったが個人的には言いやすいので気に入った。それもあり、これで名前を付けるという難問は片付いた。


 まぁ、格好付けすぎな気もしたが……気に入ったのだから仕方ない。そういう訳で、このままデイルに頼み、新たな魔法として申請。


 その3日後に政府? 国王? 連合国の統括? 正直種類が多すぎて、なんと呼べば良いのやら分からないが、元アメリカ合衆国と呼ばれた国の代表各人……つまり、連合国に対して発言権のある偉い人達? から、賞状のようなものと記念品が送られてきた。記念品は水晶でできた自由の女神である。


 2つ目は籠手の能力について。

 ここまで来てなんだが……もしかしたら《境界線の狩籠手》を作ったのは失敗だったかもしれない。

 この魔法が発現した後で、《境界線の剣》を作ってみたのだが……『なんでも切れる』という概念が失われてただ魔力で作られた普通の剣へと成り下がってしまった。しかも簡単に折れるから、ぶっちゃけ普通の剣より酷い。

 この辺は、やはり《境界線の剣》の本質そのものから《境界線の狩籠手》へと改変してしまった為に使えなくなったと思われる。


 ……まぁ『概念』という曖昧かつ不安定な要素で構成された魔法なので仕方ないが、やはり惜しかったとは思う。剣って、普通にかっこいいよね、という意味で。


 勿論、格好良さだけではない。

 失敗だったかもと思った要因がもう二つある。この魔法『破壊したい意思』があり、更に『拳を振るう動作』が無ければ破壊力が生まれないのだ。《境界線の剣》だとそんな事は無かった訳で、非常に面倒になった。まぁ、前向きに考えれば破壊力のオンとオフを切り替えられるようになったとも言えるが。


 それから顕現させるために魔力をかなり持っていかれるので燃費が頗る悪い。


 しかもだ。燃費の悪さから両手に《境界線の狩籠手》を発動すれば集中力からして他の魔法などを併用して扱うのは辛く、戦闘は格闘メインになってしまい……更に魔力の残量から考えて大技の《結界魔法》とも併用できなくなる。


 つまり、基本的には利き手である右手、右腕のみに装着するのが通常のスタイルになりそうだ。


 まぁそんな訳で……その、つまり、何が言いたいかと言うとだね……。


 ……

 …………《境界線の剣》の方が強くね?


 そう思ったが、しかし『使わないという』選択肢だけは毛ほども浮かばなかった。それは、自分が初めて作った一つの魔法であり、今は自分だけの魔法であるからだ。


 そこに込められた想いを、一言で言うならば『浪漫』だろうか。確かに今は使い物にならないかもしれない。


 だが、進化の余地は木の枝のように多岐に渡るのだ。


 その枝を何処まで伸ばせるかは自分次第。


 ならば、やはり『この魔法を使いたい』。そしていつかは、デイルの黄金剣と並ぶ魔法へと昇華させる。



 新たな夢と、確かな力を手に込めて、リアは今日もギルグリアを殴りに行くのだった。とは言っても、悔しい事にまだ一撃も叩き込めていないが。



 ……しかしながら、人間の感情はその時々によって変化してしまうものでして。

 頑張って剣技の知識も取り入れつつ、1週間綿密に特訓した結果、どうしても言いたい事がリアにはあった。



 すごく今更だ。今更なのだが言わずにはいられない。

 魔法使いなのに何故、近接戦の訓練をしてるのだろうか?


 《結界魔法》の存在意義が壊れる……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ