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夏に潜む者『偶然』⑩

「ひゅー、徐々に出てくるパティーンかな?

 勘弁してくれよ……」


 戯言で頭を冷静にし、バクバクと煩く脈打つ心臓の音を鎮める。言葉とは面白いもので、独り言であっても時と場合によっては自身へ良い効果をもたらす事がある。

 戦闘態勢を取り、《鍵箱》から魔力を纏える特別製のダガーナイフと、足裏に魔力をストックしながら、棺桶を睨みつけた。


 が、ここまでしておいて無意識の中、ダルクは『少しだけ』構えるのが弱かった。


 こんな時に、映画なんかの『よくあるホラーのお約束』なんてものが頭に浮かんでいたのだ。

 結果、まさか……『棺桶の中身』が、蓋を蹴破る勢いで飛び出すとは思わなかった。さっきまでゆっくり動いていたのは、単なる気まぐれだったのだろう。しかし、現状において非常に厄介なブラフであった。



「……ッンン!!」


 目の前に突如現れた異形に、ダルクは息が詰まり、その場で目が釘付けになった。


 棺桶から現れた者を一言で表すなら、マネキンに青ざめた肉片を縫い付けた化け物。


 顔は端正で綺麗な少女の物。まだあどけなさすら感じる顔は、しかし逆に『不気味』さを感じさせる。顔には、似合わない縫合の跡が幾つも見受けられ痛々しく見えるが、彼女の浮かべる、糸に引き攣られたような作り笑いは、見る者すべての背筋を凍らせる『迫力』があった。


 そして、彼女の着ている古い紺色の学生服らしき服。そこから覗く腕と足は、ブヨブヨと肥大化しているように見受けられるが、脈動している事から、それらの肉全てが『筋肉』であるとダルクは察した。


 最後に、音も無く蠢く長い黒髪に、腐った血を流し込んだような色の目玉、そして口元から覗く大きな犬歯に、両腕両足に付いている鉤爪。


 特に、まるで海底のワカメのように、ユラユラと揺らめく湿り気を帯びた黒髪が生理的嫌悪感を擽る。


 そして、今の心境を言葉にするなら……『冷たい死の気配』に包まれている、だろうか?


 まるで銃口を向けられた時に似た緊迫感と緊張感により、ダルクの動物的本能が警鐘を鳴らす。瞬間、ほぼ無意識に足が動き、ダルクは逃げる為に部屋の出口に向かって、足裏の魔力を爆発させ《縮地》を発動させた。

 同時に、異形……日記に書かれていた『妹』であろう存在も、床を抉る勢いで迫って来るのが見えた。単なる脚力だけで、あれ程の加速が出来ることに驚く。


 一歩遅ければやられていたかもしれない。そう思いながら部屋を駆け抜け、急ブレーキをかけつつ体勢を立て直したダルクは、苦笑いを浮かべながらポツリと言葉を漏らした。


「Are you ready?(準備はいいか?)

 っじゃねーっつの。準備させろや!!」


 間一髪、危機感で動き、ギリギリのところで難を逃れたダルク。だが心は休まらず、壁に突っ込み破砕音を響かせる異形の、次の行動に警戒する。


 が、警戒なんてものは無駄だと思い知らされる。

 やはり、どこかで奴の存在を侮っていた。化け物はドアや壁を破壊して、まるでダンプカーの如く木っ端微塵に障害物を蹴散らしながら迫ってきたのだ。


 その時ダルクの左隣から、鉄を打ったような大きい銃声が響き、異形の左足の肉を抉り取った。それと同時に体勢を崩したかに見えたが、一度加速した物は慣性の法則に従って、急に止まる事はない。


 列車が迫ってくるような錯覚をした。何倍にも時間が引き伸ばされたような気がして、迫ってくる奴の動きも心なしかゆっくりに見える。

 ダルクは、どこか他人事のように(あっ、死んだな)と思った。死の冷たさが脳裏を包み込む。


 けれど、刹那……誰かに肩を掴まれ、冷たさを物理的な温かさが上書きする。

 どうやら、誰かに抱きとめられたのだと、ふわりとした思考の中で思っていると……自身の真横から大きな銀色の手が通過していくのが見える。機械の手のようだと、漠然とした感想を浮かべ、そして……間延びした時間は正常に進み始める。


 突き出された手により、胴を掴まれた異形は鈍重な音を響かせて急停止し、逃げ場を失った推進力が弾け衝撃波のような風が駆け抜ける。


 ダルクは自身の砕けた腰に力を入れて、徐に顔を上げる。勝気な空色の瞳と、濡れ烏のような長い黒い髪をした少女の顔が間近にあった。凛とした表情は、同性の筈なのに……状況の所為もあって惹かれそうになる。カッコいいと、素で思った。感じた事の無い感情に困惑した。

 そんな未知の感情から目を逸らす為に、ダルクは自身の身体を抱きしめている彼女の名を呼んだ。


「……リアっち」


 凛とした表情から一転、名を呼ばれたリアは眉根を寄せると


「……まったく状況が分かんないんですが、取り敢えずそのアダ名は辞めて下さい」


 場に合わない感想を、ポツリと口にした。

 いつも通りのリア。なのに異様な心強さを感じ、知らない感覚に頰が熱くなるのだった。


……………………


 リアは……真顔で困惑した。


(……なんだこの状況。ほんとなんだこの状況。それにこいつ、人……じゃないよね。そうなると魔物? いやでも、……ってそれ以前にここ何処だ?)


 リアがここに居る理由は単純なもので、デイルが《門》を作った後、なぜか放置されていたので興味本位で覗いた結果である。そして覗いたら即、見知った顔の先輩がヤバそうな奴に襲われているのが視界に入り、そこからは、飛び出しこうして助けに入ったのが経緯だ。


 ……勝手に覗くのはプライバシー的に駄目なのでは、と言われれば俺はこう返そう。リビングのど真ん中に《門》なんかあったら誰だって興味本位で覗くわ、と。


 あっ、そういえば鍋の火を止めるの忘れてた(唐突)。急にラーメンが食いたくなったから、チャーシューとメンマを作っていたのだが……。

 まぁ弱火だし大丈夫かな? じっくり煮込んだ方が、味が染みて美味しいし!!


 うん、そろそろ現実を見ようか。


「先輩?」

「ふぇ、なに?」


 ダルク先輩が俺の腕の中で、縮こまっていた。唯我独尊、我行く道に愉悦ありの彼女が頬を赤らめキョトンとしている。レアな表情だ……。

 ちょっとだけ、可愛い、眺めていたいと思ったが、しかし残念な事にそうはいかない。


 ギチギチと音を立てて、俺の《籠手》……正式名称《境界線の狩籠手(バルバティア)》の中から必死に抜け出そうとしている……謎の生命体? が何なのか問わなくては。魔物なら、倒してしまって良いのだろうか。なんか見た目が色々と凄まじ過ぎて、判断できない……。


 ……あと、籠手の名称の理由やら経緯やらは、いずれ説明しよう。ただ、一つだけ……中二病ってのは、いつまでも少年の心の奥底にあるんだなって思った。


(しっかし、どうにも魔物な気はしないな)


 リアは何となく、『知性の片鱗』を目の前の異形に見出す。

 掴んでいた相手が動きを変える。籠手の内側で暴れるような動きから、腕や足を使い籠手を開こうと力を入れ始める。そういう行動が出来るというのは、つまり学習能力があるというわけで。


 というか地味に力が強いな。正直、ちょっと油断したら抜け出されそうだ。もう、この時点で人間の可能性は皆無だなと考えつつ、先輩が立つのを待っていると。

 拳銃を持った男性が、真横から歩いてきた。そういえば飛び出した時に銃声がしたのを思い出し顔を見れば、脳内を詮索するまでもなく、直ぐに彼の正体に思い当たる。


「探偵のお兄さん……?」

「えっと、あぁ!! ダルクの友達の……。

 あれ、俺デイルさんが居候してる宿屋に電話かけたと思うんだけど……?」


 俺の姿を見て思い出したと手を叩き、次に当然の問いをする、アイス屋兼、探偵のジルさんに、一言俺は「俺、そこの宿屋の息……じゃない。娘なんですよ。あとついでにデイルの弟子です」


 早口に説明すれば、彼は目を見開いて驚きの表情を見せる……も「ぉぉう」と一言こぼして直ぐに理知的な目つきをすると。


「色々聞きたいけど、後回しに。デイルさんは来るんですよね?」

「俺は何も聞いてないですから何とも。でもそろそろ来るんじゃないかと」

「そっか、ありがとね。その魔物? を抑えてくれた事と、ダルクを助けてくれた事も含めて」


 リアは少し照れくさそうにしながらも「偶然ですよ」と言った。


………………


 目の前で異形の化け物を抑える彼女の様子を見て、どこかから湧き上がる正義感……言い方を変えたら可愛い女の子にカッコつけたいと本能が訴え、ジルの思考は加速する。


 そして、ダルクの肩にポンと手を置き、無理矢理目線を合わさせた。ジルの目には非難の色が強く現れている。


「で? ダルク、何やらかした?」

「おいおいおいおいッ!! 何でもかんでも、私のせいにするのはヒデェぞ!?」

「それで? 何やらかしたんだ?」

「取り付く島も無しかよぉ」


 詰問するような言い方をされ、見るからに不貞腐れながらも、ダルクは3行で簡潔に説明した。


「日記読んでたら

 部屋にあった棺桶が開いて

 アレが出てきた」

「意味が分からん……」

「だって、本当にそんだけだもん」


 早急に、情報の共有が必要だとは思うジル。けれど、時間が無い。いくらデイルの弟子とはいえ、あの《籠手》で何処まで抑えつけられていられるかなど分からない。

 だが、別の言い方をすれば、彼女が来なければ抑えつける事すら不可能だった。久し振りの危機に、かの英雄の弟子が『偶然』来てくれた事を『神』に感謝……していた時だった。


 目の前の異形が、粘着質な音を立てながら口を開いた。


「……アァァ」


 掠れた声は、まるで風のざわめきのように耳を抜ける。

 突然喋った事に驚き、3人は呼吸すら忘れ動きを止めた。そんな中、異形は一度開いた口を更に大きく開く。頰の肉ははち切れ、口裂け女のような様相になりながら、異形は叫ぶように同じ言葉を繰り返した。


「渇ク渇ク渇ク……ァァァア喰ラウ!! アノ『カミ』モ!!

 ヨクモヨクモヨクモ……ァァァア!!」


 怨嗟の慟哭は、人の深層心理に届く程の粘着く気持ち悪さがあった。

 赤黒い闇を覗かせた口。血を撒き散らしながら、異形はやがて「渇ク渇ク」と繰り返し始める。


 リアもダルクもジルも、暫しの間、思考が停止してしまう。顔が強張り、頰が引き攣った。

 言葉の真意は分からないが、この異形が発した全てが、精神に訴えかけて来る『恨み辛み』の塊だった。


 そんな中で、場の凍りついた空気から真っ先に立ち直ったダルクは、部屋の変化にいち早く気がつく。

 寒い、あり得ないほど気温が下がっている。最早、エアコンでどうにかなる温度ではない。吐いた息が白くなる程の低温。


「ジル公!! どうする!?」


 悴み始め震える籠手でどうにか異形を抑えつけているリアを見て、判断を急がなくてはと思いダルクはジルに意見を仰いだ。


 そしてジルは即決する。カメラを取り出し1枚、証拠として異形の姿形を残すと


「……対象を魔物と断定して、討伐する」


 その言葉を聞いて、ダルクはリアへ叫んだ。


「よし、やっちまえリア!!」

「もうちょっと早くに言って欲しかったかな!!」


 異形は、今正に抜け出す寸前だった。籠手の中で関節を外したり、骨格を変化させたりしながら藻搔いていた異形を抑えつけるのは、スライムを掴んでいる気分にさせられる。


「ッく、言われるまでもなくやらなきゃ、こっちがやられるわ!!

 クッソ、魔力の殆どを持ってかれるけど仕方ないか」


 苦々しい表情で対象を見据えつつ、リアは左手に魔力の渦を作ると《境界線の籠手》を発動させた。そして左手の籠手で握り拳を作り……スッと鋭く息を吸い込む。


「一撃で沈んでくれよ頼むからッ!!」


 拳を引き、殴る体勢をとるリア。すると、引いた左の籠手、その隙間という隙間から青白い魔力が吹き出し始める。


「はぁぁあッ!!」


 勢い良く右手を離すと同時に、左の籠手の隙間から後方に向けて、炎の様に魔力が噴出する。それを推進力にしながら、リアは床を砕く勢いで踏み込むと、異形の巨大化した筋肉に包まれた腹を思いっきり殴り抜いた。

 ギルグリアから習っているとはいえ、『技』なんてまだまだ習得出来ていない。だから、籠手そのものの破壊力に任せて、そこに『加速』を乗せた拳の一撃。これがリアの、魔法による最強の物理攻撃だった。


 耳を劈く程の風音と、グシャリと何かがひしゃげる音。それから「ゴゥン!!」と大きな打撃音がほぼ同時に巻き起こり……異形は真っすぐに吹き飛んだ。


 足を踏みしめて粘る事もせず、腹に風穴を開け、血を撒き散らし、部屋の壁を突き破りながら異形は外へ……市街地へと落ちてしまった。

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