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夏に潜む者『冒涜の跡』⑥

 シトラスの香りで満たされた廊下を進む2人。ジルはそんな便利な道具があるのなら最初に言って欲しかったなと思いながらも、よくもまぁ、今の状況においてピンポイントな道具を持っているものだと、ダルクに対して感心した。


 しかし、爆発音がした事から分かるように、廊下中の埃が舞い上がっており多分に喉が痛い。ジルは早々に切り上げたい気持ちが先走るのを感じながらも、警戒心の基準値だけは最大限にまで設定しておく。


 リビングの扉まで距離にして数歩。だが、先程の風呂場の光景が脳裏でフラッシュバックして、嫌に長く感じる。そんな廊下を歩きながら、ジルは自身の武器である拳銃(M3913)を腰のホルスターから引き抜いた。

 魔法が強さの頂点に立つこの世界において態々、免許の取得が必要な拳銃を買う者は少ないが、ジルにとってはこれ程素早く、そして先制して相手を攻撃でき、尚且つ隙の無い武器は無いと考えていた。しかも、存分に攻撃力も高い。

 また、魔力反応も無く、相手に不意打ちを仕掛ける事もできる。サイレンサーを使えば、物陰に隠れながら攻撃も出来る為に、探偵業をしている身としては最早『相棒』とも言える武器だ。

 ただ、唯一欠点があるとすれば、魔法使い相手には決め手に欠けるといったところである。


 そんな拳銃のセーフティーを外しつつ、ジルは下段に構えながら壁に背を預けリビングへ続く扉の前に立つ。

 ダルクはいつも通り、逆にこの場において不釣り合いな程に警戒していないようにも見えるが……彼女は生粋の魔法使いである為に対策をしていないように見えるだけ。いざとなれば、自身よりも身を守る術は多分に持っている。だから心配は無用だと思い、ジルは再度扉に目を向けた。


 さて、この先には何が待っているのやら。


 先に説明しておくが、ここまで物騒な物を持ち出し対人対策している理由は……あの風呂場のスプラッタな光景を作った張本人であろうロン・イナニスが、もしかしたら部屋にいる可能性を考えたからだ。


 失踪事件? こんなもの、もう失踪事件の域を超えている。今多発している喀血事件よりも恐ろしく、歪で、人という存在を冒涜するような事件だ。だからこそ、失踪なぞしておらず、未だにこの部屋に居る可能性は決してゼロではないだろう。

 探偵は慢心してはいけない。慢心は時に致命的なミスを齎す。だから、たった1%だとしても『もしも』の可能性が存在している場合、警戒しなくてはならない。


 ジルはダルクに目配せをする。ジルの視線に気がついたダルクは軽く一度頷くと、指を3つ立て、2……1……とカウントダウンを始め……ドアノブを掴むと、体当たりするように勢い良くリビングへと飛び込んだ。


 ジルは拳銃のアイアンサイト越しに照準を合わせながら中央、右、左と素早く、視線を動かし動く物が無いか、また五感で人の気配を探る。


 そんなジルとは別に、ダルクは拳に魔力を纏うと「ダンッ」と床を叩き、それから目を閉じて静かに耳をすませた。特殊な周波数で駆け巡る魔力の波は部屋中を反響しながら、ダルクの耳へと情報を伝えていく。

 所謂『反響定位』と呼ばれる技だ。蝙蝠などが使う事で有名である。これにより、部屋全体の見取り図や物の位置を粗方読み取る事が出来る。代わりに、部屋全体へ揺れる魔力の超音波が反射しまくる為に「カンッ」と鉄を打ったような音が響き、居場所が相手にもバレてしまう為に、潜入などでは役立たない技能だ。


 しかし、こういった、迅速的に周囲の状況を把握するには打って付けの小技である。まぁ……小技と呼ぶには余りにの人間離れした技で、今現在『底の虫』で扱えるのはダルクしかいないが。というより、使える云々以前に、周囲を伝わる魔力の音響や反射を耳で読み取るなんて普通はできない、というかどうやったらできるのか。つくづく、規格外な少女だとジルは思った。


 そうして、突撃から5秒ほど経過し、ジルとダルクは互いに深く息を吐き緊張の糸を切った。


「誰も、いなさそうだな」

「だね、動く物は何も無かったし。さて、んじゃまぁ、家宅捜索といきましょうか」


 妙にウキウキとしているダルクを他所に、ジルは部屋を見渡し思考する。


 学生寮にしては豪華なリビング。広いのもそうだが、綺麗なカウンター式のシステムキッチンに、大型のテレビや大きな黒いソファ。床には高額そうな黒くふかふかな絨毯が敷かれており、何処かの高級マンションのような部屋だ。照明器具には羽がついてクルクルと回転しており、ジルはこの部屋と自身の事務所を比べて肩を落とした。


 そんなジルを置いて、ダルクは1人ズンズンと部屋の中を進んでいく。キッチン周りを見てから、ソファの周りを一周し、窓をチェックしてから、腕を組んで立ち止まった。


「ふむ……」

「なんか見つけたのか?」

「あぁ、うん。見つけちゃった、かなぁ」


 歯切れ悪く、途切れ途切れの言葉で伝えるダルク。

 彼女はソファ前に中腰で座り込み、顎に左手の指を当て、考え込むような仕草をしながら、忙しなく視線を動かしていた。


 ダルクの居る場所は丁度ソファで死角になっているので、ジルもそそくさと移動を始め、『また死の匂いを直感で感じ取る』。


 そして案の定、ダルクが見ていたのは成人の人らしき木乃伊化した遺体だった。身長は推測で165〜175の間。着ているTシャツや半ズボンのデザインと骨格の形を見るに、恐らくは男性だろう。しかし死後、どれ程の時間が過ぎたのかは推測できなかった。


 そして、木乃伊化した遺体の口元を見て、ジルは溜息を吐いた。


「喀血事件、6人目の被害者……」

「まさか、ここでか。調査してる身としては、運が良いのやら……。いや、運が良いなんて仏さんからすりゃ失礼だったな……」


 少なくとも、やはり何処かでこんな展開を想像していた2人にとって、この失踪事件と『喀血事件』が繋がった事にそれ程驚きはなかった。ただ結局『喀血事件』へと首を突っ込む事になった事実に肩を落とす。

 調べた時点で関わるつもりではあったが、深入りするつもりは無かった。しかし、今こうして遺体を発見した時点でもう、後戻りは出来ない。


 人の好奇心は、危険な方向へ向けば向くほどに、後戻りできなくなってしまうものだ。だからこそ、意を決してジルとダルクは遺体に目を向けた。


 座り込み観察するダルクの横で、ジルは中腰の姿勢でメモ帳を取り出しながら、一度手を合わせ「失礼します」と断りを入れながら仏さんの観察を始める。ダルクも同様に手を合わせた後、何処からかゴム手袋を取り出して装着して皮膚を突き始めた。


 ……干からびた遺体は黒ずみ変色してはいるが、虫や蛆に喰われたような跡は無く、色はさておき形は綺麗だ。しかし、水分は殆ど残っていないのか、骨に皮が張り付いて肋骨や背骨が浮き彫りになっている。

 骨格から見るに、性別は男だろう。それから短髪だが干からびて尚、髪は抜けていない所を鑑みて、若いと推測。


 そして『喀血事件』の名の由来となっている遺体の特徴……口元を覆うようにべっとりと付着している大量の血痕があった。死体の周囲にも、飛び散るような形で血の跡があり、まるで血を吐き死んだように見えるが……。


「血の量が少ない?」


 魔導機動隊や警察組織が司法解剖した写真は見たが……こうして『遺体と現場』の両方に立ち会わせたからこそ分かる、違和感。致死量の血を吐いたにしては……血痕の量が少なすぎる。ジルはメモを取りながら、遺体とソファ周りの血痕を描きつつ、得た情報を書き込んでいく。


 そんなジルの呟きを聞いていたダルクも、不思議に思いながら遺体の顔を観察し始めた。


(顔は苦痛の表情? 口元が歪んでる。目は空洞……あれ、目玉が無い?)


 ダルクは恐る恐る、窪みの中を覗き込んだ。まるで暗闇を切り取って嵌め込んだかのような、仄暗い闇が広がっていた。


「ジル公、ペンライトある?」

「うん? あるが。何する気だ?」


 ポケットからペンライトを取り出し、ダルクに手渡しながらジルは用途を問うた。


「ちょいと気になって、ね」


 ペンライトを器用に回し、カチッと音を立てて電源を入れる。LEDの青白い明かりが遺体を照らす。

 ダルクは小さく深呼吸をしながら、目の空洞にペンライトの光を照らし込む。すると、『後頭部の骨まで光が貫いた』。


「こりゃ……」


 隣で見ていたジルが、腕を組みながら訝しみ、それから困ったように眉間を寄せる。ジルがそのような態度をとった原因が、次にダルクが呟いた一言、そこに全て込められていた。


「残ってないね『何も』」


 乾燥したとしても残っているはずの『眼球』と『乾燥した脳味噌』が、遺体には残っていなかった。


 その後は、目に見える範囲で遺体を検死し続けた。

 そして判明した事は以下の3つ。

 『口の中に舌が無い』

 『手で触って分かる範囲で、臓器は残っていなかった』

 『だが、足や手には、少なくとも肉は残ってはいた』


 あとは、何も無い。骨と皮だけの、空っぽな遺体である。

 そんな事実が、謎を更に上乗せさせた。


「分けわかんねぇ」

「ほんと、明らかに人間業じゃないよこれ。何か臓器を抜き取る魔法でもあるの? ジル公知ってる?」

「知る訳ねぇだろ、そんな魔法。ってか、存在してたら恐怖もんだよ。震えて夜も眠れねぇぜ」

「はっは、それはか弱い少女の私が言うべき台詞だぜジル公」

「言ってろ、お前は毎日快眠だろうが」

「その台詞そっくりそのまま、お返ししてやるよ」


 喀血事件に潜んでいるかもしれない『何者か』を想像しつつ、軽口を叩き合い気を紛らわせながら……ダルクとジルは例えようのない寒気を、暑苦しい部屋の中で感じるのだった。


…………………


「さて、じゃあ……どうする?」

「どうするったって、何をさ」

「調査続けるか? って事だよ」


 割と真面目な口調で聞いてくるジル。彼は彼なりに考えて、これ以上首を突っ込む事への危険性を思案しての問いだという事はダルクも察していた。それと付け加えるならば、ある意味で失踪事件の捜査が終わった事も意味している。


 いや、もうハッキリと正直にぶっちゃければ、これ以上何か出てきたら精神的にもよろしくないので、ジルはもうお家に帰りたかったのだ。


 だからこそ、次に飛んでくるであろうダルクの正論にコンマ0.1秒で返答した。


「いやいや、帰るったって、この遺体が本当に失踪したはずのロンかは分かん「そいつで良いよもう」……探偵が言って良い台詞じゃねぇ」


 ソファに横たわる遺体を照らしていたペンライトの電源を切りながらダルクはスクッと立ち上がった。


「ジル公の気持ちも分からんでもないよ? 私もだいぶ、精神的に参ってるからさ。

 けどねぇ……このまま帰ったら、この案件で一生モヤモヤとした気持ちを抱えて生きていかなくちゃいけないんだぜ?」


 「一生なんて言い過ぎだろう」と、口から出そうになった言葉をジルは飲み込んだ。モヤモヤとした気持ち、それは確かに胸の奥に燻って好奇心を煽り続けているからだ。しかし、逆にこうも思えてしまう。何者かに、解明までの道筋を手招きされているような気持ち悪さからくるモヤモヤ……とも。


 そんなジルの直感。いや、この場においてはダルクも似たようなモノを感じていた。だが、彼女は場違いにも、不敵な笑みで呟いた。


「私は……最低でも、遺体が木乃伊になる原因が解明できるまでは降りねぇぞ、この案件からは。例え、給料が出なくたってな」


 ここからは、別に調査しなくても良い。ただ、自分の好奇心を満たす為だけに進むとダルクは宣言する。そんな彼女から漂う頼もしさからか、ジルは軽くなった気持ちを胸に自身も笑う。


「どの道……ここまで見た以上、後戻りもできそうにねぇし。なら……喀血事件ごと解明して、俺らの名をニュースに載せてやろうぜ」

「おぉ!! いいね、それ。このご時世だし、私らだけでこの怪奇事件を解決できりゃ……一躍時の人だ。さながら、50年前の『英雄』みたいに」

「そこまでは無理だろ。でも……よしっ、やるなら徹底的にやっか」

「おうよ」


 ジルが事件の捜査の続行と、『喀血事件』への介入を決意するように宣言する。それと同時にダルクが徐に握り拳を作って、左腕を上げた。ジルは彼女の行動に合わせて自分も右手に拳を作り右腕を上げると……互いに目を逸らしながら、拳を軽くぶつけ合うのだった。


……………


 さて、やると決めたからには、目の前の遺体も徹底的に調べなくては。

 魔導機動隊に通報してしまえば、遺体を持って行かれてしまう。少しだけ弄ってしまうし、仏さんには申し訳ないとは思うが、事件解決の為にご協力願おうか。そんな言い訳をしつつ、ジルとダルクは遺体の髪の毛や皮膚の採取から、写真撮影、追加の検死を開始した。遺体の髪の毛や皮膚は、乾いた原因の追求と、依頼者であるロージ・イナニスにDNAの照合の協力を頼む為だ。


 この遺体がロン・イナニスのものならば、失踪事件の方は取り敢えずは、解決だ。


 そして、失踪事件に関わったであろう彼の部屋を徹底的に調べて切り上げる事で情報を集める。当面の目的はこれに決めて、せっせと調査を進めていく事にした。


 その後、遺体を動かして調べていた時だった。


「う、ん?」


 ダルクが遺体の背とソファの間に手を突っ込んだ。


「どうした?」

「いや、なんか見つけた。んー、これ……。紙とメモ帳?」


 出てきたのは折りたたまれた、血塗れの紙に手の平サイズの小さなメモ帳であった。


「ふんふん、幸先良いな。さて、何が書いてあるのやら?」


 楽しげに鼻歌を歌いながら、ダルクは手帳を片手に、血塗れの紙を広げていく……。


 広げて、しまった。

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