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夏に潜む者『裏』⑦

 紙を開いた。瞬間、何かに掴まれ引きずり込まれるような感覚を受け、ダルクは思わず瞬きをする。


 1秒にも満たない瞬きを終えて目を開くと。


 その次に視界へ映るのは……大きく偉大で、遥か彼方まで暗黒に染まった『宇宙(そら)』だった。


「はっ……はぁ?!」


 突然起きた『異常』に理解が追いつかないダルクは、目まぐるしく蠢く星々の輝きに目を回しそうになる。それでも現状を理解しようと努め思考を加速させるが……理解云々以前に『意味』が分からなかった。いきなり目の前に宇宙が広がり、それを説明しろと言われれば誰だって土台無理な話だ。


 ただ一つ分かった事は、周囲に闇しか無いのにも関わらず自身の姿を認識できている事。光源などどこにも有りはしないのに、自分の姿だけ鮮明に見えた。どんな原理なのか、魔法? いや、そんな『些細』なものではない。ただの勘だが、しかし間違ってはいないと断言できる程に、自身の中で『確信』に近い感情が芽生えていた。


 だが、ならば……。

 魔法でないというのなら、この景色は何だ?


 ……そして此処は何処?


 ……何故、私は宇宙(そら)を見ている?


 ふらつく足元に力が入らず、ダルクはその場で尻餅をついた。勿論地面らしきものはなく、下には何処までも続く深い闇が広がっていた。にも関わらず、透明な床でもあるのか落ちる事はない。だが、心理的にはいつ落ちるか分からない恐怖からか、心臓が痛くなった。


 過激な運動などしていないのに、動悸と息切れが激しくなる。心臓の鼓動を大きく感じる。 大量の冷や汗が吹き出して、寒気すらし始める。



 やがて星々は明滅を始め闇だけが広がり始めた。



 何もなす術が無いダルクにとって、闇が広がる時間はまるで、深海の底に落ちていくような気分にさせられる。そのせいもあってか心身的な息苦しさを感じながら、それでも立ち上がろうともがいた。


 けれども四肢に力が入らず、泥沼に捕らわれたように立ち上がれない。


 そうして幾ばくの時間が去った。そして終わりは訪れる。

 星の明滅は終わり、周囲にいくつもの『短い線』が走る。暗闇なのに視認できる『線』は、縦横と無数に走り……そして『線』は中央から開いた。


 ギチャリギチャリと不気味な水音を鳴らし、開いた線は端が繋がっており、人の瞼のよう。そう思ったのも……中央に浮かぶ瞳らしき円形のせいだ。


 水晶のように丸く美しい、大きな瞳。紅く怪しく光る虹彩と深い闇を携えた瞳孔が、自分の体を射抜くように見つめてくる。


「……っ!!」


 何処か遠くへ引き込まれそうになる程の視線。まるで見えない誰かが視線で『こっちにおいで』と手招きしているようだ。しかも、視線に籠る感情は生暖かい。赤子を見る母親の如く、ダルクは心の隅で自信が『安心感』のような安らぎを抱き始めている事に気がつく。


 目玉達の向こうへ、手を伸ばしそうになる。


 しかし、その先は深淵であり……耐えきれず、ダルクの歯は勝手にカチカチと音を鳴らした。

 それから安心と警戒心が鬩ぎ合い、極度の『恐怖』により体の力は完全に抜けきり、酷い吐き気と目眩に襲われる。


 けれどと、彼女の意地か『自我』だけは失わなかった。


(なん、あぁっ!! Holly shit(クソが)!! 発狂しそうだぜッ」


 安心している筈なのに、底知れぬ暗闇に対する恐怖と、目の前に広がる異形の目玉に、 対する警戒で、トクトクと、際限なく気持ちが巡り回る。気が狂いそうな気分だ。

 人間が持つ、生存本能の域にまで侵入してくる視線に、発狂できればどれだけ楽かと思ってしまう。


 が、ダルクは屈しない。ガチガチと大きな音を立て震える歯を「ギリッ」と音が鳴るくらい強く噛み締め……震える口を大きく開く。


「すーっはぁ、うぜぇ!! 失せろ!! あァ?! 見下したような視線を、この私に向けるんじゃぁねぇ!!」


 喉の奥から空気を絞り出し……。

 咆哮するかの如く口を目一杯開き、目玉達に向かって叫んだ。


 そして、結果……呼応するかのように暗闇に綺麗な亀裂が走る。


 その次の瞬間、視界が光で満たされた。


 眩しさを感じつつ、ダルクはなぜか心の奥から湧き上がる『勝った』といった優越感に酔いながら、目玉に向かって突き上げるように拳を上げて、親指を下に向け……強烈な眩暈によって、意識を落とすのだった。




……………





「おい、起きろって!! おいっ!!」


 遠くから聞こえる大きな声に意識が覚醒する。ゆっくりと目を開くと、見慣れた青年の顔が視界に映った。必死な彼の様子に、ダルクは


「おいおい近いぜジル公。キスでもする気かよ。通報すんぞ?」

「……良かった、無事そうだな。あと、お前とキスするくらいなら電柱とするわ阿呆」

「ひでぇ事言うぜ」

「そりゃそうだろ。ったく、心配してやってんのに……」


 ジルはいつも通り軽い口を開きのらりくらりと戯言を溢すダルクにジト目を向けながら立ち上がった。そして、そっと手を差し伸べてくる。


「おら、さっさと起きろ」

「あー、の前に一つ」

「……あん?」



「私に何が起きていた?」



 ダルクの疲れ切った眼差しと弱々しい問いに対して、ジルは軽く微笑みを浮かべると……


「その答えを言う前に、俺も聞きてぇ事がある」


 そう言うと、伸ばした手を引っ込めて、片腕を前に出す。その手にあるのは、銀色の拳銃。人を殺すための武器。


 ……ジルは、拳銃を躊躇う事なく構え、そしてダルクの額に銃口を突きつけた。

 セーフティーは外れおり、いつでも撃てる準備ができている状態で、だ。

 ダルクは銃口の冷たさを額に感じながら、引き攣る頰を無理に動かす。


 耳が痛くなる程の静寂が部屋を満たした。近くで鳴っていた蝉の音さえも、何処か遠くに感じてしまうほどだ。そんな静寂を、ダルクが先に破る。


「……何の真似だよジル公。冗談キツイぜ?」

「そうだな……だけど、お前が『本当にお前なのか』確認する為に一つ質問させてくれ。これは……とても大事な事だ。だからさ、巫山戯んなよ?」


 ジルはニヒルな笑みで、どこか意味深な事を呟く。その間も、彼の集中力に変わりは無く、行動次第で即撃たれるとダルクは勘で察していた。


「……」


「……」


 そんな状況下で、ダルクは薄ら笑いを浮かべる。ダルクの笑みを見たジルは笑みを引っ込めて、今日一番の真顔で冷たくダルクを見下ろす。


 停滞し、普通より長く感じる時間の中で、ジルはゆっくり口を開いた。


「……ダルク、お前が最近マイブームにしている事は?」


 明らかにこの場で聞くような問いではないなと思いながら、ダルクは反射的に答えを口にした。


「環境破壊!!」


 第三者が見れば、多分に巫山戯た解答。だが、それを聞いたジルは……銃を下げ、笑みを浮かべならが「ふぅ」と溜息を吐き出した。


「間違いなくお前だな」

「さっきの答えで納得されるのは甚だ遺憾なんだが……まぁ分かってもらえてよかったぜ」


 緊張で重くなった空間が弛緩したのを感じ、ダルクは上体を起こして胡座をかく。そんなダルクへ、ジルは一度頭を下げた。


「あー、その。

 ……すまねぇ、銃突きつけて。けどさっきのお前の様子が明らかに異常だったのと……」


 いきなり謝ってくるジル。そして何やら、銃を突きつける程の理由がちゃんとあるようだ。しかし、彼は途中で言い淀んだ為、ダルクは小首を傾げ聞き返す。


「……のと?」

「……覚えてねぇか?」

「何をだ?」

「覚えてねぇんだな。なら、初めから説明していくとすっか」


 そう言って、ジルはダルクと同じように胡座をかいて座り込む。少々、長い話になりそうだとダルクは悟った。


「くどくて悪いとは思うが、本当に記憶にないんだな?」


 突然、記憶がどうこうと聞かれて、ダルクはさっき見た宇宙と目玉を思い出した。


「……私の見た宇宙の……白昼夢の事か?」

「……宇宙? 何の話だ」

「ふむ、これは……ちと私の方から話を始めた方が良さそう?」


 ジルは首をひねり対応に困る。


 何やら話が噛み合っていないようだと思った2人は、話の擦り合わせから始める事にした。


………………


「いやごめん、意味わかんねぇわ」

「そりゃそうだ、私も分かんねーもん」


 ダルクは『白昼夢』だと、自身の中で一先ず片付ける事にしたあの光景。遥か彼方まで広がる広大で母なる星々の宇宙、そこに突如現れ揺らめく悍ましい紅の目。

 その時の心境、気分の悪さや恐怖心など……普段ならば弱みを見せないダルクではあるが、この時ばかりは少し弱気な説明口調で教えてくれた。こうして、ダルクの弱味を見るのはかなり久しぶりだとジルは思う。少々、気分はまだ回復していないらしい。


「んで? 私の方は粗方話し終えたぜ。次はジル公の番だ。拳銃突きつけられたんだからよぉ、納得いく説明じゃなかったら慰謝料な」


 しかし、精神がすり減っていても彼女は常に饒舌なようだ。ペラペラと軽い口調で言い、話が楽しみで仕方ないと、わざと貧乏ゆすりをするダルクにジルは説明を始めた。


 彼女を警戒した理由を。

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