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夏に潜む者『喀血事件』②

 不気味な女性とソファで向かい合い、ジルは詳細に話を聞く事にした。

 尚、ダルクはPC前のオフィスチェアから立ち上がり、来客用のお茶と菓子類を用意してくれた。こういう所で気を利かせてくれるせいか、やはり憎めない奴だとジルは思う。


 さて、じゃあこっちはこっちの仕事を始めよう。ジルは女より先に口を開き、決まり文句を幾つか投げかけた。


「では、詳細をお聞きした上、幾つかご質問させてもらってもよろしいでしょうか?」

「分かりました」

「ありがとうございます。ではまず、何故……魔導機動隊、もしくは警察組織に依頼せずに我ら探偵へと依頼に? こう言ってはなんですが、本来ならば探偵よりもそちらを先に頼ると思うのですが?」


 人探しの依頼……それは、はっきり言って『面倒』の2文字に尽きるものだ。あと、複雑で時間がかかる。だからこそ、俺達『底の虫』では、依頼が来た時にまずこう聞く事にしている。

 勘違いしてほしくはないので一応弁明しておくが、別に『人探しが面倒』だから、それだけを理由に質問をしているわけではない。それを前提にして説明させてほしい。


 『人探しの依頼』において、1番大事な事は1つ。


 『探偵を頼るのは何故か?』


 答えは簡単、国の組織を頼れないからだ。別にこの国の魔導機動隊は腐ってなどいないし、依頼をすれば真っ当に、そして堅実に捜査してくれる。


 それに言っちゃなんだが、探偵なんぞ、不安定で信頼の置けない組織だ。なのに、金を払ってまで何故、依頼をするのか?


 答え『何かしら、面倒な理由があるから』。


 警察組織を頼れないという事は『断られた』か『捜索を断念された』かの2択に加えて……依頼者本人が警察に『知られたくない何か』がある。この3択の可能性が基本的に高い。

 つまり、下手に顔を突っ込めばとても、とても面倒な事になる。


 もし、その先に面倒な組織が絡んでいたらどうする?

 もし、この依頼者が嘘を言っている、もしくは『死んだ』息子の幻想を追いかけての依頼だったらどうする? そうだったら究極の時間の無駄だ。

 もし、魔物の絡んだ、それこそ『民間公魔法使い』がするべき依頼を『人探し』で受けた場合、どうする? 依頼料と危険性が割りに合わない。


 しかし契約をしたら、それを反してはならない。これは探偵としての信条であり、自身の組織が信用される為の、重要な2つの事項。


 だから契約前の確認や駆け引きはとても大事だ。

 そして結論として総結すると……『時間』と『人手』と『金』が無駄に……最後に『危険』が伴うかもしれない依頼、それが『人探し』なのである。

 慎重にも成らざる得ないというものだ。それに……妙な胸騒ぎは尚も収まらない。自身の『感』という不確定極まりない要素だが、この女に警戒をして損は無いとジルは考えていた。


 しかし……女は警戒の色を隠す事ないジルの質問に、柔らかな笑顔でこう返した。


「そうですね、詳しく話をする前に、お互い自己紹介をしませんか?」

「……はい?」


 出鼻を挫かれた、そんな気分で眉をひそめるジルを眺めながら、女はティーカップの取っ手を掴み、朱色の唇を飲み口に押し当てた。


……………


「では、言い出しっぺの私から。私はロージ・イナニスと申します」

「イナニスさん、ですね。私はジルと申します」

「伺っておりますよ。凄腕の探偵と」

「それはそれは、光栄な事ですね」


 2人のやり取りを側から見ていたダルクは、口の中で「Ложь(ロージ)inanis(イナニス)ねぇ……」と呟き、ほんの少し目を細めた。

 それから、この話題に関し自分は口を挟まないと決める。一切合切ジルに任せ、自身は敢えて『傍観』に徹すると。


 ダルクは不自然でない音量で、1度だけ床を靴で鳴らした。女は気にも留めていない様子で目線をダルクに向ける事は無かったが、ジルは目を一瞬、彼女に向けて逸らした。

 その一瞬の合間に、ダルクは2回瞬きをする。ジルは彼女の瞬きに対し、右目を1度だけ瞬かせて目を客へと戻した。


 ……目線での合図は、ハンドサインと同じくとても便利な物だ。音が無く、仲間同士でしか意思疎通が通らない。つまり、誰にも気取られずに、更に瞬時に意思のやり取りが出来るということ。

 そして今のやり取りの意味、2回の瞬きは『任せる』『預ける』などの意味を持ち、右目の瞬きは『YES』左目は『NO』などと決めていた。

 この依頼者との会話を全て任されたと悟ったジルは、ダルクの狙いが『監視』であると考えて話を進める。


「では、自己紹介も済んだところで本題に入っても?」

「その前に1つお聞きしても?」

「……構いませんよ」


「ありがとうございます。では単刀直入に……貴方は『喀血事件』をご存知ですか?」


 唐突な問いに、ジルは喉を詰まらせる。

 知ってるも何も、さっき一般人すら知らない情報まで手に入れたところだ。

 だが、ここは一般人が知っている情報程度しか知らないとシラを切るべきだ。ジルはそう考えると嘘を口にした。


「えぇ存じてますよ。通り魔事件で、肺や気管支をナイフか何かで刺されて殺されている、猟奇的殺人事件ですよね? 被害者はみんな血を吐いて死んでいるとか。ニュースでも話題になっているので知っていますよ」

「やはりご存知で。実はですね……息子が失踪する前に私の娘が『喀血事件』の被害者になりまして」

「……それは、心中お察し致します」


 ジルは考えた。息子が行方不明、その前に娘が事件の被害者になっている。関連していない訳がない。寧ろこの女、わざと娘の題材を前に出したように思った。


 それにだ、娘が死んで息子が行方不明なのに、この女……イナニスには余裕がありすぎる。バレないように魔力で心音を聞き取って見たが、規則正しく脈を打っている。


 ……全く焦りが無い。ジルはそう思った。


 そして、イナニスはジルの詳細欲求に、首を2度横に振った。


「私も『喀血事件』に巻き込まれた娘の事を詳しく話した上で、息子の捜索を頼むつもりだったのですが……魔導機動隊の方に情報規制されていまして」

「情報規制?」


 ジルはしらばっくれた。どのくらい、この依頼者が情報を渡すかで、魔導機動隊の情報規制がどの程度か測るために……いや、一探偵でしかない自分が知っていたらおかしいので、どの道しらばっくれるしかなかった。

 ただ『情報規制』がされているという事実は、どうも言っていいようだ。勿論、依頼者がうっかりして言ってしまった、という可能性もあるにはあるが……この女性がそんなうっかりをする様には思えなかった。


「言えるのは私の娘が『血を吐いて死んでいた』という事だけでして、明確な死因や遺体の状態は説明できません」

「成る程……」

「それで、ここからが本題なのですが……息子からすれば娘は妹になるのですが、娘が喀血事件の被害者になって、それから葬式を終えた後の1週間後、急に息子と連絡が取れなくなったのです」

「我々に息子の捜索を依頼したいと?」

「はい、失踪してから私も魔導機動隊や警察に掛け合ってはみたのですが、中々事件として捜査してくれる様子が無く……。それどころか「ショックで一時的に姿をくらます事は良くある」なんて事も言われてしまいまして」


 ジルは頭の中で……女の話の整合性を照らし合わせながら、辻褄を合わせていく。

 ……世間には重要な『死因』が発表されていない『喀血事件』。通り魔と言われているせいか、内情を知らない人は肺や喉を傷つけて死んだと考えてしまう。

 そんな事件に関連し、被害者の親族の失踪。魔導機動隊としては相手をしている暇がない、又は『喀血事件』と関連していると考え片手間に捜査をしているといったところか。それから、警察組織側は1週間程度の失踪では事件として捜査するに値しないと、まぁ大体理由としてはこんなものだろう。


「お話は良く分かりました。では、こちらから一つずつ質問しますので、お答え頂けますか? 返答次第で、今回の案件を受けるかどうか考えます」

「なんでもご質問してくださいな」

「……」


 後ろめたい事があれば言葉に詰まる場面だが、イナニスの心音含めて余裕満載だ。

 少なくとも、真っ当な話し合いはできる。しかし……やはり娘と息子が居なくなったというのに『悲壮感』や『虚無感』などの感情を全く感じない。不思議だ、自分は割とそう言った人の感情には機敏だと考えていたが。心音が聞こえる限り人間である事は確かなのに、やはりジルは人形を相手にしているような気分になってしまう。


 ジルはぐっと唾を飲み込み、乾いた口を開いた。


「そうですね、捜査するにあたってまず……息子さんとは一緒に暮らしていますか?」

「いえ、娘とは共に暮らしていたのですが、息子は大学に通う為に1人暮らしを」

「……分かりました、では息子さんの部屋を捜索させてもらう事ってできますか?」

「はい、全然構いませんよ」


 捜査の起点となるのは、失踪者の痕跡を見つける事。つまり、失踪者の家宅捜索が最も証拠や痕跡が見つかる可能性が高いのだ。

 ジルは、少なくとも直ぐに捜査は可能かと思いつつ、次の質問に移る。


「では次に……1週間程前から、との事ですが息子さんとは定期的に連絡を取り合っていましたか?」

「普段は週に一度くらいでしたが、娘の葬式以降は頻繁に」

「……失踪はお葬式後、という事ですね」


 辻褄は合う。少なくとも、嘘で構成した話ならば大したものだと思うくらいには。

 それに、机の下で携帯端末を使いダルクへと『被害者5人の中に『イナニス』の姓はあるか調べてくれ』とメールを送っていたのだが、今しがた『あったよ』と簡潔な返信が来た。

 はっきり言えば不気味な女性だが、見ようによっては娘と息子が居なくなった事で焦燥し弱っているようにも見えない事も……。


(さてさて、どうするかなぁ?

 なんて……問うまでもなく決まってる、か)


 どの道、暇潰しと賞金稼ぎを兼ねてに『喀血事件』へと首を突っ込むつもりだったのだ。しかし、今良いタイミングで依頼を来た。幾ら人探しが『面倒』とは言え、被害者が木乃伊になって死んでいる『喀血事件』に首を突っ込むよりは余程安全にお金が手に入る。


「分かりました。……貴方の依頼をお受けする事にします」


 遠くでダルクの溜息が聞こえたが、無視して話を続けた。イナニスはジルが依頼了承の意思を示すと同時に、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「本当ですか? 有り難うございます」


 その笑顔が、作り笑いで、可憐な花でなく造花に見えなければ完璧なんだがな、とジルは思いつつ……依頼料や、捜査の進展次第に変化する『金銭の支払い』について、綿密な話し合いを始めるのだった。


………………


 その後、イナニスから息子『ロン・イナニス』の部屋の場所とカードキーを受け取り、明日から調査を開始、それから3日間の報告次第である程度、値段を上げ下げする……との事で契約は完了した。


 イナニスは契約書にサインと電話番号を記載し終えると、姿勢良く立ち上がりそそくさと玄関へ歩いて行く。ジルは帰るのだと判断して、早足で事務所入り口に向かいドアを開いた。


 彼女はジルの気遣いに軽く頭を下げる。


「それではお願いしますね」

「まぁ出来る限り調査はしますが……あまり期待はしないでくださいね」

「あら、期待があったからこそ、ここを訪れたのよ? ふふっ、ジルさん……3日後の報告、楽しみにしているわ」


 美人に期待されているなんて言われたら嬉しいはずなのに、ジルは何故か素直に喜べなかった。元より、当初から疑問だった事が一つある。幾ら探偵事務所とは言え、自分達は不定期にしか活動しておらず、主な仕事はハッキングばかり。にも関わらず……態々『底の虫』に依頼して『期待している』なんて言ってくるのだ。


(……少なくとも、俺らの事を知ってるってことか?)


 ふと浮かんだ疑問は消えず暫し逡巡している間に、イナニスの視線はジルから逸れてダルクへと向いていた。


「そこの若いお嬢さんも、お願いね」

「えっ、私っすか?」


 硝子玉のような光のない目で見られながらも、ダルクは何時もの調子を崩すこと無く、右手をヒラヒラとさせながら、軽く口を開いた。


「まー、クライアント様と契約を結んだ以上は頑張りますよん。是非、期待しててくださいなー……イナニスさん」

「是非、期待させてもらいますね……お若い探偵さん」


………………


 イナニスが事務所を後にし、ジルは「ふーっ」と一息ついた。心なしか事務所の空気が軽くなった気がする。


 ジルは肩を回し、冷めきった紅茶を喉に流し込みながらダルクへと言葉をかけた。


「で、ダルクよぉ、お前さんはどう思う?」


 曖昧な問いに、ダルクはきっぱり答える。


「いやいやジル公さんや、どっからどう見ても怪しいだろこの依頼。で、それを分かってて受けたよな?」

「その通りだよ。(やっこ)さん、たぶん偽名を名乗ってた。最初はイナニスなんて姓は普通にあると思ったが……ロージで確信したよ」


 彼女の雰囲気が普通ならばここまで警戒はしなかったし、恐らく気がつかなかった事だ。しかし、一度考えた違和感や疑問、疑惑は消える事は無い。

 ロシア語でЛожь(ロージ)は『嘘』と言う意味を持ち、inanis(イナニス)にはラテン語で『虚』と言う意味を持つ。


 偶然ならそれでいい。いや、偶然と思いたかった。


 けれど、彼女の雰囲気がそう考えるのを拒ませた。


 しかし、だからこそ分からない。彼女が見え透いた偽名を名乗った事……隠すどころかそのまんま偽名ですと言わんばかりのネーミング。

 そして1番分からない、いや意味不明な事は……。


「偽名の筈なのに、実際に彼女の言った『娘』と『息子』が本当に実在している」


 ダルクが最も大きな謎を簡潔に口にした。ジルはそれに続き、補足を付け足す。


「そして……喀血事件に絡んでいると。あとは、話自体に嘘はない。だろ?」


 ダルクは携帯端末を弄りながら、曖昧に笑う。彼女の雰囲気から疑い、名前に疑問を持ち、言葉の意味から偽名だと思った。


 しかし、『イナニス』は実在している。


「そうなんだよねぇ。彼女の言ってた名前の『ロージ・イナニス』娘の『アリー・イナニス』息子の『ロン・イナニス』には戸籍があった。軽くハックしたらちゃんと国民健康保険やらも見つかったよ。3人はちゃんと『実在』はしている」

「いつの間に、そこまで調べたんだ、お前……」


 胸を張って断言し、ドヤ顔を浮かべるダルクを見て軽く引いたジル。そんな彼にダルクはバンと両手で机を叩いた後に、人差し指を向けて言い放つ。


「そこは『流石、優秀な助手だ』とか言って褒める場面だろうが!!」

「優秀すぎると逆に怖ぇんだよ、察しろ」

「ふんっ、まぁいいぜ。それで? 結局ジル公は『動くのん?』」

「それこそ愚問だなダルク。『契約が成立』した以上は……」


 言いかけたジルの言葉に、ダルクは食い気味に言葉を挟む。


「はいはい、探偵は契約を守る、だろ。聞き飽きたわ」

「……せっかく決めポーズまで考えてたのによ、最後まで言わせろや。ほんとお前って性格悪いよな」


 ダルクはジルの愚痴に、片目を瞑り、口角を吊り上げた。


「褒めんなよ、照れるだろ?」

「お前って、いつも変なとこでポジティブだよなぁ。だから言うぞ? 褒めてねーよ阿保」

「女の子に阿保は酷いなぁ、ジル公。女心が全く分かっちゃいない。あぁ、だからモテないのか」

「お前もな、一言余計だから彼氏できねぇんだぞ?」

「うっせ、黙ぁーってろ」

「てめぇもな」


 喧嘩腰のやり取りは、この後も続く。しかし、彼と彼女はどこか楽しげで……言葉の棘に反し悪意は全く無いのを理解しているからこそ、2人の口元には常に笑みが浮かんでいた。


…………


「ってもなぁ、彼女は間違いなく怪しさしか無かった。依頼者と契約はしちまったけど……彼女自身から調べてみるのも手か」

「……いやジル公さんや。残念ながら、彼女にこれといった怪しい点はねぇよ?」

「なに?」


 PCのキーボードを両手でカタカタと動かしながらダルクは何気無しに言った。それに、ジルは首を捻り相槌を打つ。


「どういう……」

「私も『ロージ・イナニス』に対して偽名を使っていると思ったから、散々調べたんだよ。ハッキングしてな」

「国民健康保険の登録以外に、偽名じゃ無いって証明できる証拠が見つかったと?」

「これを見てくれ」


 ジルはダルクが指差すPCの画面を、真横から覗き込む。画面には幾つかのファイルが展開されており、ジルは一つ一つに目を通していく。


 『ロージ・イナニス』。彼女の怪しさから偽名だと疑っていたが……彼女には確かに存在の証明となる『家系図』と『旦那』。2つの情報が確かに存在していた。それらは、そう簡単に用意できる偽装情報ではない。何故なら……この情報は魔導機動隊の国民登録情報が保管されたサーバーからの調べだからだ。


 そして『イナニス』の姓はどうやら旦那の物らしい。結婚したのは15年前で、デキ婚だったらしく……遡れば、彼女の旦那の家系図もちゃんと存在していた。


「俺らは……疑いすぎてたか?」

「そうかもしれんね。けどさぁ、あんな怪しさ満点な雰囲気出しゃれちゃ、警戒しても仕方ねーって」


 ダルクはマウスを操作し、最後のファイルをクリックして開く。


「最後は、車の免許証、ね」

「免許の取得は30年前で、ロージ・イナニスの年齢は46だと分かったな」

「……とても、46には見えなかったけど」


 ジルは彼女の免許証の顔写真を見ながら、さっき会話した時にチラ見して記憶した彼女と、写真の彼女を頭の中で照らし合わせる。

 確かに、写真のロージ・イナニスは若々しいが、訪れた彼女もまた、30代前半に見える程度には若々しい。年齢と見た目に多大な齟齬があるように思えた……だが。


「魔法があるんだし、何かしらで若さを保ってたって不思議じゃねーって」


 一言で、ジルの疑問を『無駄』と粉砕するダルク。ジルも自身で(猜疑心に囚われすぎたか)と自省し、考えを一旦空白に戻した。


「そうだな。疑い続けても何も始まらんし、勘違いだったらかなり失礼な話だしな……」


 ここまで証拠が揃ってしまえば勘違いの可能性の方が高い。ならば、自分が間違っているとしか言いようが無い。しかし、ダルクはデスクチェアの背もたれに上半身を預けながら、溜息を吐いた。


「私もなぁ、正直勘違いだと思う。でもさぁ、手のひらクルックルで悪いけど、今回の依頼が『喀血事件』と繋がっている以上は、警戒するに越した事はねぇと思うぞジル公。契約しちまった以上は破棄するつもりはないだろうが、疑いの目は依頼者にも向けといた方が身のためだぜ? 元より、人探しの依頼なんだからさ。人探しの基本は『依頼者も疑う事』だろ?」

「そりゃ……」


 言いかけて、ジルは続く言葉を変える。何を言っても、結局疑問にしかならないから。


「いや、やっぱいいや。ご注意有難う」

「調査は明日からだよな?」

「俺はそのつもりだけど?」

「じゃあ、私は明日に備えて今日の所は……もう少し涼んで行くわ」


 ジルはダルクをジト目で睨む。


「そこは『帰る』って言って欲しかったよ。でもまぁ、今日の所は勘弁しといてやんよ。あと、手伝ってくれるようだしパフェか珈琲でも持って来てやんよ」

「にひひっ、せんきゅー。有り難くいただくぜ。

……まぁ、それによぉ、久方の依頼だしさ。肩の力抜いて調査していこうぜ? ジル公さんや」

「だからと言って国家機関のサーバーに遊び感覚でハッキング仕掛けるの辞めろ」


 画面に流れる英数字の文字列と、海外のサーバー経由の表示を見ながら……ジルはダルクのハッキング先が国家機密の詰まったサーバーだと分かった。

 して、尚手を止める事のないダルクは、少し頰を紅く染め、恋する乙女のような顔で口を開いた。


「面白そうな依頼が来てテンション上がってんだよ、察しろ」

「失踪事件を面白そうな依頼ってお前……」


 ジルはダルクの思考回路に軽く引きながら。


 ニヒルな笑みでキーボードに指を這わせ続けるダルクの頭を、握り拳で軽く小突きハッキングを辞めさせるジルであった。

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