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夏に潜む者『喀血事件』①

 暑い夏の昼下がり探偵事務所『底の虫』の客間に若い青年とピンクブロンドの髪をした少女がいた。

 茶髪に精悍な顔立ちの爽やかさ溢れる……しかし目つきだけは悪くどこか不幸なオーラのある青年で、店長である……ジルは中央に鎮座している木製のローテーブルにノートパソコンを置き、客用の皮ソファに深く腰掛けながらキーボードを打つ。


 調べているのは、ここ最近起きている、ある事件についてだ。


 その事件は別名『喀血(かっけつ)事件』と総じて呼ばれており、現在で5件起きている。


 この喀血事件の被害者は、全て口から大量の血を吐いて死んでいる事から『喀血』と名付けられており、被害者は成人した男性3人に女性が2人……と、魔導機動隊やSNSで拡散された情報では広まっているのだが……実際はどうなのかは一般人には分からない。そう考えるのには幾つか理由がある。まず、血を吐くなんて早々に無い事だ。このご時世、魔法使いか魔物の仕業と考えるのが妥当だろうが、魔法使いでない一般人にとっては通り魔程度にしか危機感を抱いていないと思う。


 だが、自分は違った。妙な、言葉にし難いが胸の奥がざわつく様な嫌な予感がしていた。それが調べる理由なのだが……ニュースやSNSだけでは、情報量に限界がある。


 そこで少々危険な行為だが、一応ハッカーの知識は過去の経験上豊富なので、今現在魔導機動隊本部のサーバーにハッキングを掛けていた。画面には無数の文字列が壁のように羅列されていて、そのセキュリティの高さを物語っているが……ジルからすれば隙さえあれば紐解けられる。数分間、文字列と格闘し続け……侵入に成功した。

 少しだけ握り拳を作り喜びを表した後、ジルはファイルを片っ端からコピーしていく。見るのは後で良いのだ。時間がかかればかかる程に、足跡が残ってしまうから。


 そうして、それっぽいファイルを全てコピーし終え、最後に足跡を消しながら撤退した。膨大な量のファイルをコピーしたから、当たりを見つけるのに物凄く時間を要しそうだなと、鼻で溜息を吐きながらファイル漁りを開始する。そして、意外にも直ぐに『当たり』へと辿り着いた。


 被害者の検死結果、その報告書を発見する。


 そこには、死体の多くがまるで干からびた木乃伊(ミイラ)のように、皮膚が乾き骨が浮いていて、顔は表情が分からないほど風化しているというもの。それ故に、気管支や肺の傷からの喀血なのか……はたまた吐血なのかは不明だが、とりあえずは死因として『喀血』と名付ける事にしたようだ。


「なんだそりゃ……」


 本来ならば、時間の経過した死体が風化して、後々発見されたと一言で言えれば犯人探しもできそうなのだが、それが近い日数で5件。しかも最も不可解な事は、木乃伊(ミイラ)となり乾いている筈の死体に『血の跡』が鮮明に残っているという記述。矛盾に満ちている。どうにも、奇怪な事件のようだ。


 そして、事件のまとめを見る限り、魔導機動隊も必至に調査しているが、追いついていないらしい。といっても当たり前か……奇怪と狂気に満ちたこの案件を、どう調査すれば解決するのだろうか。自分で調べておいてなんだが、ここまで意味不明な事件とは思っていなかった。


 本部は、この案件が……場合によっては新種の魔物の可能性もあるとの見解らしく、現在は事件の些細な情報や解決に、多額の賞金までかけられている始末。いや、今からかけると言ったところか。恐らく、予想ではあと数時間で発令するつもりなのだろう。


 あくまで魔導機動隊は公務員になる為に、この事件一つに絞れない。しかし、民間はこの事件の解決を望んでいる。だからこその懸賞金なのだろう。あと少しでも情報が欲しいといったところか。

 それに、一般人の不安を煽る訳にもいかない。民間を守る為には何でもする、その方針には少しばかり感心した。


 ……さて、ここまで語れば、確かに調べるに値する事件だと思ってもらえただろうが、実のところ下心増し増しのジルであった。


 まぁ、つまり。さっき懸賞金がかけられると明記した事から分かると思うが、この事件は『民間公魔法使い』達にとっては、うってつけの案件という訳だ。つまり、しょうもない情報だけで、そこそこのお金が貰えるのである。

 そして『探偵事務所、底の虫』には今現在依頼がない為に時間は腐る程あった。だからジルは、デイルやグレイダーツからの頼み事を片手間に調査しながら、この事件を調べる事に決めたのだ。

 まぁそれに、敢えて理由を付け加えるのなら……デイルやグレイダーツの話を聞いて、自ずと最近の奇妙な出来事から始まり、歴史に隠れた『魔王』と呼ばれる存在へと繋がるかもしれない。


 あと……不景気なせいか、ここ最近、まったく依頼も来ないし、ここで稼いでおかないと表の店の運営にも支障が出る。


 そんなこんなで、結構忙しくなりそうなジルだったが、今早々に解決したいことが一つあった。

 向かいのソファで寝っ転がりながら携帯端末を弄る少女、ダルク。彼女には依頼も仕事も頼んでいないのに何故、此処にいるのだろうか。今朝から気がついたら居座っていて、少々イラッとしてきた。


「……なんでお前、ここにいんの? しかもその制服どこの学校のだよ?」


 向かいのソファに寝っ転がるダルクへと不満な態度を隠す事なく、疑問と共に言葉を投げる。

 ジルからの問いに反応して、ダルクは携帯端末をポケットに突っ込んでから、紺色の夏用の制服を見せびらかす様にしてソファからのそりと起き上がった。その制服は、明らかにグレイダーツ校の物ではなく、ここら辺ではあまり見ない古いタイプの制服だった。


 起き上がり、腰に手を当てたダルクは、見下すように顔を上に傾ける。


「そんな事も分かんないとは、老いたか」

「……急に煽りやがって、今月の給料振り込まねぇぞコラ」

「給料を盾にするなんて卑怯だぞジル公!! それに返しがツマンネねーぜ!! 

 ま、先の質問に簡潔に答えるなら、制服は補導された時に言い訳する為かな」

「何する気だお前……」


 ニタニタと笑みを浮かべているせいか、語気に反してどこか楽しそうに見えた。

 絶対に面倒な理由を携えていそうだと察したジルは、PC画面に再び目線を落としながら口を開いた。


「俺ゃ忙しいんだよダルク。気が散るから帰れ帰れ」


 虫を払うように手を「シッシッ」と軽く振るジル。そんな彼に、ダルクは不遜な……いや、自信満々とも言えるような表情で口を開いた。


「断る!!」


 威勢良くお断りしたダルクに、ジルは眉をハの字にしながら語気を強めに言った。


「あん? つかよ、お前今日は何で来たんだよ。バイトも依頼も頼んでねーだろ」


 ジルの問いに対して、ダルクは「チッチッ」と口遊みながら人差し指を左右に振る。


「面白そうな所に私あり……だぜ、ジル公? せっかく、他校の制服まで用意したんだしよぉ。

 にしても『喀血事件』ね。

 不謹慎で被害者には悪いとは思うけど、中々に面白そうな案件じゃあないか!! てな訳で私も調査に混ぜろ」


 ダルクの呟きに、ガバッと画面から顔を上げたジル。驚きに満ちたジルの表情に、ダルクは不敵な笑みで口元に弧を描く。


「次にお前は『なんでダルクが知っているんだ』と言う」

「なんでダルクが知っているんだッ……ハッ!?」

「ふふふっ、甘い甘い、セキュリティが緩々だぜ、ジル公さんよぉ」

「……」

「……」


 ダルクとジルは同時に右腕をあげて、握り拳を作り、それから親指をビシッと突き上げた。そう、こういう漫画やアニメの『ネタ』は知っている人しか反応できないものなのだ。それが通じた時、無性に嬉しくなってしまうものなのである。


 と、軽いやり取りを終えた2人は無言で腕を下げた。


 そして、ダルクは少し満足気な表情で、軽く腕を振って自身の手にある携帯端末をジルに放り投げた。

 ジルは突然、乱回転しながら飛んできた携帯端末に反応できずに掴み損ね、地面に落としてしまう。

 ゴツンと床に落ちた音を聞いた時、ジルとダルクはお互い同時に「「あ」」と呟いた。


「……そこは掴もうぜ」

「……無茶言うなや。というか、いきなり投げんな」

「それはすまん、ってか画面割れてない?」


 携帯端末を拾い上げながら一目で確認し「割れてねーよ、大丈夫」とダルクに一言告げると、ダルクは「ならいいや」とだけ言って再びソファに腰を下ろした。


 スリープモードになり消灯していた携帯端末の電源ボタンを押して、画面を操作する。電源の入った画面には、自身のPCモニターと同じ光景が映っていた。アニメキャラの壁紙から始まり、ファイルの位置、広げていた資料から自身が作成していたレポートまで全て。


 ジルはそれを見た瞬間に、目にも留まらぬ速さでPCのキーボードを指で打つ。画面端に英数字の文字列が無数に流れていった。時間にして約1分くらい経過した頃に、ジルは小さな舌打ちを鳴らす。


「てめぇ、俺のPCにいつハッキングしたんだよ」

「昨日」

「マァジカヨ、因みに、絵画の案件まで見たか?」

「あったり前じゃん!! なにあれめっさ面白そうじゃねーか!!」

「ぁぁぁあ、お前それ、他の人に言うなよマジで!!」


 ジル的に言えば今調べている事件よりも、デイルやグレイダーツとの話や約束を知られる方が不味かった。しかも相手はあのダルクである。自分が楽しめる事なら何だってする、しかもどんな情報や物を使ってでも。


「……ジル公。なんかすっげぇ失礼な事思ってない?」

「お、思ってねーよ?」


 もう色んな意味で頬を伝う冷や汗を拭いジルは弁明した。というか、なんで俺が悪いみたいな雰囲気に……あぁ、そうだった、これが『ダルクの相手をする』という事だった。


………………


 絵画……もといデイルとグレイダーツからの依頼内容を他言しない事を条件に、不本意ながらダルクも『喀血事件』の調査に加える事となった。


「それで? どこまで調べる?」


 どこまで、とは目標を定めないとキリがないと考えての事だろう。


「そうだなぁ。犯人探しというよりは、どうやって被害者が死んだか、そこを調べよう」

「……っか、それって結局犯人探しと大差なくねぇ?」

「るせぇ」


 奇妙な事件だからこそ、危なくなったら離脱できるように深入りしないと決めたジル。ダルクも何となくだが、そんなジルの考えを汲み取って、それ以上は何も言わなかった。


 そして……にしても、とジルは思う。隣で自身のPCを操作して被害者の検死画像を食い入るように眺めるダルクだが、彼女はグロいとか嫌悪感とかを感じないのだろうか。普通の女の子ならば、気分が少しでも悪くなりそうなものだが……。そんな事を思っていると、考え込んでいた様子のダルクがおもむろに口を開く。


「……これ、被害者の親族には情報規制されてんのかな?」

「……そうなんじゃねぇの。このご時世、規制かけないと速攻で広がるからな」

「だよね……ネット掲示板にもそれらしきスレは見当たらないし。世間様への情報操作は完璧みたいだな」

「それだけ、知られたくない何かがあるってことか……?」


 ジルの呟きに、ダルクは「ふむ」と呟き、それから頬杖をついた。


「いや……何だろうね、これ。魔導機動隊の情報操作が完璧だとしても、ここまで完璧に隠蔽すんのは無理だろ。裏に誰か……確実にいそうだよね」

「そりゃ、犯人はいるだろうが」

「犯人、犯人ね。本当にこの事件の犯人が『人』だったらいいけど。いや違う。人だとしても、確実に黒幕がいそうだよね。こう、推理小説的に考えて」


 おちゃらけた口調に反して、ジルは彼女の目が真面目な事に気がついた。そして、自身もまた、何か深い沼に顔を突っ込んだような気分になり、気がつけば自身に言い聞かせるように一言発していた。


「……考えすぎだろ」


 誤魔化すようにそう言ったジルに、ダルクは「ふー」と深く息を吐いた。


「考えすぎならそれでいいのさ。けど、この猟奇的な事件に深入りするのは……楽しそうだね。色々と、気をつけなきゃー、いけないけどさ」


 そう言って楽しそうに口元を歪めるダルク。ジルは、腕を組み考え込む彼女に何か言葉をかけようとしたのだが。


 その時だった。


 「カランカラン」と、事務所のドアーベルの音が鳴り響いた。それにより、思考を中断せざるを得なくなり。


 ダルクは咄嗟にPCの電源ボタンを押し込んでシャットダウンし、ジルも散らばっていた書類や資料を魔法で浮かして、素早くデスクの下に隠した。


 カツンと、杖をつくような音が聞こえる。ジルとダルクは、急な来訪者に目を向けた。


 そこに立つのは、杖をつく妙齢の女性であった。顔立ちや輪郭はまるで人形のように端正で精巧な印象を受け、彼女の両肩に掛かる長く濡れたような艶を放つ黒髪が目を惹く。目の色は薄い青色でサファイアのように美しい。


 しかし、美女の筈なのに何故だろう……彼女の滑らかな乳白色の肌に『生気』などの人が持つ活力のような物を感じない。言い換えれば『血が通っているように見えない』とも言える。

 それから薄っすらと浮かべる彼女の微笑にも、深い水底のような言葉では言い表せない、暗い影が差しているように感じた。


 更に、彼女の服装もまた奇妙で不気味だった。この暑い夏に、黒いロングのジャケットにロングのスカートを履いているのだ。それから頭には黒のトーク帽を被り、網目の細かなベールがふわりと揺れる。


 ジルもダルクも、まるで喪服だなと思った。そして、同時に妙な胸騒ぎ、虫の知らせのような気味の悪さも感じる。


 だが、来客である事に変わりはない。ジルは営業スマイルを浮かべると柔らかな口調で言うのだ。


「いらっしゃい、探偵事務所『底の虫』へようこそ」


 ジルの挨拶に、女は軽く会釈をした後、口を開いた。


「こんにちは。探偵さんに依頼をしたいのだけれど、大丈夫かしら?」


 ……落ち着いた抑揚の声は、見た目通り綺麗だった。しかし、抑揚も言葉遣いも普通な筈なのに『人である何か』が欠けているようにジルは感じた。そう……まるで予め録音された音声を聞いているような……。

 けれど、それが勘違いなら失礼な事この上ないとジルは思い直し、前に歩み出て、手でソファに案内する。


「はい、大丈夫ですよ。どういったご依頼でしょう?」


 単刀直入に聞くのは、一種の搦め手でもある。相手に考える時間を与えずに、目的だけを聞き出す。そこに意図せず悪意や思惑が混じらないように。


 そんなジルの唐突な問いに、しかし女は不気味な微笑を崩す事なく、余裕の態度で答えた。


「実は、行方不明になった息子を探して欲しいのです」

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