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目覚めて、1日が始まる④

 吹き飛んで幾秒、地面への衝撃がようやく止まったギルグリアは上体を起こしながら……驚愕した。


(わ、我の皮膚に傷が入っただと!?)


 ギルグリアの使用する人化の魔法は、ガワだけを偽る魔法であり……例え人と同じ皮膚に見えたとしても、その強度はドラゴンの時と同等なのだ。


 ドラゴンの鱗、殻、皮。それは現在のどの物質よりも異質で、説明のしようがないモノ。しかし地上のどんな物質よりも硬いく、耐火性や防腐に優れ、それでいて鋼鉄程度の柔軟さもある。勿論、魔法に対してもそれ相応の耐性を持っている。


 そんな堅牢性を備えた鱗や皮膚は、まさに世界随一の装備とも言えるだろう、


 それを、愛しい女とは言え、人間であるリアがたった一撃殴りつけただけで傷をつけた。言ってしまえば、魔法無しの拳で分厚い金属の板を折るよりも不可能な事なのだ。だからこそ、ギルグリアは目を見開いて驚嘆する。あり得ない事態に、長年忘れていた困惑といった感情を思い出した。


(流石、我の恋した人間よ……と言いたいところだが、末恐ろしいな)


 さっきまではリアを堕とす為の作戦ばかりが頭を占めていたが、今は流石に真面目な思考に成らざるを得ない。


 考えられる可能性としては、リアが両拳にに纏う白銀の光が原因だろうとあたりを付けてはいる。だが……あんな魔法は、過去千年は生きたギルグリアでさえ見た事がなかった。これでも、ギルグリアはこの地球に残りしドラゴンの1匹であり、人間の魔法の進化をこの目で見てきたのだ。観察力と洞察力には自信がある。

 そんなギルグリアすら知らない魔法。未知なる魔法の一つ。


(人の進化とは、凄まじいものだ)


 デイルと初めて対峙し、《境界線の黄金剣》を始めて見た時もこんな思いを抱いた。悔しいが、未知に触れた時の胸が熱くなる感動に似た情動を。


 そんなギルグリアだったが、次の瞬間に驚嘆は驚愕へと変貌する勢いで、リアは成長していくのを目の当たりにする……。


…………


 予想より強い衝撃と破壊力が生じ壁を破壊して吹き飛んだギルグリアに冷たい目を向けながらも……リアは冷静に状況を整理するのに必死だった。


(家の壁が、いやそんな事よりも!! なんだ……この拳の魔力)


 夢の世界で、何となく掴んだ新たな感覚。明確な魔法として存在していない、感覚のみの魔法。


(《境界線の剣》の柄を握る感覚……。いや、刀身のない《境界線の剣》? 霧みたいに曖昧だけど、確実に俺はその魔力を纏って……苛立ちから形作った)


 昨晩から様々な事が立て続けに起こり、寝不足もあって大変苛立っていたリア。そこにやってきたギルグリアの奇行に怒りの線がプッツンと切れてぶん殴ったのだが……まさか苛立ちに任せた一撃がきっかけになるなんて思ってもいなかったのだ。しかし、思ってはいなくとも、ここに溢れる、破壊の本流のような荒れ狂う魔力は目に見えた確かな力だ。だが、明確な方向性を持たない以上『魔法』とは言えない。


(でも、この感覚は間違いなく掴むチャンス)


 ギルグリアをボコるのは決定事項。だがその前に、纏っているこの魔力の感覚を忘れないように形作らなければ。きっかけを逃せば、次に感覚を掴める時は暫くやっては来ないだろうから。

 リアはこの魔力の奔流を、魔法として完成させねばと使命感に駆られる。


(忘れないように、纏めて、固めて……どんな形に固める?)


 《境界線の剣》は『切る』概念を現す為に刀身の形をとる。この時に必要なイメージは、各々が好きな、又は正確に形を記憶している刀や剣が例に挙げられる。

 しかし、ここにあるのは《境界線の剣》では無い、曖昧なモノ。形作り固める為の明確なイメージが早急に必要だった。


 時間は余り残されていない。時間をかけ過ぎれば、魔力は霧散してしまう。


(やばい時間がない。どんな形を想像すれば……!?)


 焦りながら拳を握りしめた瞬間。突然らリアの脳裏に電撃が走ったかのように突然、アイデアが過った。


(まてよ、拳は『打撃』だよな? なら、あの時使った『籠手』だったら……?)


 それは夢で西洋鎧と戦った一幕の光景。賭けに勝ったあの一幕だ。付け焼き刃でめちゃくちゃな形だったが、あの時の一撃は間違いなく致命傷を与えた。


 が、ここでふと、打撃ならば『金槌』が最適なのではと考えた。けれど、何となくあの西洋鎧と戦った一幕が脳裏を過ったのは、魔法使いとしての『感』が『籠手』を選べと囁いているような、そんな気がした。だから、リアは選択に後悔はしない。例え射程が短くなろうが、慣れていない剣以外の近接戦闘になろうが、きっと後悔はしない。……はず。


 それに、きっかけはどうであれ『殴った』行為が現在の進展へと繋がったのだ。ここで無理に『金槌』へと形作れば、逆に魔力が霧散して失敗する気が。

 そんな懸念と、少し弱気にもなりつつ、リアは潔く決意した。剣を捨てて、籠手を選ぶと。


(……あとはイメージだけど)


 ギルグリアへと距離を詰めながら思考を続ける。あと数歩で辿り着く。


 さて、ここで考えるべきは、どんな形の『籠手』が1番有用かだ。勿論、ギルグリアをボコる為に最適な形は? という意味で。


(……デイルの黄金剣のように、綺麗な装飾とかは要らない。取り敢えず無骨な形でいい。なら、うーむ)


 剣や槍なんかの想像しやすい武器は良いが、予想より『籠手』というのは難しく思う。《結界魔法》の延長の為、重さは自由に設定できるから……余計に難しかった。例えば、装甲の厚さや、攻撃する為の拳を保護する結界の太さや関節の形が結構難しいように思う。


 そこでふと、何処かで見たようなロボットアニメを思い浮かべた。金属の装甲に覆われた、太く大きな拳を。

 人が付けるのは不可能なものだが、今なら形や大きさをコントロールすれば、最適な大きさで装備できるのでは無いかと。関節なんかも意外と覚えていた。ロボットアニメの魅力は、全体の格好良さもあるが、リア的には細部……コックピットや、機械の部位を見るのが好きだった。


(……あのタイプの手なら、想像するのは容易い)


 それに、籠手とは本来は防具である。だが、考えるべきは武器としての最適な形だ。ならば『小さな籠手』では事足りない。


(……決めた)


 いつか、何処かで見た金属だけの大きな装甲。関節の部位すら金属で出来た、大きく無骨な籠手。否、籠手と呼ぶには相応しく無い、確実な『打撃の武器』。


 案外これは射程の短い『金槌』とも形容できるであろう大きな握り拳を思い浮かべながら、リアは指の関節を鳴らし感覚を研ぎ澄ませ、長い瞬きをした。


…………


 ギルグリアは、リアの拳の変化に即座に気がついた。荒れ狂う魔力の奔流が収束を始め、落ち着き始めていたのだ。しかし、綺麗な銀色の淡い光は、逆に大きくなっていく。


 そして、やがて光は綺麗に形を作っていく。


 ……普通の手の4倍以上は大きな『籠手』。明らかに手の大きさに合っていない。だが、妙にその形がしっくり感じてしまう不思議な魅力があった。


 手の平と指の面には、丸みを帯びた手袋のような形になる。だが、大きさもさる事ながら、関節であろう部位ですら厚い装甲で覆われており『籠手』と呼ぶには余りにも扱いにくそうだ。余談だが、関節は少し隙間が開いており、六角形のネジ頭のような形状で、両指と両手首を挟む形で固定されている。ここが関節の役割を果たしているようだ。


 それから、手の甲と指の後ろには、面とは異なり角が目立つ装甲が取り付けられ、手の平とは異なりかなり分厚い。その装甲が邪魔になり、きっと大きく手を開くことは出来ないのは誰が見ても分かるだろう。けれど、何故かデメリットは感じない。寧ろ手を大きく開く必要は無いと思えた。


 最後に、手首の関節から肘の辺りまで菱形の甲殻が多い、装備の終わりに当たる肘の辺りは淡く銀色の光が炎のように揺らめいていた。


 暴力を体現したかのような、攻撃に特化した『籠手』。それは光を収束し終えると、薄く月の光に似た、淡く綺麗な銀色へと落ち着かせた。


 ……リアは長い瞬きを終えて、ゆっくりと目を開きながら、自ら身につけた大きな籠手に目を向けた。それから性能を確認するように、関節を動かしたり、握り拳を作っては開いて繰り返す。


「よしっ!!」


 明るい笑顔を浮かべたリア。だが、その両手に取り付けられた籠手は凶器であり、脅威の塊である。殴られれば、きっと大怪我では済まない……そんな凶器を纏いながらも、リアは年相応の乙女のように美しく妖艶に笑う。まるで、新しく玩具を与えられた子供のように無邪気に。それから新たな魔法の誕生を祝福するかのように。


 そしてリアは両手を腰のあたりまで持ち上げて拳を握りながら、スッと笑顔を消した。


「んじゃ、覚悟はいいか?」


 静かに問うリアの目には、敵意が渦巻いていた。きっと、今からあの凶器を己に振るうつもりなのだろう。冷たい表情と射殺すように細められた瞳が、次の行動を雄弁に語っている。

 それでも、惚れた弱みとも言えようか。ギルグリアは呑気に(そんな顔もまた、良いものだ)と考え、迎撃の為に全身へと魔力を巡らせるのだった。


……………


 時は少し遡って……。


 12畳くらいの広さの部屋。部屋の床には黄色の花柄のカーペットが敷かれており、カーペットの上には小さな卓袱台が鎮座している。

 そして卓袱台の前で2人のうら若き乙女が会談をしていた。一方は、長い姫カットの黒髪の少女ルナ。もう一方は亜麻色の綺麗な色をした髪の少女セリア。


 ……ここで、敢えて『卓袱台の前で』と言ったのには意味がある。


「セリアさん……今朝からお姉様が全然構ってくれません」

「そ、そう……」


 ルナは悲壮感に溢れた声色で言うと、正座していたセリアの太ももへと顔を埋める。いつもなら(あらあらうふふ、役得役得)と髪を撫でたりと遊ぶ所だったが、流石に困った表情を滲ませた。


(め、面倒くさい……)


 自分の性癖も大概だと思うが、最近親友の変態具合が天元突破し始めていてヤバイ。依存ってレベルを越えてヤンデレ化し始めている。私は、どうすれば良いのでしょうか。どうすれば親友を前のまともな親友に戻せるのだろうか。天に問いかけても答えは返ってくる事はない。


(……考えてたら、自分も大概人の事を言えないわね。可愛い女の子にちょっかいをかけたくなる性格は変えようがないものだし)


 だから、苦笑いをしつつ、セリアはルナを構う。


「まぁ、リアさんも忙しいのだから、仕方ないでしょ? ほら、拗ねてないで今からでも構ってもらいに行けば良いじゃない」

「むぅ、そんな事は分かってるんですよ。でも……」


 セリアはルナの言いたい事を察してはいた。要するに引っ付き過ぎて嫌われるのを避けたいのだろう。今更な気もするが。そんな事を考えていた時である。ルナが唸り声をあげながら顔をグリグリと押し付けてきた。


「むぅーむぅー」

「ちょ、痛い痛い」


 ……一先ず、顔を押し当てながらグリグリと擦りつけるのは辞めて欲しい。


 そう素直に口に出せれば良かったのだが、昨日マッサージスライムなんて冷静になって考えてみれば相当に『頭がアレ』な代物を作った己に言える資格は無かった。


(……でも、まぁ、見方を考えたら、ただ拗ねているだけの可愛い女の子なのよね)


 本当は黙って愚痴を聞いているだけのつもりだったが、そろそろ足も痺れて来た。頃合いかなと、セリアはルナの髪を手櫛で梳きながら語りかける。


「それなら、今からリアさんの部屋に行きましょう? ゲームか何かしようと誘えば、きっと乗ってくれるわ」


 鬱々としているルナを励ます為に、セリアは明るい口調で提案した。


「一緒に、してくれますかね?」


 くぐもった声で心配そうに呟くルナ。きっと断られれば、今度こそ暫く部屋でいじけてしまいそうだ。こうなれば、余計に面倒くさくなる。元より、セリアがこうも付き合うのは、ルナの笑っている顔が好きだからだ。可愛い女の子に笑っていてほしいと考えるのは普通の事だと思う。

 何としてでも付き合ってもらおうか。30分だけでもいい。無理と言われれば軽く脅してでも付き合わせる。

 そんな決意をして「大丈夫よ。さ、起きなさいな。リアさんの部屋に行きましょう?」と言ってルナの肩を二回、軽く叩いた。ルナはセリアの言葉を聞いて、気怠げに横たえていた身体をのそりと起き上がらせる。


 次の瞬間、下の階から「ドォゴン!!」と大きな破砕音が響く。突如響いた轟音に驚き、セリアとルナ「ひゃ」っと小さな悲鳴をあげながら揃って尻もちをついた。


「な、何の音です!?」

「分からないけど……一階で何かあったようね」

「……とりあえずお姉様とお母様、あとアイガちゃんの安否が心配ですし、私ちょっと見てきます!!」

「あぁ待って、私も行くわ」


 部屋から飛び出し、階段を駆け下りる……。

 そして一階の廊下に立った時、外の澄んだ空気が流れ込んでくるのを感じた。

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