目覚めて、1日が始まる③
「怯えてるの? ふふっ、大丈夫よ。すぐに気持ち良くなるから」
「そうじゃなくて!! や、やめっ」
リリスは俺の腰に跨り、前のめりになりながら頬を撫でてくる。その優しく愛おしそうに触れる仕草は、母性に溢れていて甘えたくなってしまいそうになった。
また、彼女の大きな胸が鎖骨付近で潰れて、むにゅむにゅと柔らかく形を変えるせいで、嫌でも彼女の胸を意識してしまう。それは、まるで男の時に感じた『興奮』と同じだった。
けど、それはおかしい。性への感性は女に傾いている筈……今更、女の人に胸を押し付けられた程度で狼狽えるなんて有り得ない……。
「それはね、ここが貴方の精神から作られた世界だからよ。肉体に精神が引っ張られないから、そう感じるの」
思考を読みとったかのように、疑問を適切に解説してくれるリリス。なんで考えている事が分かるのか? そう聞こうとした時に、彼女は俺の胸をシーツの上から鷲掴みにして、揉みしだきながら口を開く。
「ひゃっ、も、揉むな!!」
「ふふっ、そうねぇ。これ以上の質問には、それなりの料金を取るわ」
制止をガン無視して、彼女は揉む手を止めない。そして、悪戯っ子のように声を弾ませる。とても楽しそうに、それから妖艶に。
一方で、どういう訳か魔法を封じられ、両手も封じられているリアは体をひねるくらいしか対抗する術を持てず……けれども彼女が、本についての『核心に迫れる何か』を知っている事は理解できた。
(くぅ……)
にしても、見た目サキュバスだと思ったがあながちハズレでもないのか。悪魔と言えば『料金』……何かを引き換えに、欲しい物を得る。つまりはそう言いたいのだろうけど、今の自分に払える物なんて……。
「沢山あるわよ? だって……こんなにも若々しい肉体はなんだもの。それに、こんなにもいやらしい身体をしているのに、ウブで処女だなんて……」
「一体何を……?」
「あら? まだ分からない? それとも、分かっていてしらばっくれているのかしら?」
あ、あぁ……。
本能が警鐘を鳴らす。彼女が上……捕食者であり、されるがままになるしかないと。
それにだ。確かに、自分はしらばっくれている。自覚はしているのだ、何を捧げればいいのかなんて。既に分かりきっていた。
だって……彼女は初めに『エッチをしましょう』と言っていたのだから。今進行形で胸を揉まれているのだから。
だが、だからと言って、ほいほい身体を好き勝手にされてたまるか!!
「ぐぅ、ぐぬぬぬっ!!」
「あらあら、拒否するって事は、知りたくないって事?」
こ、こいつ……!! けれど怒ったところで何も思い浮かばない。クソゥ、完全に手玉にとられている。
(ふぅ……まずは落ち着け俺)
まだ、リアは『OKはしていない』。彼女がもし悪魔のような存在だと仮定するなら、答えを求めるまでは時間の猶予がある筈だ。
「あぁ〜、気がついてしまったのね。まぁ、その通りよ。たっぷりと、時間をかけて考えるといいわ」
またも、考えを読むリリス。言葉の節々に『残念』な雰囲気を含ませているが、彼女の顔は余裕増し増しで、台詞と内心は真反対のようだ。それが、逆に俺を焦らせてくる。
しかし、そこにヒントがあるのではなかろうか?
取引になる要素を探る為にも、まずは情報の整理だ。
(時間を与えてくれた、それはつまり、無理矢理に犯すつもりはないって事だよな?)
大前提として、ここは本の世界と考えて……では、彼女の正体は一体何なのか?
サキュバスのような女性だとは思ったが、今のように自分が許可しない限り、嫌と感じる境界線は超えてはこない。無理矢理、行為をしないことに何かが……。
あっ、まって今の無し。別に胸を揉まれている事が好きって意味じゃない。
女になってから、女性に胸を揉まれてもマッサージのようにしか感じなくなっていたのだ。そうマッサージの観点で評価すれば、彼女の手つきは中々にテクニシャン……。
「って、何を考えているんだ俺は……」
阿保な思考の脱線に、自分自身で呆れてしまう。そんなリアを見て、リリスは「くすくす」と態とらしく笑ってきて、恥ずかしさから顔を背けた。
考えを戻そう。目的は、あくまで本の世界についての、『何か』を知る事だ。まぁ、直感でしかなく、確信がある訳ではないのだが……それでも師匠が態々見せつけてきたのだ。きっと何かある。
……思考を柔軟に、違和感や情報を得る為の『料金』に対する抜け道を見つけなければ。
……そういえば、彼女の容姿も中々に変だ。まるで同人誌にに登場するサキュバスみたいな見た目だが……ルナに似ている、いや成人したルナっぽい見た目……面影があるとも言えようか。とりあえず、やはり似ているのだ。
師匠がルナを、大切な妹を、本の世界とはいえこんな痴女のような姿で登場させるだろうか。流石にそこまで落ちぶれてはいない……と、信じたい。なら、彼女は何故、ルナの姿をしているのか?
「意外といい線行ってるわ」
リリスはまたも考えを読み取り、耳元で「頑張れ、頑張れ」と囁く。それから……
「は〜っむ」
「ひにゃ!?」
耳を甘噛みし始めた。耳元で奏でられる、舌と唾液の水音に、顔が更に熱くなった。
「お、おいっ!! やめろ!!」
リアは上ずった声で抵抗しようとするが、何か別の力で固定されているかのごとく体が動かない。そして「やめろ」と幾ら言っても、リリスは耳の甘噛みを止める様子はなかった。
耳から伝わる音と、生暖かい舌のこそばゆい感触が、心臓の鼓動を早くする。
(……っお、おおお落ち着け俺。そうだ、素数を数えるんだ。素数を数えれば、落ち着くと何かの漫画で読んだ)
落ち着く為に、少々時間を割く。
暫し素数だけを数えた頭をすっきりさせる作業に勤しんだ。そして、だいたい頭の中で53辺りまで数えたところで、少しばかり落ち着いてきた。心なしか、心拍音も正常に戻りつつある。
(まず、考えるべき事は)
彼女の急な耳の甘噛みに、何か意味はあるのだろうか?
その問いに、こう思った。『ただの妨害』であると。今思えば、最初から『胸を揉む』と行った行為も、思考を妨害する為の行為と考えれば割とすんなり納得できた。
(なら、次に考えるべき事は『妨害行為をしてきた理由』ッ!! そんなの、決まっている!! 『俺は核心に迫りつつあった』からだ!!)
「はむっ、むぅ、中々に精神が強いのね貴方」
複雑に散らばったヒントを、パズルのピースを嵌め込むように繋げ合わせ考え込んでいると……彼女はどこか嬉しそうに、賞賛するかのような言葉を漏らした。
が、リアはそれに答えない。口は災いの元と言うように、下手に彼女の言葉には反応してはいけないと本能が言っている。
「いいわね、強情な娘は好きよ。さぁ、頑張って。でも、疲れたら休んでもいいのよ?)
リリスは、子供をあやすように優しく応援してくる。リアは思わず、その優しさに甘えそうになったところで、歯を食いしばって踏み止まった。まるで、ギルグリアの洗脳のように、心の中に染み込んでくる言葉だ。気を抜いたら、まずい。
(……。けど、本の世界の秘密とルナに似た容姿。そこにある違和感は何だ?)
彼女の存在は……いや、彼女という『人格』はどこから来ている?
もしかして、最初に見た本のアンケートか? けど、そんなもので人格を、感情を形成できる筈がない。
いや、まて。まてよ……アンケートには意味はあった?
アンケートに答えている時に、1番近しい人物や、大事な人を思い浮かばせていたとしたら。確かにあの時ふと、ルナの顔が思い浮かんだ。
それに忘れそうになっていたが、ここは夢の世界。夢という物は、『記憶の整理』の為に見るとも言われている。
……全て、辻褄が合ったのではないだろうか。
ここは夢で、精神の世界。精神だけという事は、記憶を彼女は覗ける可能性がある。そうして覗いた記憶から、姿形、そして人格を作り、こうして前に現れた。
こう考えれば、まるでリリスが思考を読めるのも納得できる。
そう考えたその時、リリスは耳から口を離し、同時に胸を揉んでいた手も離した。
「正解よ、私は……言わば貴方から作られたもう一つの人格」
悲しそうに、目を伏せてリリスは言う。まだ続きがあるようで、彼女の言葉に耳を傾け続ける。
「デイル・アステイン・グロウ、クラウ・リスティリア……その他大勢の魔法使い達が、その時のノリで作り上げた魔法。夢を見て、夢の住人を作り上げる魔法。ただの性欲から作り上げられた大いなる魔法だけれど、彼等は夢を見ている、そんな程度にしか考えてはいないの」
……クラウ、祖母の名前が出た事に驚きながらも、何となく彼女が言いたい事も、彼女が抱いている気持ちも分かった。
そして、本の世界に隠された事実も。
「私達は一度きりの存在で、貴方が夢から冷めれば、泡沫のように消えて無くなるの。けれど、それが定め。私は貴方から作られた存在であっても、貴方ではない『偽物』だから」
リリスは腰から退くと、ベッドの脇に腰かけた。彼女の顔を伺う事は出来ないが、見なくても分かってしまった。
「お話の料金なんて、元々存在しないわ。ただ、貴方を見ていたかってだけ。ちょっと悪戯が過ぎたかもしれないけど」
「そんな事……」
「うふふ、貴方の本質はとても優しいわ。これからも、変わってはほしくないものね……さて、じゃあ貴方が最も知りたかった事も、言葉にして伝えておきましょう」
口を開こうとした彼女の背中に、俺はそっと両手で触れる。
「……いんや、俺が話す。リリス、あんたは俺と『話』がしたいんだろ?」
「あら? うふふ、気を使わなくてもいいのに。でも……そうね。じゃあ答え合わせといきましょうか? お願いしてもいい?」
「……了解」
彼女の了承を貰い、俺は辿り着いた自論を繋げながら述べて言った。
『本の世界の夢、それは誰かの記憶から作られた世界である。つまりは、俺の戦った西洋甲冑も記憶から作られた物。しかし、それは俺の記憶ではなく、誰かの記憶だと言う事。あぁ、いや、景色などは俺の『空想』から作られてはいたから、俺は『夢』だけを作っていた。から、この場合誰かの記憶に該当するのは『西洋甲冑』という存在になる。
そしてあり得ない話だが、俺は西洋甲冑に心当たりができた。けど、幾ら考えてもあり得ないとしか言えない。
でも……思い返せば既視感はあったのだ。西洋甲冑の動きや、剣さばきに。あれはどう見ても……レイアの《戦乙女》の動きに似ていた。
それに動きだけでなく、あの西洋甲冑の造形は、何処か『グレイダーツ校長の《西洋鎧》に似ている』
「そうよ、つまり、昨日見た夢の世界の製作者は少なくとも、貴方の知り合いという事になるわね。正解よ」
「いやでも……」
「あり得ない、けど実際に起こった事。だから、貴方はきっと、これから色んな事に巻き込まれていくかもしれない。謎は謎のままにはならないのだから。
けど……得るものはあったでしょう? 貴方は夢の世界で成長できた筈。なら、あまり深く考え込まなくてもいいと私は思うわよ。決して『悪い方向』には進んでいないのだから」
リリスは、言外に「考え込んでいては疲れるだけ」と言っている気がした。そして彼女から感じる母性は(あぁ、俺の記憶を参考にしたのなら、彼女の母性は母さんからのものか)と気がつき、昔母からも魔法の特訓のし過ぎで倒れた時に似たような事を言われたな、と苦笑した。
……そうだ、あの夢を見たお陰で、自分への自惚れや、力の無さを自覚した。
そして……《境界線の剣》に代わる自分の戦う為の魔法も術も、戦闘スタイルも知れた。なら深く考え込むよりも、それを糧にする方法を考えた方が有意義だ。
そう考えれば「ほっ」と気持ちが落ち着いた。些か心も軽くなり、痞えが下りた気もする。
そして、気持ちが落ち着くのと同時に、リリスの肩がピクリとも大きく揺れたのが見えた。それから、彼女は……最初に出会った時と同じく軽い口調で言い始める。
「……貴方の意識が、起きようとしているわね。どうやら、貴方の妹が起こそうとしているみたいよ」
「ルナが?」
耳を澄ませば、夢の世界にルナの声が小さく響いた。「お姉様〜、お昼ですよ!! 起きて下さい」と呼ぶ声が微かに聞こえる。本を開いたのは早朝だったのに……もう、現実ではそんなに時間が経っていたのか。
なら、夢から覚めないと。そう考えて……覚めれば、彼女を消してしまうと、躊躇った。
例え記憶から作られた人物、夢でしか存在できない者だとしても……今は彼女と、リリスと話している。彼女の消えるという事に対する悲しみを、辛さをこの目で見ている。
あぁ、師匠は、なんて魔法を作ったのだろうか。ここまで、ここまで残酷な魔法は初めてだ。
目から冷たい物が流れる感触がした。無意識に涙を流していたようだ。そんなリアに背中を向けていたリリスは振り返る。満面の笑みを浮かべて。
「辛く思う必要は無いのよ。全ては泡沫の夢、それでいいの。貴方が気負う必要は何一つとして無い。だから、起きなさいな」
「俺には、俺にはリリス、あんたに何かを言う資格はない。けれど、君と会えて、良かったと思う」
「私もよ。……まぁ、私が何と言おうと、優しい貴方はきっと気負ってしまうのでしょうね。だから最後に、私から一つ、貴方にお願いをしてもいい?」
リリスはふわりと抱きしめる。彼女は夢の存在だ、しかし、確かに此処にいる。温かな体温が、心地良く染み込んでいく……。
「こんな残酷な世界を作った張本人のデイル・アステイン・グロウを、1発ぶん殴ってくれないかしら?」
「お安い御用で。全力で殴ってくるよ」
リアは笑って了承する。リア自身もぶん殴らなければ気が済まない。
そうして……夢は崩壊していく。部屋は消え去り、暗闇の中俺とリリスだけが漂っている。いや、リリスの足が下の方から、光の粒子になって消え始めていた。
「さようなら、リア。ふふっ、貴方とエッチができなかったのは残念だけれど、貴方自身が『望んでいなかった』のだから仕方ないわよね」
「……ごめん」
「ふふっ」
彼女が嫌がる線を越えて来なかった理由は、望んでいないから。
夢の住人は、夢の主人が望んでいない事は決して出来ない。けれど、それでも一時的に、人として存在した以上は、思い出を残したかったのだろう。
最も大きく記憶に残る行為の中でも、性による交わりというものはインパクトが大きい。記憶というのは、覚える時のインパクトによって、深く深く刻み付けられてしまう。だから、彼女はそういった行為をしたかった理由も……忘れられたく無かったからなのだと察してしまう。
「じゃあな。短い出会いだったけど、俺は決して、リリス……君の事は忘れない」
だからこそ、この台詞だけは伝えておかなくては。
夢から覚める感覚を受けながら、リリスに力強く宣言した。
そして、引き上げられるような急速な覚醒感が体を襲う。抗う事のできない感覚の中で、最後に見たのは、涙を浮かべながらとても儚く、美しい笑顔を浮かべるリリスの姿だった。
………………
「起きたのかのぅ」
目が覚めて早々に、デイルの声が聞こえてきた。俺は殴る為に拳に力を入れて立ち上がる。そんな自分を咎める事無く、そして動く事もなく、デイルは椅子に座り続ける。
「……わしは、決してその本をお主に見せた事を後悔してはおらぬよ。答えを得るには、そしてお主が前へ進むのに必要だと考えたからこそじゃ。元は、リリスは『性欲』なんてしょうもない理由から生まれた《本》の世界のだけにしか存在せぬ者じゃ。けれど、本質の裏を返せば、自分を見直す為の相談者となる存在じゃった。何故なら、言い換えれば『もう1人の自分』なのじゃから」
罪を独白するように……デイルは呟く。どうやら見ていた夢……いや、リリスとの触れ合いや、会話の内容を知っているようだ。
それもそうか、あの世界の元となった創造者なのだから、他人の夢の景色を見るなんて簡単な事なのだろう。
きっと、浅はかで、深い理由も無くデイルはこの本を見せたのだろう。けれど、どうやら真剣に反省してるように見える。
「だが、それでも俺はあんたを殴らなきゃいけない」
「ふぉふぉ、死なない程度に頼むぞい」
拳に力と魔力を巡らせる。拳から溢れる魔力の光は、温かな白銀の色を纏っていた。
………………
「だ、大丈夫です? というか一体何が?」
デイルをぶっ飛ばし赤く頰の腫れたデイル。彼とリアのやりとりを見ていたルナは説明を求める。
さて、どうしたものか。
そうして答えに詰まったリアとデイルは、苦笑いを浮かべながら、揃って同じ事を言うのだ。
「「けじめだ」」
「はい?」
ルナは意味が分からないといった様子だが、俺は話すつもりは無かった。そんな2人に、ルナはそれ以上問う事も無く……。
「まぁ、いいですけど。お昼ですよお二人共。冷めるので早く戻って下さい!!」
ルナに促され、リアとデイルは氷の椅子から腰を上げた。
少し、少しだけ後味が悪く、気分は最悪だが……リリスとの出会いに後悔はない。寧ろ出会えて良かった。
一期一会、決してもう出会う事はできないが、彼女からは人として大切な『誰かを守りたい』と思う、そんな心を教えてもらった気がするから。
……そしてきっと自分は、昼食の後はまた、魔法の修行に明け暮れるのだろう。この先訪れるかもしれない危機に対して、対抗する為の力を得る為に。
…………
と、スッキリ終わらないのが運命らしい。
昼食を終え、夕刻まで《門》を繋ぐ修行と、新たに『結界で形作られた《籠手》に、境界に関する概念を付与できるか?』の実験をしていた。上にある実験は夢の世界で得た感覚から、《境界線の剣》にある『境界を切る=全てを斬り伏せる』効果と、似た効果が付与できると考えたからである。が、勿論籠手でモノや魔法を『切る』事は不可能。
ここで、ふと考えた。『切る』のではなく、『砕く』もしくは『壊す』といった概念を付与できないかと。
今すぐに成功、とはいかなかった。だが、これらの概念を意識して籠手を纏うと、微妙に威力が上がったり、不可思議に地面や岩が砕けた事から、決して間違った方向には向かっていない筈。
そんな訳で、時間は直ぐに過ぎ去って、夕飯を終え自室に戻ろうとした時だった。
ギルグリアが突然、側に詰め寄り、覆いかぶさるように壁ドンをしてきたのだ。
「……」
「……」
睨むリア。愛おしいものを見るような気色の悪い目で眺めるギルグリア。
無言の時間が数秒過ぎ、そして先にギルグリアが口を開いた。
「リア、我はお主を愛している」
「告白されても俺の答えは変わんねぇぞギルグリア。お断りします」
「……む、カルミアの奴……話が違うではないか。こうなれば最終手段」
「……あ?」
何やらボソボソと独り言を言ったかと思えば、突然奴は俺の顎を片手で持ち上げてきた。
「おい、何をす……っ」
苛ついてギルグリアの手を振り払おうとしたのだが……体の動きが鈍い事に気がついた。そして、魔力の流れからギルグリアの背後に黄色い魔法陣が回転しているのが見える。
(し、痺れている。麻痺かなんかか? 油断したか。明確な危害じゃなきゃ《契約》は発動しない……いや、麻痺は危害だろうに。こいつ、何か抜け穴を見つけやがったな。が、これは間違いなく魔法。なら対処するまで!!)
即座に推論を重ね、リアは魔力を纏い《解呪》《結界の籠手》《身体強化》を瞬時にかけてギルグリアをぶん殴ろうとした。けれど、やるのが遅かった。ギルグリアを殴ろうという思考になる前に、なぜギルグリアが壁ドンなんぞをしてきたのか、それを考えるべきだったのだ。
すっと顎を持ち上げられた。そして次の瞬間には
「……は? ちょ、おま、むぐっ!?」
瞬きする暇も無く……ギルグリアの口が、俺の唇を啄んだ。それはまごう事なきキス。このドラゴンに、無理矢理キスをされている。
この瞬間、リアの中で何かがキレた。否、リアは気がついていないが、キレた何かは明白。
我慢と怒りの容量だ。もし、この感情に器があるとすれば、容器が破損する勢いで、リアはブチ切れた。
か弱い女の子なら、ここで悲鳴をあげるか泣いてしまうだろう。突然、見た目高齢のストーカーにファーストキスを奪われたのだから。
しかし、リアは違った。リアはキスをされた瞬間、こう考えたのだ。「よし、こいつをブチのめそう」と。
シンプルな怒りは、時として驚く程の力を発揮するものである。
拳に荒々しい魔力の畝りが巡る。荒い魔力は拳や腕から溢れ出し、暴走したかのように銀色の光を迸らせて、ギラギラと研いだ刃物のように煌めく。
そして、リアは右拳を振り抜いた。リアの拳はギルグリアの腹部を的確に捉え、拳かぶつかると刹那、轟音と衝撃が廊下を駆け抜けた。
家の壁を突き破って吹き飛んでいくギルグリア。彼は月明かりに照らされながら、地面をバウンドしつつ転がっていく。リアはそれを無表情に眺めてから、トドメを刺さんと、壊れた壁の穴へ向かうのだった。




