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コネ


 1階から母の「ご飯できたよ〜」と声が聞こえたので、リアとルナは共に階段を降りてリビングに向かう。


 そして、リビングの扉を開くと同時にデミグラスソースの芳醇な香りが鼻をくすぐった。

 台所前にある長方形のダイニングテーブルの方に目を向けると、ふっくらとしたハンバーグが乗った皿が4つ置いてある。付け合わせにポテトと人参が添えられていて、彩りも豊かで食欲をそそられた。

 他にはサラダにコンソメスープと白米が乗った皿が置かれており、口の中に唾液が溢れてくる。


「わぁ……」


 ルナはそれを見ると、満面の笑みを浮かべた。ハンバーグはルナの大好物だから嬉しいのだろう。

 帰ってくると分かっていたからこそ、母は「おかえり」の意味も込めてハンバーグにしたのだと思った。


「ほれほれ、早く座りな〜」


 先に席に座っていた母に促され、それぞれ席に着く。

 久しぶりの一家団欒だ。自然と笑みが零れてくる。

 だけど一人邪魔な奴がいた。


「なんでいるんですか師匠。邪魔ですよ?」


「流石に邪魔はないじゃろ、悲しすぎて心臓が止まりそうじゃよリア………」


「そのまま止まってくれるとありがたいです」


「弟子が冷たすぎてビクンビクンしてしまうのぅ」


 もう本当に息の根止めてやろうかとリアが拳を握りしめると、その拳をルナが両手で包み込んだ。


「まぁまぁ、デイル様も悪気があってやってる訳じゃないんですから、落ち着いてお姉様」

「どう見ても悪気しかないだろ……」


 でも、ルナにそう言われては仕方ない。リアは渋々握りしめていた拳を解いた。それを見ていた母、ノルンは「ふふっ」と笑いながらルナの言葉に続けて口を開く。


「我慢も大事よ、リアちゃん。それに今ここでデイル様を殺っちゃうと金づr……生活費に困ってしまうわ〜」


「ノルンさんや。今金づるって言おうとせんかったか?」


「気のせいです〜。さぁ、冷めないうちに食べましょ〜」


 ノルンが手を合わすのを合図に、全員が手を合わせ「いただきます」と言い食事を開始する。

 ルナは箸で器用にハンバーグを切り分けながら口に運んでいた。

 それを傍目で見ながら、自身のハンバーグを切り分け口に運ぶ。

 溢れ出る肉汁に、牛肉の旨味。それから程よく効いた黒胡椒の香りと濃厚なデミグラスソースの味が口の中に広がっていく。


 自分も料理はする方だけど、まだまだ母には届きそうにないなと思いながら、肉の旨味を味わう。


「うん、美味い」


 リアが呟くと同時にルナも


「美味しいです!! お母様、ありがとうございます!」


 と言い幸せそうに微笑んだ。


「ありがと〜そう言ってもらえると作った甲斐があったわ〜」


 ノルンはその賞賛に素直に喜んでいるようで、いつも以上にニコニコとしていた。


 こうして、団欒のひと時が過ぎてゆく。


………


 全員が食べ終わるのを確認すると、ノルンはコーヒーの入ったカップを3人の前に置いてからお皿を洗いに台所へと引っ込んでいった。


 リアとルナがコーヒーを飲みながら食後の余韻を楽しんでいると、前に座る師匠が口を開いた。


「我が弟子よ。お主に少しばかり話がある」


「なんすか」


「学校の事じゃよ」


「あぁ……」


 それを聞いて気分が落ちた。

 もう今年は通う事のできない学校か、と。

 流石に、男として試験を受けたのに女の子になりましたと言って入学なんてできないだろう。間違いなく無理だと止められるし、まず信じてももらえるかも怪しい。

 そういった推測から今年入学する事は諦めていたが、やはり「努力したのに」という気持ちが胸に強く木霊する。どうも、諦めたはずなのに諦め切れていないようだ。


「で、なんすか?」


 リアはまるで親の仇を見るような目を向けながら、棘のある言い方で問い返す。デイルは真摯にその視線を受け止めながら、コーヒーを一口飲んでから口を開いた。


「そう睨まんでほしいのじゃ。これは一応朗報だからの。言っておらんかったかもしれんが、わしはグレイダーツ魔法学校の校長であるハルク・グレイダーツと唯一無二の親友でな。お主が寝ておった間にちと、連絡を取って便宜を図ってもらったのじゃよ。結果はOKじゃ。だから、グレイダーツ魔法学校には入学できるぞ、リアよ」


 入学できるという言葉に反応してばっと顔をあげると、デイルの顔を凝視する。彼の表情は今、優しく孫を見守るお爺ちゃんのようであった。


「師匠、それ本当か?」


 信じられないといった顔で聞き返すと、デイルは小さく首を縦に振った。


「本当じゃ。それに、どの道何があろうと、お主を学校には通わせるつもりであった。なんせわしの自慢の弟子じゃからのぅ」


 ふぉふぉふぉとデイルは朗らかに笑う。そんなデイルに、リアはぶっきらぼうに返した。


「……礼は言いませんよ」


「分かっておる。《性転換魔法》をかけたのはわしじゃ。このくらいして当然の事よ。あと、明日グレイダーツから女子用じゃが、ルナちゃんと同じ制服が送られてくるはずじゃよ」


 本当に。本当に通えるのか。


 良かった……。

 努力は無駄にならなかった。そう、心の中で感極まった。


 実のところ、女になってしまった事よりも、学校に行けないという事実の方が辛かった。

 それにもう1年も出遅れているのに、来年17歳になってからでは色々と遅い。


 悩みと苦悩の種が消えた事で幾分か心が楽になり、精神に余裕ができるのを感じる。


 にしても、だ。

 (グレイダーツ校の校長と友達とか……いやはや、やはりデイルという人の繋がりや縁は凄いな)と素直に思った。

 あと、性転換の話信じてくれたのがにわかには信じられない……が、よくよく考えれば師匠は歴史的大英雄の大賢者様だし、発言力があるのだろうか? それとも、グレイダーツという人物は《性転換魔法》を知っている可能性もある。どちらにせよ、別段気にすることでもないかと思考を戻し、純粋に喜ぶ事にした。


 嬉しさからやける口元を抑えていると、横からルナが抱きついてくる。


「よかったです、お姉様。これで今年度から一緒に通えますね!」


「ようやくな」


 リアは心から笑みを浮かべると、優しくルナの頭を撫でるのだった。


…………


 そうなれば、少しばかり困った事になった。

 入学すれば自身も寮暮らしとなるわけで。


 何が言いたいかと言うと、持っていく下着がない。


 認めるのは大変不服ではあるが、自分の体は女になったのだ。

 必要なもの……そう、特に下着などが、今着ているこの一着しかないわけで。まぁ、下は別にトランクスでもいいがブラがないのは辛い。行動の一つ一つに反応して揺れるのは鬱陶しくて仕方ないから。なにより、大きさのせいで着けずに運動するとちょっと痛い。


 あと、下着の問題だけではない。

 男用の私服に関しても、リアはあまり持っていなかった。

 ここ2年間師匠から魔法を学ぶのに必死で、私服はジャージくらいしか持っていないのだ。

 でも、別に学校では制服しか着ないのだし、ジャージだけでいいんじゃないかなとも思う。自分的にはジャージのデザインって割と好きだ。人はダサいというが、あれほど洗練された無駄の無い服は無いとリアは思っている。


 しかし、それをルナに言うと「せっかくこんなにも可愛いのに、ジャージしか着ないなんて勿体無いですお姉様!」

 と、力説されて軽く引いた。


 リアは「じゃあどんな服が良いと思う?」と聞き返すと「私の服を貸すので、明日、一緒に買い物に行きましょう!」と言われ、リアは別に断る理由もなく承諾。

 下着に関しては一人で買える気がしなかった。なので、ルナが一緒に買いに行ってくれるのはとても助かる。


 こうして明日、数ヶ月ぶりにルナと2人で出かける事になった。


(……って、あ。ルナの服って女物じゃないか。ミスった、ルナの服を着る事を自分からOKしてしまった)




 ………その後、暫くルナと雑談をしていたのだが、ふと台所に視線を向けると、母さんが黒くテカっていて胸元がぱっくり開いたエロいボンテージ衣装を持ってこちらを見ていたのが見えた。

 たらりと冷たい汗が頰を伝う。

 できるだけ視線を合わせないようにしつつ、リアはルナと共にリビングを後にした。


 隣を歩くルナは、部屋に着くまで視線を合わせないように目を逸らしていた。

…………


 夜の10時。


 日課となっている、座禅を組み魔力を素早く循環させる修行をやり終え、早めに寝ようとベッドに入ったのと同時に部屋の扉が開かれた。


 開けたのはもちろん妹のルナだ。

 ピンク色のネグリジェを着たルナは、部屋に入ると即座に扉を閉める。

 両手には枕を抱いていて、開口一番にこう言った。


「お姉様、久しぶりに一緒に寝ましょう」


 ルナの発言に面食らいながら、リアは口を開く。


「久しぶりって言うが何年も前の事だし、一緒に寝るってなぁ、ルナ。俺達もう16と15歳だぞ?流石に恥ずかしいだろ」


 その返事を聞いたルナは、枕をギュッと抱きしめながら言った。


「恥ずかしくありません。それに、お姉様と添い寝したいのです!!」


 添い寝したいのですって、本当に添い寝だけで済むのだろうか。

 夕方の時みたいに暴走しだしたら……流石に妹とはいえ距離を置いてしまうかもしれない。そんなリアの考えを読み取ったのか、誤解を解くようにルナは弁明する。


「もう!! お姉様が嫌がるような事はしませんってば!!」


 少し頬を膨らませたルナが断言した。リアはそんな表情も可愛らしいなと思いながら、苦笑を浮かべる。


「勝手に心読まないでほしいんだが」


 頬を指で掻きながら言うと、ルナは「お兄様の時もそうでしたけど、表情が分かりやすいんですよ」と言い返された。


(そうか……ポーカーフェイスには自信があったがそんなに分かりやすいのか俺)


 まぁ、それは置いておいて、添い寝に関しては別に強く断る理由もない。

 ぶっちゃけ男の時であれば間違いなく断っていた。これでも思春期の男子だ。たとえ妹であれ、ムラムラとしてしまうかもしれないし、そうなったら全力で死にたくなる事は明白である。


 けど、今は残念な事に女の子。何をしようと間違いが起きる事はないだろう。ルナが何かしない限りは。


「別に一緒に寝るのはいいぞ。ほれほれ」


 自身の体を壁際に追いやり、ベッドの空いたスペースをポンポンと叩く。


 ルナは「やった!」と小さくガッツポーズをしてから隣に枕を置き、猫のように布団に潜り込んできた。こういう仕草は、あざとくて可愛いとリアは微笑む。

 ルナが入り込むのを見てから掛け布団を肩まで上げて、ヘッドボードにおいておいたリモコンで部屋の電気を消す。

 電気の消えた部屋は、月明かりに照らされてお互いの顔がぼんやりとしか見えない程度に薄暗い。


 暗闇の中、隣に意識を向けた。

 ルナの体温を横から感じる。

 暖かく、とても落ち着く温度だ。


「ねぇ、お兄様」


 急に”お兄様”と呼んだルナの声に、憂いのような感情を感じたが気のせいだろうか。


「なんだ?」


 そう問い返すと、ルナは言葉を続けた。


「お兄様は、例え女になっても私のお兄様でいてくれますよね?」


 言葉の意味が分からず、とりあえず頭に浮かんだ言葉を口にする。


「俺は、例え女になっても、ずっとお前のお兄ちゃんだよ」


 くさいセリフがスルリと出たが、今の雰囲気ではこれが正解のような気がした。暗闇のせいで表情が見えないが、ルナは微笑んだのだろう。クスクスと笑う声が聞こえた。


「はい、そうですよね。ごめんなさい、変な事聞きました」


「よく分からんが……納得してくれたのなら結構」


「ふふっ、それではおやすみなさい、”お姉様”」


「できればお兄ちゃんって呼んでほしいんだけどなぁ」


 苦笑を浮かべながら、なんだかんだいつも通りに接してくれていた妹に、リアは心が救われていたのかもしれないと思う。


 リアは目を閉じて、暗闇に身を任せた。


 今日1日、いろんな事がありすぎた。


 でも、今は振り返らないでおこう。


 今日は、少しいい夢が見れそうだから……。


………


 と思っていたら、先に寝たらしいルナに抱き枕にされた。

 髪から香るシャンプーの甘い柑橘系の匂いが鼻を通りすぎ、女の子特有の体の柔らかさを至る所で感じる。


 まぁ……百歩譲って抱き枕にされるのはいいんだ。なんか薄々そんな気がしてたし。


 でも、寝ているのだから無意識だとは思うのが、少しずつジャージの下に手を入れるのやめてほしい。

 あと吐息が首筋に当たってくすぐったいし。

 これは寝るのに時間がかかりそうだ。


 結局、1時間ほど経ってから、リアは意識は闇の中に落ちていく。この時ばかりは精神が女の方へと引っ張られていなければ、絶対に寝付けなかったなと思った。

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