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目覚めて、1日が始まる②

「何やってんだ?」


 かまくらで寛ぐデイルに、リアは開口一番で何をしているのか聞いた。すると、デイルは氷のテーブル上に用意された湯呑みを持ち上げ、茶を啜ってから優雅に応じる。


「暑いのは嫌いでのぅ。だからと言って、クーラーの効いたリビングには獣臭い彼奴がおるから、どうにも居座る気にはならん」


 表情は柔らかいが、言葉の節に棘があった。どうも珍しく苛々としているようだ。ところで彼奴って……と思ったところで、ギルグリアの事かと察した。察した事でなんとなくデイルの気持ちが伝わってきて……たぶん苛立ちを晴らす為に、こんな白銀の雪景色を作り出したのだろうと思った。


「そんなに嫌いなのか。分からんでもないけどさ」


 自分もギルグリアは嫌いだ。一緒に居ると、いつ犯されるか分かったものではないから。もちろん性的に、という意味で。

 今はデイルとの決闘、それによる《制約》に縛られているから何もしてこないが、自室以外では落ち着かないのだ。折角の実家だというのに。ほんと、さっさとお帰り願いたい。


 デイルはリアのため息混じりの呟きに、小さく「ふぉふぉ、まぁリアの想像で、多分当たっておるぞい」と肯定しながら、その次に「さて」と話を切り出した。


「庭に来たという事は今日も修行かのぅ? よく頑張るわい」


 朗らかにそう言って外に出ようと腰を浮かしたデイルを、リアは手で制止しながら待ったをかける。


「修行の前に見て欲しい物がある」


 氷のテーブルに、本を置いた。コトリと硬質な音を立てて置かれた本を、デイルは興味深げに見やる。


「……これは?」

「実は……」


 リアは昨夜の夢……のような、西洋甲冑との戦闘の事を説明した。リアルな本の景色の事、匂いや戦闘で負った傷の痛みは間違いなく本物であった事。しかし、朝起きた時はまるで夢を見ていたかのような、そんな気分だったことも事細かに、そして鮮明に説明する。

 説明を大方聞き終えたデイルは、本を手に取りパラパラとページを捲った。


「成る程、しかし、うーむ。これはどこから見ても普通の本、じゃのぅ……むっ?」


 デイルは本の背表紙の端っこの方に、何やら文字が刻まれているのを見つける。気になったデイルはポケットから小さなルーペを取り出して、その文字を読み取っていく。


「R.R.R.D.T……?」


 作者のペンネームではなさそうだ。となると、何かの暗号だろうか? そうデイルは考えたが、記憶に該当する項目は無かった。魔法の痕跡も感じられない為に、本当にただの文字である。意味はあるのだろうか? あるに決まっているとは考えたが、やはり幾ら考えた所で正解は辿り着かない。


 そして、デイルが何かに気がついた事を察したリアも、彼の隣からルーペを覗き文字を確認する。印された五文字のローマ字に、リアも首を傾げながら「なんぞこれ」と呟き、頭に浮かんだ可能性を口にする。


「……真っ先に思いつくとしたら、作者の名前かな?」

「いや、それにしてはイニシャルがおかしいじゃろうて……」


 1文字離れて区切ってあり、尚且つ5文字。ペンネームの可能性もあるが、この本の作者の名前ではないだろうとデイルは思って、リアの言葉を否定した。まぁ、明確な確信があっての否定ではなかったが。そんな彼に、リアは少し息を吐きながら、ポリポリと首の後ろを掻いた。


「結局、師匠はその本に何かあると思う?」


 脱線していた話を修正して、リアは再度デイルへと問う。リアの問いに、デイルは応えるのが難しい様子で眉根を寄せ、髭を数度撫でる。


「分からぬの。少なくともこの本には何の痕跡も残っておらぬ。だが、話を聞けば全くの無関係でもないじゃろう。かと言って『本の世界を体験する魔法』……ん?」


 そこでふと、デイルは首をひねり言葉を詰まらせた。そして暫し考え込んだ後、思いついたのか、「そういえば、心当たりが全く無くは……」と濁らせつつ言った。リアはデイルの呟きに、即座に反応して問う。



「え? あんの?」


 さっきの様子からデイルも知らないのではと思っていたが、どうも心当たりがあるらしいとリアは思った。

 が、問いかけてもデイルは言い渋るように、くぐもった唸り声を上げるだけであった。


「……師匠。あるなら教えて欲しいんだけど」

「むぅ……じゃがのぅ。これを説明したら、リアに失望される気がしてのぅ……なかなか勇気が」

「……?」


 失望? 一体何の話をしているんだ?

 本について説明する事に対して、何か後ろめたい事でもあるのだろうか。しかし、後ろめたい事なら失望と言うよりは幻滅の方が合っている。ならば、違うか? 言葉の綾かもしれないけど。


 ……ふーむ、分からん。だが、この機を逃せばもう聞けない気がする。そう思ったリアは口八丁に言葉を並べた。


「師匠、頼む。困っているんだ。教えてくれ!! それにさ、失望云々って師匠は言うけど、もう色んな意味で遅いと思わない? これ以上俺の信頼は下がらないぜ? 最低値だからな!!」

「グッハァッ!!」


 胸に手を当て、吐血する勢いで息を吐くデイル。心なしか顔が青ざめた気がする。リアは確かに酷い事を言った自覚はあった。だが、不思議な事に思ったより心は痛まなかった。


 そうして真顔でお願いするリアへ、疲れたようにゲッソリと頰を痩せこけさせデイルはゆっくり口を開いた。


「分かった、分かった。仕方ないのぅ……ならば暫し、わしの昔話に付き合ってもらうぞぃ」


 観念したと言わんばかりに吹っ切れた口調で、デイルは座布団の敷かれた氷の椅子を作ると、リアに座るよう促す。

 促されるままリアが椅子に座ると同時に、デイルはポツリポツリと話し始めた。


「アレは若かりし頃の話じゃ。今はどこで何をしているのか分からんが、とある友人達と合作で作り上げた魔法があってのう」

「ほぅ、合作」


 リアは思った。腐っても大賢者の称号を持つ魔法使いだ。若かりし頃でも、ずば抜けた才能を持つ魔法使いだった事は容易に想像できる。そんな彼が友人と共同で作った魔法。ワクワクしない訳がなかった。


「ぐっ、そんなキラキラした目でわしを見るな……」


 が、デイルの内心は全くの逆である。今から説明するのが億劫で仕方ない。


 ……何故なら、今から説明する心当たりのある魔法は、人間の三大欲求の一つである……青春時代の『性欲』を全てぶち込んで作った魔法だからだ。人は誰しも性癖があると思うが、それを他人に説明できる人間がはたしてどれ程いるだろうか。ましてや自身の弟子だ。これ以上、自分の師匠としての評価が地に堕ちるのは避けねば……そんな気持ちでいっぱいだった。


 と、その時である。デイルはふと、(まてよ、リアならば共感を得られるのでは……?)と考えた。性別が変化したとはいえ、彼女の心は思春期の男子と同じ。ならば、彼女の男としての本能に訴えかければ引かれないのではないだろうか?


 そう考えれば、説明する事に対しての恥じらいが消し飛んだ気がした。


「ふ、ふぉふぉふぉ!! 仕方ないのぅ、教えてあげようぞ。しかと聞くがよぃ!!」

「え、お、おぅ?」


 突然元気になったデイルにビックリするリアへ、間髪入れず口を開く。


「本の世界を体験する魔法は存在する。その魔法の根本となる原理は『明晰夢』をよりリアルに再現し、精神を本の世界と繋げて、構築する魔法!! それならば、リアの言う本の世界とやらを説明できるかもしれん」

「精神を繋げて構築…….? 言うだけなら簡単だけど、それって普通に難しいんじゃ……」


 リアの思い浮かべたものは、アニメや漫画のキャラなどの修行シーンに使われるような、精神だけの世界。そこは時の流れが違ったり、敵と戦ったりする感じの、都合の良い修行の世界だ。実際にそれっぽい夢を体験してきたリアは、デイルの言う魔法が昨夜見た物なのだとしか考えられなかった。そして、それが出来るのなら確かに凄いと思い、彼に対する尊敬の念が少し回復する。


 ここで明確な食い違いが起きているのだが、両者ともそのまま話を進めていく。


「確かに難しいものじゃったわい。だが、わしらは作り上げた。その魔法……『リリス・プロジェクト』をな!!」

「な、なんか凄そう?」


 リリス? 誰かの名前かな?

 呑気に、有名な魔法使いに『リリス』と言う名前の人は居たっけなぁ? と考え込むリア。

 そんな彼女に、デイルは(おぉ、気がついたのじゃな。やはり心は男。興味があるのか)と微笑ましげに見つめた。


 ……そう『性欲』『リリス』と言葉が並べば連想される者は1人だけ。


 それは、男達が一度は夢見る存在である『サキュバス』の事だ。そして、デイルの言う世界とは、サキュバスとあんな事やこんな事を体験できる世界の事。つまるところ、言ってしまえば究極のエロ本を完成させて、エロい夢を見るという、しょーもない理由から生まれた凄い魔法なのである。


(うむ、サキュバスは夢、そして憧れの存在じゃからな。無理もない。よし、ここは……実際に体験させてあげようかの)


 ぶっちゃけリアは全くサキュバスの事なんて考えてはいないのだが、勘違いしているデイルが気がつく訳もなく。


 徐にローブの内ポケットに手を突っ込み、デイルは分厚い単行本サイズの本を取り出した。それを、見開きを開いた状態でテーブルに置いた。勿論、リアはその本に目を向ける。


「これが、『リリス・プロジェクト』にて作り上げた最高の一冊じゃ。本を読む事で、この本に付与された夢の世界と精神を繋ぎ、より現実に近い明晰夢を体験できる」

「……実物があるのか。ってか、出したってことは読めって事?」

「ふぉふぉ、興味はあるのじゃろう? ならば読んで体験してみるといい」

「じゃ、遠慮なく」


 スラスラと、文字に目を通すリア。そこに書かれていたのは……アンケートのような問いの連続である。

『貴方の好みの女性のタイプ。

 貴方の好みの女性の年齢、体型。

 シチュエーションはどういったものか』などだ。もっと沢山あったのだが、今は省く。


 そして律儀にもリアは真面目に、本に対する回答を想像していった。

 が、途中で「あれ、なんか変じゃね? 明らかに関係ないよなこれ?」と気がついた。だが、時既に遅し。


 本が淡く光り、リアを温かな光で包み込む。それはまるで、全身を柔らかな毛布で包まれたかのような感覚。その心地良さに、リアの意識は即座に堕ちていった。


………………


 微睡みから覚めるように、ぼんやりとしながら、ゆっくりと目を開く。

 気がつくと、俺はどことも知らぬ天井を見上げていた。薄暗いが、その材質が木製な事は分かった。それから周りに目を向けると、白い壁に小さな窓が見える。


(何処だ……? 明らかにかまくらじゃあない。……んっ?)


 そして周囲を確認している時に、ふと自分が今ベッドに寝転んでいる事実にも気がつく。妙に背中がふわふわすると思ったら、そういう事だったのかと思いつつ、とりあえず体を起こそうと下半身に目を向けると……綺麗な肌が露わになっていた。それは、服どころか下着も綺麗さっぱり消えているという事で。


 つまり……全裸だ。

 大事なことなのでもう一度言おう、全裸である。恥部丸出しなのである。


「なっ、なぁ!?」


 見知らぬ部屋で突然の全裸。誰も見ていないにしても、人としての倫理観から、羞恥心が湧き上がってくる。

 状況に思考が追いついてこず、絶句しながら上半身を起こす。それから薄いシーツのような掛け布団を引っ張り恥部と胸を覆い隠した。


(……此処が、師匠の言ってた本の世界なのか?)


 そうとしか考えられない現象に、リアは素直に凄いなと、半分浮ついた気分になる。だが、それでも消せないほんの少しの警戒心を持ちながらキョロキョロと視線を右往左往させた。だって、俺は今全裸なんだもの。もし戦闘になったらと考えたら……よし、考えるのはやめようか。


 警戒を保ち、魔法が使えるかどうかを確認していたその時、突如その声は聞こえてきた。ちょうど視角となっていたベッドヘッドの真横、その陰から鈴を転がしたような女性の声でこちらに歓迎の言葉がかけられる。


「うふふっ、いらっしゃい」


 ばっと勢いをつけて声の聞こえた方向へ振り返る。振り返ると、まるで気を計ったかのようなタイミングで月明かりのような光が、部屋の窓から差し込んできた。そしてその光は、女性の姿を浮き上がらせる。


 薄暗い部屋でも分かるくらいの妖艶な美人だった。言葉では説明し尽くせない、人を超えた美貌は脱帽してしまうくらいに。


 あれ? というか、この顔……


「ルナ……?」

「ふふっ、違うわよ、私はルナちゃんじゃないわ」


 女性は俺の呟きを、即座に否定した。


 しかし、彼女の見た目を一言で纏めれば『大人になったルナ』と言えば説明できる、そんな風貌の女性だった。垂れ気味の目元、空色の瞳。俺と同じ濡れたような艶を放つ黒い髪、そのどれもがルナ同じだ。ただし、声は大人びていて、背も高く、モデル並みに括れた腰が目に毒である。また見た目が大人びた事で、ルナにあった『可愛らしさ』が全て『大人っぽさ』に変化したように感じた。

 そんな中、唯一全く違うと言えるのは『縦に長い瞳孔』『背中から見える大きな蝙蝠に似た羽』『長く尖った耳』に、ルナよりも圧倒的に大きい胸である。これらの要素から、彼女がルナかどうか以前に、人ではない存在だと直ぐに気がつく事が出来た。


 それから、彼女が着ているのは、ヒラヒラとした薄い桃色の布地のベビードールである。男の情欲を誘うようにユラユラとベビードールの布が揺れ、その度に際どい部分の肌がチラチラと見えてしまう。

 しかし、恥ずかしがる事なく逆に見せつけるかのような立ち振る舞いは……異様な姿なのもあり、俗に言うサキュバスとしか思えなかった。


 大人の色気と、息が詰まりそうになるくらいのエロスを感じてしまい、俺はなんだかこのまま見続けてはいけない気がして、思わず顔を逸らした。


 女は顔を逸らすリアを見て、口元に弧を描きながら……静かに側まで歩み寄った。それから、ベッド脇に手を置いてリアの顔を覗き込む。未だ顔を背けるリアの両頬を両手で挟み込むように掴み、自分と目を無理矢理合わせてきた。


 音もなく近づいてきて、突然頰を掴み顔の向きを無理矢理変えられたリアは、またも状況についてこれず暫し思考がフリーズした。近くで見れば、その女性の人間離れした美しさが更に際立った。そして固まって動かないリアへ、彼女は見惚れる程に穏やかに、それから艶のある笑みを浮かべ口を開いた。


「こんにちは、リアさん。私は『リリス』。宜しくね?」


 心の中に浸透していくような言葉だ。また、彼女の息なのか、服や髪の匂いなのかは分からないが、ふわりと金木犀のような甘い匂いが鼻を抜ける。

 そして、いきなり行われた自己紹介に、リアは困惑と警戒心でこんがらがる頭にて「こ、こんにちわ?」と平凡な返事を絞り出したのだった。


 が、リリスの放つ、次の一言で、リアの思考はまたも凍りつく事となる。


「じゃあさっそく、エッチしましょうか」

「……は?」


 ニッコリと、まるで当たり前の事を言っている、そんな口調で彼女は言う。

 『エッチをしよう』などと、ど直球すぎる宣言を受け、例え女になっても男としての感性がまだ残っているリアは、顔を真っ赤にしてアワアワと表情を変える。だがそれも仕方ない事だ。リアはこういった事態は未体験の、ウブな娘なのだから。別の言い方をすれば、童貞であり、処女である。だから、慌てる事しかできない。

 そんなリアの反応を彼女は楽しみながら、リリスはベッドに乗り上がると、どこからともなく分厚い鉄製の手錠を取り出して両手首に嵌め込んだ。


 「ガチャリ」と硬質な音を立てて嵌められた鉄の輪にリアは視線を落とす。鎖で両手首を繋ぐ鉄の輪っかは、腕を動かす度に「ジャラジャラ」と金属音を鳴らした。完全に固定されている。そして……どいう訳か『魔力が腕に通らなく』なっていた。


「え?」


 彼女はそんなリアの耳元で囁く。それは体の芯を甘く溶かされてしまいそうな程に、甘美な囁きだった。


「ふふっ、いっぱい、気持ち良くしてあげるわね」


 何を……なんて聞き返すまでもなく察する。

 顔を青ざめさせ怯えるように肩を震わせるリア。


 ……に、逃げられない。

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