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目覚めて、1日が始まる①

「ぁぁぁぁあッ!!」


 夢から覚めたリアは、叫びながら勢い良く上半身を起こす。涙で潤んだ視界は歪んでいるが鮮明に、布団のシーツとタオルケットを映す。

 下を向いていた顔を上げて、周囲を見渡した。目の前に広がるのは見慣れた部屋の景色。それを確認してやっと、安堵と共に恐怖が再び湧いてきた。


 じっとりと肌が汗ばむ。高鳴る心臓の鼓動に、坂道を全力疾走したかのような激しい息切れ、寒くはないのにカチカチと震える歯、ぶわりと粟立つ肌。


 恐慌状態……なのだろうか。

 自室で目覚めた。それを分かってはいても……想起してしまう景色、西洋甲冑に対する恐怖、そして痛みと共に記憶に染み付いた『死』への恐怖が際限なくリアを駆り立てる。


 と、そこで腹に剣が刺さった事を思い出す。


「はぁ……っ、はぁ……はっ!? け、怪我は!?」


 明らかに、今すぐ治療しなければいけない程の致命傷だった。焦り急いで確認しようと、勢い良くネグリジェを脱ぎ去り、おそらく剣が刺さったであろう腹を見る。


 しかし……鳥肌が立っている事を除き、肌は健康そのものであった。怪我どころかシミひとつ無い、張りと艶のある健康的な白い肌が其処にはある。怪我どころか、傷跡すら見当たらない。


「傷がない、血も出ていない……」


 剣が刺さったであろう腹部を手で撫でながら、深く息を吐いた。

 どうやら、本の世界の傷は全部消えているようだ。そして傷口を確認した事で、今度は心の奥底から安堵したのを感じる。そうか、さっきから震えていたのは、死の恐怖がまだ近くにあったからか。


 無意識に震えていた事に心中で苦笑いを浮かべつつも、胸に手を置き、静かに呟いた。


「良かった……生きてる」


 生きてる、そんな当たり前だと考えていた事にここまで感謝する日が来ようとは。


「生きてる……っ」


 身体の力を抜いて、生への実感を噛み締める。渦巻いていた感情が溢れ出した。

 気がつけば、目から涙が零れ落ちていた。恐怖と安堵、それ以外にもいろんな感情が心の中で溢れて、意識に反して涙は止まらない。情けない、だが仕方ないだろう。命の危機など、生きてる限り早々逢うものではないのだから。


 リアは数分の間、涙を流した。そして涙を流した事で幾分か精神に余裕ができ、ティッシュで拭き取り鼻をかみながら、暫し思考の海に没入する。


 ……あの戦いの痛みや、綺麗な夕焼けの空は、全て夢だったのだろうか?


 そんなことはない。あれ程リアルな景色、感触、匂いは全て本物だった。


 ならば、やっぱり本の世界だったのだろうか?

 ……どうにも、それも違う気がしてならない。何か、圧倒的な違和感。作られたファンタジーの世界に引きずり込まれたにしては……リアル過ぎた。そう、違和感だ。何か人為的な意図があり『試されていたような』、そんな気分だ。試すとは魔法使いとしての実力、それから恐怖を植え付けた後で立ち直れるかどうか、みたいな感じである。


 あくまで直感でしか無いが。


「……試される、ね。ははっ、誰がどうして俺を試すんだって話だけどな。それとも、ここ最近のアレコレと何か関係があったりするのか?」


 ここ最近、なにかと不可解な事が多かったように思う。それと関係がある気がしてならない。


 ちらりと枕元に視線を這わせる。そこには寝る前に読んでいた本が、閉じた状態で置かれている。もちろん閉じた記憶は無い。俺は即、手を伸ばしてページを捲ってみたり、魔法陣かそれに付随する何かが施されていないか探してみたりしたのだが……どこをどう見ても何のの変哲も無い、普通の古本だった。


 しかし、あの夢と無関係ではないだろう。あの風景はリアが空想した世界そのものだった。

 あの世界を『本の世界だ』と仮定した理由は、空想の世界と似ていたからだ。ならば、その空想とは全く異なる異物は何か。


 考えるまでもなく、あの西洋甲冑だと思った。アレは本の物語に出てくる西洋甲冑の魔物を模してはいたが、動きは人のものであり……。


「まるで、対俺用に作られた魔物みたいだな」


 《結界魔法》を切るという技術、いや剣技かもしれないが、そこのところが不可解だ。物語に出てくる西洋甲冑は剣しか使えなかったが、戦った西洋甲冑は間違いなく何らかの魔法を使っていた筈。


 しかし、幾ら思考した所で、違和感の正体は分かっても、ならば何故自分なのかといった根本的な理由が皆目見当がつかない。


「……後で、本と夢の事を師匠に話しておくか」


 この時のリアの思考、その中にある違和感に対する直感は決して外れてはおらず、ある意味で、彼女の魔法使いとしての直感が優れている事を指し示していた。


 けれど、肝心な所でリアは気がつかない。直感が生きる場面は、危険を『危険だ』と、事が起こる前から判断できる『力』なのだと。そしてこの直感は、死の恐怖に面したからこそ芽生えた力であると。


 ……死の恐怖を乗り越えて、精神的に少し強くなっていた事を、彼女はまだ気がつかない。


……………


 気持ちを切り替えようと、本を机の引き出しに仕舞ってから、時計を見る。時刻は朝の7時前だ。俺はベッドから抜け出し、軽いストレッチを始めた。それから暫く床に座して、瞑想する。


 が、どうにも本の世界での光景がフラッシュバックして、瞑想に集中できない。


 もうそろそろ、辞めにしようかと考えていたその時だった。部屋の扉がガチャっと音を立てる。


「お姉様〜、起きてますか?」

「起きてるぞー……」


 ヒョコッとドアから顔を除き込みルナが言う。俺は起きてるよと、片手を左右に振り……突然、ある衝動のような感情に襲われた。


 言葉にし難いのだが、なんというか異常な程に『抱きしめたい衝動』が頭の中を巡る。

 あぁ、そういえば……本の世界で気を失う前に、ルナの笑顔を思い浮かべたんだったっけ。


 それを思い出したせいか、途端に愛しさが増し増しになり、反射的に手を伸ばしながらルナの元に向かう。ルナはリアの行動の意味が分からずに、その場で立ち尽くしていた。


 そして、リアはルナをギュッと抱きしめる。


「はぅ!? あ、あの、お姉様!?」


 大事な妹。だからこそ、リアはこのどうしようもない気持ちを抑える事なく、抱きしめる力をほんの少し強めた。

 密着した事で、彼女の温もりと心臓の鼓動が、生きていると伝えてくれる。


「ルナ……怪我とかしたら、すぐ言えよ」

「ひゃっ、ひゃい!」


 伝えたい事を伝えてルナから離れる。ルナは今もなお困惑顔だが、リアの真剣な眼差しに頬を赤くしながらもコクコクと頷いた。


 リアはルナの様子を見て、柔らかく笑顔を浮かべながら言った。


「えっと、俺は先に行ってるぜ?」


 立ち尽くし固まっている彼女に一言残し、リアはリビングに向けて階段を降りる。たぶん、朝ごはんが出来たから呼びに来たのだろうと当たりをつけて。


 ……階段を下りながら、さっきルナを突然抱きしめた自分の奇行について、考えていた。

 だが、理由など考えても分からない。これは気持ちの問題だった。ただ、一つ言えるのならば……本の世界で、死に物狂いで戦ったせいなのか、いつもよりも何倍も、ルナが可愛く、そして愛おしく感じたから、とでも言おうか。


 そして、今のリアはもしルナを傷つける者がいたとしたら冷静を保てないだろうな。


 ……リアのいなくなった部屋で、ルナはニヤける顔が抑えきれずに蹲りながら悶絶する。


「い、いきなりは卑怯です……」


 何を心配しての発言だったのかは分からないが、リアのキリッとした表情、それから優しく告げられた自分への気遣いの言葉は、ある意味でとても心に来るものがあったのだ。また、突然抱きしめられ、耳元で囁くように言われたせいでドキドキと心臓が高鳴って止まない。


 その後、ルナの頭が再起動するまでに数分の時間を要したのだった。


……………


 リアは食後の軽いストレッチをした後に例の本を持って、庭へと向かう。


 すると、白銀の雪景色がそこには広がっていた。


「……はぁ?」


 夏の生暖かい風……ではなく、冷気を帯びた湿った風が頬を撫で、ストレッチで火照っていた体を冷やしていく。

 白銀の雪で化粧をした地面は、夏の照りつく太陽の日差しを浴びてダイヤモンドのように煌めいた。眩しい。そして、その中央には大きなかまくらが鎮座しており、中では白髪白髭の老人が蜜柑を頬張っていた。


 老人とは、勿論デイルの事だ。かまくらで蜜柑を食う老人……何気に絵になっていて腹が立つ。そう思いつつリアは雪を踏みしめて、かまくらへと足を進めた。

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