夏休み②
夏休み2日目。早朝に起きた俺は庭に出ると、まず魔力を身体に巡らせるトレーニングと軽いストレッチを始める。それから程なくしてデイルが来たので、何時もの修行を開始した。
と、まぁ修業なんて大層な事を言ってはいるが、やっているのは所謂『確認作業』だ。というのも、女になってからの体幹、筋肉の変化から《境界線の剣》を振る時のブレやズレを確認していた。
デイル……いや、師匠(流石に習う時くらいは敬意を持たなくては)から先に《縮地》についての魔法を習いつつ、実際に剣を打ち合っての鍛錬をする。
《縮地》の魔法は、主に技量で左右される繊細な魔法だ。まず、足の裏に魔力を纏って、滑るように爆発させて急速に加速する。その後は身体から始まり、両手や両腕、そして足全般を使ってブレーキとなる魔力を放出する事で立ち止まる時の衝撃を逃し人体へのダメージを減らしながら、止まるのだ。
この時大事なのが魔力の爆発にて、高速で加速し移動した後の体勢だ。この体勢を瞬時に理解できていないと魔力放出で立ち止まれず衝撃そのまま突っ込む事になる。
そして、大凡の仕組みを教えてもらって即実践。
足の裏へ魔力を纏い、爆ぜさせて急速に加速する。これだけ聞けば簡単そうだが、加速する為の起爆量を見誤れば足を捻挫してしまったり、下手を打てば足が消し飛ぶ。また、ただ単に加速すればいいのではない。速過ぎれば止まる時の難度が跳ね上がり、遅過ぎれば《縮地》を使うまでもなく身体強化で地を蹴った方が速く動ける。
だが、ここは意外と速くに慣れた。まぁ、慣れたと言っても手探りなのに違いはないのだが。
それから、先に書いたように立ち止まる為の魔力放出が特に難しい。速く動ける、つまり人の瞬きの一瞬で数メートルは移動できるようにはなった。しかし、時に止まれず無理な魔力放出で全身を打撲するなんて事もあった。
そこで、《薄結界の外套》という魔法を教えてもらった。《結界魔法》を主に使ってきたおかげか、この魔法自体は意外と簡単に扱えた。結果、打撲や擦り傷は減ったが……やはり、《縮地》に関しては熟練度を上げなければ使えたものではない。
いや、元より今日1日で習得できるなんて甘い考えはしていなかったが。
そんな訳で、剣を打ち合いながら《縮地》の特訓も同時に始める。
俺は向かいに立つデイルに、まず《身体強化》の単純な筋力の加速で肉薄し、横薙ぎに剣を払う。デイルはそれを軽やかな動きで飛び上がり避けた。
俺はそれを好機と《縮地》でデイルの更に上へ瞬時に移動する。空中だと遮るものが無くて地面を移動するよりも、五体を使えるという利点があった。
俺はどうにか魔力放出で体勢を瞬時に整え、回転を加えながら斬りつける。が、デイルは俺の剣の力と同等の力で自身の剣をぶつけて弾く。同時に剣がぶつかった場合に起こるのは、一瞬の硬直だ。弾かれた剣は鋒を上に向けたまま動かず、胴体がガラ空きである。
デイルはそこに、魔力を纏った《境界線の黄金剣》を放つ。
相変わらず、事修行に関しては容赦がねぇなと内心で愚痴りながらも、予備動作が長い大技なおかげで対策を講じる時間は充分にあった。
リアは無理な体勢ながらも、空中に《結界壁》を作り、それを《縮地》で蹴りつけて地面へと移動し回避する。
魔力放出が間に合わず、剣を地面に突き刺して勢いを殺した。そして引き抜くと同時に背後へと気配を感じる。咄嗟にしゃがむと、頭上を金色の軌跡が駆ける。振り抜かれた《境界線の黄金剣》が、向きを変えてこちらを斬りつける前に、リアは《境界線の剣》でデイルの剣の腹を弾くと同時に、《縮地》で数メートル距離を取る。
……今更だけど、ほんと《境界線の剣》って反則レベルの魔法だよなぁ。どんな魔法を斬り伏せる性質上、《結界魔法》の壁なんて役に立ちはしないのだから。
そして、この間に行われた魔法の行使と剣での打ち合いの全ては、たった10秒以下の出来事であったが……。
「ダメだこりゃ」
「そうじゃのう。体幹がブレブレじゃし、やはり女になった事で、わしの教えた『型』の全てが無駄になっておるの」
会話から分かる通り、デイルはリアの剣戟など余裕であしらっていたのだ。
例え真正面から魔法無しの斬り合いであっても、おそらく負けるのはリアの方である。小手先のカウンターなどを踏まえても、最早速さと技量では勝てない。それを自分で理解できていたリアは、深く、深くため息を吐く。
「第一、元々俺には剣なんて向いてないんだよなぁ。確かに上達はしたけどさ。どっちにしろ『達人の域』には至れないのは分かり切ってるし。どうすればいいと思う? なぁ師匠」
「そればっかりは、わしに言われても困るの……。こと戦闘スタイルに関しては、弟子だからとわしの剣術を教えてはきたが、本来ならリア自身が自分で見つけるべきものじゃぞ? お主はわしの弟子じゃが、決してわしと同じにはならんのじゃから」
「おっしゃる通りで。耳が痛い」
正論だ。デイルよりも上手く剣を振う事など、それこそ彼と同じように長年の積み重ねがあってようやく追いつけるもの。まぁ、だからと言ってそんじゃそこらの奴らに負ける気もないが。
だが、負ける気はしなくとも、間違いなく男の時と比べて剣のキレ、重さ、鋭さや、狙う場所の正確さが微妙にズレたりブレたりと、剣技は劣化したと言わざるをえなかった。いや、レイアとの決闘の時点で劣化した事は重々承知はしていたのだが、こう改めて確認した結果、予想よりも劣化を感じさせられた。
筋肉の付き方と骨格が変わるだけでここまで弱体化するなんて思ってもいなかった。それに、1番は胸だ。胸の重みのせいで体幹の精密性が格段に落ちた。これを修正するには、それなりに時間が必要になる。というより、アニメやゲームなんかで巨乳のキャラがよく剣を振るう描写があったりするが、あれよく出来るよなと思う。
空気の抵抗で引っ張られたり重かったり、更にはガードする際に自分の胸を自分の剣で切りそうになる。何より最も厄介なのが、足元が見難いという点だ。修行の際に目以外の、耳や鼻、空気の揺れを感じる為に肌などの感覚を研ぎ澄ませる修行もしていた。だからこそ、見えなくてもそれなりに動けたが、やはり見えるに越した事はない。
まぁ、《境界線の剣》は『自分を切っても傷付かない』為に胸を斬る心配はないが。その点だけは救いだった。
(胸が邪魔すぎる。せめてルナと同じくらいなら良かったのに)
自分の胸に手をあて、そんな事を願っだが、勿論小さくなる訳もなく。諦めて今やるべき事を頭の中でまとめた。
取り敢えず、最も最優先にすべき事は目も含めた感覚の強化と、新たに自分自身の武器を見つける事。感覚が強化できれば、自ずと《縮地》を使う上での安全性も増すし、武器に関しては言わずもがな。
なのだが……厄介な事が一つ。
「《境界線の剣》って、例えば他にどんな武器にできます?」
「少なくとも、わしは『剣』に連なる物しか作った事はない……それに忘れてはおらんじゃろうが、この魔法の垣根となっておるのは『境界線を斬る』という性質じゃし、刃物以外だと構築するのが難しい。魔法の『概念』が変われば、意味のないただの剣にしかならんしの」
分かっている。この魔法は本当に複雑だ。元より『境界線を斬る』などと無茶苦茶で、最高レベルに強い魔法である。その構築の複雑さは、並みの魔法など比較にならない。何より、境界線なんて物は無限にあると言える。それを斬るなど……ある意味でこの世の全てに喧嘩を売れる魔法だ。
そんな魔法の形を変える事は、完成された魔法に手を加えるという事で。それは例えるなら複雑な精密機械や芸術品に自分のアレンジを加えるという事だ。下手に弄れば『概念』が消えて《境界線の剣》自体も使えなくなってしまう。
「考えたところで直ぐに答えが出る問題でもないか。暫くは『剣』を使う事にする」
「それが良かろう。よし、では次の修行じゃが……《結界魔法》の座標指定の特訓でよいか」
「何時もの、ね」
呼吸を整え、目と耳、それから肌と空気の揺れに神経を巡らせる。その時、2つの足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。
「お姉様ー!! デイル様ー!! お茶をお持ちしましたー!!」
ルナが大声で呼びかけてくる。振り返ると走り寄ってくるルナの姿が見えた。その手には丸いお盆が乗せられており、お盆の上にはコップが2つ乗せられている。
リアとデイルは互いに一瞬だけ目線を合わせると、同時に『剣』を魔力に戻した。
「休憩しますか」
「そうじゃの。あ、リアよ。言い忘れておったが、汗でタンクトップが透けておるぞ」
「黙ってりゃいいものを。ナチュラルにセクハラ発言すんな」
運動用に白いタンクトップを着ていたが、布地が薄いせいで確かに透けていた。それを教えてくれるのはまぁいい。いいのだが、もうちょっとオブラートに包むなりして教えてほしいものだ。
こんなんだから、時に尊厳が薄くなる。
リアはタンクトップをパタパタと煽りながら、そよ風と空気操作で冷気を起こして、タンクトップを乾かし、運動で火照った体を冷やすのだった。
………
暑い日に、運動した後に飲む麦茶は格別だと思った。身体に染み渡るというか、胃から感じる冷たさが心地良いというか。
リアはコップに入った麦茶を一息で飲みきり、口の端から垂れた雫を手の甲で拭き取る。
「ありがと、ルナ」
「いえいえ、頑張ってるお姉様の助けになるのなら、私『なんでも』しますよ!」
なんでもの部分を何故か強調して言うルナに首を傾げながら、薄く笑みを浮かべた。
「なら一緒に修行するか?」
なんでもやるって言ってくれたし、今から《門》の魔法について習うつもりだった。ならば、ルナも交えて習った方が、互いに欠点や感覚を教えあえる分、覚えるのが早くなるかもしれない。
そんな思いからの誘いだったのだが……言葉の選択を間違えたのか?
ルナの右頰が、ぷくっと膨らんだ。良くやる『怒っている時のアピール』だが、本気で怒っているわけでは無さそうだ。可愛らしさで溢れていた。
指で膨らんだ頰を突くと、シュッと空気が抜けて萎む。
「ふぅ、仕方ないですね。分かりました、付き合いますよお姉様」
許可は貰ったので、リアとルナは昼飯になるまで《門》の魔法について学ぶ。その後、頭痛を感じるまで頭を酷使する事になるのだが……それは後の話。
…………
《門》……と、今では省略された短い名で呼ばれているらしいが、その本質はとても長いらしく、研究には100年近い歴史があるらしい。
そして昔は《位相幾何学の一端を基礎として、座標位置を繋ぎ、魔法を使用した擬似的空間構造理論に基づいた、空間領域の再現により生じるワームホールの地平面を固定し、次元空間(又は異次元空間)が閉じないようにワームホールを固定する為に『門』を作り、長距離を渡り歩く魔法》と呼ばれ、《門》の呼称が定着するまでは『ワープ』、もしくは『転移魔法』と呼称されていたらしい。
因みに《門》という言葉自体には、魔法的な『呪文』や『詠唱』の意味は無い。
さて、ここで、態々無言で使える魔法なのに《門》と唱える意味はあるのか? と思った事だろう。
まぁ、実のところ無いとは言い切れない。魔法という超常的な力は『概念』という一種のイマジナリー的な要素が絡む以上『言った方がほんの少しでも効果がある』とされているのだ。だから、少年漫画みたく魔法名を言った後で、魔法を発動させる魔法使いが多いという訳で。
まぁ、その話は今は置いておいて話を戻そう。《門》は上記の良く分からん理論から基づいてはいるが、極論で言ってしまえば、未だ空想科学であった『可能性のある研究』を魔法で再現してしまった産物が《門》なのだという。
まぁ、此処まで聞いても正直、理論なんざ説明された所で意味不明……というか構造の理解云々の前に明確な修行法や練習方法などは全く無いらしく、様々な文献を読み次元に穴を開けれるかは個人の技量に依存するのだとか。
次元の穴ってなんだよ。
それに、説明を聞く限り、言って仕舞えばあれか。似通った箇所は多いが、少なくとも全員が同じやり方で《門》を使っている訳ではないと。
意味不明な上に練習方法も無い、その上確立された魔法でもないから魔法陣や詠唱、呪文も存在しない。
どうしろって言うんだ……。
そうして渋い顔をしているリアに、デイルは軽く「ふぉふぉ」と笑いかけた。
「なに、《結界魔法》を使う際に必要な『座標位置を定める』そして『概念の固定』や『空間の固定』という、初歩の初歩は既にできておるのじゃし、そう時間はかからんとわしは思うぞい。あとは、そうじゃのぅ……2つの座標位置を繋げて、ワームホールを作るところから始めてみようかの? なぁに、座標と座標の間の空気中に、新しく空間を作るようなものじゃよ。例えるなら、異次元はトイレットペーパーの芯のような、『何もない空洞』を想像すると良い」
「……簡単に言ってくれやがる」
「しゃーないじゃろー。こればっかりは知識と感覚、そして個人の裁量、技量でしか習得できんのじゃし」
「……重々承知してるけど、もう少し簡潔な言葉で説明してもらえない?」
「難しいじゃなくて、無理なんじゃよ。これが全てじゃ」
語尾にキラッと星の付きそうな言い方で、デイルは無理と断言した。
期待はしていなかったので、さてどうしたものかと考え込んでいると、ルナが俺の肩にもたれかかってきた。
「お姉様、私、頭が痛いです」
「おー、よしよし」
ネタとかじゃなく、割とガチで頭痛を堪えている様子のルナ。そんな彼女の頭を撫でながら俺は思う。
過去の偉人って、凄いんだな、と。それと、レイアがポンポンと《門》を使ってたから簡単な魔法なのかと錯覚していたが、ここまで難しかったのかと知った今、彼女に少なからず尊敬の念を抱いた。特に《武器庫の門》が凄い。あれ、無数の《門》を用いた魔法だっただろうに、易々と扱ってみせたのだから。
そして、凄いと思う気持ちと同時に、ライバル心も芽生え、結果的にやる気が増してくる。
よしっ!! まぁ、習得できるかどうかは別にしても、やれるだけやってみるか。
…………
ギルグリアはリアの自宅のリビングにて、先週買った携帯端末を開いていた。端末の連絡先の欄には『カルミア』と名前が記載され、メールアドレスと電話番号が記載されていた。
ギルグリアはカルミアの連絡先の電話番号を押して、耳に携帯端末を押し当てる。
『はい、なんですか? ギルグリア様』
「カルミアか。ちょっと聞きたいのだが、今よいか?」
『構いませんよ」
「そうか、実は今、リアの実家に泊まっておるのだが」
『なんと、リア様の実家に。ふむ、では聞きたい事とは、どうすれば距離を縮められるか? ですか?』
「よく分かったな。それを聞きたかったのだ!!」
ギルグリアは幾ら頭が人の倫理観から掛け離れているとはいえ、流石にリアから拒絶されている事は嫌でも分かった。
それも、デイルとの決闘により成立した『不干渉』の制約のせいで。
この制約によりデイルに邪魔はされないが、リアへと積極的にアピールする事もできなくなってしまった。リアを害する事はイコールで、デイルの怒りを買うからだ。
しかし、これにより自分を鑑みる良い機会になった。勝利条件がリアと仲良くなる為だった事を考えると、ある意味で皮肉だと思うギルグリア。
そんな事情など知らないカルミアは、下半身で物事を考える。
『難しいですが……リア様は奥手な方だと予想されます。ここは、壁ドンなどをしてみてはどうでしょうか? 壁ドンからの顎クイで、唇を奪うのです』
「壁ドン? 顎クイ? とはなんぞ?」
『ご存知ないのですか? なら、丁寧にご説明致します』
カルミアから説明を受けたギルグリアは、成功のビジョンを思い浮かべる。自分に良いように展開された脳内ビジョンでは、既にリアとキスをし、舌を絡ませるまでに突き抜けていた。
「うむ!! なんだかいける気がしてきたぞ。感謝する、カルミア!!」
『はい、ご成功をお祈りしております。あ、やるならその後の雰囲気次第ではベッドインまで行けるかもしれませんので、夜にやる事をお勧めします』
「分かった。助言、感謝する」
『いえいえ、では私は仕事に戻ります』
通話が切れた携帯端末をローブに仕舞い、ギルグリアは昼飯に呼ばれるまで妄想に耽るのだった。
…………
一応、デイルが《門》を使う際の感覚を教えてもらう。
さっきトイレットペーパーの芯なんて例えをしていたが、意外と分かりやすかった。
まず、座標Aと座標Bがあるとする。今いる地点がAの座標で、Bが目的地だ。そこにトイレットペーパーの芯のように、一種の異次元のような空間のトンネルを繋げる。あっ、次元空間、だったか? まぁどっちでもいいか。
……そんなこんなで色々と考察したりしてはいるが、ぶっちゃけると、ブラックホールとホワイトホールの関係性を想像している。
光すら取り込む超重力のブラックホールは……流石に行き過ぎだろうが、関係的には《門》を使う上では間違った『空想』ではないと考えていた。
それにブラックホールは時間すら歪んでいる。長距離を移動するという行為に『時間』の要素はどうなるのだと考えた結果がこの例えだ。時間すら歪むなら、距離なんてものは意味の無い事。
(……ははっ、やべぇな、自分で何言ってるのか分かんなくなってきた)
ひとまず、思考を切り上げ、出た空想の幾つかをメモ帳にピックアップする。
そして、それらをデイルに話してみたところ。
「ブラックホールとホワイトホールの関係性……か。どうじゃろう? わしとしては、空間を幾重にも『捻って』、向こうの扉を此方へと近づけている、とでも言おうかのぅ? 確かに過去、同じような事を言っていた同級生はいたが……」
デイルの口から出た有力な単語に、リアは即座に反応する。
「捻る?」
「うむ、そうじゃ。捻る事で、空間は不安定になるが、距離は縮まるじゃろう?」
言ってる意味は分かる。だが、結局のところやり方が分からん。
「うー、分かんねぇ」
捻れば近づく。うん、意味不だけど一応頭の片隅に残して……話が進まないから次だ。
そうして、異次元のトンネルを作った後は、入り口、出口を固定する為に『扉』を作る。
これで、長距離を障害物すら無視して渡る《門》の完成だ。
だが、ここで1番の疑問が浮き出た。
「じゃあ、長距離を……座標Bはどうやって指定すれば良いんだ?」
見える位置の座標指定は簡単だけれど、見えない長距離の土地や空間に《座標》を置くのは無理だ。
そんな疑問からの問いに、デイルは3つの仮説? を上げた。
「一つは、場所を知っている事じゃ。この辺の土地で、アレがあって、何丁目、何番地……みたいな風にのう。
二つ目は、地図などから今の座標とここの場所を大凡予想して、適当に繋げる事かのぅ。およそ、何キロメートル先かを予想する感じじゃ。
最後に三つ目じゃが、先に座標Bにマーキング……もとい、魔法陣や魔法文字で座標を予め残しておき、起動させる方法じゃろう」
「成る程ね……つまり、その辺もガバガバ理論って事か」
「ふぉふぉ、そうなるの」
デイルの説明を聞き、携帯端末で調べていた『ワームホール理論』を眺めを考えながら、全身に魔力を巡らせる。
さて、纏めに入ろう。
最初の理論は、座標同時の空間を繋ぎ、異次元空間を高速で移動する事のできる《門》だと考えた。しかし、この理論からいくと間違いなく身体がバラバラになるか、引き裂かれるか、下手をすれば分子レベルで崩壊しそうだ。
次ぎに、今からやる理論。座標同士を繋ぐ『異次元空間』を『捻る』事で、向こうの座標をこっちの座標に近づける。この時、異次元空間を捻って近づけてはいるが、異次元での座標同士の接触であり、現実の空間にはただの扉があるようにしか見えない。
えぇっと、つまり座標と座標の空間を捻る事で、距離という概念が歪み縮まるという訳か?
……リアは痛む頭を片手で抑えながら、「何言ってんだお前」と自分に、今日何度目になるかも分からないツッコミを入れた。
けど、それも仕方ないだろう。考えれば考えるほどに、こんがらがってくるのだから。
「とりあえず、それっぽくやってみるか」
でも、まぁ……ひとまずは考えるよりも、行動に移してみようと思い立ち、とりあえず数メートルでも、異次元の空間を作る所から始めてみる事にした。
異次元の空間って何だよ、とかは考えちゃいけない。いけないんだ。考えるだけ無駄だから。
そして自身の掌に目を向けて、開いて閉じたりを繰り返した後、大きく深呼吸をする。
……魔力の量は充分。技量は何年も培った経験で、それなりだと自負している。
そう自信を持って目で、座標を指定するのだった。
…………
蜃気楼のように歪んで見える景色を眺めながら、リアは思考に耽る。
2時間ほど《門》を作る為にあれやこれやと考えて魔力を扱ってはみたが、結局《門》が繋がる事はなかった。それっぽい重力の歪みのようなものはできたのだが、そこから先には進まなかった。
でも、歪みに手の先を入れると、まるで水面のように揺らぎながら手が沈んだ。『異次元空間』かどうかは分からないが、何らかの空間…….のようなものは出来ていたのかもしれない。……流石に頭を突っ込む勇気は無かった。
そうして、ちょうど昼飯時になっていた時に、アイガが「マスター、お昼ご飯ができました」と呼びに来たので修業を一度中断する。
ちょうど腹も減ってきたし、魔力も少ない。ここらが切り上げる良いタイミングだろう。
そんな訳で、屋内に足を向ける。
ルナとデイルはさっさと先行を行き、俺とアイガは並んでゆっくりと歩く。いや、アイガ自身が俺の歩幅に合わせているようだ。
途中、アイガが俺の顔を覗き込み「マスター。何か、悩んでおられるのですか?」と問うてきたので、今考え、悩んでいる事を掻い摘んで伝えてみた。
すると……。
「申し訳ありませんリア様。私からしても良く分かりません。お力になれず申し訳ありません。ですが……そう難しく考える必要はないのではないでしょうか? 機械の私からすれば、魔法や魔力といった力自体が不思議なものに感じますが……」
雷に打たれたような気分になった。もしくは目から鱗か。
リアは確かに、と、アイガの言葉に同意した。
そして、この《門》という魔法を難しく捉え過ぎていたのかもしれないと思った。
身も蓋も無い話だが、言われてみれば『魔法』や『魔力』って力自体、未だよく分からない代物だ。
「魔法使いのお前が言うな」と言われそうだけど、実際よく分かんない。何もない空間に炎や氷を生み出したり出来るんだから。
魔法の元となる魔力は人が身体に宿したり、自然に発生するエネルギーとされているが、その本質は未だ謎だ。にも関わらず、人は魔力を感じ取れる力があり、今の社会では魔力を使う事は当たり前の事になっている。当たり前の世界が、とても不思議な物に感じた。
それに《門》の魔法に関して、理論がどうのこうのと言っていたが、既に理論なんて木っ端微塵に無視した《境界線の剣》が使えている事を思い出す。『境界線を斬る』なんて事の意味不明さは《門》を構成する様々な理論よりも充分に上回っているではないか。
ならば、出来ない道理はない!!やる気と活気が湧き上がり、出来ると自信が溢れてきた。
しかし、そう意気込んですぐに、体の力を抜いた。
(でも、今日は終わってもいいよね……)
ちょっと……いや、普通に疲れた。体じゃなく頭が。




