1学期 終
普段とは打って変わって静まり返った教室に、シャープペンシルの擦れる音だけが響く。一部、諦めたらしい人を除いた全員が真剣な顔でテスト用紙に解答を書き込んでいく。教室内には一種の緊張感ある雰囲気が充満していた。
リア自身も彼ら同様にテスト用紙の空欄を埋め終えて、確認作業に移行した。正解かどうかはイマイチだけど、それなりに良い出来だと思う。名前の書き忘れも無い。
テストの時間は刻一刻と過ぎ去り、やがて1/Aクラスの担任であるハーディス先生の気怠げな「はい、終わり終わり。後ろから集めろー」の言葉でテストは終了した。言う意味は無いが、あえて言いたい。本日のTシャツには『ここにカンガルーはいねぇよ』の文字がプリントされていた。毎度毎度、この変なTシャツはどこで買ってきているのだろう。謎だ。もしネット通販なんかで買っているのなら、相当の変人だ。
そんな事を考えながら前に目を向ける。後ろの生徒から次々と、テスト用紙を前に前にと積み重ねていき、1番前の生徒が纏めてハーディス先生に渡すのを眺めながら、ぐっと肩を伸ばした。
最近胸のせいもあって肩凝りも酷く、また机に長時間向かい合っていたせいか、めちゃくちゃ肩と腕が疲れた。
そこで、肩を伸ばした分だけカッターシャツの上から大きな胸が主張するように張り、そして勿論のこと年頃の男子生徒はチラチラとバレないように見ていたのだが、自身の体をほぐす事に集中しているリアが気がつく事は無い。
そして、ポキポキと音のなる手首をほぐし終えたところで、しみじみと呟いた。
「疲れた」
「僕もー、疲れた」
隣でレイアが、気の抜けた表情で机の上に上半身を乗せて、そのままグッタリと机に顔を押し付けながら言った。
今日でテストは全て終わったが、まぁ語るべき事は無い。ベストを尽くして頑張ったのだ、結果がどうであれ、それを今の実力だと受け入れるつもりである。とは言ったものの、空欄は全て埋めれたので赤点になる事は無いだろうと楽観視はしている。
あと、魔法の実技に関してだが、ここはリアもレイアも満点で通過した。というのも、試験の内容が五大元素がどの程度使えるかといったものだった。五大元素系は得意というよりは魔法使いとしての通過点でもあるので楽に使えるが……慢心せず、自分の出来る限りのパフォーマンスを披露した。
そのおかげか、監督の先生曰く、上級生でも類を見ない程に実力はあるとの事。そう言ってもらえると嬉しさと努力が報われた気がするものである。
そんな訳で、テスト期間は無事に終わった。
成績表とテストの結果は郵送で自宅に送られてくるので……ようやく、明日から夏休みだ。
………………
所変わって遊戯部の部室。
今日は珍しくダルクとティオは来ていなかった。
その理由を、いつも通りの定位置であるPCデスク前の椅子に座っていたライラに聞くと。
「ダルクはテストが終わると同時に逃げようとしたところを、エストに鎖で簀巻きにされて引き摺られて行ったよ。たぶん今日は来れないんじゃないかな?」
ライラの説明でダルクが苦笑いを浮かべながら簀巻きにされている姿が頭に浮かんだ。
でも、ぶっちゃけどうでもいいので、ティオ先輩の不在理由を聞いてみたのだが。
「ティオは……発表会の準備中だな」
「発表会?」
話を詳しく聞くと。どうもDNAに影響を及ぼす薬の開発が成功したらしく。それ以前に学会で発表会の段取りが出来る時点で、ティオはそれなりに名の通った魔法使いだという事だ、いやこの場合は調合師か薬師、もしくは錬金術師か?
ただ、ティオが発表会で演説をしている姿を想像して……とても喧しそうというか、楽しげに発表をしながら中二病全開で立ち回る、退屈しない演説の光景を想像する。
「見てみたいなぁ」
「僕も何となく見たいかも」
リアとレイアが思わず考えたことを声に出すと、ライラは申し訳無さそうに微笑んだ。
「すまない、もっと前に言っていれば、席の予約ができたんだがな。もう予約は締め切られてて、できないんだ」
謝られるとこちらが我儘を言っているような気がして、即座に大丈夫だと告げた。それに、リアもレイアの言葉に同意だ。学会の結果は本人の口から直接聞く事にしよう。一つ、楽しみが増えた事を喜びつつ、流れから気になっていた事をライラに問う。
「今更感がありますけど、ライラ先輩は1人で何をしてたんです? 今日は俺たち以外来ないならメールで休部にしても良かったんじゃ?」
2つ並んで設置されたパソコンのモニターにはいくつものウィンドウが表示されており、その全てに無数の数字と英数字が混合した文字列が所狭しと表示され、一秒毎に下へ下へと流れていた。
ライラはリアの質問に「あぁ……必死過ぎて忘れてたんだ。本当にすまない」と相槌を打ちながら椅子を回転させモニターに向き直った。
「私がここにいるのは……端的に言えばやっちまったから、かな?」
「やっちまった?」
「どうせ明日から休みだから、暇つぶしに隣国の中央サーバーをハッキングして『高エネルギー物理実験』のデータを漁ってたら、アホな事に足跡を残してしまってな。今必死こいて消してるところなんだ」
「……ん?」
彼女の言っている事がすぐに飲み込めず、頭の中で単語を整理する。
つまり、簡単に纏めれば隣国の大事な実験結果をハッキングして覗き見してたら、セキリュティーに引っかかってバレそうになったって事か?
『高エネルギー物理実験』の資料がどの程度大事なのかは分からないが、バレたらヤバイのではないだろうか。というよりハッキングをしている時点で下手をすれば即逮捕の犯罪行為だ。場所が場所なだけに……たぶん足跡を辿られたら位置情報どころか、PCの置いてある場所、要するに遊戯部の部室だということも特定されてしまうのでは? そしたら、自ずとライラに白羽の矢が立ち、身元も特定される……。
そう考えた途端、背筋が寒くなったリアは顔を青くしながら叫ぶように言った。
「何してんすか!?」
「ほんと何やってんだろうな私」
悟ったように乾いた笑みを浮かべたライラにリアとレイアは揃って真顔になった。そんな2人に、ライラは「あははっ」と安心させる為に笑う。
「ふっ、なんとかなるさ。どの道必要な資料だったしな。てな訳で、ここまで来てもらってすまんが部活は休部だ」
言い切ると、ライラはキーボードを叩く作業に戻る。画面を睨みつけ集中している姿に声をかけるのを躊躇ったリアは踵を返して出口に向かう。
「分かりました先輩。じゃあ、また二学期に!」
手を振りながら扉に手をかけたその時、背後から「あっ、ちょっと待った」と声がかかる振り返るとライラはパソコンに向かいながら、少し大きめの声で言った。
「夏休みの中盤頃に、私の家で合宿をやるんだが、リアとレイアも参加するか?」
「合宿ですか?」
「合宿って名のお泊まり会だな」
ふむ、と考え込み、そして即決する。
「「行きます!!」」
そんな楽しそうなイベントに参加しない訳がない。力強く参加の意思を示した自分達に、ライラ先輩は「ふっ」と小さく笑った。少し口元が嬉しそうだ。
「じゃ、日程はメールで送るよ。気をつけて帰りな」
「はーいっ」
「熱中症に気をつけてくださいね」
其々一言ずつ残して、リアとレイアは帰路に向かった。




