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夏に向けて side last

 なんだか最も重要な事に思える『ペンダントの一件』だが、デイルの語り出しは実に緩やかであった。


「とは言ってものぅ、話す事はそう多くはないのじゃが……」


 デイルは語る。時は、洋館の一件を終えて、粘液体を燃やし尽くした辺りから。


……………


 燃えて灰になった粘液体。デイルは死に際に放った言葉が気になり、調べる為に灰を手に取る。だが、そこには何も残っていない。本当にただの灰だった。


「なんだったのじゃ……」


 何か釈然としない。なんというか、戦闘にしても燃焼不足で、しかも倒した相手から悲痛な声が聞こえれば、こんな気持ちになっても仕方ないと思う。


 だが、一先ずこれで依頼は終わった。あまり調べる事は出来なかったが、情報は多大に得られたので良しとして、長居するような場所でもない。そろそろ帰るとしよう。


 けど、その前に。

 デイルは大量の氷の花束を作ると、洋館の残骸の前に置いた。それから、軽く手を合わせる。

 直感でしかないが、ここでは幾人かの人が死んだ事だろう。それだけの死の気配があった。

 違うのならそれでいい。だけど、一応冥福を祈って。


 数秒手を合わせ黙祷したデイルは、さっと踵を返し帰路に向かった。


 その道中。《門》を開けば直ぐに帰れるだろうが、一応襲われた辺りまでは歩こうかと思ったデイルは、ゆっくりとした足取りで周囲を確認しながら歩みを進める。

 森の木々達は妙に静かだったが、蝉の声は喧しい程に鳴り響いていた。しかし、嫌な気配は感じない。それどころか夏を迎え生命力に溢れた緑が生い茂る木々や、活気ある蝉の鳴く音は心を落ち着かせてくれる。


 心の奥底で引っかかる罪悪感が解れたような気がした。


 少しだけ足取りが軽くなり、歩くスピードを上げていく。


 そして、少し木々の途切れた場所を通ろうとした時だった。


「来たか……デイル・アステイン・グロウ。少し話がしたいのだが、お時間よろしいかな?」


 凛と透き通った女性の声だった。ただ、声色はどこか妙齢の女性を思わせる。

 声の方向に瞬時に顔を向けると、1人、大きな切り株に腰掛けていた。黒いローブをすっぽり被り、ブーツに手袋も黒一色だ。それから少し色褪せた狐の面を顔につけて、素顔を隠している。また、ローブ越しにでも分かるくらいの胸の膨らみがあった。


 怪しさ満点の謎な女性。


 そんな感想を抱きながら、デイルは咄嗟に後ろへ飛ぶと《境界線の黄金剣》を引き抜く。《境界の法》を使った事で魔力は限界だったが致し方ない。


 女は自分の警戒を予想していたのか、全く動じる様子もなく切株の上に腰掛け続けた。

 緩やかな態度を崩さない女とは裏腹に、デイルは内心で冷や汗を流す。


(……気がつかなかった)


 人は少なくとも魔力を持っている。そして、デイルは常に神経を張り詰め警戒しながら歩いていたのだ。敵の魔力を探る為に。それなのにだ、女の存在に声をかけられるまで全く気がつかなかった。

 つまりは、自分が気がつかないほどに魔力と気配の遮断が巧いのだろう。

 さっき戦闘を終えたばかりなのに、また戦闘は勘弁してほしいのぅと、内心でくたびれながらも、気持ちを入れ替え背後に幾つかの魔法陣を準備しておく。魔力を温存する為にも、取り敢えず簡単な攻撃魔法を。


 そんな完全警戒状態のデイルを見て、女は突如「はっ……あははっ」と軽やかに笑った。突如笑われたデイルは反応に困り、剣を下段に構えながら女の動向に目を見張る。


 女は一頻(ひとしき)り笑うと、立ち上がって両手を上げた。


「戦闘をするつもりはない、ただ話を聞いてほしいだけさ。だから戦闘態勢を解いてくれると嬉しいんだけど……」


 降参とばかりに顔の横で両手を振る彼女に、デイルは問いかける。


「戦闘する意志が無いと証明できるのかのぅ? 怪しいお嬢さん? でないと、わしもこの剣を下げる訳にはいかんのじゃ」


 デイルの問いに女は暫し考える仕草をすると、「では、幾つか貴方の信用を得られそうなものを」と呟き、腰に手を当て剣を鞘から引き抜くような仕草で……《境界線の剣》を抜き、地面に突き刺した。


 白銀の光を放つ西洋剣。月の光のように、朧げに妖しく光り輝く。


 デイルは驚愕と同時に唖然とし、更に今日……いや、人生で1、2を争う程に困惑した。

 《境界線の剣》は自分が作った魔法の最高傑作の一つであり、使えるのは自分と……弟子のリア・リスティリアだけ。それなのに、彼女は易々と引き抜いた。


「何故? といった顔をしているな」


 剣の柄に手を置き、女は楽しげに言葉を投げかける。

 流石のデイルも……この時ばかりは冷静さを欠いてしまったが、それも致し方ないだろう。


「その魔法をどこで知った?」


 本来、怪しく知らない人間に問いかけたところで返答など碌な物は返ってこない事は明白。しかし、デイルは聞かずにはいられなかった。情報が漏れたにしても、その魔法を自分の指導無しに使うのは危ないからだ。


 そう考えると、自分は彼女の事を心配しているのだろうか?


 妙な親しさを感じさせながら言葉を投げかける彼女に、自分も何処か見知ったような親しさを感じてしまっている。理由は分からない。だからこそ警戒は怠れなかった。

 だが、いざ考えてしまうと自分の敵意が急激に薄れていくのを感じる。それは、相手から毛程も敵意を感じないのもかるからだ。


 少し、話をしてみるのもいいかもしれない。どちらにせよ用があるのは向こうのようで、自分の警戒を薄めない限り話も進まなそうだ。


 デイルは下段に構えた《境界線の黄金剣》を、彼女と同様に地面に突き刺す。戦闘態勢の解除を意味して。


 それを見た彼女の肩が揺れるのが見える。そして、デイルの予想に反して女は手を此方に向けて、自分を指差した。


「返答だけど……貴方だよ。忘れている、のとは違うけど。俺……じゃなくて、私は貴方から教わった」

「忘れているじゃと?」


 一人称を言い直した事も気になるが、それは今は置いておいて。

 そんな訳ない。どれ程、耄碌しようとも、誰に魔法を教えたかまでは忘れない。それ以前に、自分はリア以外の弟子などとってはいないのだ。知っている人間は、極一部に限られ、更に習得するには自分に聞きに来るしかない。


「嘘をつくのは、いい判断だとは思えんのじゃが?」


 自分が教えた事を覚えていない以上、嘘でしかないと判断して、キツめの言葉と共に睨みつけながら返す。すると、女は困ったようにフードの上からガサガサと頭を掻いた。


「あぁ、そうだな。貴方の警戒を解すには、やっぱり一つしかないか」


 自分に言い聞かせるように女は呟くと、徐にローブのボタンに手をかけ、上から一つずつ外していく。


 突然、服のボタンを外し始めた彼女の行動に、意表を突かれたデイルはどう反応すれば良いのか困り動向を見守る。女もデイルが動かないのを良い事に、さっさとローブのボタンを(へそ)の辺りまで外していった。


 そのままローブの襟に手をかけてはだけさせる。下には薄いタンクトップが着用されており、肩や腕、それから大きな胸元が外界に晒される。

 肌の白さは病的な程に不健康な印象を受けるが、それでも程よく肉感のある身体だった。


 まぁ、普通ならここで目が行くのは彼女の胸だっただろう。自分とて老いても男だ。その程度の男心はある。


 だが、デイルは別の理由で女の胸元に、目が釘付けになった。彼女の胸の谷間のすぐ真上。そこから、まるで炎のように、白い靄のような光が揺らめいていた。


 雷に打たれたような衝撃を受ける。心臓が煩いくらい大きく脈打った。呼吸が詰まり、息苦しい。


 あり得ない、きっと違う筈。

 けれど、アレは、あの白い炎は……嫌なくらい見覚えのある……否、記憶に焼き付いている『命を燃やす炎』だった。

 漂う異質な魔力も、感じる寂静感も、自分に見間違いではないと囁いて来るようだ。


 だが《境界線の剣》以上に、その魔法を習得している者は、自分と今は亡きクラウ以外にいない筈のもの。それを灯していた。益々深まる謎にデイルは顔を顰めて頭痛を堪える。


 自分とクラウが大戦を戦い抜くために生み出し、クラウが最後に使った最大級の禁術。そして彼女が使った後に封印した禁忌魔法……《魂の渇望》だった。


 簡単に言ってしまえば、命を削り、対価とする事で、膨大な魔力と生命力を『前借り』する魔法である。そして、少しでも調整をしくじれば即死する魔法だ。唯一習得すべき術があるとするならば……自分かクラウ・リスティリアに聞くしかない。


 だからこそ例え名前を知っていたとしても、彼女が名前だけでこの魔法に辿り着ける訳がない。いや、使える者があってはならない、そう焦燥感に駆られていたデイルに、女は優しげな声色で口を開いた。


「説明はするさ、あんたは納得出来ないだろうからな。この胸の炎は『命を燃やし力を得る魔法』、そうだろう? そして、まぁこれはとある偶然から習得できた魔法だ」


 お面越しだったが、彼女は微笑みながら言った気がした。だが、言葉の含み方に、何か隠し事をしているようにも感じる。


「まて、いや……」


 デイルは言葉が見つからなかった。

 何か言おうとするも、喉の奥からは掠れたような空気の音だけが漏れる。

 何を聞けばいいのか分からない。自分が教えた訳がない……だが、自分が教えなければ彼女はあの魔法を使えない。自意識過剰ではなく、あの魔法のブラックボックスを知る手立ては自分だけなのだ。


 結局のところ、彼女の言葉を信じるなら何処かで彼女にその術を知られた事になる。使える者は自分しかいなくとも、知っている人間は何人か知っているから。

 しかし、それ以上に……何の目的でその魔法を使ったのか。自分には分からない。


 ただ、この魔法を使っているという事は、目の前の女には何か、成し遂げなくてはいけない事があるのだろう。



 『覚悟』が無ければ、自分の命は燃やせない。



 デイルは思考のループを一旦打ち切り、彼女との対話に切り替える事にした。話さなくてはならない、ここで少しでも。そんな脅迫概念に迫られて。


「分かった、話を聞こう」

「ありがとう」


 お礼を言う彼女からは、悲壮感が漂っていた。


…………


 切り株に再び腰掛けた彼女に、デイルは一つ願い出た。


「せめて、素顔を見せてくれんか?」


 顔を見れば、彼女が何者か分かるかもしれない。今現在分かる事は、女である事と声の質から妙齢である事くらいだ。

 それに、やはり素顔を隠されると嫌でも警戒心が湧き上がってしまうし、何よりも得体の知れない相手というのは変わらないのだ。攻撃しないという言葉を素直に信用できなかった。

 そんな思いからの願いだったが、彼女はお面の傷に指を這わしてから、首を横に振って拒否する。


「すまない、それはできないんだ」

「なぜじゃ?」

「……」


 黙り込む女。幾ばくかの時間が過ぎ去り、やがて小さな声で女は申し訳なさそうに言い訳をする。


「私は……訳あってどうしても素顔を隠さなければならない。特に貴方には」

「わしに隠さなければならない、とな? 理由はなんじゃ?」

「……目的に、辿り着けないから」


 言い切ると女は俯いた。デイルは彼女の要領を得ない言葉に暫し思考する。目的……そう、目的だ。彼女が《魂の渇望》を用いてまで目指す目的とは何なのか。


「その目的とやらは教えて貰えるのかの?」


 聞くと、女はその質問を待っていたとばかりに、勢い良く顔を上げた。


「あぁ、私の目的はただ一つ。……魔王、ヴァルディア・ソロディスの殺害だ」


 力強く殺気を放ちながら女は言った。さっきまでの雰囲気がガラリと変わり、まるで歴戦の戦士のような雰囲気を纏う。


「だから……倒す為に私は、今いる英雄達の協力が欲しい」


 言葉に嘘は感じられない。だが、勿論信用もできない。


「なら、殊更、素顔を見せて貰わなければ、わしとても協力はできんよ。素性も知らぬ人間なのだから」


 デイルの条件に女は困ったようにため息を吐いた。


「いや、うん。思ったより頑固だな」

「ふぉふぉ、良く言われるのぅ。で、返答はどうなんじゃ?」

「……すまない、この仮面だけは外せない。どうしても素顔を見せられない理由がある。

 だが、貴方には否が応でも協力してもらうつもりだ。そこで、ひとつ予言を貴方に」


 口を開きそうになったデイルの唇を指で押さえ黙らせると、女は気取った口調に変えながら


「もう直ぐ『リア・リスティリア』に、人生最大の分岐点(ターニングポイント)が訪れる。彼女の全てはそこで決まり、そしてそこから始まっていく。私は……彼女と、その大事なものを助けたいんだ……」


 彼女の予言を聞き、デイルはここ数ヶ月に起きたアレコレを脳裏に浮かべる。

 そして最後に行き着くのは、ヴァルディアが生きていた事が判明したという事実。彼女の言葉にも信憑性はあるが……どこで弟子の名前を聞いたのか、どこでヴァルディアと因縁を持ったのか。余計に謎が深まった。


「お主は……リアを何処で知ったのじゃ」


 聞くべき事はそんな事ではない筈だ。けれど、唯一の弟子の事を聞かずにはいられなかった。師として、弟子の身を案じるのは当たり前の事だ。


 そんなデイルの思いを汲み取ったのか、彼女は柔らかな態度で小さく笑う。


「知ったのは昔からさ。あぁ、まぁ深くは言えないんだけど。でも、私が彼女を救いたいのは本当だ。なんなら、今ここで《契約(コントラクトゥス)》の制約を結んでも構わない」


 昔からの幼馴染だろうか。にしては年が離れている。

 だが……《契約》の魔法を持ち出したと言う事は『それだけ敵対の意思がない事を伝えたい』のだろう。彼女の志しが伝わった気がした。

 《契約》魔法における制約を受け入れると言う事は、つまり自分を貴方のものにしてもらって構わないと言うのと同義なのだ。それを受け入れると言った彼女には、敵対の意思などあろう筈が無い。


 だからこそ……デイルは少しだけ信用する事にした。誰とも分からないから全般の信頼性は無い。ただ、ヴァルディアを倒す同士として。


「……分かった、お主の覚悟はよく伝わった。して、わしへの願いとはなんじゃ?」


 物腰が柔らかくなったデイルに女は一礼すると、懐から月を象った銀色のペンダントを取り出した。それをデイルに手渡す。


「私は今、あまり大手を振って行動できない。だからこそ、これを『ルナ・リスティリア』に渡して欲しい」


 ペンダントを受け取りながら、デイルは首を傾げた。


「何……? リアにではなくルナに、じゃと?」


 女の話ぶりからして、渡すのはリアだと思っていたデイルは再び疑問に襲われる。そんなデイルに彼女は淡々と事実を並べた。


「貴方も含め、現在グレイダーツ魔法・魔術学校にいる英雄達は……リアやレイアといった弟子達にばかり目が行っているだろう? だから、彼女達の周囲に対しての警戒には粗が多い。リア・リスティリアやレイア・ヨハン・フェルクであれば自衛は多少出来るだろうが、ルナ・リスティリアはいざ戦闘となると厳しいかもしれない。

 そこで、私はルナ・リスティリアが危機に陥った際に、リア・リスティリアの代わりに守ると誓おう。その為のペンダントだ。そして、彼女を守る事が、リア・リスティリアをも守る事に繋がり……ヴァルディアを殺せる可能性も上がる。

……いや、これは言い訳に聞こえるか。はっきり簡潔に言おう、彼女達が危機に陥る際に、きっとヴァルディアは現れるだろう。そこに私も介入させてくれ」


 女に言われ、デイルは確かにそうだったと己を恥じた。周囲の人、彼女達の大事な人達を守る事に、重きを置いていない事に。


 女に言われ、リアがどれだけ妹のルナを大切にしているのかを今一度思い出す。


 ペンダントを握る手に力が入った。自分の身勝手さに怒りが湧く。自分達の行動が、周囲に被害を及ぼす可能性は十二分にある。分かってはいた。いたのだが、余りにも軽く考えすぎていた。

 そして握った時に思わず魔力を込めてしまったせいか、ペンダント自体に込められた守りの魔法も感じ取れた。これは……この魔法の構造は、リアとレイア”だけ”に渡した御守りと同じだ。


「お主、これを何処で……」


 問おうとペンダントから顔を上げると、女の身体がローブごと透け始めていた。薄く、光の粒子が天に昇っていく。

 突然の変化に固まるデイルを他所に、女はローブの裾を確認すると、申し訳無さそうに頭を下げた。


「すまない……そろそろ、時間だ。伝えれる事は伝えた。渡すかどうかは貴方次第。だけど……できれば信用してほしいかな」


 一方的に言うと、女は風に溶けるようにその場から消え去る。

 彼女を引き止めようとした手は空を彷徨い、デイルは立ち尽くした。止める間も無く、そして別れ際に言葉をかける事もできなかった。


「わしは……」


 誰もいなくなった森の中で、様々な疑問を自問自答する。しかし、いろんな疑問の中で特に、彼女と話している時にずっと感じていた親しさはなんだったのかと考えた。幾ら考えても答えなど出ないのだが。


 そして最後には……大事な宝物を扱う手つきで、受け取ったペンダントをローブの裾に仕舞うのだった。


……………


 話し終えたデイルへ、ジルは恐る恐る尋ねる。


「あのー、その話、俺が聞いても良かったんすか? 《魂の渇望》なんて魔法、初めて聞いたんすけど。消されたりしません? ってか、デイルさん、弟子を取られてたんですね」


 怯えた様子のジルに、デイルは目元を緩める。


「別に構わんよ。お主を貶す訳では無いが、知った所でお主では使えんしのぅ。それに……お主は他人へ無闇矢鱈に吹聴したりはせんだろう?」

「信頼されてるのは嬉しいですけど。まぁ、概ねその通りですよ、言いふらすつもりなんて毛頭ありませんし。それに、元からそんな話をする友人が居ませんし……」

「……悲しい奴じゃのぅ。そんなんだから彼女の1人もできないのじゃ。もうちょっと他人と打ち解ける努力をしたらどうじゃ?」


 煽るデイルに、ジルは言い返す為に大きく息を吸って口を開く。


「うるせぇ、なんなら貴方のお弟子さん紹介してくださいよ!! その話に出てきたリアとルナって姉妹を!!」


 涙目で逆ギレするジルに、デイルは意地の悪い顔で「んー、どうしようかのぅー」などと言ってはぐらかした。実際に紹介したらしたで、リアから右ストレートをくらいそうだから。痛い思いはしたくない。


 そんな彼らの漫才のようなやりとりを見ていたグレイダーツは、急かすように言葉を紡ぐ。


「おい、無駄な会話を広げてる場合じゃねぇだろ。そんな怪しさしかない女から受け取ったペンダントをデイル、お前はルナ・リスティリアに渡すつもりなのか?」


 グレイダーツの問いはごく当たり前だろう。デイルとてここに戻るまで散々、考えた。危険性も含めて。けれど……


「そうじゃのぅ……確かに怪しい。だが、疑ってばかりでは何にもならんし、《魂の渇望》を用いた時点で彼女の寿命も長くはないじゃろう」


「んな事は分かってる。だから聞いてんだよ。そのペンダントにかけられた魔法が私の渡した御守りと同じなら、女はいつでもルナ・リスティリアを殺せる事になる。味方と判断するには早計だと思うが?」


「だが、数ある不安要素や疑問の中で、わしらしか知り得ぬ情報や魔法を用いていた。それに……《魂の渇望》を使う程の覚悟があった。わしは……彼女を信じてみようと思うのじゃ。それに、味方にするには心強いが、敵に回せば厄介そうじゃしのぅ」

「俺も話を聞く限り、態々敵ならデイルさんに接触して渡さないと思いますし、大丈夫なんじゃあないですかね? まぁ、どの道今ここでいくら審議しようとも、その女の真意なんて分かんないんですし。それでも味方になり得るなら精々利用させてもらいましょうよ」


 ジルの援護の言葉にデイルも頷く。確かに言っている事は論理的で的を射ているし、自分が警戒しすぎなのもグレイダーツは自覚している。けれど、不安要素はできるだけ排除したい。

 だが、デイルの確固たる意思の籠った表情を見て、納得はいかずとも諦めにも似た溜息を零した。きっと何を言っても無駄だろうと。


「……納得はしない。けど、分かった。お前の判断に任せる事にする。

 だが、ペンダントを渡す前に今ここで、私も介入できるように刻印を施す。こればっかりは、お前がNOと言おうがやらせてもらう。保険としてな」

「寧ろ、最初から頼むつもりじゃったよ。お主の刻印が刻まれた物を、リアを通して渡そうと思う」

「そうかい、なら私から言う事はない。せいぜい、お前も気をつけろよ」


 少しだけ仏頂面になりながら、グレイダーツは手のひらに緑の魔法陣を浮かべてペンダントに収束させていく。すると、ペンダントの裏側に、魔法陣の絵柄が焼き付くように刻印されていった。


 これで、一通り話し終えたデイルは、刻印の刻まれたペンダントを受け取ると裾に仕舞う。そんな彼の横でグレイダーツは「あぁ、思い出した」と呟きながら手を打った。


「さっきから引っかかってたんだけどやっとスッキリした……お前さっきの話の中で《魂の渇望》を習得しているのは自分とクラウだけだって、言ってたよな?」


 その問いにデイルは眉根を寄せた。グレイダーツは頷いた彼に、呆れたような目を向けた。


「はぁ……忘れてんのかお前。やっぱボケたな。いるじゃねぇか、1人だけ。お前の持ってるクラウの遺品……『手帳』を勝手に見て《魂の渇望》を習得した魔法使いが」


 肌身離さず持ち歩いている、クラウ・リスティリアの遺品である『手帳』にそっと手を触れた。鍵がかけられ、封印されており、自分も読んだ事のない……しかしなんの因果か恐らく《魂の渇望》の使い方が封じられているらしいその手帳を。

 ……頭の中にリアの姿が浮かぶ。しかし、彼女があの魔法を習得した時の記憶は消したはず。


「じゃが、それは……」


 言葉を詰まらせるデイルに、グレイダーツは腕を組みながら口を開いた。


「確か、魔法の副作用を用いて記憶を消したんだったな。

 ……まぁ、どちらにせよ辻褄が合わないから違うだろうけどさ、それでも一応確認はしとけよ。下手な情報漏洩は厄介だからな。

 じゃ、私は帰るわ。ジルもお疲れさん」


「はいっす。まぁ、俺の方は絵画について引き続き調べてみますわ。何か分かったらまた連絡します」


「おう、よろしく」


 言うだけ言って、グレイダーツは《門》を開き学校へと帰っていった。そんな中、デイルは暫く動けずに立ち尽くすのだった。

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