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「……っう」


 家の一階の方から何やら騒がしい声が聞こえて目を覚ます。

 携帯端末を手に取り時間を確認すると、ちょうど夕方の6時になったばかり。2時間くらいは眠れたようだ。


「晩飯まで……もう少し寝よう」


 布団にくるまり、枕に顔を埋める。なんでもないこういったひと時は、疲れた体に至福を与えてくれる。

 だがしかし、そんな時間は唐突に終わりを告げた。


 タッタッと、誰かが階段を駆け上がる足音が聞こえた。それから廊下を早足で移動しているようだ。

 暫くその音を聞いていると、部屋の前でピタリと止まった。

 枕に埋めていた顔を持ち上げ扉の方を見ていると、扉の向こうから涼やかな少女の声が聞こえてくる。


「お兄様ッ!! 開けます!!」

「へ? まっ」


 リアが制止する間もなく木製の扉は開かれ、一人の少女が入ってくる。


 部屋に入ってきた少女は、母の次くらいによく知っている。

 なぜなら、妹だから。


 名はルナ・リスティリア。


 髪は黒く、鎖骨あたりまである髪をパッツンにしている、姫カットスタイルだ。顔は今の俺と同じくらいに整っているのだが、どちらかというと母寄りの顔立ちで少し垂れた目元が可愛らしい。

 服は上に灰色のブレザー、黒いカッターシャツを着ていて赤く細いリボンで蝶々結びにしてある。

 下は灰色のチェック柄スカートに、黒いニーソックス。絶対領域から見える白い太ももはニーソの食い込みも相まって健康的なエロさがあった。


「お兄様!!」


 こちらにズンズンと近づいてくるルナは、心なしか鼻息が荒く薄っすらと頰が赤い。


「すいません、勝手に私の《念力魔法(サイコキネシス)》で鍵を開けさせてもらいました」


「せめて、ノックくらいはしようね?」


 ため息を零しながら、ルナの方へと顔を向ける。

 ルナはこちらの顔を見るなり、片手を口元に当て目を見開いていた。母と同じように、驚いた時の仕草と表情だ。


「お兄様……お母様から聞いていましたが、本当に女の子になってしまったのですね……」


(……おや?)


 我が妹はどうやらショックを受けているご様子。

 ふるふると震える足を少しずつ後退させながら部屋の壁に背中を預け、目をつむっている。


(……そう、これだよ!この反応が普通なんだっての!!

 母さんが受け入れるの早すぎなんだ!! 普通はこういう反応するよなぁ!?

 それなのに、既に変な嫌がらせしてくる方がおかしいよなぁ!?)


 リアはなんだか嬉しくなって、ベッドから出るとルナの方へと歩いていく。

 女になっても自分はお前の兄ちゃんだよ……などとクサイ台詞を頭に浮かべながら、いつものように頭を撫でようとルナの頭に手を伸ばした、その時。


「ぐぇっ」


 腹への衝撃から少しよろめく。下を見るとルナが腰に手を回して抱きついていた。

 目線が交差する。ルナの瞳はほんのりと濡れているが、泣いていたようには見えない。それに、頰の赤らみが強くなっている気がする。

 困惑してオロオロしているリアに向かって、ルナは小さな口を開いた。


「お姉様」


 リアは「なんだ?」と聞き返そうとして体が硬直する。


 あれ、と。


 なんか今、聞きたくない単語が聞こえたような気がして、顔を強張らせながら聞き返す。


「今なんて?」


 鈍感主人公の如く、聞こえなかったフリをして問いかける。妹は恍惚の表情をこちらに向けながら、再度口を開いた。


「お姉様!!」


「グハッ」


 エア吐血をしながら妹を振り払いフラフラとベッドに倒れこむ。

 リアの男として片隅にへばりついていた、兄としてのアイデンティティーが木っ端微塵に砕け散った瞬間だった。

 しかし、ルナはリアのダメージなど御構い無しに追撃してくる。


「お姉様?! だ、大丈夫ですか?!」


 そう言ってベッドにダイブしてきた。大丈夫か聞いてるのにダイブしてくる、矛盾。怪我をさせないように受け入れた事もあり、リアは鳩尾にダメージを受ける。


「ぐぉっ……」


 痛みの中であっても、リアの思考はとてもクリアだった。


(あぁ、この家でまともなのは俺だけか)


 普通なら家族が性転換……それなりに一大事の筈だ。


 なのに……軽い絶望感を抱いた。誰も慌てないどころか、みんな30秒くらいで受け入れてやがる。


「お姉様、すごくいい匂いです」


 ルナはリアの胸の間に顔を埋めてハァハァしている。着けている衣服が下着だけなのもあり、ルナの熱く湿った吐息が肌に当たってくすぐったい。

 にしても、とリアは思った。ルナの行動や口調が、自身が「兄」だった時に見せていた凛とした印象からはとてもかけ離れている。ルナはこんな変態チックな事をするタイプではないはず。優等生なのだ。それなのに、こうして見せた新たな一面に、なんと言えば良いのやらと溜息を吐いた。


 (でも、甘えたい歳だし普通なのかな)そう自分に言い聞かせるリア。だが……。


(それにしては、ちと戯れつきすぎじゃあないですかね)


 なんて思いつつも、甘々なリアは暫くルナのやりたいようにさせていると、いきなりブラの下に手を突っ込んできた。その手はリアの肌を労わるように触れられ……優しくブラホックを外していき。


「って、待て待て待て」


 さすがにこれ以上はまずいと感じて制止の言葉をかける。ルナの表情がとろけきっており、「ぐへへ」と女の子が出しちゃいけない声を出していた。


 リアはルナの行動を制止する為に、頭へ軽くチョップをかました。


「イテッ……はっ!私は一体何を」


「……」


 さっきまでの行動無意識だったのか。それはつまり、このまま放置してたら完全にヤられていたって事かと思い、同時に戦慄と寒気を感じた。

 (なにそれ怖い)そう思っていると、正気に戻ったらしいルナが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「す、すいませんお姉様。今どきますね」


 アセアセとしながら腰の上から降りていく。

 ルナの温もりがお腹から離れると同時に、ほんの少し寂寥感があった。


「あっ……目に光のないお姉様……。背筋がゾクゾクして、何かに目覚めてしまいそうです」


 ルナのどこかいけないスイッチが入ってしまったのだと本能で理解した。普段の彼女からは考えられない言葉であったからだ。


 それにしても、もっと言う事や確かめる事があるだろうに、再三言うようで悪いが、それでも受け入れるの早すぎやしないか。


 まともなのは自分だけのようだと、項垂れるリアであった。

…………


 洋服棚から取り出した上下黒のジャージを着て、ベッドに腰掛ける。ルナも同様にリアの隣へ腰掛けた。


「んで、なんで急に帰省してきたんだ?」


 一番疑問に思っていた事を聞いた。

 この家とグレイダーツ魔法学校の距離は結構離れている。それはもう、電車で2時間はかかるくらいに。その為、ルナは学校内にある寮で暮らしていて、帰省するのは休暇日数の長い日だけだった。


「ちょうど入学式までは春休みですし、何より母のメールを受けていてもたってもいられず!というか、私帰る前にメールしましたよ?」


 成る程、春休みかと納得する。


(って、メール?)


 急いで携帯端末を開き、メールの欄をタッチすると2時間くらい前に「from.ルナ」からメールを受診していた。

 届いたメールを開く。隣にいるルナが「あっ」と声を漏らした。

 リアは出てきた文面をサッと流し読みする。


『お兄様、今から帰省します。

楽しみに待っていてくださいね!!

それはそうと、お母様から聞いたのですが、女の子になったというのは本当なのでしょうか?しかも結構な美少女だと。

実は…お兄様には大変申し訳ないのですが、内心ちょっとワクワクしております。お兄様が女の子、きっとボンテージ衣装とか似合いそうな黒髪の美少女なのでしょう。

あ、なら今回はボンテージ衣装をお土産に買って帰る事にしますね。決して私が着せたいわけじゃありませんよ、本当です。でも、できるのならちょっと着てほしいかもしr』


 途中で読むのをやめた。頭が痛くなった。

 リアは左手で頭を抑えながら、拒否するように口を開た。その声は、ちょっぴり涙声になっていた。


「ボンテージ衣装、いらないです。着たくないです」


 ルナはリアの拒絶の言葉に対して、残念そうにしながら、何かを思い出したのか「あっ」と呟き口元に手を当てる。


「でも、さっきお母様に衣装セットを渡してしまったのですが……」


「おまっ、何て事を……」


 そんな事したら、あの手この手で着せに来る。想像するまでもなく、嫌な光景が脳裏を過ぎった。


「あの……お姉様」


 ルナはどこか申し訳なさそうに、しかしお姉様呼びは辞めずにリアの顔を見上げる。その上目遣いの顔を見て、リアはぐっと喉を詰まらせた。


「なんだ?」


「迷惑、でしたか? 調子に乗ってしまいました……ごめんなさい」


 いつになくしおらしい。

 それに顔を伏せながら、目元に涙をためているのかウルウルとしている。


(くっ、そんな泣きそうな顔されたら、兄として許さないなんて選択肢、選べるわけないじゃないか)


 リアはルナの頭にポンと手を乗せ、優しく撫でた。さらさらとした髪の感触が指に伝わってくる。ルナは猫のように目を細めて、気持ち良さそうにされるがまま撫でられていた。


 暫く撫でてから、そっと手を離す。

 ルナの目にはもう涙はなく、花のように可憐な微笑を浮かべていた。


「やっぱり、女の子になっても撫で方はお兄様と同じですね。とても落ち着きます」


「そうかい」


 お互いふっと笑いあう。久しぶりに家族に会ったのだ。ちょっとくらいは、兄として甘えさせてもいいかと思った。阿呆なやりとりのおかげで、心に余裕が出来たのかもしれない。


 ただ、やっぱり兄と呼んでほしい気持ちは変わらなかった。


 こうして、晩飯までルナと和やかに雑談を続けた。


 ボンテージ衣装という単語を、必死に頭の片隅へと追いやりながら。いやきっと大丈夫。着る事はないだろう。

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