夏に向けて side③
「え? お二方ともご存知ないんすか?」
ジルは彼らを侮っている訳ではなく、純粋に疑問に思ってその言葉を言った。
それをグレイダーツはバッサリ「知らん」と言い切り、デイルは「ふぉふぉ」と軽く笑うだけ笑うと、間を置いて口を開いた。
「ぶっちゃけ、わしらの魔法は殆どが自作じゃからのぅ。珍しい魔法に興味はあるが、自分に必要のない魔法には基本的に無頓着なんじゃよ。それに、千差万別、何万とある魔法を全て知るのは一生を費やしても不可能じゃろうて」
ボソリと言ったデイルの言葉に、ジルは驚く。数々の魔法があるが、彼等は自身が使う殆どの魔法を、自分で編み出した魔法だと言ったのだ。それは……一般人の自分からすれば考えられない事で……改めて心から偉大な人だと思った。
と、同時に知らない魔法があるのにも納得する。確かに古代の魔法には現代でも参考になるものは多いが、オリジナルが殆どならば態々、必要のない昔の魔法までは調べないだろう。
それにだ。元々この魔法を知っている人自体少ないもので。
結構マニアックと言うべきか、《護り人の呪い》は古代魔法を調べるのが趣味のような人間しか知らない、一般的な知名度で表せば0.1%以下の魔法なのだ。
「……流石、英雄っすね。でも、それなら知らないのも不思議じゃないか。《護り人の呪い》は結構古い魔法なんですよ」
ジルは、一つ賞賛の言葉を付け足しながら続いて口を開いた。デイルはジルの言葉に否定する事なく、説明を促した。
「ジルはよく知っておるようじゃから、説明してもらってもよいかのぅ?」
こういった場面で上から目線に聞こえないところが、この人の人徳の良さを表しているなと思いつつ、ジルはニヤリと笑みを浮かべる。
「おーけー、了解っす。でもちょっと長くなりますよ」
胸に握り拳をトンとぶつけ、嬉しそうにジルはデイルの願いを心から了承した。
実の所、ジルは古い魔法のマニアである。
魔法という現代でも解明されてない事が多い未知の力。それに対する魅力や神秘性は、今の現代にある改良されたものよりも、昔の方が断然高い。原初の力に憧れるように、惹かれるように、過去あったとされる数々の魔法には、そんな神秘性や魅力が秘められている。そして、古代の魔法マニアの多くはこの神秘性に惹かれるものなのだ。
あのワクワク感や不思議な魅力に当てられ一時期、どっぷりとハマったのは良い思い出である。
更に……古代の魔法の数々には未だ解明されていないものも多く、現在も歴史家達が原理や効果の研究に尽力している。自分もその1人だ。
だけれど……。
悲しきかな。今の若者は昔の魔法より比較的現代の魔法にしか興味がないようで、見知った知識を話せる相手がいなかった。
……前に探偵事務所のメンバーに話そうとしたら、真っ先にダルクから「どうでもいいっす、毛程も興味無いんで」と言われたのもあり、それ以降この話題を出した事はない。地味に傷ついたから。
そんな理由もあり、自分の知り得る知識を他人に語れるというのは、マニアからすればとても楽しく、そして嬉しいものなのである。
ジルは引き寄せの呪文で、棚から飛んでくる幾つかファイリングされた資料と、ノートPCを器用に手に取りテーブルに並べて置いた。
「そうですねぇ《護り人の呪い》はたぶん御二方が予想しているものよりも、かなり古くからある魔法です」
前置きを話すと、グレイダーツが「古い?」と聞き返してきたので、ジルは彼女の疑問に補足して答えた。
「最低でも1万年以上の歴史がありますよ。あと、自分的には魔法よりも呪術に近いものだと考えています。呪術は謎が多いので」
自身の見解も告げたのだが、グレイダーツからは「ほーん」と短い、興味無さげな相槌が返ってくる。
そんな彼女に向けて資料を一つ開いた。興味が無さげなグレイダーツの態度……きっと、本心からあまり興味が無いのだろう。
だが、しかしである。ここで自分のプレゼンテーションが上手くいけば同士が増えるかもしれない。そんな打算をもって、ジルは説明に気合いを入れる。
開いた資料には大量の記述と何処かの壁画を撮ったらしい写真が付属されており、デイルとグレイダーツは覗き込んで観察し始める。
ジルは、出来ればこういった資料や写真なんかにも浪漫を感じてくれたらいいなぁと思いつつ、説明を始めるなら今かと察する。
「これは、北半球の砂漠地帯にあるピラミッドの壁画を撮ったものですね」
「ピラミッドっていうと……王の墓だったか?」
「これは有名ですしご存知ですよね」
砂漠にある巨大な三角形の建造物は、古代の王達の墓として有名なので、ピラミッドについての説明は省く事にする。大事なところはそこでは無い。本当は、ピラミッド建造の謎とかも話したかったけど、そっちの説明は諦める事にした。
ジルが置いた写真の壁画には、頭が鳥、体が人の生き物が錫杖らしき棒を人に向けている場面が写っていた。その隣にある2枚目の写真には壁画の続きらしく、杖を向けられた人から丸い球体のような物が抜け落ち、それがもう一つの人形に入って行く絵が描かれている。
壁画の周囲には絵の状況を説明するかのように無数の細かな絵文字らしきものが刻まれていた。その幾つかは、造形を見る限り鳥だったり数字だったりに見える。
そんな絵を見て、グレイダーツは投げやりに呟いた。
「ヒエログリフなんざ読めんわ」
寧ろ「研究無しにこの絵文字が読めたらビックリするわ」と心の中でツッコミながらジルは彼女に微笑みかける。
「ちゃんと説明しますって。これは、要約して短くすれば『魂を移して王を守る騎士とする』みたいな事が書かれています。壁画もこの記述に準ずるもので、下の絵文字はだいたいが儀式の説明ですね」
ちょうど球体が鎧らしき物に移る場面が描かれた壁画の写真を手に取り、ジルは書かれている文字を翻訳する。それにいち早く反応したのはデイルだった。
「魂じゃと?」
思う所があるのか、目つきが鋭くなるデイルに説明を続けるべきか悩んだが……ジルは続行して話し続ける事にする。
「この壁画だけじゃありません。昔、東洋の島国で作られていた墓……『古墳』などにも似たような記述があるんですよ。こっちは、壁画やヒエログリフよりも文字らしい文字で書かれていて解読は楽だったんですが……ま、その分かなり生々しい内容だと分かりました。
ピラミッドの方は儀式的なのですが、古墳の方は文字通り『作っている』んですよ。人の心臓や脳を抉り出し、それを土人形に嵌めて」
1枚の調査結果の報告書や書類を取り出し、ジルは真面目な目つきで2人の前に添える。2人はなにやら考え込む仕草をしながら書類に目を通していった。彼らが読んでいるうちに、ジルは横から分かりやすく補足を加える。
「ですが、そのどちらも人の魂を物に移し主人を守る兵となる……などの記述は多いですが、その殆どが迷信だと思われてたみたいです。
ピラミッドの壁画の文字や、古墳に埋蔵されていた古い書物を解読した結果、作る過程は描かれていますが、動く姿などは描かれてはいませんから。
しかし墓所を調査した結果、幾つか不自然な位置にある金属製の甲冑や、土人形……また人骨などが見つかっているので……儀式としては成功していたみたいですね。
恐らく、墓荒らしやトレジャーハンターなどの侵入者から、主人の遺体や埋蔵物を護ったのだと考えられます」
ジルの説明を受け、腕を組みながらグレイダーツは頷いた。
「なるほどな、だから『護り人』って訳か。
……それに作る過程を聞く限りだと、精神を固定する呪法みたいだな。ふっ、まさしく『呪い』か」
グレイダーツの呟きに便乗してデイルも思った事を口にする。
「あれじゃな、簡単に言えばお主が得意とする召喚魔法の『疑似生命』に感情や人格を残した状態という事かのぅ。文字通り人の『魂』を移した、と。移された方は長年器に閉じ込められて出られぬわ、命令通りにしか動けず、朽ち果てるまで意識が残り続けるわで……残酷じゃのう」
『疑似生命』とは、分かりやすく言ってしまえばコンピューターのプログラムのようなものだ。だからこそ、そこに感情が生まれる事はあり得ず、故に魂も宿らないとされている。
そしてグレイダーツとデイルの呟きは、《護り人の呪い》という魔法の根本を言い当てたものだった。長年ずっと意識を固定され、命令以外で動く事はできず自害する事さえ不可能。だからこそ『呪い』たり得る。残酷な魔法だ。
ジルは差し出した資料の上に、新しい資料を重ねながら相槌を打った。
「《召喚魔法》の『疑似生命』は、無数の行動パターンを組み込む事で、召喚した者に自身で『攻撃』や『防御』などの行動を判断させる技術ですが、《護り人の呪い》は端的に言えば『そのまんま人が入ったモノ』それか『人そのものの思考を移したモノ』と言う事です。人の思考回路をそのまんま使った訳ですね。故に『魂』とも形容できる」
「そうじゃのぅ、魂の定義は未だ曖昧じゃが、説得力はあるの。それに、人を使った時点で少なくとも魔力が宿る」
感慨深く……と言った様子のデイル。彼も過去に魂について調べでもしたのだろうか? とジルは気になったが、今は聞く事はしなかった。
そして一度話が切れたので、ジルは指を一度鳴らして仕切り直す。
「で、話はここからが本番っす」
今度は時代が飛び、中世半ば頃の記事の移しらしき資料をジルは指差す。流石に興味が湧いてきたらしいグレイダーツは、食い入るようにその資料に目を向けた。
「中世の半ば頃に有名になったある事件の記事です。その頃の記事は古いですが、図書館などに行けば『怪物の絵画』ってタイトルの本で物語にされてるくらいには有名な話ですね」
「確かに歴史の記述と言うよりは、まるで悲劇の物語のようじゃのぅ」
記事の概要はこうだ。
『 中世ヨーロッパに1人の画家がいた。彼は絵描きとしてはそこそこ有名であり、綺麗な妻に元気な娘は勿論、近所でも慕われている男だった。そんな順風満帆な人生を送っていたある日の事。彼を悲劇が襲う。
妻と娘が殺された。男がちょうど外出している時に殺されたらしく、帰ってきた時には血溜まりの上に伏せる妻と娘が、男を出迎えたのだという。
しかし、中世では割とよくある事だった。今のように警備システムなどが発達してなかった時代なのだ。魔法も護身用程度にしか使えない人が殆どである。強盗しかり……殺人鬼しかり。頭の狂った者や生きるのに必死な者が多かった時代なのだ。
近所の人達は男を慰め、支えようと必至に努力した。
だが、男は悲劇から立ち直る事が出来なかった。それどころか……段々と狂っていく。いや、自分から狂う事で、男は全てから逃げ出したかったのだ。
次の日、男は妻と娘の墓を掘り返し、2人の遺体から心臓を取り出した。冬なのもあって、遺体は腐ってはいなかったらしい。
その心臓を潰し、男は絵の具と混ぜ合わせ……自分の妻と娘の絵を描いた。大きなキャンバスに、毎日毎日寝る間も惜しんで書き続けた。
きっと、自分が描く絵画であったとしても……もう一度2人に会いたい、そんな一心だったのだろう。
そして、彼は描き上げた絵を見てから……最後に自分の首を掻き切って絵画に赤い花を咲かせて絶命する。自分も向こうへ、そんな思いから。
しかし……自決した事で宿ってしまった。絵画に男の魂という名の魔力が。それは純粋に妻と娘を守れなかった『怒り』と『悲しみ』。そして、本来は薄れ行くはずの妻と娘の残留思念である『悔しさ』と自信を殺した者に対する『殺意』。
様々な魂と感情がまるで絵の具のように混ざり、結果……化け物を生んだ。
男の護りたいという感情と、妻と娘の殺意。それらが歪に、複雑に絡み合い……絵画に近づく者を喰らい取り込む化け物へと。
後にこの絵画は、当時『悪魔祓い』などの魔法使いにより封印されたとされる。
ただ、封印の際に1人の悪魔祓いが『向こうの景色』を見たとの言葉を残した。その景色を語る前に、彼は発狂して、それ以降の記述は消失している』
………
「実は、この絵、実在してるんですよ。今はこの国の中央美術館の地下室に封印されてるって噂です」
語り尽くした、大満足だ。ジルはかつて無いほどに満足感に溢れていた。だが、それでもまだ語りたい。けれど、これ以上語ればグレイダーツさんが怒りそうなのもあり「ここで満足しておけ」と自分に言い聞かせながら、額の汗を拭って深い溜息を吐いた。
すると、さっきの考えでフラグが立ったのか、話の終わりを察したグレイダーツが真っ先に口を開いた。
「へぇ……で、ジル。お前はつまり、デイルを襲った絵画は、この『中世時代の事件に出てきた絵画』なのでは? と、そう言いたい訳だな?」
問いかけと同時に何故か半眼で睨まれ、何か悪いことをしたかと不安に思いつつジルは頷いた。すると、グレイダーツはバンッとテーブルを両手で叩いて叫ぶ。
「前半の話いらねぇよ!!」
「ご、ご尤も!?」
その後数分間、デイルはグレイダーツを宥めつつ考察し、考えを整理しながら強引に話を進めた。
「まぁまぁ、グレイダーツよ。面白い話を聞けたと思って落ち着くのじゃ」
「私としては無駄な時間だったがな。はぁ、これでも忙しいんだよ。
……まぁいい。癇癪起こすと私が子供みたいだからな。んで、なにか思いついたんだろ? 聞くだけ聞いて帰るから、さっさと話せよデイル」
「ほんと、お主もう少し丸くなれんのか。まぁいい。とりあえず、ジルよ、説明お疲れ様じゃ。ありがとう」
「い、いえいえ。俺も話せて楽しかったですし、お役に立てたのなら良かったです」
デイルはジルへと感謝の言葉を投げかけ、ジルは謙遜しつつも照れたように頭を掻いた。
それから、また仕切り直す為に、デイルは「こほん」と咳をすると、自身の見解を話していく。
「そうじゃのぅ、2つ不可解な事がある」
突然の発言にグレイダーツが「ん?」と反応をしたので、彼女の要望通りデイルはさっさと話す事にした。
「1つ、絵画自体が《護り人の呪い》という魔法の媒体だったなら、あの絵画に描かれた首を吊った人影の絵に何の意味があったのか。
2つ目、『なにかを守る』にしては、館を崩壊させたり、粘液で周囲を汚したりと、守る気がゼロにしか見えん……といったところじゃろうか。
わしとしては全てが不可解じゃし、意味が解せぬ。ジルが先程言ったように、罠にしてはチープじゃ」
見解を聞いたグレイダーツは、考え込む仕草で「むぅ、そう言われりゃ、不可解だな。まるで……絵画を処分するついでみたいだぜ。適当に、魔力の反応で洋館に誘導し、引き込んでからの攻撃。でも倒せない事は明白。けど、どうせ捨てるなら私らに処分させようとしたか」と発言する。
ジルも続いて「それなら、辻褄が合いますね。まんまと、俺たちは反応に騙されて調査した訳ですし。……まぁ、首を吊った人影にどんな意味があったのか分かりませんが……自分は、何かを作ろうとしていた、そんな風に思えますね」と、自分の考えを口にする。
3人は其々、不可解な点を考察し合いながら唸った。だが、結局、話はいつまでも平行線であった。平行線故に、この状況も楽しまれている気がする。
手の平で遊ばれているようで不快になってくる3人。
しかし話はいきなり打ち止めとなった。何故なら、その数分後の事、グレイダーツが「あっ」と言いながら、ポケットに手を突っ込み……月を象ったペンダントを机に置いたからだ。
ペンダントに視線を向けたデイルとジルは「あっ」と同時に、今思い出したかのような声を漏らす。
否、完全に忘れていた。
「お前らも今思い出したって顔だな。まぁ、かく言う私も、ジルのクッソ長い話ですっかり忘れてたけど。
とりあえずデイル、一旦考察辞めて先にこっちの説明をしてくれ」
言外に「じゃないと帰れない」といった意図を感じ取ったデイルは「そうじゃったそうじゃった、ふぉふぉ」と笑いながら……とある謎の女と遭遇し、ペンダントを渡された時の話を始める。
一方、ジルはグレイダーツの言葉に若干、不貞腐れながらも、珈琲のお代わりを淹れにソファから腰を上げる。「結局、今回も同士は増えなかったなぁ。こんなんじゃ満足できねぇぜ」と残念に思いながら。




