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夏に向けて side①

 その渋い顔で、格好良く目線をキリッとさせたがら彼は言った。


「という訳で、リアと番いになりたくて仕方ないのだが、意見をくれないか」

「どういう訳かは知らんが、私から言える事は一つだ。今ここで討伐してやるから首を差し出せ」


 校長室に突如やってきたギルグリアは、開幕早々にとても気持ちの悪い発言をぶっ放しやがった。流石ドラゴン、最低な発言なのに躊躇いというモノが一切ない。そんな彼は軽蔑の視線にすら気がついていない様子で、私の言葉を受け流した。


「ここ最近、我が愛しのリアを見ていて思ったのだ。彼女は人間の雄に人気があるとな」

「ほーぅ、そんなに人気あんのか」

「流石は我が妻だ」


 誇らしげに言うギルグリアにグレイダーツは「てめぇの妻じゃねぇだろう」と呆れ返る。まぁ、でも、見た目は確かに美人だし人気があるのは本当なのだろう。黒髪ロングは清楚な印象が強く、しかしそれでいて胸は大きくスタイルもモデル並みに良い。

 そしてデイルの弟子なだけあって魔法使いとしての腕もかなり高い。

 高嶺の花には充分に成り得る要素を兼ね備えている。だが、それが一体なんだと言うのだ。そしてなぜ私に言う。


 困惑……というよりは面倒という気持ちが多く(このまま回れ右して帰ってくれないかなぁ)と思っていると、突如、本棚の整理をしていたカルミアが手を止めて私達のいる場所まで近づいてくる。因みに着ている物はこの間デイルが持って来たメイド服だ。

 彼女は胸に手を当て、頭に乗せたホワイトブリムを揺らしながら「うんうん」と頷き口を開いた。


「ギルグリア様。貴方の言いたい事を私は理解しました。要するに、誰かに取られるかもと思い、焦っておられるのですね」

「おぉ、分かるか! そうなのだ……我はどうしても、他の雄がリアに触れる事が我慢ならん……それに、誰かに取られるかもやと思うと、心配で夜も眠れない」

「独占欲という奴ですね、分かります!」

「そうなのかもしれん。しかし、友好を深めようにも、最近はやたらと避けられてしまってな……話しかけようとしても露骨に距離をとられるのだ……」


 グレイダーツは「悲しそうに言っているところ悪いが、お前の自業自得だろ頭大丈夫か、あっ大丈夫じゃないか」と言いそうになったが後々の対応の面倒臭さを思い浮かべグッと言葉を飲み込んだ。

 ドラゴンは生物として自分達が上位の存在だと思っているのか、総じて誇りと自尊心が高い。何かあっても自分が原因だと思わない生き物だ。まったくタチが悪い。


 それから、なにやら通じるものがあるらしい2人は騒がしく会話をし始める。

 そんな彼らを横目に、私はノートPCのキーボードを叩きながら、デイルに持たせたGPS端末の居場所を探る。GPSの位置情報は、駅前のアイス専門店の裏口になっていた。どうやら『底の虫』を介しての依頼は終わったようだ。


「結果はどうだったのか。……直接聞きに行くか」


 うるさい2人から隠れるようにこっそりと《門》を開き、私は向こうの空間に体を滑らせるのだった。


……………


 アイス専門店にはcloseの掛札が下げられており、代わりに『底の虫』の事務所前にはOpenの立て札が立てられていた。


 事務所の中には来客用のソファが向かい合わせに置かれており、店長のジルは向かいにいる英雄、デイルへとコーヒーカップを差し出した。


「あの人が淹れたものより不味いかもしれませんが、どうぞっす」

「せんきゅーじゃ」


 コーヒーカップを受け取り、一口啜って一服つく。口の中に広がる苦味を味わいながら、デイルは口を開いた。


「してジルよ。上のお役人達は魔王の話を伝えてくれたかの?」

「……友人の役人とかには当たってみましたが、全員与太話としか思ってなさそうでした」

「じゃろうな。事情を知らぬ者からすれば、作り話もいいところじゃろう」

「そうっすねぇ……それに、まともな国王権限のある人は野心家を潰すのに必死で、こちらに手を回す余裕はなさそうっすよ」


 ジルの言葉にデイルは重くため息を吐いた。


「まったく……わしらが4カ国に分離し連合国にした意味を分かっておらんようじゃのぅ」

「しゃーないですよ。50年も経てば体制も変わる。それに、野心を持つ者は自ずと現れるものです。人間なら尚更ね」


 肩を竦めるジルに、デイルはコーヒーカップを机に置いてからソファに深く背を預ける。


「お主はどうなのじゃ? それなりに地位もあったじゃろうに」


 デイルの問いに、ジルは頭をガシガシと掻きながら答えた。


「俺は好きな事してる方が性に合ってたって事です。お菓子作りは大好きですし、探偵やってるのも楽しいですしね」


 ニカッと青年らしく快活な笑みを浮かべたジルに、デイルは朗らかな笑い声を漏らした。


「ほっほっ、そうじゃのぅ、お主はわしの友に良く似たようじゃ。……おっ? ちょうど彼女も来たようじゃな」


 会話がひと段落したのを見計らったかのようなタイミングで、近くの空間が歪み黒い扉が現れる。扉の向こうからは、美しい少女が金色の髪を揺らしながら歩み出てくる。依頼主であるグレイダーツだ。ジルはいつもの事ながら英雄には見えないよなぁと不躾な事を思いながら、彼らのやり取りを眺める。


「よっすデイル。結果、聞きに来たぜ」

「丁度いいタイミングじゃよ。そろそろ話そうかと思っておった。そうじゃのぅ、依頼通り先に館での出来事を話すつもりだが、その前にこれの鑑定をしてほしい」


 そう言うとデイルは裾から一つのネックレスを取り出した。銀色の細いチェーンに、月をデザインした白金色の小さなペンダントが付けられている。しかし、ペンダントは溶接してあるようで中を開ける事は出来ない。


 デイルから手渡されたネックレスを見たグレイダーツは、怪訝そうに眉根を歪める。


 指で摘んで角度を変えながら、数分という長い時間を用いて鑑定したグレイダーツは、頭痛を堪えるように頭に手を置いて口を開いた。


「待て……なんだこれは。何故、私のお守りと同じ構造の魔法がかけられているんだ? 魔力の感じからして、お前が作った物でもないだろ……誰がこれを持って来た?」


 そのペンダントには、グレイダーツがリアとレイアに渡したお守りと全く同じ魔法がかけられていた。そして、この魔法は自分とデイルしか構成式を知らない……もとい2人で作った魔法の為に知る人間がいないモノだ。


 つまり、この世に存在し得ない代物。


 デイルが誰かに魔法の式と作り方を話したのなら別だが、彼の守秘事項の黙認に限っては信用しているグレイダーツは、デイルが他言したとは思えなかった。そんな彼女にデイルは続きを話そうと口を開く。


「説明はするが、驚く事はそのペンダントだけでない。わしと……クラウが共に組み上げ、後に禁忌として封印した魔法も使っておった」

「クラウ・リスティリアと作った魔法で禁忌魔法というと……おい、まさかお前、あの魔法か?」

「そうじゃ、あの魔法じゃ。だが、そのペンダントを渡した人物の事を話す前に、館での出来事を話すとしよう。ジルよ、お主にも一応わしの見た魔法を調べて欲しいから、聞いてくれんか?」

「もとい、そのつもりっすよ。クライアントとしてってのもありますけど、俺自身気になりますしね」


 2人はデイルの向かい側のソファに座り、話を聞く体勢になる。少し前のめりになっているところを見るに、少し……いやかなり気になっているのだろう。


「では……そうじゃのぅ、館に入ったところから話すとするかの」


……………


 デイルは洋館に入る前に、片手に《境界線の黄金剣》を顕現させ、全神経で警戒しながら近づいていく。罠の類はないようで、近づいても何のアクションも起きなかった。ほんの少しだけホッとするが、森で襲われた以上は何かしらあるかもしれないと気を入れ直す。

 そのまま、洋館の玄関まで行くと、そっと古い木製扉のドアノブに手を触れ軽く引く。すると、鍵はかかっていないのか、「ギィー」と軋む音を鳴らしながら扉はゆっくり開いていった。


 ……今にも朽ち果てそうな古い洋館は、扉を開けると同時に埃が舞い散る。どうやら外見同様に、屋内も長年人がいなかったようだ。


 デイルは埃っぽい空気にカビ臭さが混ざり、噎せそうになった。老体には中々にキツイ空間だ。

 けれど、やはり確認しなくてはいけないと歩みを止める事はない。いや、寧ろ確認事項が増えたと言うべきか。


 空気の匂いから、仄かに鉄の匂いと生ゴミを腐らせたような腐臭が混じっている。


「……全くもって、嫌な予感しかしないのぅ。この鉄臭さは、血の匂いじゃろうか」


 懐かしい、死の匂いだとデイルは溜息を吐きながら思った。出来るのならば、このまま帰りたい気分だ。しかしそれはできなくなってしまった。『何かがある』という事が確定してしまったから。

 それに調べないと、ここまで来た意味がない。何より自身が気になっている。ついでに言うと、森で襲われた以上は覚悟の上だ。


「ふーっ、よし……」


 ギジギシと軋む廊下を進む。

 玄関に1番近い扉をそうろっと開き中を確認する。


 部屋に家具は何一つ置かれておらず、がらんとしていた。床に積もった埃も多く、長年人の出入りがない事が分かる。


「何もなし、か……」


 魔力の気配もなければ、血の匂いも無い。森に現れた黒い人影も出てくる事はなかった。

 デイルは数秒間で確認を済ませると、ここには何も無いとキリをつけて扉を閉めた。

 それから、続いて部屋を確認し続けていく。一階の部屋は他の部屋と同じく、埃まみれで蜘蛛の巣が張った廃墟のようで何も無かった。


「外れか。して、最後は二階じゃが……やはりここかのぅ。まぁ分かっておったわ……」


 明確な理由はない。しかし雰囲気から二階が怪しいと、長年培ってきた『勘』が反応していた。だからこそ、一応は一階を全て見て回ったが、元より詳しく調べるつもりはまるで無かった。

 ……つまり、ここからが本番だ。デイルは剣を握る手に力を入れ、更に警戒を強くする。勘が警鐘を鳴らすと言う事は、これから何かが起きる可能性が高いという事だ。常に神経を張り詰めて、背後も警戒しつつ進んでいった。


 階段を上るごとに、ギシギシと木が軋む音を上げる。薄暗い視界と、廃墟同然の内装からか、まるで木が悲鳴をあげているようにも聞こえ、とても不気味だ。

 そして二階へと歩みを進める度、悪臭も段々と強くなっていく。やはり、当たりは二階のようだ。


 階段を上りきると、続くのは一直線の廊下。窓から注ぐ仄暗い陽の光が、その突き当たりにある一枚の木製扉を照らしている。まるで、ここに来いと誘っているように感じた。

 だが、デイルは敢えて周囲から確認を始める。そして、幾つか分かった事があった。


「仄かな魔力の痕跡を感じる。それに、廊下にある埃が少ない。やはり、つい最近まで誰か居たようじゃの。それに……玄関から外に出ていないという事は最低でも《門》が使える魔法使いという事になる……。ふむ……嫌な予感は当たっていたようじゃのぅ、グレイダーツよ」


 依頼主の名を呟きながら、デイルは手に持つ《境界線の黄金剣》を軽く振るう。金色の暖かな光が広がり、館内に漂う微かな魔力を根こそぎ吹き飛ばしていった。そのおかげか空気も少しだけ澄み、心なしか悪臭も減ったような気がする。

 だが、目的は空気の清浄化の為では無い。


「魔法に対する反応なし。ならば、罠の類はこれで無くなったじゃろう。さて、では行くとしよう……」


 扉に背を向け、張り付きながら錆びついたドアノブに手を伸ばす。


「《薄結界の外套ルールコート・オーバーレイ》」


 薄い透明の膜が、まるで冬に着るようなコートの形を成して身体を包みこむ。これはデイルが昔考えて作った纏うタイプの結界であり《結界壁》を構築し維持する魔力よりも、更に少ない魔力で構築と維持ができる上、防御力も格段に上がる為、自身だけの身を守る時は大変重宝する魔法だ。

 しかも、結界魔法の特性上、構築の仕方を変える事で魔力の反応を消す事もできる。相手に魔法を使った事を悟られないという事は、とても大きなアドバンテージになる。


 ただしこの魔法には一つだけ欠点があり、衣服の形をしている以上は隙間が存在するというところだ。行動の阻害にならない程度に、そして適度な範囲に減らさなければ攻撃された時の再構築に手間取ってしまう為に、敢えてこの形にしたのだ。


 だが、隙間があったとしても、やはり安心感は桁違い。そう、例えるなら戦場で私服ではなく、鎧を着るようなものだ。


 そんな薄くとも心強いコートを纏ったデイルは次に、片手に持っている《境界線の黄金剣》の構築に別の魔法の構築式を加えておく。


「念には念を」


 《境界線の黄金剣》もリアの使う《境界線の剣》も、構築の甘さや緩さ、使い手の癖があるにせよ、ある共通点があった。それは、《結界魔法》という魔法の『更に上の魔法』への媒体にできるという点だ。

 所謂、物語などに出てくる魔法使いが使うような『杖』や『錫杖』のような役割を担うと言えば分かりやすいと思う。


 つまり、デイルができる、本気の戦闘態勢であった。


「すーっ、ふっ」


 深呼吸をして心落ち着けてから、ドアノブを捻る。錆びついたドアノブは小さな錆を散らしながら「カチャカチャ」と音を立てる。分かってはいたが、静かに侵入……とはいかないようだ。これはもう、中に誰かいた場合、自身に気がついている事だろう。


 まぁ元より洋館内に侵入した時点で、ゆっくり中を覗くよりも一気に開いてしまった方が良いとは判断していたが。


 デイルは扉を開き、剣をいつでも斬り払えるように構えながら身体を部屋に滑り込ませた。


 その瞬間……。


 腐った生肉にお酢をぶち撒けたような、鼻をつんざく悪臭が襲いかかってくる。吐き気が込み上げ、デイルは思わずローブの裾で顔の下半分を塞ぎ匂いをシャットアウトしようと試みるも、あまり意味が無さそうだった。


 そして、その悪臭の原因に思わず呟く。


「……なんじゃ、この悪趣味なモノは」


 陽の光が薄く差し込み、明るい室内だが、内装のせいで薄暗く感じた。


 部屋の両端には、解体された何かの肉片と骨が積み重なって腐り、茶色に変色している。その上から緑色の苔のようなものが生えていた。緑の部分は恐らくカビが生えているのだろう。更に周辺を無数の蝿がたかっているのもあって、生理的嫌悪感を感じた。


 それから床や壁には、赤黒い液体が飛び散って何重にも積み重なったのか、赤黒いまだら模様が周辺を彩っている。他にも包丁や鋸、金槌などの工具から始まり、小さなバケツや絵筆らしき画材道具なども散乱しており、どれもが使用されたのか赤黒く乾いた液体で汚れていた。

 何に使ったのか検討はつく。だからこそ、思わず顔を顰め、再び湧き上がる吐き気を唾と共に飲み込んだ。


 そして部屋の中央。窓をバックにして、ちょうど部屋の真ん中には大きなキャンバスが鎮座していた。


 汚い部屋にあるキャンバスには勿論綺麗な絵など描かれておらず……そこには赤と黒だけで描かれた、人間のような生き物が首を吊っている絵が描かれている。精巧に描かれた人型の絵は、まるで人の皮を剥いて中身を貼り付けたような狂気を纏っているように見えた。

 というより首吊りの絵という時点で充分、狂気的だ。じっくり見ていると狂気に飲まれ、発狂しそうになる。


 そんな絵画に一時気を取られてしまったが、デイルはすぐさま周囲を確認する。そして……部屋には誰もいない事を確認した。


 しかし、誰もいなかったとはいえ、毛程も警戒は解けなかった。全身の血管が締まるような息苦しさを感じ、心臓の鼓動だけが耳に響く。


 これは異常だ。どこまでも異常な光景だ。確認しなくては、調べなくてはいけない。


 だが、調べたくても近づく事を躊躇いたくなる。部屋の異様な雰囲気よりも、その絵は不気味で気持ちの悪いものだった。一体誰が何を思いその狂気の塊のような絵を描いたのか。まともな人間ならばこんな物は描かない。そして絵の具に血を用いたりもしない。

 

 忌避感と嫌悪感が『近づくな』と警鐘を鳴らしている。


 嫌な汗が流れた。たかが絵ごときに、この自分が無意識に腰を引いている。怖気づいている。

 その事に自分自身で驚いた。だが、常に思考は冷静に。デイルは舌を一度鳴らして気分を切り替えた。


「さて、どうしたものか……。この酷い臭いの中、あまり長居はしたくはないしのぅ。困ったものじゃ……」


 グレイダーツか底の虫に連絡をするべきか。いっそこのまま建物ごと、灰になるまで焼き払うべきか。自分的にはすぐさま後者を選びたいところだが、しかし彼女が、あの魔王がいたかもしれない部屋だ。碌に調査せず焼き払えばグレイダーツにどやされる事は必須事項になってしまう。


 だが……そんな二択を選ぶ暇もなく事態は急速に変化していた。


 絵画の一部がとろりと溶けて滴り、水音を立てた。

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