小話『午後のカフェにて』
血のついた制服で街中を歩く訳にはいかなかったので、一旦家に帰ってから再び再集合した。それから、駅前に向けて歩き始める。
駅前にできたアイスショップは、小洒落たカフェのような建物だった。
内装は無駄な装飾が無くシックで落ち着いており、テーブルや椅子も木製だ。天井から吊り下げられたランプが良い味を出している。それから店員は少ないのか、長いカウンターキッチンの調理場に1人、青年がエプロンをつけて立っているだけだ。
ドアを開いた時に「カランカラン」と鐘が鳴った事で客が来た事に気がついた青年は、大きくはないが聞き取り易い声で「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」と声をかけてきた。リアとレイアは目を合わせると、とりあえず何処かに座ろうと店内を見渡した。
店内には平日の昼間なのもあってか、客は少ない。端の席も何席か空いているため、そこに座ろうと思い足を踏み出す。
しかし、そんな中とある人物が視界に映った。その後ろ姿は、ここ最近でも記憶に新しい。
「あれは……ダルク先輩?」
違うかと思って何度も確認してみるが、何処からどう見てもダルク先輩のようにしか見えなかった。ピンクブロンドの髪色は珍しいからこそ、見間違う筈がない。制服だって同じ学校のものである。
そんな彼女は1人で席に座り、テーブルの上のパソコンを操作しながら画面を見てニヤついている。何をしているのかとても気になるところだ。
レイアもこちらの呟きで気がついたらしく、横から同じ方向に目線を向けた。
「確かにダルク先輩だ」
「やっぱりそうだよな。今授業中な筈だけど……何してるんだろう?」
「リア、その言葉はブーメランだ」
そんな会話をしながら、2人はダルク先輩の座るテーブルへと近づいた。接近に気がついたダルクは、パソコンの画面から顔を上げ、少しだけ驚いたように目を丸くした。
「あっれ、後輩達、こんなところで何してんの? 今授業中だよね?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ先輩」
「確かに。とりあえず2人ともここに座りなよ」
「では遠慮なく、失礼しますね」
ダルクに促され、リアとレイアは並んで席に腰掛けた。丁度俺の前にダルク先輩がいる配置だ。
そんな訳で対面する形になったのだが、2人を交互に見るとダルク先輩はニヨニヨと楽しげに唇を動かした。
「しっかし新学期早々サボりとはやりよるなぁ〜、新入生」
「ぐっ、いや……これには深い訳が……」
言い訳をしようと言葉を選んでいると、ダルクは返答を聞く前に口を開いた。
「あぁ大丈夫。分かってるって。私、昼休みに屋上にいたし」
「え?」
「だから分かってるよー、まぁ今から教室に戻っても無駄だって事もね」
「なんだ……知ってたんですか先輩」
「私は面白い事なら何でも知ってるぞ。
……まぁ、例え知らなくても何気に噂になってるからな。どの道、後々知る事にはなっただろうけど」
「うん?」
「噂?」
「あんれ、知らないの?」
間延びしたダルク先輩の呟きに、リアとレイアは揃って首を縦に振った。屋上にいた事と学校をサボった事を話していたのに、いきなり噂がどうのこうの言われれば首を傾げても仕方ないと思う。
「噂って、どんなものなんですか?」
気になって問いかけた。ダルクは問いに「くっくっ」と喉奥を鳴らす。少し楽しげ……というよりは、人の不幸を愉しんでいそうな……そう、愉悦を感じる笑い方だった。
「んー、そうだねぇ。まずは一から説明した方が早いかな?……実は屋上の一件に誰も入れないようにしてたのはエストみたいでさ。危ないから生徒会と風紀委員が協力して規制したんだ」
何故そこまで詳しく知っているのかは、今は置いて。
「エスト先輩が?」
「そそ、で、憶測やら推測やら妄想やらが飛び交いまくった結果、いろんな噂が広がったんだ」
「それは一体……?」
「そうだねぇ、襲ったのは襲撃者がいた……というよりは誰かの魔法が暴走した事になっていて、それを君ら2人が魔法で止めたって事になってる」
なんとまぁ、都合の良い解釈だなと思った。でも、おかげでドラゴンが襲撃した事を知っているのはあの後屋上にいた自分達くらいのようだ。これで、グレイダーツ校長へのクレームなんかは減るだろう。まぁ、それ以前にドラゴンと戦いましたなんて言っても誰も信じないだろうけど。
それに自分が洗脳されかけていたのを見ていた人がいないと知ってリアは心底ホッとした。というより、これが1番の理由だ。だらしなく洗脳されてアホ面を晒した事実は、軽い黒歴史になっている。できれば、レイアの記憶からも消え去って欲しいくらいに。
まぁ黒歴史の件はさておき。今度、屋上への立ち入りを規制してくれた生徒会や風紀委員には、お礼として何か差し入れしよう。そう思い、ダルクの話に再び耳を傾けた。
「まぁ、勿論噂の中には嫉妬なんかも多数にあったけどね」
それを言われると、どこか心が痛む。助けた事、首を突っ込んだ事は、決して自身の実力を見せびらかす為ではないからだ。
しかし自惚れる訳ではないが、魔法の練度ならばこの学校でも3年生以上だと自負している。それでも同級生や上級生が自分よりも能力が上だった場合、自分もきっと嫉妬したり悔しかったりすると思うから気持ちは分からなくはなかった。
だからこそ、少なからず理解はできる。
しかし、それでも。
あの時、魔法を使った事は全く後悔してはいない。
もし、屋上での一件で力を出すのを躊躇して、結果死人でも出そうものなら……デイルの弟子を名乗れない。名乗ってはいけない。デイルに憧れて、師事して、努力して魔法を身につけたのは、彼が人を守った数々の魔法に憧れたからだ。それで得た技術や魔法を、しょうもない理由で躊躇するなど、彼に憧れた自身の気持ちを根底から否定する事になる。それは自分という存在への否定だ。できよう筈がない。
だが、それでも勘違いしてほしくはない。別に上から目線で他の生徒を見ている訳ではないという事を。人は誰しも英雄にすらなれる力を持っていると考えている。決して、リア自身が特別な訳じゃない。
だからこそ、力関係なんて意味もないと思っているし、皆んなと仲良くなりたいと心の底から願っている。それに、自身よりも強く巧い魔法使いなど幾らでもいる。
(けど……俺やレイアに嫉妬する人間とは、やっぱり仲良くはなれないだろうなぁ)
気持ちがわかる分、友達になる事が無理な事も分かる。
人の感情というものは、とても難しいものだ。それはリア自身だって例外ではない。
きっと自分も、とても面倒くさい性格をしている筈だ。そう自覚している程度には、自分の事はよく分かっている。
そんな訳で……友達を作る上でのハードルが跳ね上がって、少し陰鬱な気分になった。
ダルク先輩は冷水を一口飲み、口内を潤してから話を続ける。少し脱線しかけていた話はようやく元の軌道に戻ったが……もしかしたら、ここで話を切った方が良かったのかもしれない。
「でだ。結果、君達に面白い二つ名がついた訳だよ」
人の不幸を楽しむように、明るい口調でダルク先輩は言った。2人は勿論、困惑するしかない。
「二つ名?」
「そう、二つ名。元々リアちゃんはクール系、レイアちゃんは可愛い系で新入生から人気があったからな。リアちゃんに関しちゃ、ルナちゃんが元から人気あったのもあって速攻で人気が広がってたし」
「そんな事初めて知りましたよ……」
「僕も……っていうか、僕って周囲から可愛い系だと思われてたんだ……」
レイアが横で驚愕していた。リアも同様の表情をする。
というか人気云々はさておいて。
(クール系ってなんだ。割とサバサバした話し方だからか?
いやいや、それなら俺は当てはまらないだろう……。クール系ってのは、もっと冷静な態度と口数が少なく、表情にもあまり喜怒哀楽が現れない人の事を指すと思っていたのだが……。もしかして、俺ってあんまり感情が表情に出ないのかな?)
疑問は尽きず。
そして色々と勘違いをしているのだが……リアが気がつく事はない。
なんともモヤモヤとした気持ちが湧き上がり胸中を占める。自分が気がついていないだけで、意外と無愛想な表情をしていたのかもしれないし、今夜風呂上がりにでも鏡の前で表情を練習しようとリアは思った。友達を増やすなら、まず言葉使いや表情が重要だろうから、もし無愛想に見えるならば直していくべきだ。
一方、レイアの気持ちを知ってか否か、ダルクは楽しそうな声色そのままで更に話を続ける。次の言葉は、先程の比ではない程に頭が痛くなるものだっか。
「そんで、君らは皆んなを助けた事や魔法の卓越した技術もあって、影でこう呼ばれてるんだぜ? リアちゃんは「女王」レイアちゃんは「姫騎士」ってね」
軽く絶句した。じんわりと頭が痛くなり、右手をデコに当てて目を瞑る。それから喉が乾くのを感じた。きっと露骨に嫌な顔をしている事だろう。
「どう噂が立ったら、そんな二つ名が付くんだよ……」
「全くだ。僕が姫騎士? なんだいその恥ずかしすぎる中2ネーム……あぁ、なるほど、騎士系の召喚魔法を使ってるから『姫騎士』か」
二つ名を聞いた感想は同じなようだ。中2ネームの二つ名など、付けられた所でただただ恥ずかしくて……流石にこの歳では精神的に堪える。
……明日からどんな顔をして学校に行けばいいのやら。教室に入る度に好奇の視線に晒されるのははっきり言ってごめんだ。豆腐メンタルだから本当に嫌だ。
そう考えると……とりあえず現状の引き伸ばしでしかないが……午後の授業、サボってよかったと心底思った。
しかし、レイアは安心なんて毛程もしていないようで……今尚、必死な形相なままで「グンっ」と音がしそうな勢いで顔を近づけ両肩に手を置くと
「リア……頼むから明日休むなよ」
祈るように言った。
必死な目つきと「はい」以外は言わさぬ強い語気にコクコクと激しく頷く。
だが……言われるまでもなく休むつもりは毛頭ない。
誤解や噂は、放置しておくと根付いてしまうからだ。明日、できるだけ色んな人と会話してどうにか二つ名を修正しつつ友達を増やしていかなければ……。なんだそれ元ぼっちのリアにはハードルが高すぎる。そうか、これが『詰んだ』、もしくは『無理ゲー』と呼ばれる状況か。
(絶望しかないな)
そうして、気持ちを吹っ切る事はできないが……こうなったら運命共同体だと覚悟を決めた表情で、リアはもう一度深く頷いた。するとレイアは安心したのか、顰め面を和らげる。
話がひと段落した所を見計らってか、カウンターにいた青年がお盆を持って歩いてくるのが見えた。お盆の上には水の入ったコップが2つ乗せられていた。
青年は3人の座る席まで来ると、お盆のコップをリアとレイアの前にそれぞれ置いた。そして、何も乗っていないお盆を脇で挟み、伝票を手にとって人当たりの良い笑みを浮かべる。
「お客様、ご注文はもうお決まりですか?」
そう言えば、座ってからそれなりに時間が経っていた。
とりあえず咄嗟にメニュー表を手に取り、ペラペラと急いで捲る。メニューは珈琲や紅茶などのドリンクから始まり、残りは全てアイスクリームで統一されていた。種類は定番なものから、少し変わったものまで多種多様だ。その中で目に止まったのは、パフェが載ったページである。単体の値段は其々500円帯であり、リーズナブルで財布に優しいお値段。
しかも、安くともメニュー表に載っている写真の全てが彩り豊かで、どれも美味しそうであった。
「あ、僕はチョコレートパフェで」
横からメニュー表を覗き見ていたレイアは、即決して注文を告げた。
リアも早く決めなければと思いつつ目移りしていると、レイアが腕をツンツンと指で突いた。何だと目を向けると、彼女はメニュー表に人差し指を向けていた。
「この前僕が食べたのなら、この苺パフェが美味しかったよ?」
「そう? うーん」
悩んで決め損ねていたし、まぁレイアが美味しいというのなら、ハズレではないだろう。それに始めて頼むパフェならいちごが無難かな。そう思い、とりあえず注文を口にした。
「じゃあそれにする。苺パフェをお願いします」
「かしこまりました。チョコレートパフェと苺パフェですね」
青年は注文をメモしてから伝票を机に置いて……今度はダルクへと目を向けた。さっきまでの営業スマイルとは逆に、少しだけ眉根を寄せ怒っている印象だ。
「おーいダルクよ。お前はいつまで居座るつもり? もう2時間以上いるぞ」
言葉の節々に棘をちらつかせながら青年は言った。気安い言い方から何処なく親しさを感じる。どうやら、彼等は知り合いのようだ。
それから、怒った様子の青年の言葉にダルクは飄々と応じる。
「およ、なら珈琲もう1杯よろしく」
「珈琲2杯で何時間居座るつもりだ……」
「ケチケチすんなや、ジル公。禿げるぞ」
「あとそのジル公ってのやめろ、あと禿げてねぇから、ぴちぴちの20代だから。はぁ……分かった、珈琲でいいんだな?」
「あっ、砂糖とミルクは多めにね?」
「はいはい」
ギリギリ聞き取れないくらいの小さな溜め息を吐いて、ジル公と呼ばれた青年は奥のカウンターに引っ込んで行った。
……聞くならば、今が良いタイミング。そう考え、当初から気になっていた疑問を口にする。
「で、結局ダルク先輩は此処で何をしていたんですか?」
「僕も気になってた。先輩こそ学校サボって何してるのさ?」
レイアも援護とばかりに同様の質問を投げかける。ダルクは暫し逡巡した後、軽い口調で応じた。
「バイト中だよ」
「バイト?」
確かに学生ならバイトをしていても不思議ではないが、少なくとも学校をサボってする程のものではない。そう思った矢先に、ダルク先輩は自身の前にあったノートPCを180度回転させ、人差し指で画面を見るように指示をした。
「学校を休んだのは時間がなかったからさ、ほれほれ」
心底面倒だと言葉の語調が彼女の心情を語っていた。そんな彼女の見せたPCには一枚の地図と何処かの映像らしきものが幾つも、画面いっぱいに広がっている。地図には何処かの地名と、赤い点がつけられており、赤い点は常に移動していた。
「これは?」
ごく当たり前の疑問だ。レイアが言わなければ俺が代わりに言っていた。こんな地図やら地名やら監視カメラらしき映像を見せられた所で、ただの盗撮やストーキングなどの犯罪行為にしか見えないからだ。というか、監視カメラに至ってはハッキングでもしているのだろうか。所々常に動き続けるプログラムの配置、配列が見えたのであながち間違いでは無いのかもしれない。
問いを受けたダルクは、その答えを得意げに言った。
「ふふっ、これはだね、密輸業者のr」
言いかけた所で、背後から「パシーン!」と軽快な打撃音が鳴った。打撃音に遮られ、ダルク先輩の言葉は途中で切れてしまう。
ダルクの背後には、いつの間にやらジル公と呼ばれた青年が立っており、その手には振り抜いたであろう丸めた雑誌が握られていた。どうやら、手に持った雑誌でダルクの頭を叩いたようだ。
表情は接客スマイルで固められているであろう満面の笑顔だが、ぴくぴくとヒクつく顳顬と、肌で感じる剣呑な威圧感から、怒っている事は側から見ても明白であった。
そんな彼に頭をシバかれたダルクだったが、当然ながら不満だと頰を膨らませて、頭を摩りながら抗議していた。
「何すんだよジル公!! 暴力反対!!」
「阿呆!! お前こそ守秘義務を忘れてんじゃねぇよ!! クライアントとの契約は守れ!!」
それだけ言って青年はこちらに一礼して「すみません、大声を出して」と詫びた。別段気にしてない2人は「いえいえ」と軽く手を振って応えた。青年は2人の対応に感謝を述べた後「……もう此処まで知られた以上は説明しますけど……聞きます?」と言った。どうやら疑問に答えてくれるらしい。そしてそれは是非も無い事だ。
二つ返事でお願いした。
「了解した。ではお客様。まずは
ようこそ、探偵事務所『底の虫』へ」
「探偵事務所? え、ここアイスの専門店だと思ってたんだけど?」
レイアの言葉に、青年は不敵な笑みを浮かべる。
「それは間違ってませんよお嬢さん。このアイス専門店は俺の店でね。一応、パティシエの資格は持ってるから味は保証するよ」
そうなんだ、と思ったのと同時に(まだパフェはできていないのかな?)と思った。
勿論頭の中で口籠り、空気を読んで言わなかったが。
しかし、リアの雰囲気から考えている事を感じ取ったのか、少し早口に青年は続ける。
「ここは裏で探偵事務所もやってるんだ。ここにいるダルクはうちで雇っているバイト」
「そゆこと。で、今回はちょっとした追跡調査だね。と言っても発信機つけまくってPCで居場所とルートを観察する簡単な作業だけど。あぁ、あと証拠集めかな?」
「そこまでだダルク。それ以上は契約違反」
「へいへい、すいませんね店長。それはそうと、いい加減パフェと珈琲持ってきたら?」
しっしと鬱陶しい虫を払うように手を振るダルクに、青年は少しだけ目を細め睨みながらも
「お前ってやつは……でも、確かに待たせすぎたな。すみません、すぐにお持ち致します」
そう言ってカウンターに一度戻ってから、パフェ2つと珈琲の入ったティーカップを持って戻ってくる。それぞれを机に置いてから、青年は軽く頭を下げた。
「ではごゆっくり。後、この店ではいつでもバイトを募集してるから、バイトをしたいなら是非とも、うちを宜しく頼みます」
「それは、探偵の方?」
「いいえ、店員の方です」
バイトを募集している事を伝えてから、青年は「ごゆっくりどうぞ」と言い残しカウンターへ戻って行った。そんな青年に、ダルクは(ジル公め、何気にしたたかだな……。気持ちは分からんでもないが)と心の中で呟いた。
そして、とりあえず今の話で分かった事を纏めると、ただアイス専門店が裏で探偵事務所をやっていただけであった。
リアは「結局……」と前置きして口を開く。
「ダルク先輩、どちらにせよサボりじゃないですか……」
ダルクはリアの言葉に、悩む素振りを見せた後
「そうだね!!」
笑顔で開き直った。
「まぁまぁ、そんな事より早く食べなよ。溶けるよ?」
そして露骨に話を逸らした。まぁ、言ってはなんだが自分達もサボりな為に、これ以上追求しても全て自身に返ってくる。ならば、この話題はここまでにしよう。そう思い、リアはスプーンを手に取った。
「とりあえず、食べようか」
「そうだね」
目の前のパフェに目を向ける。苺パフェは白いバニラとピンク色の苺アイスが乗せられており、その上から渦巻状の生クリームに果肉入りの苺ジャムがかけられている。トッピングはチョコプレート2枚と苺が丸々2個乗っていた。
一口苺アイスを掬って食べてみると、苺の香りと甘いアイスが口の中で溶け広がっていく。舌触りも滑らかだ。
思わず、頰に手を当て「んん〜」と唸った。勿論、賞賛する意味での唸りだ。
甘さはどちらかといえば控えめだが、素材の味が良く出ていた。爽やかな甘酸っぱくてフルーティーな苺のジャム。それからミルキーな生クリームがいいアクセントになっており、サッパリとしつつも虜になる甘さだ。これなら女の子でも食べきれる美味しさだと感心した。
「甘い、美味い」
苺ジャムの甘酸っさには隠し味にレモン汁でも入ってるのかな? 苺アイスのレシピはどんなものなんだろう?
そんな事を考えながらも夢中になってスプーンで掬っては口に運んでの動作を繰り返す。
そんな時、ダルク先輩が「一口ちょーだい!」と口を開いて言ったので、流れ動作そのままアイスを乗せたスプーンを口に突っ込んだ。
スプーンを引き抜かれたのと同時に、ダルクは口の中で舌を動かしながらアイスを溶かし堪能する。
「ジル公のくせに良い腕してやがるぜ」
「うんうん」と頷くダルクは、言葉に棘はあるものの素直な感想を述べた。
一方でリアとダルクのやり取りを見ていたレイアは、リアの肩をトントンと叩いてスプーンを向けた。
「リアー、僕のパフェも一口食べるかい?」
「いいの?」
「うん、どうぞ。あーん」
「じゃあ遠慮なく……あー」
桃色の唇が開き、紅い口内と舌が良く見えた。
その時、何故かレイアの心臓が、不意に「ドキリ」と高鳴った。
しかし、自身でも全く原因が分からない。否、頭の中で沸いた感情を否定した。
(友人の、しかも女の子の友達にドキドキするなんてどうかしてるよ僕。そう、これは疲れているからだ。うん、きっとそうに違いない!)
アイスの乗ったスプーンをリアの口に入れると唇がすぐに閉じたので、そのままスプーンを引き抜いた。スプーンのアイスは綺麗に舐め取られ、鈍い銀色の光を放っている。
「ん〜っ、チョコもいいなー」
変な気持ちが湧き、頭にハテナマークを浮かべ困惑するレイアとは裏腹に、リアはアイスの味を心ゆくまで味わっていた。
(ビターなチョコレート味のアイスだけど、甘さの中にあるほろ苦さと、チョコの香ばしい風味がマッチしていて幾らでも食べられそう……。これは、次来た時はチョコレートパフェにしよう!)
そう心の中で次来た時の計画を立てていた。
と、ここで一応、一口貰ったのでお返しにと思い、リアもスプーンで苺アイスを掬いレイアの前に差し出した。何故か自身のスプーンを見て動かないレイアを不思議に思いつつ、声をかける。
「レイアも一口いる?」
レイアは持っていたスプーンを落としそうになりながらも、焦ったように「えっと、あーっと」と言葉にならない単語をいくつか呟いた。
そして、ほんのり頰を紅くしながら
「いいのかい? くれるって言うなら遠慮なくいただくとするよ」
「了解、はい、あーん」
「ちょ、恥ずかしいんだけど……あーはむっ。ん〜、いちごもやっぱり美味い」
美味しそうに味わうレイアだが、どこか浮かない顔をしていた。
この時、心が男なら普通、間接キスなどを気にする場面なのだが……リアはアイスに夢中だったせいか、はたまた『もう、そんな事気にならなくなっている』のか。その後もリアが『間接キス』に関して気にかける事はなかった。
そうして、雑談を踏まえながらパフェを食べ続け、午後は優雅に過ぎて行った……。
……………
リアとレイアが帰った後、ダルクは制服の裏ポケットに手を突っ込んで、小さな小瓶を取り出した。小瓶の中では、紅く綺麗な液体が揺らめいている。
「……実際のところ、あんな面白い出来事に首突っ込まない訳がないんだよなぁ」
悪どい笑みを浮かべ、小瓶を手の中に握り込む。
「ドラゴンの血か。はてさて、どうしようかねぇ……売るか、使うか」
そう小瓶の中にあったのは屋上での一件で採取したドラゴンの血液であった。
しかし、ならばどうやって誰にも気がつかれず採取できたのか。それは彼女がそういった魔法に精通しているからである。
「ほんと、透明化魔法は便利だぜ。……といってもリアちゃんとレイアちゃん以外にはバレてたみたいだけど」
姿を隠し、足跡を消し、足音から服の着崩れの音を消す魔法は普通に存在する。だが、暗殺などに用いられる事が大多数の為に、それらの魔法は決まって忌避される。しかし、便利な事には変わりない。
だが、便利そうに見えても、やはり欠点は多々ある。
一つは透明化には周囲の景色を身体に透過する以上、繊細な魔力操作と莫大な魔力が必要になる事だ。この時点で使える人は限られてくる。
そして実の所全ての魔法に言える事だが、この魔法も例外ではなく魔法である以上は魔力の反応や痕跡を残してしまうのだ。
また、透明になって足音や呼吸音、着崩れの音を完璧に消したとしても、気配や匂いまで完璧には消せない。また熱などの反応や空気の揺れ、埃の動きまでは誤魔化せないのだ。とどのつまり、実力者や感知系の機械や魔法相手には、あまり通用しない魔法でもある。
そしてその事を証明するように、ダルクがこれらの魔法で屋上に侵入した時も、案の定グレイダーツ校長から始まり、クロムという有名な英雄の睨みが自身に来ていたのも知っていた。しかし、バレている筈なのに何も言われなかったので、その時は血だけを採取し逃げたのだ。
もしあの時、ギルグリアに出会っていれば恐らく攻撃されていたのだろう。だが、運が良い事にその頃には学校を出ていたので、ダルクがそんな危険があった事など知る由は無かった。
そんな訳で、リスクを負いながらも手に入れた小瓶の中身を眺めながら、ダルクは楽しそうに手の中で弄ぶ。そして……憂鬱な溜め息を吐きつつ呟いた。
「やっぱり……泳がされたのかねぇ? 流石、我が校の校長様。実に曲者だぜ……」
表情には出さないが、内心ではどうしたものかと途方にくれていた。だが、向こうからの接触が無い以上は……どうしようもない。自分から泳がされている理由を聞きに行くなど、それこそ無駄な事だ。
なら、時が流れるように、状況に身を任せれば良い。
ポケットに小瓶を仕舞い、ダルクは再びパソコンに視線を落とす。地図に浮かぶ赤い点印はちょうど、とある港から動かずにいた。そこには確か、大きな貨物船が数隻あった事を思い出す、
「後で考えればいいか。折角レア素材が手に入ったんだ、さっさと仕事を終わらせて帰るとしようかね」
海外のサーバーを経由し、ダルクは監視カメラをハッキングしていった。映し出される映像には、何やら堅気っぽいスーツを着た強面のお兄さんが、悪どい笑みで取引っぽく、別のお兄さんへとアタッシュケースを受け渡している場面がバッチリ綺麗に映っていた。
ダルクは携帯端末を取り出し、仕事仲間である友人2人にメールで連絡した。それから、流れのルートで縁のある魔導機動隊の一部隊にメールと地図、それからハッキングした監視カメラにより知り得た大凡の人数を記載しメールで送る。勿論、このメールも海外のサーバーを経由している為、足跡はしっかり消している。追跡、特定できる者は、恐らく自分よりも上手のハッカーくらいしか無理だろう。
程なくして、いくつか同じ内容のメールが届いた。内容には『Good!!』と一言だけ添えられていた。どうやら上手くいったらしい。
これで契約完了である。
ダルクはノートパソコンを畳み、それから足と肩をグッと伸ばした。凝り固まった手足は、コキリと音を鳴らす。
凝り固まった手足をほぐしてから、勢いをつけ椅子から立ち上がると、「ふぅーー」と深く長く深呼吸をした。珈琲の香りが、どこか心地良かった。
「終わった終わった!! ってな訳でジル公ー!! 私今日は帰るわ。明日ちゃんと依頼料振り込んどいてね、珈琲代は給料から引いといて」
「あいよー、お疲れさん」
「おうよ。今度は私もパフェ食べに来るわ」
青年の返答を聞くより早く、ダルクはさっさとノートパソコンを鞄に片付けると、店内を出て行った。
そして、学生の行き交う帰路を鼻歌混じりに歩く。見てわかるように、ダルクは今とても機嫌が良かった。
しかし、その楽しそうな表情の裏に多量の愉悦が滲んでいた事は、本人以外はあずかり知らぬ事である。




