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1学期⑫

 グレイダーツ校長は急ぎ校長室に向かった。本当はこのまま教室に戻るつもりだったのだが、ギルグリアの監視を頼まれた為に渋々、屋上で待機する。一応、クロムが寝ているソファが無駄に大きかったから、座る所には困らなかった。


 そしてソファに腰掛けながら、ドラゴンの肉片をジッと眺める。


 今更だが、リアはドラゴンの肉片の一部、もしくは血が欲しいと思い始めていた。


 あれだ、言うなれば探究心だろうか。

 結構レア度の高い材料……というより、手に入る事自体ほぼ困難な材料だから、今になって気になりはじめていた。

 あの血や肉も、賢者の石(仮)を作るのに用いられた素材なのだろうか、あの血を素材にした場合、どんな効能の薬が作れるのだろうか。考察する度に、そんなワクワクとした気持ちが湧き上がってくる。


 でも、今のリアでは使う用途が無い。運用する事が出来ない以上、貴重な素材を無駄にする訳にはいかない。やっぱり、今回は諦めるしかないか……。グレイダーツ校長からも、「触らないように」って言われたしと思う。


 けれど、割り切って尚、まるで幼い少年がアニメなどのヒーローを見た時のような、ワクワクとした気持ちが止まらなかった。その理由はもちろん分かっている。この世界にアニメやゲームにしかないような未知の生物や素材があると証明されたからである。

 世界は、まだまだ知らない事だらけで、未知に溢れていた。それは俺自身もまた、未知の存在を探せるという事で。だからこそ、この気持ちは『探究心』もしくは『好奇心』と言えるだろう。

 まぁ、ぶっちゃけ言うと魔物とか魔法も充分、不思議なものだけど。


 そうして、肉片を眺めていたのだが……暇なのと暖かな日差しのせいで段々と眠くなってきた。

 そして精神的な疲れもあってか眠気は加速していき、ゆらりゆらりと体が揺れる。それもまた、ゆりかごのように眠気の補助をしていき……抗えず目を瞑った。俺の意識は、暗闇に引っ張られ、夢の世界に落ちていく。


 最後に感じたのは、頭に当たった柔らかい感触だった。


…………………


 携帯端末で師匠とやりとりする。どうやら、僕の兄弟子が肉片を回収しに来るらしく、もう暫く待たなくてはいけないようだ。まぁ、待つ事自体は別に良い。ギルグリアがリアに近づかないように警戒しないといけないしね。それに、一応兄弟子に説明もしないといけないし。


 そんな訳で多少警戒しつつ、携帯端末を弄って暇を潰していると、いきなりぽふんと軽い音がして、それと同時に太ももに重さを感じた。


 携帯端末から目を離し、太ももに視線を落とすと、僕の太ももを枕にして眠るリアの頭が目に入った。「スースー」と小さく聞こえる寝息が、とても心地良さそうだ。


「まったく、もう少し警戒心をもってほしいな」


 呆れて小言がポロリと零れる。さっき襲われた相手が直ぐそこにいるのに、よく眠れるなと。

 しかし、リアの無防備な寝顔を見ていると、心が落ち着ちついていく感じがした。


「ふふっ、僕の膝枕は気持ちいいかい?」


 答えない事は分かっているが、意に反して口を開いていた。


 それから、ツンツンとリアの頰を突く。ふにふにとした感触が指先に伝わった。柔らかい。


「起きないね……」


 頰を突いても起きないという事は、それだけ眠りが深いのだろう。疲れているのだろうか? なら、今無理に起こす事もないか。


 僕は幸せそうに「むにゃむにゃ」と言葉にならない寝言を呟いていたリアの頭に、そっと右手を乗せる。それからゆっくりと左右に動かした。サラサラの黒髪は、指の間をするりと通り抜ける。極上の絹のように肌触りが良い。


「なんだろう、この気持ち……」


 心臓の鼓動が嫌に大きく感じる。僕は、リアの事を友達だと思っている。出会って間もないが、リアと共にいると心が安らぐし楽しい。それに、魔法使いとしても頼もしい。

 そんな彼女が、僕の膝の上で無防備にも寝顔を晒しているのだ。その姿が可愛らしくて……あぁ、解った。


「これは……小動物を愛でる時の、あの気持ちかな?」


 リアには大変失礼かもしれないが、言葉が見つからなかったのだから仕方がない。ただ、それだけ可愛かったという事だ。それに普段は凛とした雰囲気のリアだが、こうして僕の前で無防備を晒してくれているのがまた、信頼されているようで嬉しく思った。


 結果、俄然リアを撫でる手が止まる事は無く……。そのせいで気がつかなかった。

 奴が接近していたことに。


「寝ている姿も美しいな」

「っ!?」


 ばっと顔を上げると、ニヤけた表情でリアの寝顔を眺めるギルグリアが視界に映る。さながら、幼気な少女をいやらしい目で見る変質者のようだ。これで見た目が渋い老人でなければ、完全にアウトである。

 僕は接近に気がつかなかった己もまた、警戒心が薄かったと後悔し、とりあえず敵意を込めながらギルグリアの一挙一動に目を凝らす。


 そんな視線を受けたギルグリアは、余裕の態度を崩す事なく口を開いた。


「そう敵意を剥き出しにするな。今は何もするつもりはない」

「今は、ね」


 僕の返しに、ギルグリアは暫し眉根を寄せ、考える仕草をする。それから、「ふっ」と息を吐き出した。


「別に深い意味はないぞ。冷静になった今、無意味に恥を晒すつもりはないからな」


 もう、手遅れだと思うよ。そう心中で強く思ったが、口に出す事はしない。言ってもたぶん、このプライドが無駄に高そうなドラゴンを煽るだけにしかならないだろうから。


 まぁ、それに、今は何もしてこないならそれでいい。僕1人で戦っても勝てないのは明白だし。


 そうして、数分間無言の時間が流れる。だが、リアの寝顔を見ていると時間が過ぎるのを早く感じて、暇ではなかった。


 そんな時、不意に携帯端末の着信音が鳴る。メールの欄を開くと、兄弟子から「今から行くわ」と短いメッセージが届いていた。

 それから直ぐに、屋上の一角に魔力が集まり、空間が歪んでいくのが見える。その歪みは形を成していき、青い無骨な引戸に変化した。


 いきなり現れた扉は、ガチャリと音を響かせゆっくり開く。その扉の奥から出てきたのは1人の青年だ。

 知的そうな精悍な顔立ちに、黒い瞳。少し長い癖っ毛のある髪をバンダナで締めた、まぁまぁそこそこなイケメンである。服装は無柄の青いTシャツとジーパンを履いているが、その上から羽織っているフード付きの白衣が知的そうな雰囲気を助長していた。


 そんな彼は、僕の姿を見ると間延びした声で「おーい、婆さんに呼ばれて来たぜー」と言い、手を振りながら近づいてくる。


 そして次の瞬間、風がふわっと吹き抜けた。


「貴様、一体何者だ?」


 いつの間にやら接近していたギルグリアが、彼の頭を片手で鷲掴みにし、上に持ち上げる。骨が軋んでいるのかキリキリとした嫌な音と、急な展開に思考が追いついていないのか「い、痛い痛いっ!! 一体何事!?」と慌てふためく彼の喚き声が大きく響く。


 あぁ、説明するのをすっかり忘れていた。僕はそう思い、ギルグリアに彼を離すよう、言葉をかけようとしたのだがその時。


「ボスぅう!! 助けて! ヘルプミーボス!」


 辞めた。


 苦しめもっと。


 兄弟子と姉弟子が僕をボスと呼ぶ理由。それは特に深い意味もなく、至って簡単な理由だ。それは、僕が魔物と契約を結んでいるからである。

 オクタ君と契約をしたその日、あのバンダナ野郎が放った一言。それが全ての始まりだった。


『魔物と契約すんの? え、マジで? これは……アレだな、まるで悪の組織のボスみたいだな。よし、これから俺、レイアの事をボスって呼ぶわ』


 その一言に、姉弟子も悪ノリし、結果ここ数年ずっと、僕は2人から『ボス』といった、腹の立つあだ名で呼ばれているのだ。

 僕はその日から、ボスと呼ばれたらできるだけ無視するようにしていた。それを分かっていて尚、あいつはこの状況下で未だに僕をボスと呼ぶ。完全に癖になってやがる。

 少し痛い目みやがれ。


 顔を背け、リアを撫でる事に集中し始めたレイアの態度に、兄弟子は片手を伸ばして助けを求めながら、吠えるように叫んだ。


「ちょ、無反応!? あっ、やばい折れる折れる!!これほんと痛いんだけどぉおお!! 人体が鳴らしたらいけない音が鳴ってるって爺さん!! は、離してぇええぃいいあぁぁぁぁ!!」


 必死な形相の兄弟子の叫びに、レイアは「ふん」と鼻で笑う。

 そうして暫くの間、1人の男の悲鳴が屋上に響き渡ったのだった。


…………………


 リアを起こさないように移動し、ソファに寝かしてから立ち上がる。


 無視したのはいいが、ギルグリアの事だからその場のノリで危険分子とみなして殺しかねない。そう思った僕は、とりあえず制止の為に声をかけ、軽く説明する。


「ぬぅ、敵ではないのか」


 残念そうな声色でゴミを捨てるかのように、ギルグリアは兄弟子をその辺に転がした。ギルグリアからすれば、兄弟子の事なんて毛程も興味が無いのだろう。兄弟子はようやく解放された事で、大きく咳き込みながら鼻を啜った。目には大量の涙が滲んでいる。


「ごっふぅ、酷い目にあったぜクソ。やっぱ婆さんの依頼は碌な事が起こらねぇな」


 大きく深呼吸を繰り返す兄弟子。僕は冷めた目で彼を見ながら「自業自得」と言おうとしたのだが。

 兄弟子の背後に、黒い扉が音も無く現れたのが見えた。

 そして、兄弟子はそれに気がつかない。否、自身の咳き込む音で聞こえていなかったのだろう。


 扉はゆっくり開く。気がついていない兄弟子は、ここに呼んだ師匠に向けて愚痴を続ける。


「ほんと婆さんは……研究施設の資金も減ってるし、いい加減にして欲しいぜ。今日だってクソ忙しいのに……婆さんは本当に人使いが荒い」

「で、その人使いの荒い婆さんとは誰なんだ?」

「あん? そんなのグレイダーツに決まってんだろ……あっ」


 背後に、眉根を寄せ、こめかみをヒクつかせるグレイダーツが立っていた。遠目からでも分かるくらい、彼女がキレているのが分かる。

 そして、漸く気がついた兄弟子は、己の失言に気がつき顔を青ざめながら背後を振り向く。きっと、彼の中では違ってくれといった願いもあったのだろう。そこに立っていたのがグレイダーツだと確認した瞬間、彼の顔に絶望の色が大きく滲んだ。


「お、お久しぶりです。本日はお日柄も良く、それと今日もお綺麗ですね師匠」

「……」

「……」

「……聞こえてないのかな?」

「誰が難聴だって?」

「聞こえてんのかよ、ってか言ってねぇよそんな事!!」


 思わずツッコんだ兄弟子に対し、グレイダーツの微笑んだ表情は慈愛に満ちていた。


「お前の意見なんてどうでもいい。ただ、師匠らしくお仕置きはしてやろう。話はそれからだ」


 しかし、彼女の言葉には毛程も慈愛は含まれていなかった。

 そうして再び、兄弟子の悲鳴が屋上に響き渡る。余談だが、彼の悲鳴が後に、学園の七不思議になるのだが……きっと未来永劫、兄弟子が知る事はないだろう。


……………


「酷い目にあった、人生でも五本の指に入るレベルの厄日だ……。こんな事なら居留守すればよかった」

「大方、君の自業自得だと思うけどね」

「へいへい、ボスは手厳しいこって」


 笑顔で口の奥から「ギリッ」と異音を鳴らしたレイアは、全力で右足を蹴り上げる。狙いは勿論、兄弟子の股間に向けて。

 しかし、兄弟子は危機感が敏感になっていたのか、咄嗟に避けてしまった。


「あ、危ねぇ!? 何すんだよボス!?」

「君って奴は……僕がボスって言われるのが嫌いだって、分かっててやってるよね?」

「いやだって、ねぇ? もう癖になってるというか、地味にしっくりくるというか。ボスってアレだよね、黒幕とかめっちゃ似合いそう」

「そうかいそうかい。で、それが遺言でいいのか?」


 レイアは回復した魔力を練り上げ、上半身だけの、ボディービルダーのような男を召喚する。


「何その魔法?」


 軽くドン引きしながら兄弟子は後ずさるも、ボディービルダーはゆっくりと無表情で近づいてきた。その様は、素直に恐怖を抱く程度に怖い。


「いや、近づくな、こっちくんなぁぁあ!!」


 走り出した兄弟子の背中に、「オラオラ」と雄叫びをあげながらボディービルダーは殴りにかかる。そうして、無数の拳の連打が彼を襲った。


……………


「って!! 何回ボコられなきゃいけねーんだよ、 いい加減にしろ!!」


 青筋を頭に浮かべ、顔全体がボコボコになった兄弟子が叫んだ。確かにちょっとやりすぎた気もするが、僕は謝らない。だって、毛程も悪いと思わなかったんだもの。

 師匠も僕と同じようで、毛程も悪びれる様子もなく口を開いた。


「へいへい。で、この肉をそっちの研究所に運んで冷凍保存しといてくれ。報酬はドラゴンの血を試験瓶一杯な。それ以上は私が素材として使う」


 何かを言おうとしたが、言い返す言葉を思いつかず、歯痒さから兄弟子は「うがぁぁあ!!」と叫んだ。それから「はぁぁぁあ……」と長い溜息を吐き出し脱力する。


「ち、はいはい。分かった分かった。んじゃこれ運べばいいんだな? にしてもドラゴンの血肉ねぇ。話には聞いていたが……中々興味深い」


 肉片を四方から軽く観察した後、兄弟子は肉片に向かって片手を突き出して、魔法発動の鍵となる呪文を詠唱する。


「《真空保存》」


 薄い半透明の膜が肉片を包み込み、ふわりと空に浮く。それから空気の抜ける音と共に膜は隙間なく膜が張り付いた。魔法の名前通り、薄い真空の膜で包み込む魔法だ。

 兄弟子はふわふわと浮かぶ肉を手で触れながら、肉片の真下に《門》を移動させた。


「じゃ、俺は帰るぞ」

「お疲れ。早よ帰れ」

「ほんとムカつくなぁ、そっちから呼んだくせによぉ。へいへい帰りますよーだ」


 師匠の嫌味に軽口で返した兄弟子は自分用の《門》を開き、ドアノブに手をかける。しかし、扉を開けようとした所で僕の方に振り返った。


「あ、忘れてたぜ。ボスちょっといいか?」


 ボス呼びにムカついたが、話が進まないのでスルーして、僕は兄弟子に目を向ける。


「……何?」

「伝えるのが遅くなったが、お前の魔物、オクタ君だっけ? なんか面白い事になってんぞ」

「は?」

「平日は無理だから週末……日曜はいないから土曜にでも、俺の研究所に寄ってくれや。時間はいつでもいいぜ」


 半笑いで意味深な事を言ってから「じゃーな」と一言残して彼は《門》を潜っていった。


「何なんだよ。今教えてくれてもいいじゃないか」


 魔力となって消えゆく《門》を見ながら、僕は軽く舌打ちした。


 きっと彼なりの嫌がらせなのだろう。だが、行かないという選択肢を潰されてしまった。


 話し方から、それほど切羽詰った様子でもなかったし、案外どうでもいい事なのかもしれないが、オクタ君の事だし気にならない訳がない。最後に会ったのは1週間前だっただろうか。あの時は、別に普通の蛸だったんだけどなぁ。いや、知性を持ってる時点で普通ではないけどさ。

 そう思いつつ、なんだかんだで土曜日が潰れた事に、ほんの少しだけイラっとした。兄弟子の地味な嫌がらせは、普通に有効打であった。

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