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1学期⑪

 真っ白に燃え尽きたように、ビクビクと痙攣しながら段々と反応を無くしていくギルグリア。まさか、ドラゴンが人間の弱点まで再現しているとは思っていなかったグレイダーツは、ほんの少し焦りを滲ませた声で言う。


「金的ってそんなに痛いの?」


 その問いに答えられる者は、ギルグリアとリアくらいだろう。だが、これだけは言える。あの一撃は、確実に殺しにかかっていた。たぶん普通の人間だったら痛みで心臓が止まっているレベルの一撃だ。想像したらブルッと体が震えた。


 最早、瀕死レベルのギルグリアを見て、どこか「ざまぁ」と思うスカッとした心と「潰れたよな絶対……」と心配になる心がせめぎ合い、しかし自分には何もできないと目を逸らす。


 唯一、何かできるとしたら、回復魔法の使い手であるクロムさんくらいだが、彼女は欠伸を噛み殺しながらうつらうつらと体を揺らし始めていた。


 ギルグリアは自力でどうにかしようとしたのか、自身に向かって何か魔法をかけ始めるも……。


「はぁ、はぁ……《回復》《回復》っうぅ……ダメだ……っぁ……」


 効果はあまり無いようだ。だが、それでも少しだけ余裕が戻ってきたのか、ギルグリアの顔に血の色が戻る。そして、事の発端であるグレイダーツをギロリと睨みつけた。


 グレイダーツは流石に、ほんの少し申し訳無さそうにしながら、隣にいたクロムの脇腹を小突く。ゆらりと体が揺れて、倒れる前にクロムは目を開いた。


「ふぁ〜〜、なんだ……」


 クロムは欠伸をしながら、軽く目を擦る。


「いや……その……あいつに回復魔法かけてやってくれないか?」


 罪悪感が湧いたのか、グレイダーツはギルグリアに指を向けてクロムに頼む。頼みを受けた本人は、非常に面倒くさそうに顔を歪めながらも「貸し2つ……」と呟いてギルグリアに近づいた。


「おい、その形態を変化させている、無駄にややこしい魔法を解けギルグリア。潰れた股間を治してやる」

「くっ、この我が……」

「嫌ならいいよ、面倒だし」

「いやすまん。ホントもう無理だから治してくれ……」

「分かった。あと、貸し1つな」

「ぐぬぬぬっ……」


 断れないのをいい事に、ギルグリアへと一方的に貸しを作るクロムさん。何気にちゃっかりしている。


 ギルグリアの体が紅く光り、周囲に炎のような魔力の奔流が止めどなく溢れ、全身を包むように渦を巻く。その渦はある程度大きくなった所で爆ぜる。光が晴れ、視界が良好になると、そこには黒いドラゴンの姿へと戻ったギルグリアがいた。四肢や両翼に力はなくぐったりとしている所を見ると、最初の強者の風格が嘘のように、弱々しく見える。


 そんなギルグリアの片足に手を触れ、クロムはブツブツと魔法名を呟いていく。


「《形状記憶》《細胞活性》《体力補強》《回復》《神経蘇生》《痛覚軽減》《形状復元》《結合》《組織蘇生》《肉体活性》《修復》《神経活性》

 高出力魔法陣により、回路補正」


 クロムは一拍間をあけ、それからギルグリアの足元を両手で触れる。その瞬間、陽の光のような暖かい光が溢れ出し、ギルグリアの全身を包み込む。周囲には無数の幾何学模様や、何の魔法なのかさっぱり分からないが、塗り潰さんばかりに構築された、円環状の魔法陣が重にも重なり合い、周囲を旋回する。その間にも、無数の数字やら魔法文字が浮かんでは消えてを繰り返す。


 そして、今の現象を作った本人であるクロムは、軽々しく、呼吸するように魔法名を口にする。


「身体部位、再構築魔法《肉体とは、魂の器である》」


 哲学的な魔法名を言うと、それがトリガーとなり魔法陣の光が増していく。


 そして、一際強い橙色の光を放ったあと、ギルグリアの中心部に吸い込まれるように光は収縮していった。


 そんな一連の魔法の流れを見て、リアはこんな感想を抱いた。「まるで、神秘を体現したかのような魔法だ」と。事実、肉体の再生は単に千切れた腕や足を繋ぎ合わせたりするだけなら医療技術でできるが、肉体再生に関しては未だ医療技術としても、魔法を用いたとしても、かなり大掛かりな設備や熟練の魔法使い数名をもってしてやっとできるような治療である。しかも、それだけやっても完全には復元できない事はザラにあるのだ。


 そして、今はドラゴンの体を治している。人間では無い彼を治す難易度は計りし得ないレベルで難しい事は明白だ。


 しかし、彼女はそれを1人で『完璧に復元』してみせた。その技量と卓越した魔法の洗練さ、そして使う魔法の複雑さこそ、彼女もまた英雄の1人と呼ばれる所以なのだろう。


「構成完了。細胞損傷無し、血の巡り良好……。治ったな」


 クロムは、完全に治った事を当たり前のように頷き、感情を見せない声色で呟いてから、ギルグリアの足に当てていた両手を離す。


 今しがた、とても常人では扱えないような高度な魔法を使ったにも関わらず、やはり彼女は何処までも眠そうであった。


………………


「金的を蹴られた事など、我が産まれてから初めての経験だ……」

「ドラゴン人生初なのか? なら良かったじゃん初めての体験ができて」

「グレイダーツよ、お主本当は全く悪びれておらんだろ?」

「お前がそう思うんなら、そうなんじゃないの?」

「悪びれておらんという事か。ふぅ……しかし人にこのような弱点があろうとは……この部位は消しても良いな。また蹴られてはひとたまりもない」


 再び人の形態へと変化したギルグリアは、盛大なため息とともに立ち上がる。

 ギルグリアの静かに、そして鋭い怒りを含んだ言い分に、しかしグレイダーツは全く怯むどころか、寧ろ逆にギルグリアを見下したように鼻で笑った。


「私の学校の生徒を誘拐しようとしたんだ。忘れたか? ここは私の城だ。ここでは私がルール。つまり、お前の自業自得だ」

「……確かに少し暴走していたのは認めよう」

「それに態々、あいつに貸しをもう1つ作ってまでお前の金的を治すように頼んでやったんだぞ。感謝こそすれど恨むのは筋違いだろ。というか、私の生徒を強姦しようとしたんだし、潰しといた方が良かったか?」

「それについては、お主にもクロムにも感謝しているが……。ぐぅ……」


 正論には正論を。


 金的を蹴られた痛みで嫌という程に冷静になったギルグリアは、グレイダーツの正論に反論できず歯噛みする。


「ま、謝るなら私じゃなく、迷惑かけたリアに謝れ。許してくれるかは分からんがな」


 グレイダーツの言葉に、ギルグリアはリアへと顔を向ける。じっとこちらを見つめてくるギルグリアにどうすればいいのか分からず身構えていると、ゆっくりと、ギルグリアは自分の元へと歩き始めた。


 そして近くまで来ると、ギルグリアは腰を折り曲げ、綺麗なお辞儀をした。


「すまない、リア・リスティリア、レイア・ヨハン・フェルク。幾ら一目惚れだったとはいえ、暴走していたのは事実。2人に迷惑をかけた事を心から謝罪したい。

 しかしリア、それでも……今更許してくれとは言わないが、できれば我と友人になってはもらえないだろうか」


 リアもレイアも、この時ほど心で思った事が、同じだった時はなかった。


((誰だこいつ))


 余りの紳士な態度に、さっきまでのギルグリアと比べて、とても同一人物とは思えなかった。返答に困り表情が引きつっていたリアに、レイアは戦慄しながら目を向ける。「早くなんか答えた方がいいよ」と言葉にせずとも視線で語りかけてきているのが分かった。


 正直、友達からでも断りたいんですけど。


 なんというか、男だったから分かる事がある。紳士な態度とは裏腹に、その目に全くと言っていい程に諦めの色がないという事が。つまり、友達=関係を修復するという事で、流れ的にまた洗脳されるパターンじゃないか? これ。


「……」


 だが、ここで断ったら断ったで、面倒な事になりそうだ。それこそ、さっきのような実力行使もあるかもしれない。幾ら紳士な態度とはいえ、可能性はゼロではないのだ。警戒はしておくべきだろう。


 あ、そうだ。


「えっと、謝罪を受け入れます、ギルグリアさん。その代わり教えて下さい。『リスティリア』の名に反応した理由を」


 リアは友人になる代わりに、さっきから気になっていた事を問いかけた。

 ギルグリアはリアの返答に機嫌が良さそうに口元を歪める。


「それくらいならば容易い。クラウ・リスティリアは知っているか?」

「クラウ? 確か俺の祖母だけど」

「その通り、恐らくリアの祖母で合っている筈だ。そして彼女が、私が初めて恋をした人間なのだよ。

 あ、決して似てるから一目惚れした訳ではないぞ? 確かに雰囲気は似ているが……リアの方が男勝りな印象だな」

「それは、どうも?」

「我は男勝りな方が好みだ」

「そうですか……」

「……会話が」


 お互いに話す事もない為に、会話が続かない。


 しかし、祖母とドラゴンが知り合いだったとは……。祖母は産まれてから直ぐに亡くなったらしく、会った記憶が無い。もしかしたら抱っこくらいはされたのかもしれないが……。分かることは、遺影を見る限りは優しそうな人だったという事だ。


(って、あれ?)


 という事は、祖母も魔法使いだった? 普通の一般人だったらまず、ドラゴンなんて存在と接点を持つ機会なんてある筈もない。

 つまり、50年前に魔法使いだったのなら、もしかしたら祖母も戦争に参加していたのだろうか?


 その可能性は充分あり得る。


 グレイダーツ校長も『リスティリア』という名を意味ありげに言っていた場面があったし。なら、態々、家に制服を持ってきてくれたのも元々、祖母……もしくは母さんと既に面識があったから?


 考えれば考えるほど辻褄が合う事もあるし、新たな疑問も出てくる。

 特に……『デイル・アステイン・グロウ』という1人の英雄が『偶々、実家の経営する宿に訪れ』魔法を師事してくれたこと……。これは、単に『運が良かった』なんて理由ではなかったのか、それが疑問だ。だが、考えてみれば『単に運が良かった』だけとは言い難い。”普通は”会える事自体、奇跡に近い人物なのだから。もしこれが運によるものなら、恐らく人生全ての運を使い切らないと起こらない奇跡だろう。


 こうして、色んな考えが交差し、思考が纏まらない。そんな折、真横から間延びしたグレイダーツ校長の声が俺の思考を停止させた。


「おぉーい、そっちの話し合いは終わったか? そろそろ本題に入りたいんだが?」


 ──まぁ、考えても仕方ないか。どの道、デイルに弟子入りした事にせよ、祖母や母が魔法使いだったにせよ、全ては過去形。ならば、考えるだけ無駄だ。それに、気になる事は電話でもして聞けばいい。いつでも聞ける事を推測した所で意味も無いし答えも出ない。


 そう思い、リアは思考を切り上げ、グレイダーツ校長の元へ向かう。



 そういえば、あの肉片の事をすっかり忘れていた……。


………………


 どこからともなく設置されたソファの上で、気持ち良さそうに寝息を立て始めたクロムを他所に、グレイダーツは淡々と話を進める。その話の中で、ギルグリアは『ヴァルディア』と言う名前が出る度に眉根をピクリと動かし反応を示した。


「そんで、まぁお前を呼んだ理由を簡潔に言えば、弟子達に痴呆呼ばわりされたから存在する事実を証明したかったのと、ついでにこのドラゴンの肉片がどのドラゴン……いや、少なくともお前の眷属のどれかだと思ったから呼んだんだよ」

「…….確かに血肉の成分は我らドラゴンの物だ。しかし……眷属は50年前に、我を除きほぼ全てが死に絶えた筈だが? 今生きているのは、最後の友である、翼竜(ワイバーン)のクリナリールくらいだ」

「でも、事実、私らは今日襲撃を受けた。それにだ、魔力の残り香に……魔物の濁った魔力が混じっている。ドラゴンの血肉にだぞ? キナ臭さ全開だと思わないか」

「濁った魔力……」


 神妙な表情で、眉根を寄せながら肉片を見据えるギルグリア。隣にいたグレイダーツは、ため息を一つ吐きながら口を開く。


「仮に、仮にだ。あのヴァルディアが生きていたとして、お前はあいつに、ドラゴンを『作る』力はあると思うか?」


 今度は、的を絞った問いかけだった。そして、その問いにギルグリアは嫌悪感を滲ませながら答える。


「こちらも仮にと頭に付けるが、あやつならば我らドラゴンの『死体』があれば、繋ぎ合わせて或いは……といったところだな。だが、流石にこれが眷属の肉かどうかは分からん。

 しかし透明化の魔法を主に使うのは赤竜の、50年前に死んだ友くらいだな」

「そうか……むぅ」


 沈黙が降り、2人は黙り込んだ。それを機に、隣にいたレイアが脇を突いて小さく口を開く。


「やっぱあの肉、ドラゴンの肉で確定っぽいね」

「だな……驚きだ」


 本当にドラゴンという存在がこの世界にいた事自体驚きなのだが、それ以前に本気かどうかは不明とはいえ、襲撃して来たドラゴンかもしれない存在を撃退できた事に、今思えばホッとしつつ、少しだけ戦慄した。正直なところ、きっとギルグリアが殺すつもりでかかってきたら、こちらも死ぬつもりで戦わなければ勝てるものも勝てない。ドラゴンとは、そのくらい強者だと思い知らされたからだ。


 実際に死を身近に感じた今、『死を覚悟で戦う』という事に、どのくらい凄まじい覚悟が必要なのかを思い知らされた気分である。リアには、そういった『覚悟』ができていなかったのだと。


 まぁ、現代社会の中、そんな覚悟をしている人間なんて魔導機動隊の、それも極少数くらいだとは思うが。


「撃退できて良かったよ、本当に」


 しみじみと呟くと、レイアも強く頷いた。


「……それには同意するよ。僕も、いや、この際言っておこう。リアが隣にいて本当に良かった。たぶん、1人だったら死人が出てただろうしね」

「俺もだ。レイアだからこそ、背中を預けられた気がする」


 お互いに少しだけ笑みを浮かべる。それは、互いに認め合っているからこそ言える言葉であり、そして実際に言葉にする事で、更に友人としての絆が深まったように思った。


 なんだか気恥ずかしいような頼もしいような不思議な気分だ。


 しかし、そんな良い雰囲気をぶち壊すかのように、校内放送が大きく鳴り響いた。


『グレイダーツ校長。保護者の方々から、ご連絡です。至急、校長室にお戻り下さい』


 よく考えれば、もっと早くに来るべき放送である。きっと、保護者からの苦情、もしくは説明を求める電話だろうが、校長からの説明が無いと納得しない親が多いのだろう。いくら校内で魔法を使うのは禁止されてはいないとはいえ、あの時屋上には多数の生徒がいたし、怪我をした生徒もいた筈だ。

 そう考えると、今1人も生徒が野次馬として残っていない事自体、ある意味奇跡である。


 そうして、そんな校内放送を聞いたグレイダーツ校長は、疲れからか今日1番の長くて深い溜息を、無意識に吐き出したのだった。

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