神話白撃6
イザナミを吹っ飛ばしたが倒せたかは不明。それに軻遇突智の方は健在だ。剣となった軻遇突智は、イザナミの指示なく勝手に動いている。彼女との一時的な支配関係が離れた事を意味するが、楽観的にはなれない。
「おーいギルグリアさんや」
とりあえず起きたレーナとウカノ。ウカノは自身にも効く眠りの魔術に驚いた様子でクトゥルフに絡んでいる。レーナは慣れているのか「対策してるのに」とボヤいている。
2人に魔術をかけたのはクトゥルフなので起きるのは当然なのだが、巨大のギルグリアは泡を吹いたまま動かない。
「黄泉の夢を見ておるのだな」
クトゥルフに絡み終えたウカノがギルグリアをポンポンと叩きながら言った。
「黄泉の夢、ですか?」
「黄泉は恐ろしい場所なのでな、私も行った時は身震いしたものだ……」
「神様の世界かぁ、想像できないなぁ」
黄泉がどれほどの場所かは皆目見当もつかない。ただ少し潔癖症の癖があるとはいえ、ドラゴンという強靭な精神を持つギルグリアが泡を吹くのだ。精神的ダメージは計り知れない。
そんな場所から呼び起こされたイザナミは、何故に黄泉などにいたのだろう?
疑問に首を傾げると、ウカノがリアの顔から考えている事を察してか説明してくれた。
「イザナミの伝説は日本の神話としては王道でな。私もある程度は知っているよ」
「ウカノ様、お願いします」
「うむ」
そして語られる日本神話。要約すると、偉い神様から天沼矛を渡されたイザナミとイザナギが、混沌をかき混ぜ日本列島を完成させた。その後、神々を産むのだが。炎の神である軻遇突智を産む際にイザナミが死に、彼女は黄泉国へ送られる。そんなイザナミを連れ戻そうとしたイザナギが黄泉国に赴くも、彼女は完全に黄泉国の住人となっており。更には夫に自身の姿を見せたくなく「私の姿を見るな」と約束させたのだが、イザナギがその禁を破った事で、イザナミを激怒させ、以降2度と会う事はなかった。そして代償としてイザナギの国からイザナミは国民を殺す事となる。輪廻転生の話をし出すと長いので置いておくとして。
「イザナミが日本を攻撃するのは……」
「神話から考えると妥当ですね」
「妥当なの!?」
「女の子ですもん、自分の好きな人に腐った自分を見て、しかも逃げられたら殺しに行きますよ」
レーナって割と怖いタイプなのだなとリアは思った。
クトゥルフも興味深そうに話を聞いて「私の知る神話と変わらないね」と補足する。神話に生きる者が言うのだから、これが正史なのだろう。
「うぅん」
話し込んでいるうちにギルグリアが目を覚ました。「我、とても酷い夢を見た……気がする」とぼやく。
「大丈夫?」
「リア!! 看病してくれたのか。ならば元気満タンだ!!」
このドラゴン俺に対してはほんとチョロいなとリアは思いつつ。ちょっと利用する事に良心を痛めた。
………………………
成層圏まで吹っ飛ばされたイザナミは、日本列島を俯瞰する。かつて夫と作った土地は、多くの命で輝いている。
怒りを忘れた日は一度もない。
ただ、これは夫に向けるべき怒りであり。SAN値で気付をされ、頭をぶん殴られ、冷静になったイザナミは考える。
「私は……」
呪いに満たされた身体。底知れぬ憎悪の中に砂粒くらいの大きさで転がる疲れたと言う気持ち。
宇宙を見れば、揺蕩うヨグ=ソトースを感じる。もうこのまま、意識を時間の波に溶かそうか。なんて考えていた時だ。
「や、やぁ?」
男の声がした。成層圏という人類が活動できない場所における声の伝達。そして感じる『日本神話』の神性。そこには着物を着た優男が手のひらを所在無さげに振りながら、とても気まずい顔で立っていた。
イザナミの行動は早かった。声のする方向に即座に振り向く。
神力と呪力が急速に混ざり合う時、膨大な魔力が膨れ上がり爆発を起こす。破壊は優男……イザナギの顔面を的確に捉えた。
イザナミは過去最高に気持ち良かったと、事変の終幕後に語った。
………………………
ニャルの目の前に美少女がいる。整った顔立ち、数値にするならAPP18はあるだろう。大凡の人類が見惚れて、男ならば湯水の如く金を払ってでも近づきたくなる美貌である。銀の髪はポニーテールにされ活発な印象を受ける。服装もジャージというラフな格好だ。それでも美しさを失わないのは流石と言えた。
「……」
「どした? どした? 黙っちゃってさ」
この世界のニャルラトホテプは、この時間軸現象における厄介ごとに遭遇してしまい動けずにいた。
態々時間旅行をしてこの世界軸に『避難』してきた自分。別世界軸のニャルラトホテプを見つけてしまったからだ。ニャルラトホテプ、彼又は彼女は世界軸が違っても繋がることができる。逆を言えば繋がりを断つ事もできるのだ。つまり、例え同じ自分と言えどニャルラトホテプを殺そうとするお調子者もいるという事だ。
そして最も楽観的にいられない理由は一つ。自分が殺されるだけなら、まぁ許容範囲なのだが。問題はこのニャルラトホテプが人類を必死に働く蟻のように見ている場合は不味い。
「この世界にアザトースはいないんすねー。それだけで安泰すぎる。しかも他の神々も結構友好的なんだ。でもヨグ寝てるのなぜ?」
「はぁ……」
「なんで溜め息なんすかー? 同じニャルっしょ〜?」
「貴方、人類は好き?」
「好きっすね!! 愚かしいところとか!!」
「はぁ……」
こいつはダメだ。人類の事を試練を与えて遊ぶおもちゃだとしか考えていない。
「酷いっすね。僕は人類の事を愛しているっすよ?」
「心を読まないでくれるかしら」
「読まなくても分かるっすよ、別世界軸とは言え自分なんすから!!」
「……貴方はなんでここに来たの」
「アザトースが微睡から目覚めたからっすね。知的生命が誕生するまで宇宙を彷徨うのも暇なんで、ここに来たっす」
ニャルラトホテプの権能を使えば、世界軸の移動など容易いという事か。特異点であるこの世界軸のニャルは、権能が弱い為にそこまでの力は無い。恐らく、この別世界軸のニャルに挑んだとしても勝てるか怪しい。
「大丈夫っす、自分は人類愛してるっすから、元の世界で地球が誕生したら戻るっすよ」
「それまで大人しくできる?」
「うーん、じゃあデスゲームも試練も行わない。これでどうすっか?」
「別の言い訳をして、結局やるでしょう?」
「黙秘権を行使するっす。でも、何度も言うっすけど人類を愛しているのは本当っす。矮小だけど必死で健気で愛おしい」
爽やかな笑顔でそう言った。
そのまま向こうの宇宙で地球誕生まで彷徨っててくれねぇかな。もしくは、ドリームランドにでも送って世界軸への門を閉じるか。自分の家にぶち込み全力で封印をかける手もあるが……あそこにはレーナの姉、ルーナとの思い出もある。最終手段にしたい。
「しゃーなし、暫くは自制するっす。試練も絶対に生きて帰れるシナリオで遊ぶっすから封印は勘弁してほしいっす」
「全力で戦えば私に勝ち目はないし、貴方の言葉を信じるしか選択肢が無いのが悔しいわね」
「大丈夫、自分がこの世界を愛してるのは伝わったっすから。本気で遊ぶなら別世界軸にでも飛ぶっすよ。これでも義理堅いんすよ?」
こうして、この世界に厄介な神性がひっそりと現れたのだった。
「それはそうと、ミ=ゴは殺すっすね」
「あら、掃除してくれるの? そこだけは感謝しとくわ」
理由は聞かないでおいた。
……………………
「イザナミ、帰ってこないな」
空を見ていたリアがポツリと呟く。空高く雲を貫いた一撃は、予想では成層圏辺りまで突き抜けたと思うのだが。それでも神の一柱。すぐに舞い戻ると予想していた。本当は正気を取り戻しているのだが、未だ狂った神だと思っているリア達には分からないことだ。
ただ、クトゥルフはなんとなく察し、リア達に「たぶん、倒せてないけど大丈夫だよ」と告げる。
「イザナミに刺された呪力が、寛解してるからね。たぶん彼女、力の制御を思い出してる」
「暫くは警戒しつつ……軻遇突智戦の続行ですかねー。クトゥルフさんどうです?」
「その事なんだけど、私の息子が頑張れそうなんだ。ちょっと、様子見したいかな?」




