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1学期③

 麗らかな日和の昼下がり。和らかな日差しが眠気を誘う時間だ。

 しかし、寝落ちしてしまう前に授業終わりのチャイムが軽やかに響き渡る。


「んーっくぅー。終わったー」


 眠気を覚ます為に肩と足をグッと伸ばし、首を軽く回して凝りをほぐす。

 隣ではレイアが鞄に小説を入れてファスナーを閉めている最中だった。

 リアは弁当箱と水筒だけが入った軽い鞄を掴み、勢い良く立ち上がる。


「よーっし、行こうぜレイアー」

「おーう」


 向かうは勿論、校長室。2人並んで教室から外に出た。

 レイアの話では校長室は三階の端にあるようで、それなりに距離があるようだ。


「そういえば」


 黙々と歩いていると、隣にいたレイアが話を持ち出した。


「スライム、ちゃんと持ってるかい?」

「あると思うけど」


 レイアに問われ、ポケットへ手を突っ込んだ。それから四角い結界で作った箱を取り出し……。


「あ、あれ?」


 取り出した結界の中を覗いて愕然とした。結界の中に閉じ込めた筈の、あの青白い粘液はどこにも居らず結界は透明だ。ただ、重さはあった。つまり内容物があるという事だ。


「まだ入ってる?」

「でも見た感じでは透明なんだよね」


 廊下のど真ん中で2人して唸りながら考える。だが、答えは決まっている。確認するには結界を解除するしかない。その旨をレイアに伝えると彼女は同意を示しながら空中に赤黒い光を放つ魔法陣を組み立てた。


「解くのには賛成だけど逃げられたら大変だし、対策を万全にしてからにしよう」

「了解、とりあえず結界張っとくか。《結界魔法(ルールエリア)》」

「一応僕も《召喚:灰狼(アッシュウルフ)》」


 廊下に真四角の結界を貼り、それからすぐ側にレイアの召喚した灰で作られた狼が待機する。流石に戦乙女よりは見劣りするが、それでも俊敏性のある狼は今の状況では最適だ。まさに万全すぎる対策。これならば、たかがスライム如き逃げられる筈がない。


 この後、自分達は少し慢心し過ぎていたと後悔することになる。


「んじゃ、解くぜ?」

「う、うん。なんだか無駄に緊張する」


 結界に手をかざし、ゆっくりと紐解いていく。徐々に構成力と魔力を失っていった結界に少しずつ(ひび)が入っていった。

 そして、パリンと硝子が砕けたような破砕音が鳴り響き……。


「っ!?」


 瞬間、砕けた結界の隙間から、透明ではあるが水のような液体が飛び散った。

 それらは諸にこちらに降りかかり、上半身を濡らしていく。


「うわぁ、気持ち悪。ベタベタ……」


 飛んで来た水滴を触ると、ニュルニュルとした感触が指に伝わった。


「災難だね。でも、これがさっきのスライムなのかな?」


 被害から逃れたレイアは、心配そうにリアへと視線を送りながらボソリと呟く。


「どうなんだろう? なんか透明だしこれがさっきのスライムだとはなんとも」


 ベタベタを払いのけようと、ハンカチを取り出しながらレイアの疑問に答える。しかし、ベタベタしているこの粘液体は、さっきのスライムの可能性が高いとリアは考えていた。


 しかし、ならなんで透明に?

 それに、これは『攻撃』なのだろうか?


 余計に分からない事が増えていった気がするが、一先ず結界に綻びは無かったという事は証明された。その事にほんの少し安堵しつつ、取り出したハンカチで首元の粘液を取ろうとしたのだが……


 擬音で表すのなら『ニュル』だろうか。それとも『ニチャニチャ』かもしれない。そんな、どこか卑猥な音を響かせながら、飛び散った粘液が動き始めた。


「ちょっ!?」


 粘液は身体中を弄るように、ニュルニュルと制服の下を駆け回る。その度に指先で撫でられたかのような擽ったさと、冷たさから全身がびくんと跳ね、鳥肌が立った。レイアはそんな自分を見てどうしようかとオロオロとしている。召喚された《灰色狼(アッシュウルフ)》は、今の状況では全く役に立ちそうになかった。


 しかし、早く対抗しなければ。小さなスライムが人に対しこんな動きをするのを初めて見た。普通の弱いスライムは、基本的に一度形が崩れるとゼリーのように構成力を失うのが一般的だからだ。つまり、こいつは普通のとは明らかに違う。


 それに……この場面は色んな意味でまずい状況と言えるだろう。自分で言うのも何だが、この光景を他人に見られたくはない。側から見れば、自分はスライムに襲われ悶えてる女の子だからだ。


 そんなこんなで対抗するために全身へと魔力を巡られたのだが、その時


「ひゃっん……!!」


 まるでさっきの比ではないくらい、粘液達の動きが活発化し始める。今までもぞもぞと動くだけであったのに、今度は吸い付くような動きに変化した。


「んぅっ」


 そして胸の谷間を駆け抜けた粘液の感触に、思わず足が蹌踉(よろ)めいた。そのまま、レイアの上に覆い被さる形で倒れ込んでしまう。


「痛つつ……大丈夫?」


 有難い事に頭を摩りながらも、レイアはリアの全身を受け止めた。


「す、すまん!!」


 謝りながらすぐさま起き上がろうと、どうにか手と足に力を入れるが


「ひぃう!!」

「むぐぅ」


 弱い首筋を粘液が通り背筋がゾクリと震える。それから恥ずかしい事に、なんとも情けない声を漏らしながら再び体制を崩した。更にレイアの顔に胸を押しつけてしまい、もう一度「すまん……」と謝りながら今度こそ上体を起こして上から退いた。下にいたレイアは薄く頰を朱に染めながらも、リアより先に立ち上がり手を差し伸べてくれた。リアは遠慮なくその手を掴み立ち上がる。


「っはぁ。少しだけっ、擽ったさにも慣れたな。……よくも色々と弄ってくれたなスライム」


 弄られる感覚を堪えて集中力を取り戻し、再び全身に魔力を巡らせた。発動するのは簡単な風魔法。取り敢えず自身を中心にこの鬱陶しい粘液を吹き飛ばそうと考えていた。


 しかし、魔法を発動するよりも早く、粘液の動きがピタリと停止する。かと思うと、水が滴るように全て足元に落ちていった。

 落ちた粘液は素早く動くと一箇所に集まり、色を透明から水色に戻しながら立体的な塊へと形成し直した。


 そして、俺達は別の意味で驚く事となる。再生したスライムは色も大きさも、紛れもなく捕まえた時と同じ。だが、明らかに最初と違う所があった。


「……見ている?」


 スライムの中心部に、いつの間にやら人の物と似通った『目玉』が1つ浮いていた。青白い虹彩は綺麗だが、その目は死人のように光を映さず濁っている。だが、目玉の瞳孔がこちらを射竦めているのは分かった。


 たかがスライム。


 そう侮っていたが、こいつは何なんだ?

 明らかに普通のスライム……いや、魔物とは言い難い。


 異様な見た目の不気味さと、何処からか感じる空気の重さに、ツッーと嫌な汗が流れる。

 そんな空気に耐え切れなかったのか、レイアは軽く手を振ると《灰狼》に命令を下した。


「噛みちぎれ!!」


 援護するべく、狼がスライムに噛み付いた瞬間、狼ごと取り囲むように結界を張った。しかしその瞬間、狼の動きが止まる。腹に取り込まれた筈のスライムは、まるで通り抜けるように狼の口から飛び出し「ベチャリ」と音を立てて地面に落ちる。


 そして、水が砂に染みるように溶けて消えていった。

 流石に地面まで結界を張っていなかった為、そのまま見失う事となる。

 その後数秒間、戦闘態勢を維持していたが、再度スライムが現れる事はなかった。どうやら、逃げられてしまったようだ。


「……」

「……」


 無言の時間が流れる。そんな中、緊張感が霧散した自分達は戦闘態勢を解いた。


「……とりあえず、魔法は解いとくか」

「……そうしよう」


 お互いに発動していた魔法を全て解除する。結界と狼は魔力となって虚空に消えた。それから、リアは軽く全身を確認するが、粘液は姿形もなく残ってはおらず、ベタつきも皆無であった。そのおかげで、とりあえず今すぐ着替える必要はなくなった。


「何だったんだ、あのスライム」


 当然の疑問。だが、誰も答えられる筈がない問いでもある。当事者ですら意味不明なのだから。しかし呟かずにはいられなかった。

 レイアも同じ気持ちらしく眉間に皺を寄せているが、結局答えなど出る訳はなく、小さなため息を零す。一息ついたレイアは、地面に落とした鞄を拾い直して言った。


「どちらにせよ、急いで校長室に向かった方が良さそうだね」

「そうだな……」


 レイアの言葉に賛成の意を示し、考えの定まらぬまま急いで校長室へと歩みを進める。


 ただ、断言は出来ないが、あのスライムには何処か『知性』らしきものの片鱗があった気がした。

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