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神話白撃4


 風が吹くように、戦う者達が走り出す。軻遇突智のせいで灼熱と化した街並み。どこか現実離れしている。


 そんな街並みを見下ろせる高さ、ある程度の距離にダルクとクトゥルフはいた。クトゥルフの能力により空を浮いているのは置いておいて。


「何をなさるつもりで?」


「炎ならば水で消せない道理はないだろう? 私の力は、全ての海水だ」


 この言葉が嘘ではない事は、彼女の神性から伝わってくる。だが、どれ程の海水をここまで運ぶというのだろうか。ここはまだ街中だ。下手に広範囲を巻き込むのはよろしくない。例え住人が居なくとも、極力の破壊は控えて欲しい思いだ。ダルクの思いを察してか、クトゥルフは手でカメラのフレームを作ると、内側に軻遇突智を写す。


「大丈夫、人の都を壊してほしくないのは分かっているよ。私も、住処を壊されたら良い思いはしないだろうからね。それにしても……純粋な呪力を練るのは難しいな」


「呪力を?」


「君も聞いただろう? 神はプラス、魔力は中立、呪力はマイナスだと。純粋な神力ならば呪力をぶつければ魔力に変わる。ただ、やはり私も神の端くれが故に呪力を扱うのは難しい。そこでだ、ダルク……君に補助を頼みたい」


「こーいう大役ぶん投げてくるのやめて欲しいんすけど、まぁ連れてこられた時点で何かあるとは思ってました。よっしゃ、こいや!!」


 オクタはダルクの上に覆い被さるように身体を預けながら、両手を包む。ひんやりとした手に気持ち良さを感じながらダルクは集中モードに入った。


「いいかい、魔力は公平なんだ。だから、魔力さえあれば呪力に転じさせる事も可能なんだよ。ほら、いつも魔力を扱うように私から流れるエネルギーを感じて。思考を回して。良い、それで良い」


 クトゥルフからどくどくと呪力が流れ込んでくるのが分かる。目を瞑ると……脳裏に悪夢が浮かぶような気分になってくる。とても、とても嫌な夢を見ている。足元から大切なモノが崩れ落ちていき、代わりに無数の虚無が全身を這って苛むような……。


「聞いて、私の権能に流されないで。自我を保つ思い出を抱いて」


 ひんやりとした手が意識を掬い上げた。前の年の全ての思い出が過ぎる。充分だ。


 腹に力を入れ、強く魔力を練るように呪力を循環させる。ドラゴンの血のせいか、久方ぶりの本気によって目に魔力の光を帯びる。


「はぁ……はぁ……」


「ありがとうダルク。これだけあれば充分だよ」


 クトゥルフに頭を撫でられる。こういう事をしてくる人間はジルくらいなもので、ちょろくも妙な親近感を抱いてしまった。


 クトゥルフはダルクが練った上質な呪力を元に魔法を構築していく。綺麗な魔法陣が展開していき視界を埋め尽くす勢いだ。軈てパッと魔法陣が消えると、軻遇突智の頭上に魔法陣が浮かぶ。


「《海の呼び声》」


 クトゥルフが短く唱えると、海水で出来た壁が四方に展開される。それが一斉に動き軻遇突智を閉じこめた。本来ならば水蒸気爆発などを起こしそうなモノなのだが、軻遇突智は水の中で身悶えして苦しんでいる様子だ。


「沸騰しないんすか?」


「海にだって溶岩は流れている。あの程度は些細な熱源というだけさ。それにダルクが練った呪力のおかげで、徐々に神力も剥がれてきてる」


 海水の檻の中で蠢く炎の神は、徐々に炎の勢いを弱らせていく。時に攻撃しようとしたのか炎を展開するも、速攻で消化されて何も出来ずに終わる。


「これは勝ちましたわ、流石クトゥルフ様」


 素直に称賛すると、クトゥルフは豊満な胸を張って得意げに笑う。本当に人間味に溢れた神様だ。


 しかし。


 突如、クトゥルフがダルクを庇うように動く。すると……胸に白い槍のようなモノが突き刺さった。

 神からすればなんて事ない一撃の筈なのに、クトゥルフは倒れるように空から落ちる。当然ダルクも落ちていく。


「うぉおお《蜘蛛の糸》!!」


 着地点に蜘蛛の糸を飛ばすと、自動で展開していきトランポリンのようなクッションになる。上から落ちてきたダルクとクトゥルフはどうにか着地する事が出来た。


「クトゥルフさん!!」


 駆け寄ると、クトゥルフは突き刺さる骨を片手で握り苦しそうにしている。


「油断した。まさか、他の神性が奪いに来るとは思わなかったよ」


「奪う……?」


「予想だけど合ってると思う。この骨は……イザナミだね」


 骨には毒々しい瘴気が溢れて、それが神力ではなく呪力である事が分かる。神力と呪力が衝突した時、魔力に変化はするものの、片方が強ければ逆に侵食を受ける。今のクトゥルフは呪力の調整ができず、簡単にいえば猛毒に侵された状況であった。


「私を庇って……?」


「友達を守るのは当たり前だろう?」


「そんな……どうすれば……」


 さしものダルクも焦った。勝ち確ですわと思っていたら急にやられた。クトゥルフは名高い神だが、その彼女を苦しめる程の呪力を纏った神となると……。イザナミとやらは厄介な神性のようだ。


「ダルク、少し近づいてくれ」


 クトゥルフに言われてダルクが近づいと、彼女は小さな光を放つ指先をダルクの額に押し付ける。


「クトゥルフの加護だ。すまない、私は暫く動けそうにないのでな」


「……私がなんとかしてみせます」


「すまないね。海水の檻は時間差で解けてしまう。大言造語な手前で恥ずかしいが、頼まれてくれるかい?」


「任せてください、これでも私……最強なんで」


「頼んだ」


 それだけ言うとクトゥルフは目を閉じた。


「……頑張りますか」


 油断したとはいえ、クトゥルフの身体を一瞬で貫く骨の槍。呪力の塊の神性はどのような神なのだろうか。自分という弱い存在を狙ったのか、或いはクトゥルフが庇う事を前提に骨を投げたのか。分からないがめちゃくちゃ舐め腐っているなと憤りを覚える。


 ダルクはひとまず携帯端末を取り出すとレーナに連絡を取る事にした。聡明な彼女ならばこの状況を俯瞰して見ている筈だと考えたからだ。そして数コール後に繋がった。


「レーナ!!」


『ダルク!! 良かった無事なのですね』


「心配感謝、早速で悪いが現状のすり合わせをしよう」


『やっぱり、あの水の檻はダルクが?』


「私の友達の魔法だよ。でも、今は戦闘不能なんだ。現状はどうなってる?」


 その問いをした頃合い。空にどんよりとした雲が広がり始めた。重苦しい雰囲気が立ち込め、嫌な汗が流れていく。神話の介入を人間ごときが出来る事なのか。自分は最強だと言った手前、撤回はできないが、胸に燻る不安は拭いきれなかった。


 それでも。


『今はリアさんと一緒にいるのですが』


「リアっちと?」


……………………


 少し時が遡り。


 炎が蠢く。ここまで熱風が吹き抜けてきて、炎の火力を物語っている。そんな時、突然水の壁が軻遇突智を閉じ込めた。例えるなら水の檻だ。しかし軻遇突智の炎は消える事なく、けれど着実に火力が減っていく。このまま放置すれば消えるのではないか? 誰もが考えたのだが、また突然事態は変化する。


 どこから来たのだろう? 着物を着た女性が空から降りてくる。放つ禍々しい呪力を完全に制御下に置いており、その女性が神の一柱である事を示していた。

 女性は美人だ。長い黒髪と閉じた目が神秘性を放っている。ただ、だらりと着物から下に足はなく、両手も存在しない様子である。


 彼女は軻遇突智の方に近づくと、何も無い所から一本の骨を浮かべて何処かに飛ばした。この骨がクトゥルフを貫いた骨だ。呪力と魔力を織り交ぜて、ステルスされた骨は暗器であった。


 そして水の檻は散った。再び放たれた軻遇突智が怒りを爆発させるように咆哮を放つ。だが、彼女は軻遇突智に近づくと。


 グァングァンと嫌な軋む音が鳴り始める。軻遇突智は怒りから一転して苦しそうにもがき始め、やがては一本の剣に似た形へと無理矢理に変形させられる。


 剣へと姿を変えた軻遇突智は、女性を守るように周囲で緩やかに回転を始める。


 その時に丁度、ダルクから連絡が来たのだ。


 ダルクから説明を受けたレーナは大凡の今の状況を語ると、彼女は「ありがと!!」と言って一方的に通話を切ってしまった。


「あれがイザナミですか」


「日本神話には詳しくないけど、放つ禍々しさに威圧されそう。端的に言えば強いなアイツ」


 リアは背中に流れる汗は暑さでなく精神的なものだと悟る。本能が戦うことを拒もうとしているのだ。


「……相手の実力が分からない以上、近づくのは難しいですね」


「油断から骸を晒すのは避けたいしな。かと言って、このまま放置すれば日本区域だけじゃなく世界中に被害が出そうだ」


 これが1番の問題だ。日本神話故に日本区域に留まってくれているが、もし他の神性が外に出た場合の被害は計り知れない。


 手を拱いて、2人でイザナミを見ていると。自分達とは真反対から空を覆い尽くす程の西洋甲冑が飛来していく。


「レイア達は試す気なのか?」


「確かに、召喚魔法をぶっ放すのが1番手っ取り早い」


 空で始まろうとしている第一WAVEを見て自分の行動を決めようと考えていたリア。



 その時。



 ふわりとリアの身体に光が帯び始めた。温かな神力の帯は軈て形を成していき、一枚の衣へと姿を変えた。光の衣は緩やかに揺れるも、透き通っていて行動の邪魔にはならない。


「これは、ウカノ様?」


 親しんだ神の感覚は忘れてはいない。夢でも何度か会っているので間違ってはいない筈だ。この光の衣は間違いなくウカノのモノだと。ウカノ様が力を貸してくれていると考えれば、少し勇気が湧いて……と思っていると。


『久しぶりだなリア』


 ウカノの声が聞こえてくる。それが意味するのは、ウカノが目覚めているという事。


「ウカノ様!? 目覚められたんですね」


 とても喜んでいる様子のリアにウカノは満足しつつ。


『うむ。此度の神力放射で少しな。それで懐かしい香りがしてな。見にくればイザナミが目覚めているではないか』


「知っているんですか?」


『黄泉の国の住人だよ。そして、人類の敵対者だ。リア、今から神力の扱い方をレクチャーするのでな。聞いてはくれぬか?』


「人類の敵対者って事は放ってはおけないって事ですよね。この戦いに勝てるなら、是非!!」


 確かに神力の使い方など習ってもいない。精々が纏うくらいだ。だからウカノの講義は有難い。


『では、神力の妙技《白撃》について説明しよう。レーナも聞くか?』


「えぇ、私も少し気になります」


………………


 夢を司るクトゥルフは囁く。自分の息子へと。


『やぁ、息子』


 とても気さくな声色で挨拶をされたオクタは、一瞬警戒する。どうやらこの声は自分にしか聞こえていないらしい。隣で走るレイアを見て報告すべきか悩む。そんなオクタに続け様に彼女は続ける。


『君の父、或いは母として。力の使い方をレクチャーしよう』


(私に使わせなくても、貴方がやればいいのでは?)


『少し油断してね、動けないんだ。世界の為に頼まれてくれたまえよ』


(……)


『警戒心が強いのはいい事なのだが……』


 人間臭く困ったと言葉の裏側から聞こえてくる。演技ではなく本当に困ったと伝わってくる。オクタはひとつ、信頼できるか分からないが、問いを投げた。


(あの水の檻は貴方が?)


『そうだよ? 軻遇突智を閉じ込めたんだけどね。勝ち誇っていたらイザナミにやられたよ』


(イザナミ……ショウケイもそう言っていたな。分かった、どの道に今の私で足手まといなんだ。レクチャーしてくれ師匠)


『お母さんって呼んでいいんだょ?』


(師匠)


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クトゥルフママ……
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