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神話白撃2

 人が本気で恐怖を抱く時のひとつとして、圧倒的な強者との対峙による命の危機があるとする。その時に肌をひりつかせるような感覚は、ほぼ初見殺しだ。


 場数を踏んでいるダルクの声が震える。


「ひりひりするぅ。空気が震えてるよー」


「私も気配は感じています。天津甕星よりは低いですが、なんとも言えない感覚ですね」


 天津甕星の腕は完全に滅ぼした。一回潰したんだから大丈夫だろうという楽観はしている。というかしなくちゃやってられない。あれの本体が出てきたら流石に無理だろ。


 とりあえず3人は身構える。身構えた瞬間だった。


 街が『爆ぜた』。


 赤、橙、白、青、灰、凄まじく色の混成した爆炎が、街を蹂躙しながら轟く。先程のレーナのヨグ=ソトースの拳など比較にならないほどの破壊だ。


 最早、あの場所は地図から消えたのと同義。


 小高い場所にある炎田神社から見える爆炎と次に来る強烈な熱波と爆風に煽られながら、3人は耐える。


「あっつぅい!!」


「《ナーク=ティトの障壁》」


 レーナが障壁を張ってくれたおかげで熱波は耐えることが出来た。そして3人は見た。爆炎の中からずるりずるりと這い出る存在を。


 炎の中に佇むように、歪な人形をした神性。スライムと同じで不定形なのか、形が崩れては人形に戻ってを繰り返している。


 現れた神性は、その場に佇むだけで周囲を熱で溶かしていた。ただ知能があるのか無いのか、まるで痛みに悶えているみたいに。天津甕星よりは小規模の破壊力で暴れていた。


 そんな異常事態に、3人がどうすると互いに顔を見合わせて困惑する。困惑しつつも周囲に機敏になっていたダルクは、手の中に違和感を覚える。


 握りしめた拳の中。硬い何かを握っているような。


 手を開くと、モニターにノイズが走るように空間が「ジジジッ……」と歪む。思わず声を出そうとした時には、何かが手のひらに落ちる感覚と共にノイズは消えた。


「……指輪?」


 手のひらに落ちてきたのは指輪だった。蜘蛛の装飾が美しく、中央の緑色の宝石が毒々しい。


(なんぞこれ)


 疑問は永遠と回り続けるが、どこか親近感を覚える。まるで身体の一部のような感覚だ。首を傾げるダルクにレーナが問いかける。


「どうかしました?」


「……」


「ダルク?」


 好奇心は魔法使いの動力源。いつだって、未知に踏み込むのは好奇心なのだ。ダルクは謎の指輪をなんの躊躇いもなく中指に嵌めていた。


 同時に、脳内に溢れ出す……他世界軸の『存在する記憶』。


「なるほどな!! いくぜいくぜ!! 《変身》ッ!!」


 指輪を嵌めた右手を天に掲げ、ぐるりと腕を回すと胸に拳を叩きつける。


 甲高く響く《ARACHNE》!! と機械の声と効果音が響いた。次いで空中から現れた黒い骨格がダルクの背中を伝い、合わせて謎の灰色をした装甲が展開してはガチャンガチャンと音を立てて装着されていく。最後にヘルメットが現れ頭を完全に覆い隠すと、カシャとバイザーが閉じた。バイザーには蜘蛛の目のように、8つの緑色をした宝石が煌めく。蜘蛛がモチーフの変身アイテムの筈だが……スパイ○ーマンよりアイア○マンの方が近い見た目だ。


「アイアム仮面ラ○ダー……」


「多方面に怒られますよ!! じゃなくて、なんですか変身って!!」


「どうやら別世界軸からやってきた、私の装備らしい。なんかリアっちが絡んでんね」


「別世界軸から? いえ、今説明されても時間は足りなさそうですね」


「リアっちに聞かなきゃ私もよく分からん」


 しかし何故こんなものが突然、今ここに? 廻る状況と不可解な現象と神、魔、呪の異常現象に、これからどうすればいいのかと悩む。


「私も神話には詳しい方だと自負していますが……日本で炎の神様って誰がいます?」


「日本神話なら、軻遇突智かなぁ」


 たぶん、恐らく、きっと、メイビー。誰も答えなど分からないが……神の炎を鎮めなくてはいけないのは確定だろう。


「消化器で消せる?」


「祟られそう」


「でも粉を数トン用意したら意外と……?」


 なんて駄弁っていた時だった。変身したダルクの細い糸が神性に反応して揺れ始めた。


「ほぅ? すまん2人ともちょっと席を外すぜ」


「どこへ?」


「なんか、協力的な神様がいそうなんで話聞いてくるわ」


…………


 神話の一端を担うモルディギアンとノーデンスも、炎の温度を肌で感じて畏怖を浮かべた。ただ納骨堂の神としては、あれは既に死んでいたのだと分かる。神力が地球に降り注いだのは分かっていたので、原因は神力による死した神が復活するという異常なのだ。


「ノーデンスさん。やばい炎噴き出てるんですけど、あれ消せます?」


「無理」


「っす」


 宇宙を歩いてきたノーデンスだが、彼女は決して万能の神ではない。あくまでも旅をする力があるだけだ。


「ちょーっとだけ神殺しができるアメリカンお姉さんだぞ?」


「語尾に星つけて言われてもなぁ。あんたの槍は?」


「こいつは、まぁ『クトゥルフ神話』ならかなりの有効。だけど相手は日本神話だ。末端の雑魚なら屠れるが、今顕現した炎の神は『名前』が有名な神性だな」


 槍をくるりと回して、全身で遊ぶように回す彼女。傍で、モルディギアンは人形の形態に戻った。


「こっちが全員持ってる権能でどうにかなりませんかね」


「ダイスに任せるのかい? 面白そうではあるが……私は地球を愛しているのでね。やるなら敵対だよ?」


「いやいやいや、友達が嫌ならやらないですよ。敵対はなし!! お願いします!!」


「ふふっ……けど、私らも少し動こうか」


 ノーデンスは槍を構えて、海に向かってぶん投げる。槍は地平線に向かって何処かに飛んで行った。


「まさか?」


「クトゥさんに起きてもらおう」


……………………


 レイアと共に戦っていたオクタは、胸が熱くなっていくのを感じる。実際は熱など帯びてはいないのだが、妙な胸騒ぎと共に熱を感じるのだ。これは何かの兆しなのか? 戻ってレイアに報告に行こう。そう思った矢先だった。目の前が一瞬で海底に切り替わる。


「……」


 目の前に広がるのは、海底に沈みながらも明るい光が照らす『神殿』。どこか神話を思わせる、巨大な白い石で作られた柱や壁。壁画には人と蛸のような生き物が何かを交わす場面などが描かれている。


 直感から精神だけを飛ばされたのだと理解する。そして、この場所が妙に懐かしい。自分の故郷のような……異様な感覚だった。


 神殿をゆっくりと歩いていく。そして巨大な扉の前で立ち止まった。石を削り出したかのような巨門は、人の手では開きそうにない。なのに近づいて触手で触れれば、軋む音と共に開いていった。まるで歓迎するかのように。


 中は長く広い空間が広がっている。ただ光は奥に向かうにつれて消えていき、先までは見通せない。

 けれど感じる。ナニカがいると。感じるのだが、これまた不思議と懐かしさを覚える。


 ゆっくりと歩みを進めていく。


 天井には星々の如く光が散りばめられており、この空間にいる主人がどれほど偉大かを示しているのが分かった。


 ……魚達が自由に行き交い、珊瑚礁が綺麗な枝を作る。


 比喩表現になるが深海の楽園のようだ。


 そうして、少し楽しく歩みを進めていき、暗黒の境目前で立ち止まった。ここから先は今より神聖な場所なのだと告げているようで、緊張からか心臓が唸りを上げている。


 この先に誰がいるのか。ナニがいるのか。レイアから事前に、此度の騒動のアレコレを詳しく聞いているが……。


「誰かいるのか?」


 暗闇に問いかける。海水が揺らいだ。巨大な生物が動いた流れ方だと思う。


 そして、返答の代わりに脳内で謎の声が聞こえる。その声は決して人間では理解できないであろう音を、無数に並べ合成したモノで。しかしオクタには何故か理解できた。


『お帰り、我が子よ』


「私が、貴方の子供?」


『あぁ、あぁ。ほんの少し昔、私から外れたひとつの触手。自我を持った、我が子だ』


「……」


 オクタには親の記憶などない。記憶などないからこそ、自分の出生など全く知らない。知性のなかった頃の記憶は朧げで、レイアとの出会いから徐々に獣から人へと進化していった。


「私は魔物ではないのか?」


『……この世界の理に縛られるなら魔物にも当たるだろう。だが、お前はどちらかと言えば神寄りなのだ』


「神……。私は、何の神の末端なのだ?」


『私“クトゥルフ“の子だよ。さて、私も目覚めようか。ノーデンスに唆されたのは癪だが、世界の滅びは望んではいないのでね。他の子にも力を借りたいが……今を生きるのはクティーラのみか。あの子は静かに寝かせておこう』


 呟きを聞くと同時に、元の身体へと引っ張られていくの感じた。そして一瞬で元の身体へと、視界が戻る。先の邂逅はなんだったのか、また気になる言葉の数々が気になる。魔物も減っているのだから戻ろうかと思った矢先。


 風の流れから焼け焦げた匂いを感じる。遠い巨大列島に、神の気配が蠢いている。レイアとグレイダーツに報告に行こう。辺り一面に残った魔物を触手で灰に還しながら、オクタは歩みを進めた。


……………


 ノーデンスがクトゥルフに「起きてー世界がやばい」と叩き起こす信号を送ると、要約すれば準備するから待ってくれと返信が来た。


「どうやら、俺達の神話も中々やれるかもしれないぜ」


「クトゥルフさん起きたの?」


「こっちに来てくれるらしい」


「マジか緊張するな」


 クトゥルフ神話の代表格なだけあり、かの神性は膨大な水の力と夢を見せる力を持っている。また、秘匿されているだけで他にも能力がある可能性は大いにあった。これは勝てるなと2人は思っているところに。


 「ザッ」とわざとらしい足音を立ててダルクが近づいた。失礼にならないように、変身状態だがヘルメット装甲とバイザーは外してある。そしてダルクは気配を全開にしていたので、2柱とも事前に分かっており反応は薄い。そんな2柱にダルクは問いかけた。


「やぁ!! 神様達!! 有効的ならハイタッチ!!」


「いぇーい!!」


 パシィ!! とノーデンスがダルクとハイタッチする。今ここに、ダイスを振る者と神話の同盟が結ばれた。


 歴史的快挙の瞬間を見たモルディギアンは「いや、緩いな」と呟きつつ、ハイタッチに混ざりに行く。


 モルディギアンは人間の友達も欲しいタイプの神性であった。ダルクなら二つ返事でOKする……どころか、速攻で名刺を渡して「これで友達っすね!!」と先制してきたので、モルディギアンは普通にときめいた。ノーデンスは強かだが気に入った様子だ。ともかく、この世界の神々というのは実に人間味に溢れているものだ。

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すんげーことになってる……
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