神話白撃1
宇宙に浮かぶ超大型の人工衛星。菱形をした不思議な形状の神力砲アマツクミの中心部がゆっくりと展開していく。
菱形の先端が開き、中心部に巨大な砲門が姿を現した。
量子コンピューターという規格外の演算装置。
そしてこの世界で唯一、そして最高の人工知能がそれを操る。
砲門から金色の光が集っていく。間もなく月明かりを集めたような淡くも力強い光が放たれた。
……………………
地上ではこれといって特別何かが起きる訳ではない。ただ空にひとつ、昼間だと言うのに星が見えたような気がした。そのくらいだ。
「1発目が来たなぁ」
ライナがポツリと呟く。光が見えた時点で、地上に神力の波動は到達している。隣ではライラが冷静に海面や地上部分、SNSの呟きなどを監視していた。
「懸念が大いにあったが、確かに魔物が消えていってるみたいだ」
「終わるまで安心は出来ねぇけどな……」
結果は順調。ゆえに、実験的に1発だけにしたいが、一度起動すれば止められないらしい。神力を機械で操れる装置の、人の手で出来る限界という事だ。
そんなオーパーツレベルの装置を現状、操作しているのはティガだ。なのでモニターに向かってライラは話しかけた。
「ティガ、現状はどうだ?」
『マスター、キレてます?』
「……キレてないと言えば嘘になるが、結局ボタンを押す奴は必要だった。ティナさんは後で絞めるとしても、お前に丸投げの形になったんだ。しゃーない」
ティナが「え? 絞められるの?」と呟くが全員がそのつもりの目線を向けてきて、ブルブルと震えた。
「報告してくれ」
『現状、デルヴラインド社の人工衛星を総動員して軌道を逸れないようにアマツクミを動かし神力を放出しています。魔物の数は確実に消えていってますし、異常なエネルギーなどの検知はありません』
その報告を聞いた別世界軸からの訪問人であるライナとティナは心底ホッとしたと胸を撫で下ろした。これで、リアとヴァルディアの持っていった呪力が浄化できた。
「やっと、眠れるか」
「安らかにな」
この時ばかりはティナも中二病を忘れて、優しい笑みを浮かべる。しかし神力砲の効果は確実にあったが、終わった訳ではない。まだ1発目。そして──。
モニターに表示された、最も呪力の濃い場所。別世界軸の複数のヴァルディアから放たれた呪力は各地の魔法使いにより殲滅されているので元々薄い。なのに……日本区域だけ妙に濃い。
頭の良い連中が嫌な予感をビシビシと感じていると、まるで証明するようにルナとクロエに変化が表れる。
「あれ?」
「なんか熱い」
ルナとクロエに不思議と胸の底から温かな力が湧き上がる。軈てその温かさは帯びを作り、薄らと……まるで和服のような光を纏い始めた。
「ウカノ様の?」
「そうですよね?」
2人が巫女服のような装備を発動させた答えは一つしかない。
「神力の影響だな。一度神から祝を受けたからこそ術として刻みついていて、再び発動したんだろう」
「という事は?」
「ウカノ様が起きる可能性もあるって事かな!?」
クロエが嬉しそうに言う。ルナもウカノとの……アレな思い出が強烈だが……現実で会えるのは嬉しい。リア共々お世話になったのだ。
だが、そんな良い方向に転んでいるような状況に。ライナとティナは苦虫を噛み潰して咀嚼したような気分と顔色をしていた。ぶつぶつと可能性を呟き考え込む2人に、PCの画面を眺めていたティオが小瓶を取り出した。
「大丈夫か2人とも。我の栄養剤でもいるか? 一度頭をスカッとさせるといい」
2人とも好意は素直に受け取った。
「ありがと」
さて、と。ライラの研究室にある投影装置。2人は量子コンピューターから立体映像に投影された人工衛星と地球の動きを観測しながら思う。
そもそも、日本という国は世界軸においても特異なのだ。それは何故かといえば国自体が『あったり、なかったりする』。そして世界軸の旅において、日本のような無数の信仰と無数の神々を祀り祭る国というのはとても珍しかった。
神というのは信仰から生まれる事が多い。八百万、とは本当に的確な例えだ。
「やっぱり日本が1番怖いな」
ライナの呟きに、ライラも同意した。
「同感だ。私の友達が実際に神の残滓と交戦したって報告を受けてる」
ライラはルナとクロエに目を向ける。今こうして、神力による影響が如実に表れている。つまり、眠っている神を刺激する可能性は大いにあるという事だ。もし、ダルク達の戦ったという『天津甕星』。かの神性が復活したら……。いや、むしろそれだけを心配できるのなら良い方だ。もっと厄介な神々の資料など数多くある。日本には八百万という言葉があるが、今これほどまでに不安を駆られる文字列は無いだろう。
「神性が暴れたら……日本は混沌になるなぁ」
「天変地異だねぇ」
……………………
1人の青年の姿をした存在がいた。それは徐々に形を崩し、やがて眩しい黒い炎を灯した頭部をもつ異形に変化する。ニャルと会った時とは違い、今度は比較的に人の形を残している。いつでも変身できるように。
ニャルの頼みである程度の死者を弔っていた、クトゥルフ神話の神性の一柱であるモルディギアン。彼は空からの神力エネルギーにより死者が土に還っていくのを見ながら息を吐いた。
「これで仕事は終わりだな」
だが、妙に心中がざわつくのは何故だろう。この世界の神、グレート・オールド・ワンとして長く存在していた自分の胸がざわめくのだ。
モルディギアンは死者に対してしか興味が無かった。人間の死者を弔い、時には供物として食べる。まだ人が弱い時代は神として崇められた時期もある。
そんな自分がこうして変わった。人に対しての価値観や考え方が変わっていった。時というのは神の思考すらも変えていくものだ。恐ろしく、強大である。
して、今回はニャルの頼みがあったとはいえ、人間の為に動いている。故に、この神力の流れは不味いのではないかと思えた。
「俺の知りたい程度の奴は復活するかもしれないな。ただ……野心がある奴が復活するのは迷惑だ」
モルディギアンは死という概念が纏わりつくとはいえ、ある意味では人を愛しているとも言える。だからこそ、下手に自分と同じような神性が復活するか目覚めるのは駄目だと思った。
「はぁ……やっぱり、こういう時に友達がいないのが辛いな」
自分は長らく納骨堂に籠っていて、連絡の取れる存在などいない。現代の文化にも触れておらず、ぶっちゃけニャルに貰った携帯端末とやらの使い方も分からない。ただ『クトゥルフ神話』の類する神性は数柱知っている。
「クトゥルフさんが復活してくれると、楽なんだがな」
友達ではないのだが、知り合いでもある。この地球が生まれて間もなく根差した神性であり、恐らく全ての神話生物を把握している彼ならばと思っていると。
背後から音も無く飛来した金色の槍が胸を貫いた。自分が反応できなかったという事は……。
「やっぱり来たか、日本神話」
この地の頂点達は、他の神話をこの大地から追い出すだろう。考えていた可能性の一枚を引いてしまったモルディギアンは、今度こそ身体を異形へと完全に変化させた。
なんて戦闘が始まりそうなところを。日本神話の神がいるであろう方向から「ぐしゃり」と音がした。槍を引き抜いていたモルディギアンが振り返る。
そこに居たのは、謎のお姉さんであった。異常な程に整った顔立ち。サラサラとした青い髪。今アメリカ地域から帰ってきましたと言わんばかりのラフなレザーの上着に下はジーンズ。
そんな人の皮を被った存在はモルディギアンに笑いかける。
「ニャルに感謝しとけよ?」
「……ニャルの知り合いっすか?」
「仲間でもあり、好敵手でもあるよ。私はノーデンス」
「ノーデンス? 聞いた事ないけど、俺らの神話の方?」
「まぁ、クトゥルフの方だよ。今地球に帰ってきたんだ。おもしれー事になってんな」
「面白くないっす先輩」
モルディギアンは死者に対しては万能かもしれないが、神格としては戦闘能力は高くない。なのでノーデンスと名乗る神に対し警戒は全力で行っている。そんな彼にノーデンスは携帯端末を取り出して言った。
「ニャルに頼まれたからじゃなく。うん、気に入ったよ。私らの関係は友達から始めよーか?」
………………
一方でダルク達の場面に移る。ダルクはショウケイに色々と質問する事にした。
「私も呪力使ってみたいんですけど、なんか修行とかいるんすか?」
「ある程度、強い器になる必要があるな。呪力は……まぁ強烈なマイナスのエネルギーだから……」
言葉が徐々に詰まっていき、最後にショウケイはダルクの瞳を見た。トカゲや蛇のように瞳孔が縦に長い。それは人から少しズレた証拠だ。
「ダルクくん、君人間やめてね?」
「色々あってハーフドラゴンみたいなもんです」
「そっかぁ」
まぁ、自分達の世代のクラスメイトは大概が人間を辞めているので、人間からズレた者がいても大して驚きはしない。
「なら、そこそこの呪力を貯めることはできるかもしれない」
「きたか修行パート!!」
「修行って程の工程はいらないぜ」
ショウケイは人差し指を突き出す。すると、黒いモヤが人差し指からゆらりゆらりと炎のように揺れる。それを、ダルクの首元に押し当てた。
ダルクはショウケイから受けた外部からの呪力エネルギーが、人体の備わった浄化機能により吸収しようと動くのを感じる。けれど、浄化せずにエネルギーを感覚で留めた。
「1発で成功か。天才だな君は」
「よく言われます……」
謙遜なし。照れもなく言ったダルクにショウケイはクラスメイト達の異常さを知っているからこそ、驚きはしなかった。やっぱりあの時の世代の魔法使いはヤバいな。
そして、それを隣で見ていたレーナも「ショウケイさん。私もワンチャンスいいですか?」と尋ねる。呪力エネルギーという未知に興味を抱くのは、卓越した魔法使いだけではないということだ。それにレーナは神話という世界を知っているからこそ、未知というモノにまた違う視点で興味が出ていた。
「いいぜ、ほれ」
ダルクと同じようにレーナの首元に呪力を纏った人差し指を押し当てる。レーナは体内に流れ出した呪力を。
「案外いけますね」
「なんで無事なの?」
「たぶん、邪神に愛されてるから?」
無事な理由は、たぶんニャルの加護が作用したんだろうと思うレーナ。そんな彼女を見て。
「俺の自信が粉々に砕けた」
ともかく、留めることに成功したのだった。




