世界軸24
ヴァルディア(異世界)の身柄を魔術で磔にし、山羊頭が守るように防御を固め始める。その中心にいる一際大きなツノをした山羊頭が、恭しく礼をして懐から箱を取り出した。
箱を開くと、中には丁寧に鎮座する飴玉サイズの玉があり、青色の妖しい光が広がる。まるで宇宙の光を切り取ったかのような、はたまた海の深淵に照らされた光のような。
どこか母親の温もりのよう、なのに底知れず畏怖を覚え鳩尾が冷える感覚。
その場にいたアサシン達は、あの宝玉が破壊目標だと分かった。レイア(異世界)とダルク(異世界)は倒れ伏し動かない友人に一度だけ視線を向け、冷静ながらも煮えたぎるような怒りで活路を開こうと山羊頭達を葬り続ける。
だが、数は暴力とはよく言ったものだ。死体は山になり足場は血と脂に濡れ、行く手を阻む。操る糸も、白銀の剣も、血と脂で鈍くなっていく。仲間のアサシン達の技術や能力は不明だが、眼前を埋め尽くす肉の壁による物量と攻撃を捌くのに必死だ。
彼等は、何の為に人間を辞めて、命を捧げてまで壁になるのか。リアには分からない。この世界の住人ではないのだから。
でも、それでも。目的の為に優しいだけの少女を犠牲にするのは許せない。
立てよ。ここで死ぬなんて、ヒーローじゃないだろ?
そう思った時。リア(異世界)から場違いな音声が響く。ラストレイヴン。ここが渡鳥の終着点。
リア(異世界)はゆっくりと、呻き声をあげながら起きあがろうとしていた。
しかし遅かった。山羊頭はヴァルディア(異世界)の口に宝玉を転がす。
ドクンと空気が揺れ、全員の動きが止まった。
上位存在は、依代を核に無理矢理呼び起こされる。ヴァルディア(異世界)の周囲が黒い靄を纏うと、それは徐々に質量を得て纏わりついていく。
まるで不恰好な肉塊だ。しかし、その中からカツンカツンと無数の山羊と同じ蹄をもつ足が生える。前後左右、向きなどお構いなしだ。
それから肉塊は蠢き、大小様々な触手を生やしながら山羊に似た、粘液を垂らす巨大な口を形成する。誰もが一目見て思う、怪物だ。
「あぁ、母よ父よ。ようこそ我々の世界へ」
山羊頭達は、その怪物に向かって礼をする。
そして、触手に薙ぎ払われ何人かの山羊頭達が絶命した。その場にいた山羊頭から漂う感情は困惑。
「な、なぜ? 我らが貴方様は友好的な……神の……」
巨大な口からの返答は無い。
「貴方様の降臨の為に、沢山の子供が命を地に還しました。全ては貴方様の子としての祝福を得る為に……」
『ゥヴゥゥゥァア?』
意味を成さない呻き声を鳴らすと、異形は触手を鞭にして暴れ始めた。
「失敗なのか!?」
「やはり依代が間違っていた? だからあの少女は駄目だと言ったんだ!!」
「貴様!! 司祭様の決定が間違っていると言うのか!?」
「事実そうだろう!? これでは溺愛どころの話ではない!!」
山羊頭達が想定外な事態なのは、醜い仲間割れからアサシン側の全員が悟った。それから、段々と戦意が削がれている事にも。ダルク(異世界)は、あれがそうなのかと思う。アサシン仲間の間では、山羊頭達の組織はナニカを降臨させようとしている、なんて与太話も上がっていた。自分とてそう考えていたが、本当にナニカが降りてしまった。
「レイア!! 糸飛ばすから斬りかかれるか!?」
「おっと先輩、まさか僕にあの異形へ突っ込めと言うのかい!?」
「他の連中は度胸がねぇそうだからな!!」
周りのアサシンを煽るダルク(異世界)。その言葉は、この世界の暗部に生きる者達に火をつけた。
「っだとごら!! やってやんよ!!」
「いくぞてめぇら!!」
「後輩にナメられてんぞ!! お前らその程度か!?」
「1発で首吹っ飛ばす触手の鞭は普通に怖いんすけど」
「俺もそう思う」
急に戦意が削がれ始め、戦前が勝手に崩壊していく山羊頭達を横目に異形との戦いが始まった。
しかし……異形は1秒毎に膨張を続け触手の数も既に千は超えている。中々に本体へと攻撃を届ける事が難しい。更に子供達と職員どころか、被害を被りそうな市民の避難をするグループを視線だけで分けると、勇気あるアサシンは突撃していった。
………………
ここが、終着点なのか。
俺の、終着点。まだ何も成せてない、返せてない。13年しか生きてないけど、愛してくれた親。こんな血で汚れた手でも好きと懐いてくれた少女。仲間達。
殺しを正義とは言わないが、それでも世の中の悪を挫く為に頑張ったと胸を張れる人生だった。
だから最後に、せめて最後だからこそ。全ての闇を白く染めて。この世に憂いなく。幼い無垢な少女だけは助けなくちゃいけない。
変身アイテム、オーパーツ『RAVEN』……手伝ってくれ。
俺を届けてくれ。
………………
白い息吹のように、生命力の溢れた空気が地を、空を抜けていく。中心点で起き上がったリア(異世界)の黒い装甲がパキパキと音を立てて剥がれ落ちていき、純白に色づいていく。
少しだけ体勢を崩しそうになった彼だったが、次の瞬間に背中からバサリと大翼がひらく。白く、透き通った鴉の翼。
アルビノの鴉は神の遣いと言われる事があるそうだが、彼の変わりようはまさにそれだ。神聖なものを幻視させる程の神々しさを放っている。
リア(異世界)の命は既に零れ始めている。だからこそ、RAVENは命を燃やして彼の気高き輝きに変えていた。
大翼が大きく唸ると、触手の鞭を切り裂きながら進む。アサシン達は何が起きているのかは分からないでいたが、自然とリア(異世界)が本体へと向かえるように道を切り開いていく。
触手の元、何処か山羊を思わせる胴体。ヴァルディアのいる場所には直ぐに辿り着いた。
リア(異世界)は肉の塊に腕を突っ込み、引きちぎっては掻き分けていく。
「頼む、無事でいてくれ!!」
白い翼が自我を持っているかのように、リア(異世界)をサポートする。翼を隙間に突っ込むと、白翼を紅に染めながら切り開く。しかし、それだけでは足りない。だから、彼は燃やす。
「RAVENッ!!」
《対魔の毒》!!
大翼から無数の羽根が舞うと、肉に突き刺さり白い炎を上げる。肉は焦げる……というより消滅するように削れていく。
そして腕を突っ込んだ時。手に触れた感覚が告げる。少女の細い腕を掴んだ。
「ぉおおおお!!」
背中の大翼が白い炎を灯し、眼前全ての肉を消し飛ばす。白い光の奔流の中、リア(異世界)は彼女を引き上げた。
同時に核を失った巨大な山羊の肉塊は、ぐじゅぐじゅと音を立てて崩れていく。アサシン達が捌いていた触手も徐々に力を失っていった。戦意を失った山羊頭は、自害する者も現れ始めており、もう放っておいても良い。
だから、仲間の全員がリア(異世界)の方を見た。中心で幼子を抱きしめる大翼を携えたリア(異世界)の姿は、まるで天使が子供を抱きしめているよう。物語を切り出したかの如く、幻想的な光景だ。
…………………
リア(異世界)の変身システムRAVENの装甲が光となって消えていく。そして南京錠の形になると……リア(異世界)は片手で拾い上げて背後に投げた。その場所は、彼の背後から事態を常に見ていたリアがいた。これには流石に驚き、取り落としそうになりつつも両手で掴む。彼の目を見ると、やっぱり交差した。
ただ、何も言わずに。しかし確実に通じた感情と思いを汲み、軽く頷く。
リア(異世界)は抱きしめるヴァルディアの耳元で、消えゆく命の炎を揺らしながら囁くように言葉を紡ぐ。
「実はヴァルディアに好きだと言ってくれた事で心が潤ってさ、嬉しかったんだ。俺も妙に達観してるところがあるのは自覚してるんだけど、君の好意は心地よくて、甘えていたんだと思う」
クスリと笑みを浮かべる。
「君がいてくれたから、おかげで辛い事も乗り越えてこれた」
最後の力を振り絞って、強くヴァルディア(異世界)の身体を抱きしめる。その感触が起因してか、ヴァルディア(異世界)は薄く目を開いた。
「頑張って……勉強して、友達を作って。将来はどんな美人になるのかな? でもひとつだけは確実だ。優しい君を大切にしてくれる人は必ずいる。だから俺の事は忘れて」
「り、あ?」
「幸せになってくれ」
リア(異世界)から力が抜け、ヴァルディア(異世界)に覆い被さるように倒れ込んだ。目が覚めた彼女は、最後の言葉だけ聞いていて。彼の身体を強く抱きしめる。溢れ出る命の血が、リア(異世界)の落ち着く匂いを上書きしていく。
「……私の、せい?」
溢れ出る涙とは裏腹に。
そこにあるのは、彼が最後に言った「幸せになってくれ」の言葉とは真逆であり……自責の念を超えた、自分への怨嗟。強烈な自分に対する呪いだった。彼女は何も悪くないのに。
…………………
ダルク(異世界)は2人を見て、軽く目を閉じる。昨日の他愛無いやりとりが浮かぶ。
ダルク(異世界)は、リア(異世界)と行動する事が多かった。ただ成人していないとはいえ、大人びた感性を持っているが為に。感情を抑えながら彼の元に近づいていく。もしかしたら、まだ生きていて。治療が間に合って、助かるかもしれない。淡い期待を抱きながら、しかし……あの出血では無理だろうと理性が告げる。
泣くのはあと。いや……今1番泣きたいのは彼女の筈だ。自責の念も凄まじいだろう。心を休ませる為にも、早く現場から連れ出すべきだ。そう思い近づいていく時に、ふと。
違和感……。
幼子ならば感情に任せ泣いている場面ではないか?
不意に足を止める。不気味なまでの静けさ。アサシン達は警戒と近づいていいのか? でもリアを早く助けに行きたい、しかしまだあの宝玉の力が残っているかもしれない。その考えが間を行き来して、動けずにいる。
一方でリアは悟った。あぁ、これがこの世界のヴァルディアが『呪い』に転じた理由なのだと。
次の瞬間。ヴァルディア(異世界)を中心にブワッと勢いよく黒い瘴気のような煙が吹き荒ぶ。彼女の心にある理由と原動力は語るまでもない。憎しみの根源、山羊頭を全て狩る。黒い瘴気から彼女の感情が流れ込んでくる。
リア(異世界)の身体を優しく闇が包み込み、彼女はふわりと浮かび上がる。
彼女は今すぐに飛び出して行く。それはリア(異世界)が望むことでは無い。彼は幸せになってほしいと願った。決して復讐してほしいと望んではいないし、何よりも彼女の手が少しでも血に濡れるのは許容できない筈だ。
投げ渡された変身システム、オーパーツRAVENを見る。これは、託されたと考えても良いのか?
明らかにこっちの存在を認知して投げ渡してきた。もしかしたら生命力の関係でこっちの姿を確認したのかもしれないが……死に際でそこまで考察して投げ渡すなんて無理な筈だ。
その時にふと、ジル(異世界)の事務所で見たオーパーツの記述を思い出す。これら変身アイテムが不可思議に消えては現れる現象。つまり……適合者の元に現れる、もしくはそうあれと『操作』されるのでは?
禍々しい瘴気を撒き散らすヴァルディア(異世界)に目を向けた時、手の中に南京錠の対となる鍵の感触がした。突然現れた事に驚きつつも、この状況で現れた事を不可思議とは思わない。
「運命……か。しゃーない、やれるだけやってみるか。『変身』!!」
《RAVEN》!!
高らかに渡鴉の名前が響いた。
前話反応ないし、もう読んでくれてる人いないか
んー……




